今回ご登場頂くのは、浅野いにおさん。『ソラニン』の映画化も記憶に新しく、連載中の『おやすみプンプン』も大ヒットしている漫画家です。今ではすっかり「人気若手作家」というイメージが定着した浅野さんですが、実はもうデビュー13年。その間に経験した挫折や苦労が、現在の作品に多大に影響しています。では13年という試行錯誤を経て辿り着いた現在の作品や執筆道具、そして浅野さん自身にはどのようなヒミツが隠されているのでしょうか? 8月に引っ越したばかりという新居にて、デビューからの歩みと制作の秘訣を伺いました。浅野ファンや漫画家志望者は必見のインタビューです。
テキスト・田島太陽
撮影:CINRA編集部
- 浅野 いにおあさの いにお
- 1980年生まれ、茨城県出身。2001年『宇宙からコンニチワ』で第1回GX新人賞に入賞。主な作品に『素晴らしい世界』『ひかりのまち』『虹ヶ原ホログラフ』、宮崎あおい主演で映画化された『ソラニン』など。現在ビックコミックスピリッツにて『おやすみプンプン』、マンガ・エロティクス・エフにて『うみべの女の子』、CUTにて『おざなり君』を連載中。
行動範囲が広がっただけで、作品が変わった
「姉が『伝染るんです』(吉田戦車)のような漫画が好きで、僕もよく読んでたんです。その影響もあって、昔はシュールなギャグ漫画を描いてました。今じゃ絶対に受け入れられない作風だと思います、ワケ分からなくて(笑)」
そう振り返るデビューは、17歳の頃。初めて編集部に作品を持ち込んだ直後、連載作家の原稿が間に合わず雑誌に空きが出ました。そこで偶然ページ数が同じだった浅野さんの作品が、すぐに掲載されることになったのです。タイトルは『菊池それはちょっとやりすぎだ!!』。持ち込みから1週間のスピードデビューでした。落書き程度のイラストなら小さな頃から描いていたものの、作品として漫画を描いたのもそれが初めて。17歳にして早々と、漫画家としてのスタートを切ったのです。
その後も何度か読み切り作品が掲載され、このまま順調にステップアップを重ねるかに思えました。しかしここから「なにをやっても虚しいしうまくいかない時期だった」と自身も語るように、連載を持つまでは約4年という月日がかかります。
大学では友達をほとんど作らず、サークルにも入らず、ただただ机に向かう毎日でした。ひたすら漫画を描き続けるも、担当編集にダメ出しをされる日々。編集者との衝突から挫折し、漫画家を諦めて就職をしようと思ったことも。そして卒業間近の大学4年時、ようやく不定期連載として始まったのが『素晴らしい世界』。将来や仕事、恋愛に悩むありふれた若者たちの日々を描いた群像劇です。シュールなギャグマンガから一転し、作風が大きく変わったことにはどんな経緯があったのでしょうか?
「よしもとよしともさんや岡崎京子さんのような、いわゆる90年代的な作品が好きになり、少しずつその方向に変わっていきました。逆に言うと、大学の頃に描いた作品はその影響をモロに受けただけの漫画だったなって思うんですけど(笑)。あとは大学3年の頃、少しは漫画から離れて大学生らしくしようと思ったんです。周りの友達と積極的に遊ぶようにしたら作品の雰囲気もガラっと変わったみたいで、その途端うまくいくようなりました。行動の範囲がほんの少し広がっただけだったのに、それが良かったみたいです」
読者に委ねる勇気がなかった
『素晴らしい世界』以降、とりたてて特徴のない若者たちが描かれることが多く、その感情の揺れや葛藤が主なテーマとして扱われています。「スポーツや勝負事が苦手で、他に描けるものがなかった」と浅野さん。複雑にも思える人の感情を描く際、どのようなことに注意しているのでしょう?
