流行り廃りの激しいウェブ業界にあって、常にトップランナーであり続けているのがセミトランスペアレント・デザインです。グラフィック、プログラミング、デバイスディベロッパーを担当する4人によって設立された「セミトラ」は、ウェブとリアルとが連動するインタラクティブなデザインで注目を集め続けています。そのデザインはいかにして生み出されているのか? それをさぐるべく、グラフィックを担当されている田中良治さんに話を伺ってみました。
テキスト:橋本倫史
撮影:CINRA編集部
- セミトランスペアレント・デザイン
- 田中良治(たなか りょうじ)
- 1975年生まれ、三重県出身。2003年、セミトランスペアレント・デザインを設立。黎明期よりネットとリアルを連動するような独自のデザイン手法を確立し多くのウェブ広告を制作。TIAA、カンヌ国際広告祭、クリオ賞、One Show、LIAA、New York ADC、D&ADなど国内外の広告賞を多数受賞している。
ネットで起きていることがヴァーチャルではなくなる
田中良治さんが上京したのは2000年、25歳のときのことでした。志していたのはウェブデザインではなく、グラフィックデザイン。大学時代に物理化学を学んでいた田中さんは、IAMASというメディア・アートの学校に進学。理系の学生と芸術系の学生が半々ずついたこの学校で、田中さんはグラフィックに興味を持ったのだと言います。
上京してみたものの、グラフィックデザインの仕事は多くありませんでした。プログラミングも教育として受けていた田中さんはウェブ制作会社に就職し、グラフィックと対等に勝負できるウェブデザインを手がけ始めます。しかし、ウェブデザイナーに対する世間のイメージは「メシの種」というイメージが強かったそう。
「当時、ウェブデザイナーは社会と接点がなかったんです。『ウェブの制作やってます』と言うと、『ああ、IT系ね』みたいな雑な分類をされてましたから(笑)。最初は『ウェブデザイナー』に変わる名前を考えようかとも思ったんですけど、他のウェブデザイナーと差をつけることが目的になっちゃうとまずいなと思って。世間からそう見えているのは、自分たちの努力が足りないからだと思ったんです」
3年間のウェブ制作会社勤務を経て、田中さんはセミトランスペアレント・デザインを立ち上げて独立します。きっかけとなったのは、前の職場で携わったセレクトショップ・Adam et Ropeのデザインでした。ウェブサイトで生成されたグラフィックが、プリントアウトしてセール用のグラフィックとして利用される——ウェブとリアルとが連動したコマーシャル・ワークに、田中さんは手応えを感じていました。
「僕はずっと、『インターネットの面白さ』みたいなことを考えていたんです。当時は言葉にできなかったんですけど、インターネットで起きていることがヴァーチャルではなくなっているという感覚はあって。ネットとリアルが繋がる——今でこそ当たり前になってますけど、Adam et Ropeの仕事をさせてもらって、それを直感したんです。当時はネットとウェブの連動をコマーシャル・ワークとしてやっているところも少なかったので、自分で会社を立ち上げて、事例みたいなものを作っていきたいと思ったんですね」
ウェブのポテンシャルを引き出すデザインを
独立当初は「プレゼンしても、ポカーンとされることが多かった」というウェブとリアルが連動するインタラクティブなコマーシャル・ワークも、今ではすっかりマーケティング用語になりつつあります。その盛り上がりのなかで、田中さんはある壁を感じていました。それは、田中さんがかつて志していたグラフィックとウェブデザインとの関係が対等ではなく、従属関係にあるということです。
「ウェブの評価軸っていうのは広告しかなかったのですが、もっと違う視点から評価する仕方もあるだろうと思ってたんです。ただ、グラフィック的な手法でウェブサイトを作るだけじゃ見向きもされない。もっとこう、考え方はウェブに基づいていて、アウトプットがグラフィックのコンテキストを含んでいるものはないか——それを考えていたときに、『tFont』が思い浮かんだんです」
グラフィックになくてウェブにあるものとして、田中さんが目をつけたのは時間軸でした。一見でたらめな光の点滅に見える映像が文字の軌跡を描画し、シャッタースピードを落としたカメラなどで撮影することによって初めて読むことができるフォント——『tFont/tTime』と名づけられたこのインスタレーションは2009年に山口情報芸術センターで好評を博し、2010年には銀座にあるグラフィックデザインを中心としたギャラリー・G8でも「セミトラ展」として展示がされています。
ウェブデザインからインスタレーションまで。仕事の幅は広がっても、田中さんは一貫して「ウェブデザイナー」を名乗っています。では田中さんにとって、ウェブとはいったい何なのでしょうか?
「たとえば映像作品だと、はじまりと終わりがありますよね。でもウェブにはそれがない。そういう環境のためかツイッターみたいなものが爆発的に広がったり、すごい勢いでスタンダードが書き換わったりする。ウェブの持っているポテンシャルはまだまだ引き出され切っていないと思っているので、僕もウェブの発想にさらにこだわって、そのポテンシャルをもっと引き出せるようなデザインをしていきたいですね」
アイデアよりも、クリエイターのひらめきを
変化の激しいウェブの世界にあって、田中さんが大切にしているのは、シンプルに考えること。
「『仕事』っていうと侮って考える人もいますけど、依頼された仕事から発見することって多いんですよ。自分たちの考えも及ばないこともたくさんありますし、『アイデアなんて、そんなに重要かな』とふと思ったりします。アイデアを重ねることで、遊びの部分がなくなっちゃうと思うんです。理詰めでモノが出来上がっていくよりは、作り手のさじ加減一つで出来上がったもののほうが面白くなると思いますね」
最近田中さんが興味があるのは宮崎駿だそう。それまであまりジブリ作品に触れてこなかったものの、『崖の上のポニョ』を観て衝撃を受けたと言います。
「あの作品について『整合性が取れてない』って揶揄する人もいますよね。たしかに、整合性は取れてないんですよ。だって海から拾い上げたポニョを、いきなり真水に入れてましたから(笑)。話もぶっ飛んでるんだけど、そんなものを超えたアニメーションの面白さが伝わってくる。ストーリーという制約を超えてアニメーションの力で畳み掛けてくる感じ。作り手の情熱をとても感じました。そのやりきり具合に感動しちゃって。ああいうのを観ると、すごく励まされますね(笑)」
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