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マッチョなプレイボーイと水着美女。そんな様式美から脱却したジェームズ・ボンド
どうせマッチョな映画だろう。そう思っていたが、金髪のジェームズ・ボンドが奮闘する『007』を見た時、先入観が裏切られた。
映画『007』シリーズは、1962年にショーン・コネリー主演の第1作目『007/ドクター・ノオ』が公開されてから約60年も続く人気作品だ。
ジェームズ・ボンドと言えば、超人的な身のこなしをするスパイでプレイボーイ。彼の横には隣には常に水着の美女。このマッチョイズムを前面に出すスタイルが様式美として愛されてきたのだと思う。
でも同時に、長く愛されるためには変化も必要だ。
2017年頃には「#MeeToo」が話題になり、不朽の名作『風と共に去りぬ』(1939)は黒人差別問題で配信停止となった。世界ではメンタルヘルスの問題が重要視されるようになってきたし、「東西の対立」よりもサイバーテロのほうがリアリティーを増してきた。
『007/カジノロワイヤル』(2006)よりスタートしたダニエル・クレイグ主演の6代目ボンドは、そんな社会の動きと添う必要性に迫られていたように見える。その集大成である『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021)は、まさに新時代のジェームズ・ボンドを描ききっていた。
『007』は「#MeToo」とどう向き合ったのか
『007』において「#MeToo」運動は避けて通れない問題だった。なぜならジェームズ・ボンドというキャラクターは、出会った女性とすぐにキスやセックスをしては、別の女性のところへ行く「女たらし」の面が代々受け継がれてきたからだ。
ボンド・ガールと呼ばれてきた女性たちは、水着を着ていることが多かったし、夜にあてがわれることすらあった。
制作陣もジェンダー問題は重視しているようで『ノー・タイム・トゥ・ダイ』に出てくる女性たちは、ボンドに翻弄されることなく、自分でハンドルを握る姿が際立った。
メガホンをとったキャリー・フクナガ監督は、『The Hollywood Reporter』でのインタビューで、過去のジェームズ・ボンドについて、「『007/サンダーボール』や『007/ゴールドフィンガー』などでは、ショーン・コネリー演じるボンドが女性をレイプしていますよね?」と疑問を呈し、「これはいまの時代には通用しない」と批判していた。
これに呼応するように、キャストたちも積極的に「女性のあり方」について語っている。
例えば、前作から引き続きボンドの恋人として登場するマドレーヌ役を演じたレア・セドゥはオフィシャルインタビューで以下のような発言をしている。
「女性たちがボンドと対等な関係になっているのが、今までのボンド映画との違いだと思う。かつて女性たちは、ボンドの欲望の対象としての側面が強かった。でもこの映画に出てくる女性たちは、より確固たる人物像になっていると思うわ。」(『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』パンフレットより)
マドレーヌはオックスフォード大学とソルボンヌ大学を卒業後、国境なき医師団に2年いた経歴を持つ才媛で、経済的にも自立しているヒロインだ。『ノー・タイム・トゥ・ダイ』ではボンドに頼らずとも自分の意志で行動し、選択する様も描かれる。
マドレーヌだけではない。特に話題になったのが、ラシャーナ・リンチ演じる女性の007・ノーミだ。彼女の配役が発表されるやいなや「女性が007になるなんて」と世界中を震撼させた。
ノーミはジェームズ・ボンドが引退した後を引き継ぐ後輩としての立ち位置だが、彼女はボンドに対して「(007は自分の)永久欠番だと思ってた? ただの番号よ」と言い放つ。そんな逞しい女性を演じたラシャーナも、同インタビューで「新しい時代の女性エージェントを演じることが出来て幸運だし、とても名誉」だと語る。
「女性がどんどん声を上げ、女性の立場を向上させ、より良い世界にしていく。私もずっとそうなってほしいと願ってきたし、映画もそうした声を反映させるときが来たと思うわ。女性たちはもう誰かに承認されるのをまったりはしない。徐々にではあるけれど、女性がさまざまな場所でトップになってきているし、責任ある立場や、男性しかできないと思われてきた仕事にもつくようになった。」(『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』パンフレットより)
登場キャラクターだけでなく、脚本チームに1985年生まれのフィービー・ウォーラー=ブリッジを招き入れたことも話題になった。女性の起用に期待の声もあったが、ダイバーシティーの風潮に迎合する安直なものだとする批判もあがった。
これを受け、彼女を推薦したダニエル・クレイグは、『The Sunday Times』のインタビューで「彼女が素晴らしい脚本家だから脚本チームに入ってもらっただけであって、性別を問題視するのはおかしい」と反発した。
「あなたは女性蔑視の太古の恐竜で、冷戦時代の遺物よ」
