気候変動による異常気象や、海面上昇、生態系の破壊など、環境の悪化が目に見えるかたちで深刻化している昨今。私たちが日々当たり前のように食べている「肉」も、その生産過程で温室効果の高いメタンガスを大量に発生させるなどして、自然環境に大きな悪影響を与えているといわれる。
私たちは本当に、これまでどおり肉を食べ続けなければいけないのだろうか? 実際に菜食主義(ベジタリアン)に移行した人々の動機も、宗教や動物保護だけでなく、環境問題や健康課題の解決といった観点が増え、より多様でフレキシブルになってきている。国内外の企業も、プラントベースフード(植物性の食材でつくられた食品)の開発に着手するようになり、人々が菜食中心の生活に移行する準備が整いつつある。それでもどこか遠いことのように思えてしまったり、ハードルの高さを感じたりしている人も多いはずだ。
そこで話を聞いたのが、5年間ヴィーガン(完全菜食主義)を実践し、ヴィーガン料理のレシピサイトや惣菜サブスクサービスを運営するブイクック代表の工藤柊さんと、昨年末からフレキシタリアン(柔軟な菜食主義)・ペスカタリアン(魚は食べる菜食主義)の実践をスタートしたNEWPEACE代表の高木新平さんの2人だ。食べるものを「選びとる」大変さはありながらも、新しい発見と楽しみに満ちた菜食生活のありようにはじまり、あらゆる社会課題を考える際に浮かんでくる「自分ひとりが行動して社会が変わるのか?」という問いへの答えについても語ってもらった。
きっかけは高校3年生のとき、車に轢かれた猫を見かけたことでした(工藤)
―工藤さんは5年前から、肉や魚、卵、乳製品、はちみつなど、動物由来の食品をすべて摂らないヴィーガンになったそうですね。どのような動機ではじめたのでしょうか?
工藤:きっかけは高校3年生のとき、ある日の学校帰りに車に轢かれた猫を見かけたことでした。それまでぼくは、人と人との間にある格差に問題意識を感じていましたが、それは人と動物との間にもあるものなのだと気づいたんです。
工藤:帰宅後、すぐに犬や猫の殺処分の現状を調べはじめました。それから畜産動物についても調べたところ、豚などは国内で1日あたりおよそ5万頭が屠殺されていることを知ったんです。ぼくたちが毎日スーパーで購入し、当たり前のように食べている豚肉、牛肉、鶏肉は、命を犠牲にしたものなのだとあらためて痛感しました。
しかもその飼育過程では、メタンガスを含む牛のげっぷが大量に発生し、家畜に与える飼料を育てるために森林が伐採され、水質まで汚染され……環境にさまざまな悪影響を与えています。「自分も何かしなければ」という思いから、ヴィーガンにたどりつき、翌日から実践することにしたんです。
―たった1日でヴィーガンに移行するのは、ハードルが高かったのでは?
工藤:たしかに前日まで唐揚げ丼を食べていましたが、そこまで大変ではなかったです。以前から、例えばエビの養殖のために東南アジアのマングローブ林が伐採されているという問題を知ってエビを食べることをやめたり、「社会問題を解決するために行動や生活を変える」ということはやっていました。だからヴィーガンへの移行もその延長という感じだったと思います。
いままで「普通」と思っていた食生活のほうがじつは「異常」だったのかもしれない(高木)
―高木さんの場合は、どのような経緯でフレキシタリアン・ペスカタリアンの食生活をはじめたのでしょうか?
