「アートは身の回りにあるもの、というイメージです。おいしい食事を出してくれるお店に行くとか、露天風呂が好きで銭湯によく行く、みたいなレベルでいろいろなものに触れていますよ」という音楽家・蓮沼執太さん。プライベートでもさまざまな美術館やギャラリーを巡るという蓮沼さんは、現在、最も注目を集める音楽家の1人です。今回の『OPEN YOKOHAMA 2011』では、『ヨコハマトリエンナーレ2011』参加作家のピーター・コフィン作品でのライブ・パフォーマンス「ミュージック・フォー・プランツ」への出演や、『OPEN YOKOHAMA 2011』参加事業として、気鋭の映画監督・瀬田なつきとコラボレーションする「漂流する映画館」を制作予定の彼。今回は現代アートと縁の深い蓮沼さんとともに、3年に一度の現代アートの祭典『ヨコハマトリエンナーレ2011』の開催に沸くみなとみらい地区を巡りました。
(取材・テキスト:萩原雄太 撮影:菱沼勇夫)
横浜美術館は、19世紀後半以降のコレクション等で有名ですが、奈良美智、束芋といった現代アートの作家による企画展も開催されてきた、横浜市を代表する美術館。現在は『ヨコハマトリエンナーレ2011』のメイン会場のひとつとして、21の国と地域の作家による作品がずらりと並んでいます。取材に訪れたこの日はお盆休みの時期とあって、開館前からすでに行列ができていました。事前に「このアーティストの作品が見たい!」と、アーティスト名を列挙したリストを編集部に送ってくださった蓮沼さん。親子連れやカップルでにぎわう会場の中で、真剣そのものの視線で作品を観ていきます。正面入り口から会場に入ると、まず目に飛び込んでくるのがオノ・ヨーコによる『TELEPHONE IN MAZE』という作品。アクリル板でつくられた迷路のような作品の中心には、一台の電話機が置かれています。
この電話機に、オノ・ヨーコ自身から電話が不定期にかかってくるというインスタレーション作品です。「これまでにも何度も電話がかかってきました。世界各地からかけてくれているみたいです」という『ヨコハマトリエンナーレ2011』広報事務局・西山裕子さんの説明に、期待に胸を膨らませてアクリル板の中に入っていく蓮沼さん。しかし、待てど暮らせど電話は鳴らず、「かかってきませんでしたね…」とちょっぴり残念そうに展示を後にしていました。
今回の『ヨコハマトリエンナーレ2011』の中でも目玉展示のひとつである、画家・横尾忠則さんによる『黒いY字路』シリーズ。真っ黒に塗りつぶされたカンバスに、真っ暗なY字路がじわりと浮かび上がります。
『黒いY字路』シリーズは、全て今年に入ってから創作されたもの、とのこと。「今年で75歳になるにも関わらず、常に挑戦的な姿勢には驚かされます」と蓮沼さんの内側に秘めた闘志を刺激した、力強い作品でした。
さらに、蓮沼さんのミュージック・ビデオ制作でコラボレーションした現代美術家・八木良太さんの作品群や、マイク・ケリーによる、スーパーマンの故郷である宇宙の架空都市をモデルにした作品『カンドール』シリーズや、牛の死体をホルマリン浸けしたショッキングな作品などで知られるダミアン・ハーストのステンドグラスを思わせる作品など数十人のアーティストによる作品が並び、たいへんスケールの大きな展示となっていました。
そして美術館の外に出ると、カールステン・ニコライによるインスタレーション『autoR』があります。観客が工事中の仮囲いにシールを貼っていくという観客参加型のこの作品。照りつける太陽の下、蓮沼さんも赤いシールをペタリと貼り付けていました。
「昔は海外の作家や巨匠と呼ばれるアーティストの作品を中心に追いかけていました。でも自分が作品を制作し発表をするようになってから、同世代の日本人アーティストの作品も自然と意識するようになりました」と蓮沼さん。そこから受ける影響について、「音楽、建築、美術などなどの芸術は、違うジャンルからでも共有できるものが必ずあると思います。なので、直接的ではないかもしれないけど、アートは僕の制作の糧になっていると思います」。
続いて向かったのは、『ヨコハマトリエンナーレ2011』のもうひとつのメイン会場である日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)。もともと倉庫であった建物をリノベーションしたこのスペースは、ギャラリー、スタジオ、劇場などさまざまな用途で使われています。先ほど訪れた横浜美術館とは異なり、こちらの会場では、どちらかというと大型の作品を数多く展示。蓮沼さんやジム・オルークなどが演奏に参加する『無題(グリーンハウス)』を手掛けるピーター・コフィンのビデオインスタレーションや、イエッペ・ハインの『スモーキングベンチ』、リナ・バネルジーによるインスタレーション『お前を捕まえてやるよ、おじょうちゃん!』もこちらの会場に設置されています。