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、「#MeToo」以降の作品だから作中の女性の描き方をガラリと変えたわけでもない。ダニエル・クレイグ版ボンドでは少しずつ変化があった。
MI6の秘書役・マネーペニーは、1960年代の作品から長らくデスクワークの白人女性だったが、クレイグ版ボンドの3作目『007/スカイフォール』に登場した際には現場あがりの黒人女性になった。スパイ活動を共にしたり、現場を知る身としてサポートしたりする姿は、オフィスでボンドの帰りを待つガールフレンドというより相棒だ。
『007/スペクター』(2015)では51歳という最高年齢のボンドガールに抜擢されたモニカ・ベルッチが「自分はボンドガールではなくボンドウーマンだと思ってる」と発言したことが話題にもなった。
さかのぼれば、前シリーズの『007/ゴールデンアイ』では、女上司のMがボンドに「あなたは女性蔑視の太古の恐竜で、冷戦時代の遺物よ」という言葉を投げかけていた。制作者側は、1960年代から長く続くスタイルに危機感を抱いていたのかもしれない。
彼氏のいる武器調達係「Q」
また、女性の描き方だけでなく、武器調達係の「Q」の存在感も作品に新しさをもたらしていた。クレイグ版ボンドの3作目『007/スカイフォール』(2012)に登場したQは、これまでのイメージを大きく変えた。
過去シリーズでのQは「奇天烈なおじいちゃん」のイメージが強かったが、クレイグ版ボンドでは痩身でオタク気質の若者へと変貌を遂げた。常にPCとにらめっこをする神経質なQは、物語に新しい風を吹き込むとともに人気を押し上げた。
さらに本作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、Qにはボーイフレンドがいることが明示される。なお、Q役を演じたベン・ウィショー自身は2012年に同性婚しており、現実と物語がリンクするかたちになった。
過去の恋愛をひきずるボンド
ボンドの周りにいるキャラクターやスタッフだけではなく「ジェームズ・ボンド」その人も大きく進化した。
原作ではボンドが冷戦時代のスパイとして活躍した設定があるように、常に「東西の対立」が物語の根底にあったのに対し、クレイグ版ボンドは個人の色が強い。
孤児として育った過去が明かされたり、義理の兄が敵だったりと、ボンドが巻き込まれる事件は、その多くが個人的な因縁に基づくものだ。
クレイグ版ボンド1作目『007/カジノ・ロワイヤル』では、出会った恋人を目の前で失い、悲しみに打ちひしがれるボンドの姿が新鮮だった。
映画の特性上、毎回さまざまな美女は登場するものの、最愛の人はただ一人。恋人の喪失から立ち直るきっかけとなったのが『007/スペクター』と『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でヒロインを演じたマドレーヌになるので、15年もの間、過去の恋愛にとらわれていたことになる。マドレーヌとは家族になりたいという意思を覗かせるなど、これまでの「女をとっかえひっかえ」のイメージとは異なるボンドとなった。
傷つき、悩み、苦しむボンドは、これまでのマッチョイズムさとは違う魅力を持っていた。
クレイグ版ボンドは、9.11以降の暗い世界をベースに作られたとも言われている。それから20年が経ち、世界はまた大きく変わろうとしている。6代目ボンドの幕引きは、この20年の変化を体現しきっているようだ。
もちろん、変化の中にも、しっかりとしたDNAは受け継がれている。仕掛けがたくさんあるガジェットに、息を呑むほど美しい車、ワルサーPPKに細身のスーツ。ダイナミックなアクションシーンに、風光明媚な観光地。これらの様式美を残して、変わり続けるボンドは、あるべき進化を遂げている。コロナ禍を迎え、世界はまた新しい歩みを進めた。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』はこんな言葉でしめくくられている。
James Bond will Return.
次のボンドはどんな姿になるだろうか。
- 作品情報
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『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
2021年10月1日(金)全国公開
監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、スコット・バーンズ、キャリー・ジョージ・フクナガ、フィービー・ウォーラー=ブリッジ
主題歌:ビリー・アイリッシュ“No Time To Die”
出演:
ダニエル・クレイグ
レイフ・ファインズ
ナオミ・ハリス
レア・セドゥ
ベン・ウィショー
ジェフリー・ライト
アナ・デ・アルマス
ラシャーナ・リンチ
ビリー・マグヌッセン
ラミ・マレック
配給:東宝東和
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