高木:ぼくの場合は、工藤さんの後に話すのはちょっと恥ずかしいんですけど(笑)、コロナ禍で10キロくらい太ってしまったことがきっかけでした。妻と一緒に「どうしようか」と考えるうちに、「そもそも早食いすぎるんじゃないか?」という話になって。せめて前菜だけでもゆっくり噛んで食べるようになれば満腹中枢も刺激されるだろうと、「15分かけて前菜を食べようプロジェクト」を2020年の12月からスタートさせたんです。
高木:満腹感を感じるために、いろいろな工夫をはじめました。「野菜を増やそう」からはじまり、「豆も食べよう」「それなら大豆ミートもありかも」と。最終的に、「もういっそのこと、ご飯も入れてワンプレートミールにしちゃおう」というところに行き着きました。
すると身体が軽く、調子もよくなって。逆にステーキなど動物性の食事に戻すと、身体が重たくなり睡眠の質も低下してしまうのを感じました。「身体が異常な消化をしている」という感じなんですよね。
―そこから、フレキシタリアン・ペスカタリアンを自覚するようになったのですね。
高木:そうですね。「ヴィーガンって聞いたことあるけど、こういうことだったんだ」と身をもって実感しました。そうして自然に肉を食べなくなってから、「ヴィーガン」に対してアンテナが立つようになると、それまで目に入っていなかったいろんな情報が一気に入ってくるようになりました。
例えば、Netflixで配信されている『ゲームチェンジャー』(2018年 / 食生活が運動能力や健康にどのような影響をもたらすのかを探る作品)とか、『カウスピラシー』(2014年 / 畜産の観点から環境問題のタブーに切り込んだ作品)などのドキュメンタリー映画が気になって観てみたり。結果、いままで「普通」だと思っていた食生活のほうがもしかして「異常」だったのかもしれないと感じました。
高木:あとは新入社員の歓迎会をしようとなったとき、みんながごく普通にヴィーガン・ノンアルコールの店を選んでいたことも大きかったですね。新しい文化は若い人たちから生まれるとぼくは思っているので、下の世代がヴィーガンを自然に取り入れているのを目の当たりにして、そこに新しい潮流が確実にあると直感しました。
「ゆるヴィーガン」でOK。とにかく楽しむことが大事です(高木)
―実際のところ、食生活を変えてみて、我慢がストレスになるといったことはないのでしょうか……?
工藤:ぼくの場合、最初の2週間はヴィーガンの食生活にも選択肢があることを知らずに、おにぎりと水炊きしか食べていなかったんです(笑)。そのときは辛かったですが、いまは不便さこそあるものの「我慢している」という感覚はないですね。例えば大好きなシュークリームやアイスクリームも、ネットで探せばヴィーガン向けの商品がある。味もおいしいんですよね。情報にたどりつくことさえできれば、ヴィーガンでも食べたいものは食べられます。
高木:中目黒にある「プレマルシェ・ジェラテリア」のアイスも、ヴィーガンだとは信じられないくらいおいしいですよね。たしかに、食品を意識的に選ばないといけないという点では変化が必要ですが、最近はロイヤルホストもCoCo壱番屋もモスバーガーも、メジャーなチェーン店がヴィーガンメニューを扱っている。探せば意外とたくさんあるんです。それこそ、工藤さんが立ち上げた「ブイクックデリ」というサービスもそうですね。
ぼくの場合は、一緒に暮らしている妻とふたりではじめられたのも大きかったです。会社のチャットでもヴィーガン情報を共有するチャンネルがあって、自分が見つけたおいしいヴィーガンメニューやお店を紹介し合ったりしています。難易度が高いからこそ、いいものが見つかったら嬉しいし、それを仲間と共有することで楽しみも増える。菜食生活を続ける難しさの解消にもつながっていると思います。
―たしかに、まわりの人と一緒に取り組めれば辛くなることもなさそうです。
高木:一方で、ぼくとしては少しずつ菜食に寄せていくだけでもメリットは大きいと思っているので、無理をして100%ヴィーガンになる必要性は感じていません。
元The Beatlesのポール・マッカートニーも月曜日にだけは肉を食べない「ミートフリーマンデー」という運動を提唱していますが、「ゆるヴィーガン」でもいいじゃないかと。ちゃんとしたヴィーガンの方からしたら「ゆるヴィーガンなんて存在しねーよ」と思われてしまうかもしれないんですけど(笑)、ゆるく構えることで楽しみながら生活に取り入れられるなら、そのほうがずっといいと思います。
動物を殺すか殺さないか、自然がきれいかきれいじゃないか、2択で考えたら答えは明白(工藤)
―まだ世の中で菜食の実践が十分に広まっているとはいえないなかで、周囲からの視線や反応に、居心地の悪さを感じてしまうようなことはないのでしょうか。
工藤:ヴィーガンの知識がまったくない人と話すときは、「どういう考えでヴィーガンをはじめたか」「栄養は大丈夫なのか」などいろいろ訊かれて、話すことはあります。ただ、同世代の友達はヴィーガンという概念自体は知っている人が多かったので、そんなに大変ではなかったですね。知らないからこそ遠ざけたり、偏見をもってしまったりすることは、日本より先にヴィーガンが広まった他の国でも起こったことだと思いますが、これはもう時間の問題で、いずれ解消されていくのではないでしょうか。