「この場合はどんなことを感じるだろう? と想像することは難しくなくて、それをどう読者に伝えるのかに悩みます。感情を登場人物に喋らせることもできるけど、それって現実ではいちいち口にしないじゃないですか。モノローグで説明するのも、実はちょっと逃げかなと思っていて。『辛い』『悲しい』という言葉で簡単に説明できないのが人の気持ちで、本当はもっと曖昧なものなんです。それを説明しないで読者に委ねるのがベストなんですけど、『ソラニン』の頃までは怖くてできなかった。その勇気が出てきたのは最近ですね」
また、浅野さんの作品には典型的な美人があまり登場しません。物語の中心にいるのはどこか田舎っぽく、素朴で可愛らしい女性たち。実は、その理由を聞かれるのが苦手だという浅野さん。理由は「完全に僕の趣味なので(笑)」。
例えば『ソラニン』に登場する芽衣子は、当時付き合っていた彼女の顔がモデルになっています。さらにタイトルも「次のアジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の新しいアルバムのタイトルは『ソラニン』らしいよ」とその彼女が言ったことがきっかけでした(なおアジカンはそのタイトルでアルバムを発売する予定は一切なく、彼女の勘違いだったそう)。どうやら付き合っている彼女の影響を受けてしまうタイプのようです。
「やっぱり人物造型は身近にいる人に多少左右されちゃいますよね。『ソラニン』の頃は、もうとにかく彼女のことが好きだったんです。まぁ、その子にはこっぴどく振られたんですけどね(笑)。あまり他人に心を開かない子だったんで、僕がなんとかしたいっていう責任感みたいなものを勝手に感じていて。でも3年付き合って別れることになった時、『あなたを好きだったことは一度もないかも』って言われまして…。あと僕は車の免許を持ってないんですけど、『ドライブに行きたかった』とも言われちゃいました。ちょうど『おやすみプンプン』の小学生編が終った頃だったんですけど、それを期に作風もかなり変わった気がします(笑)」
ちなみに好きな女性のストライクゾーンはかなり広めで「自分に似た面長タイプ以外はだいたい大丈夫です」とのこと。さらに、今年9月にはなんと入籍をしたそう! 奥さんをモデルにした登場人物も、作品のどこかに登場しているのかも…?
僕に「誰にでもウケる作品」は描けない
デビューから13年。不遇の時代を経験しながらも、今では若者を中心に絶大な人気を得ています。しかし本人は、まだまだ自分の状況には満足していない様子。
「今はまだマイナーマンガの中のメジャー作家みたいな感じで、本当のメジャーには行けないのかなぁと思ってます。いつも年末に宝島社が『このマンガがすごい』というランキングを出すんですけど、毎年すごく暗い気分になるんですよ。あれ僕、全然入ったことなくて(笑)。目立つのが嫌いなんでしょ? ってよく言われるんですが、全然そんなことはなくて、もっと売れてほしいと思ってるんです。ただ、自分は万人に好かれる漫画家じゃないとも自覚していて、そこは少し葛藤がありますね。僕も『ワンピース』くらい知名度のある漫画を描きたい気持ちもあるんですが、誰にでもウケる作品は描きたくない、というより絶対に描けないと思うので」
万人に好かれる漫画家ではない…そう感じるようになったのは約4年前。「ウイルスが怖くて(笑)」という理由で避けていたインターネットに初めて接続し、今まで見ることのなかった自作に対する評価を目の当たりにしたことがきっかけでした。
「自分は意外と嫌われているんだなってその時初めて知りました。今ではその理由も分かるんです。20歳前後で、上手くいかないばかりの毎日を送っている時期に『ソラニン』みたいな漫画は読んでられないよっていう気持ちは。でもそう納得ができるようになったのはつい最近のことで、初めて見た時はしんどかったですね」
確かに浅野さんの作品には熱烈なファンがいる一方、否定的な意見を見ることも少なくありません。その理由を、自身ではどう考えているのでしょうか。
「よくサブカルっぽいと言われるんですけど、その定義がかなり変わったんだと思うんです。昔サブカルだったものは今はアングラになっちゃって、僕みたいな普通の日常を描いた作風がオシャレ漫画と敬遠されるようになった。だから、これは極端な言い方ですけど『お前らダセーよ』って思ってます。もっとサブカルな漫画もオシャレな作品もたくさんあるのに。今はジャンプ的に分かりやすいものとか、もっとドロ臭いものとかが一般的には好まれる傾向がありますしね」
漫画を諦めずに、描き続けてほしい
「僕は漫画家の仕事しか経験していないので、サラリーマンの生活や考えがうまく想像できないんです。だからいつか、漫画家を目指す人の作品しか描けなくなるんじゃないかと思って」
これから先の不安について、そう語る浅野さん。そういえばプンプンも最近、漫画家を目指し始めましたよね? 「そうなんです、本当は僕の生活から生まれる感覚と、プンプンの生活から生まれる感覚は違うはずなんです。でもそこを摺り合わせることに難しさを感じ始めて。プンプンに漫画家を目指させたのも、想像できない分を少し自分のほうに寄せちゃったということで。自分が描ける内容の幅は狭いんだなと実感しています」
では、これから漫画家を目指す若者になにか伝えたいことはなにかありますか?
「新人がデビューするのは昔よりもかなりハードルが高くなってるんですよ。ネットには漫画家がいかに大変で稼げないかみたいなネガティブな情報もたくさんあるし、デビューや連載を持つまでの門も狭くなっちゃったから、本当に大変だろうなと思います。ただ、僕の周りでも諦めずに描き続けてる人ってみんな成功してるんですよ。僕も何回も諦めそうになったけどなんとかやれているので、投げ出さないで続けることが大切なんだと思いますね」
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