「公共」を考えるために会議を行い続ける「東京の条件」。そのような行為を「演劇」と定義づけることによって、台本も、俳優も、劇場も存在しないにもかかわらず、このプロジェクトは「演劇」の本質を浮かび上がらせていきます。その「演劇」に対する自由な発想に、参加者の多くは新たな刺激を受けると同時に、「東京」の街を再認識することとなります。そんな参加者のひとりに、このプロジェクトの感想をうかがいました。
(インタビュー・テキスト:萩原雄太 撮影:菱沼勇夫)
参加者の課題を解決する、という演劇?
―「東京の条件」に参加することになったきっかけを教えてください。
普段は三重県で生活をしています。現在はフリーターで、ほぼニートに近いような生活なんですが、それではいけないと思い、秋葉原でやっている自分の好きなガンダムのコミュニティに関わり出したんです。そこへ作品創作の取材のためにやってきた美術家の内田聖良さんが、「東京の条件」に参加されていて、「一度来てみなよ」と僕を誘ってくれたんです。それがきっかけで定期的に参加するようになりました。参加しているのは「東京の条件」の「会/議/体」という企画なんですが、みんなが個人的な問題を持ち寄って、参加者みんなで解決するんです。僕もそこで議題を提出させてもらいました。
―どのような議題だったんですか?
「地元の図書館の女の子に告白したが、失敗して図書館を使いづらくなってしまった」という悩みです。するとみんなが「合コンをする」とか「他の図書館に行く」というアドバイスをくれました。その結果として合コンを開催することになったんですが、すごく楽しかったし、やってよかったなと思いました。自分の悩みを解決するために一歩踏み出すような行動って、自分ひとりではなかなか始められないんですが、議論の流れの中に身を置くことによって積極的に行動できるようになるんです。
―このプロジェクトを主宰する岸井さんの印象はいかがでしょうか?
喋っていることの一個一個がトガっていて、知性を感じる人だなと思いました。参加する以前は、アートの世界は自分の近しいオタクの世界とは対極なんだと思っていました。アートってどこか「イケてるもの」っていう、近寄りがたいイメージがあったんです。
「これも演劇」という見方が、新しいステップの入り口
―確かにアートとか演劇って、部外者にとっては近寄りがたいイメージがありますね…。
だからはじめは、会議や議論をするような「東京の条件」が演劇なんだと聞いて、「これを演劇と呼んじゃうなんて、さすがアートだな」と、斜に構えていたところもあったんです。けれども実際に参加するうちに、自分がぼんやりと思っていた演劇というもののイメージと、当てはまる部分がかなりあることに気がつきました。ある舞台の上に立って、その中で自分はどのように動くのか考える、というような感覚ですね。「東京の条件」で行っている会議もひとつの舞台で、これも「演劇」なんだという見方をすることが、新しいステップへの入り口になるように思いました。
―「東京の条件」を経て、自分自身の変化を感じますか?
また「東京の条件」による活動を通じて、自分の中にある言葉にできなかったような「もやもやした固まり」を、きれいに洗い流すこともできたんです。「東京の条件」には、アートとは関係のないところで活動していこうという雰囲気があったことも、僕のような人間が関わりやすかった理由かもしれません。
―「東京の条件」は、プロジェクトとしてはまだ継続して行きます。これからも参加しようと思いますか?
そうですね。今後はもっと積極的に参加し、できれば「東京の条件」を引っ張っていくようになりたいですね。むしろ、自分に合わせて「東京の条件」がついてくるような存在になれれば理想的です。
―前向きに取り組まれているんですね。
それと、「東京の条件」とは別に、自分でも表現ができるようになったらいいなと思うようになりました。まだ漠然としている状態ですが、何かを書くという表現をしていければと思っています。地方では環境的に表現活動をするのがなかなか難しいので、東京で活動していきたいですね。僕はアートの部外者なのですが、「東京の条件」の取り組みを理解し、自分の中の演劇性を大切にすることでより豊かな人生を送れるな、と思っているんです。そういう意味でも、東京文化発信プロジェクトによってこういったアートや演劇が展開されているのは、素晴らしいことだと思っています。
その他、東京にはたくさんの文化プログラムがあります!
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-