高木:ぼくのまわりの同世代には、「どうなの、ぶっちゃけ?(笑)」みたいな、揶揄するような反応をする人もいました。でもぼく自身は、自分を変えていくことが大好きなんです。菜食以外でも、2年半前くらいから日常的にお酒を飲むことはやめていたり、子どもと過ごす時間を意識的に増やしたり、いろいろとライフスタイルを変えてきました。根本にあるのは、変化することが純粋に「楽しい」という気持ちです。
菜食に限らず、自分がはじめた新しいことのよさをまわりに伝えるときに「なぜそれがいいのか」という理屈の話と、「それが楽しい」という気持ちの話、ふたつの方向性があると思います。なぜヴィーガンがいいのか、理由を知りたい、健康になりたい、ビジネスに活かしたいという人には、「まずは『ゲームチェンジャー』を見て」って言うし、自分自身の感じ方を大切にする人なら「食べてみて、おいしいから」ってヴィーガンフードをシェアする。相手の興味ポイントを見極めて、説明の仕方を変えたりします。
ヴィーガンの話だけじゃなく、ジェンダーや多様性などほかの社会課題の話もすべてそうですが、相手がまったく想像もしていないことや未来のこと、新しいことを想像させるのってすごく難しい。あの手この手を使っていかに対象を相手の近くまでもってくるか、いつも考えます。
―高木さんはお子さんが3人いますが、ヴィーガンという選択について話をすることもありますか?
高木:食事のときに、肉と大豆ミートの違いを話したりはしますね。ただ、いまの子どもは学校でSDGsをしっかりと学んでいて、正直親よりも知識があったりします。うちの子も、「チョコレートは労働搾取になるから食べない」とか普通に言うんですよ。
子どもたちにとって、海はきれいなほうがいいし、山には緑があるほうがいい。動物だっていろいろいたほうがいい。シンプルにそう思える。ぼくら大人は「そうは言っても現実はさ……」とか考えてしまうけど、子どもはまだ経済に毒されていないから。だから親がたまに環境や社会によいものを選んでいるだけで、「教える」みたいに気負わなくても、子どもは自力で学んでいくのだろうと思います。
工藤:動物を「殺すか殺さないか」、自然が「きれいかきれいじゃないか」、どちらがよいかを2択で考えたら答えは明白なんですよね。なのに、これまでの習慣や思い込みが絡んでややこしくなってしまう。ぼくらの世代よりも、さらに下の世代のほうが意識して行動する人は増えているので、5年後、10年後が楽しみでもあります。
ヴィーガンをはじめたり続けたりすることのハードルを少しでも下げたい(工藤)
―先ほど高木さんから、工藤さんが立ち上げた「ブイクック」の話も出ましたが、なぜこの事業をはじめたのでしょうか。
工藤:ヴィーガンをはじめてみて、やはり「不便さ」があったからです。ヴィーガンレシピの投稿サイト「ブイクック」と、惣菜のサブスクリプションサービス「ブイクックデリ」を運営していますが、どちらもヴィーガンをはじめたり続けたりすることのハードルを少しでも下げたいという思いで立ち上げました。「動物や環境のことを考えて行動している人が苦労しなければならない、現状を変えたい」という思いもありました。
とはいってもいきなり会社をつくろうとしたわけではなくて。まずは通っていた大学の食堂にヴィーガンメニューを導入する活動をしたり、ヴィーガンカフェで雇われ店長をしてみたり、身近なところからはじめました。ブイクックデリは2021年の3月からスタートしたのですが、それから半年でもうすぐ1万食を達成します!
高木:ぼくの家でもブイクックデリを愛用しているのですが、手元にヴィーガン食材がないときも手軽に食べられるから、「手抜きヴィーガンができる」と妻から好評なんですよ。
工藤:レンジでチンするだけで食べられますからね。いままでのヴィーガンフードって、しっかりと丁寧なものしかなかったので、新しかったのかなと思います。
―高木さんが代表を務めるNEWPEACEでは、気候変動や環境問題などの情報を発信するコミュニティーメディア「bility(ビリティー)」を運営していますね。
高木:「bility」は会社の若手メンバーが立ち上げたもので、まだトライアルフェーズですが、熱量が高いのでぼくも応援しています。またぼく自身としても菜食生活をはじめてから仕事につながりました。いまはミツカンがグローバルで立ち上げた「ZENB(ゼンブ)」という、野菜や豆など環境負荷の低い食材をまるごと使ったブランドのブランディングに携わっています。豆100%のZENBヌードルはぼく自身食べていて、未来の主食になると思っています。自分がアンテナを立てた瞬間に、いろんな点と点がつながったような感じで、楽しいです。
一人ひとりが自分のできることに取り組むことが、いつか社会の転換点をつくる(高木)
―気候変動はその課題のスケールが大きいことから、「自分ひとりが行動を変えたところで状況は変わらない」と考えてしまう人も多いと思います。おふたり自身は、どのように感じていますか?