「横浜美術館の展示は、美術館ならではの説得力がありました。美術作品を美術館で鑑賞するという当たり前のことを、当たり前に体験することって、とても基本的なことで、とても大切なことだと思います。日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)ではオルタナティヴな空間を活かしたダイナミックな展示がとても魅力的ですね。過去に行われたトリエンナーレにも足を運んでいますが、今回も素晴らしい展示ですね」と、蓮沼さんも大絶賛でした。
「アートに限らず音楽でも、僕の中では、まず観客として観たり聴いたりすることが最初にあるんです。自分が観客の立場から考えるということを大切にしています」と語る蓮沼さん。ジャンルレスな活動を続ける彼の制作の秘密は、もしかしたら、そういった観客としてのスタンスの中にあるのかもしれません。ちなみに、「今日見た中でいちばん印象に残った作家は?」と質問をぶつけてみたところ、「うーん…そうですね…」と、かなり悩んだ結果、特に蓮沼さんの印象に残ったのは横浜美術館で観た杉本博司と、日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)で観たアピチャッポン・ウィーラセタクンの2人の名前を挙げました。「けど、やっぱり田中功起さんも泉太郎さんも…うーん」と絞りきるのも大変な様子。「震災後の日本での国際展とあってか、鑑賞者の僕自身が意識的になっちゃっているかもしれませんが、今回の『ヨコハマトリエンナーレ2011』は日本人作家の作品がとても気持ちに引っかかりました。作家として、学ぶ実りが多かったです」。
「今度はプライベートでゆっくり来ます!」という蓮沼さん。自らも関連イベントに参加するアーティストでありながら、芸術ファンの1人として『ヨコハマトリエンナーレ2011』を自然体で楽しんでいるようでした。
電話:ハローダイヤル 03-5777-8600
HP: http://www.yokohamatriennale.jp
※上記は『ヨコハマトリエンナーレ2011』公式HPのURLです。
今年1月にオープンしたばかりのKAAT 神奈川芸術劇場は、横浜でも比較的新しいアートスポット。演出家・宮本亜門さんが芸術監督を務め、これまでに『金閣寺』や『太平洋序曲』といった話題の舞台が上演されています。取材に訪れた日は、『ヨコハマトリエンナーレ2011』にも出品している杉本博司さんによる舞台作品『杉本文楽 曾根崎心中』をホールで上演しているところでした。
「2月にチェルフィッチュの『ゾウガメのソニックライフ』を観にきました。刺激的な演劇でした」という蓮沼さん。まだ新築の香りが残る館内を、今回は特別に一般の来館者は立ち入りできない裏側へと進むと、港が見える8階には広々としたリハーサルスタジオ(アトリエ)とともに、緑豊かな屋上庭園が広がっていました。「こちらはアーティストたちの憩いの場所としても使われています。この景色を気に入ってくださる方が多いんですよ」とKAATの熊井さん。まさか屋上にこんな場所が広がっていたなんて。残念ながら一般の来館者は入れません。
パフォーマンス・カンパニー「快快」の音楽制作、ダンスユニット「ほうほう堂」のパフォーマンス音楽を務めたりと、舞台芸術とも関わりの深い蓮沼さん。「舞台作品と共同作業をするときは、特に音楽家という意識でやっているわけではないんですよね。音楽家ということを1度忘れてみて、作品に対して自分に何ができるのかなぁ? というシンプルな疑問から、空っぽな状態にして、何も無いところから音や音楽を想像していきます」。その謙虚な姿勢から生み出される音楽は舞台に対して最高の引き立て役となります。KAATのホールに、蓮沼さんの音楽が響き渡る日も近いかもしれません。
電話:045-633-6500
HP:http://www.kaat.jp/
神奈川芸術劇場で開催されるイベント一覧
http://invitation-yokohama.jp/event/?id=316
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