ふたりで描く、ひとつの絵〜三尾あすか・あづち姉妹がひとりの「アーティスト」になるとき〜
第5話:「用意されていた人生から、もう一度人生を選び取るまで」
その日、僕はあるひとつの強い思いと対峙することになった。
あすかとあづちから届いた、突然の知らせ。それは結果的に僕をずいぶんと動揺させることになったものの、よくよく考えてみると、深く納得のいくものだった。
そう、あすかとあづちの活動を追い続けるドキュメント、この『ふたりで描く、ひとつの絵』は、予定時期よりも早く終了することになったのだ。
突然、彼女たちの活動を追えなくなる。それはとても悲しいことだ。ただ、僕はいま「深く納得」した、と書いた。それは、本当にあすかとあづちのこれからのことを考えたときに、結果的にプラスになることだと思うからだ。基本的に、この連載はふたりの活動のプロモーションとして機能している。彼女たちの作品性や、これまでの人生の軌跡(詳しくは第4話を参照)を解剖し、これまで彼女たちのことを知らなかった人に(もしくは知っていても、さらに深い部分を伝えるために)広く周知するためのものだ。
しかし、ふたりは現在の自分たちに、満足していなかった。今の自分たちを周知していくことよりもむしろ、深く沈潜することによってキャンバスに向かい、「自分たちの絵」を見つけていくこと。それにこそ全身全霊を傾けていきたいと思うようになり、連載の中断を選び取ったのである。
彼女たちの筆から生まれてきた、「黒い獣」。そこには、誰もが内面に秘めているような黒い感情、黒い苦悩をそのままボコッと取り出してみせられたような過剰さが宿っていた。そんなものを生み出してしまったキャンバスに、これから彼女たちはますます向かい合っていくという。それはとても勇気を必要とする作業に違いない。
と、ここで僕の頭に雷鳴のようにある思いが過った。…そうか。彼女たちは、もうこれ以上、黒い獣に振り回されたいんじゃない。黒い獣を、手なづけたいんだ、と。
10月29日から11月3日まで行われた「第5回 青参道アートフェア」。このアートイベントで、表参道にあるイタリアン・ジュエリーショップ「IOSSELLIANI」とコラボレーションし、店内にて新作を中心とした展示を行ったふたり。もともと展示されていた宝飾品やブランドのイメージを活かした絵画や刺繍作品を展示することで、空間全体は「あすあづ」的なファンシーさに彩られていた。
そこに展示されていた真っ白な裸身に、僕は魅入られた。
あづちによる『カミサマへ』に描かれていたのは、裸身と言っても、人間のものではない。それは一匹の、神々しいまでの香気をたたえた、蛇だった。黒い背景に描かれたそれは、観る者のさまざまな思惑など意に介さぬとばかりに、ただ、そこに存在していた。しかし、その姿には「冷たい炎」とでも形容すべきな、静かな情熱が感じられ、作家が何かしらの強い思いを込めたものであろうことが伝わってきた。
ふとショーウインドーのほうに目をやると、そこにはあすかの手になる数多くの刺繍作品が飾られていた。タイトルをチェックする。「inori」。それで解った。
彼女たちは、祈り始めたのだ。
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