工藤:確実に言えるのは、全員がいまの生活を続けたら、いずれ人間は地球で生きられなくなるということです。ぼく自身は、「意味があるから行動する」というよりは——もちろん、意味があると信じてもいるんですが——行動しなければ絶対に何も起こらないから、という思いで取り組んでいるところも大きいです。行動に移したり、意見を表明したりすれば、身近な人の行動にちょっとした影響を及ぼすとか、小さくても変化は起こせるかもしれない。
「一人ひとりの力が積み重なれば変わる」ということを少しでも示すために、例えば「ブイクックデリ」の商品には、その1食でどのくらいの温室効果ガスが減るとか、水の消費量が減るとかを、数値にして表示したりしています。
—高木さんはいかがですか?
高木:いまの世の中では当たり前のことでも、登場したときは「一部のクレイジーな人たちがやっていること」みたいにとらえられていた例ってすごく多いと思うんですよ。例えばスポーツブランドのNIKEが、ショートパンツなどのランニングファッションを1970年代に打ち出したときとか、アウトドアブランドのPatagoniaが、アウトドアウェアを日常に持ち込む提案をはじめたときとか。それがいかにして、世の「当たり前」として浸透していったのか?
マーケティングの理論のひとつに、新しい製品やサービスが市場に広がっていくときのステップを分解する「キャズム理論」というのがあるのですが、これは新しい文化や、社会課題への取り組みの伝播も同じだと思っています。
高木:これでいうと、日本におけるヴィーガンはまだ、イノベーター層からアーリーアダプター層へとようやく広がってきた段階でしょう。そこで重要になるのは、まず実践をはじめたイノベーターやアーリーアダプターが、身のまわりの人にヴィーガンフードの魅力を伝えて、少しずつ輪を広げていくこと。そして次のステップとして「キャズム」を超えるためには、ヴィーガンという新しい文化やそれに取り組む人々が「かっこいい」というイメージを、メディアなどを通じてつくっていくことだと思います。
例えばめっちゃ細かな話ですが、いま「ビーガン」と「ヴィーガン」というふたつの表記パターンがあると思うのですが、「かっこいい」というイメージのためには後者のほうがいいなとか(笑)。
工藤:ぼくもヴィーガンの文化を広められるかどうかは、「まず1食、食べてもらえるかどうか」が壁だと思っています。そのときに「おしゃれ」とか「おいしそう」というイメージで心理的なハードルを下げることはすごく重要ですよね。
それからさらに多くの人に広げていくときには、経済的なメリットも大きく働くはずです。例えば、鶏の唐揚げよりも大豆ミート唐揚げのほうが安くておいしいというイメージが広がれば、きっと爆発的に浸透していく。実際、肉よりも大豆ミートのほうが原価としては安いので、需要が伸びて大量生産ができるようになれば、じゅうぶん実現可能だと思います。
高木:そもそも日常的に肉を食べる文化だって当たり前じゃなかった時代もあって、いまこんなに広まっているのは大量生産可能なシステムによるところが大きいですからね。少数者からはじまったカルチャーや思想が、企業や社会のシステムと接続することで広く浸透していくという構図はどんな事例でも同じだと思います。
世の中はいきなりは変われないけど、そのぶん意識が変わった人がマジョリティーに転じたとき、一気に変化が起こります。一人ひとりが自分のできることに取り組むことが、いつか社会の転換点をつくるはずです。
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ブイクック / ブイクックデリ/ ブイクックモール
ヴィーガンレシピ3,000点以上を掲載している投稿サービス「ブイクック」と、新鮮なまま冷凍されたヴィーガン料理を定期的にお届けするサービス「ブイクックデリ」。10月11日には、ヴィーガン商品の通販サイト「ブイクックモール」が開設。ヴィーガンレストランのレトルト食品など「食べてみたかったヴィーガン食品」を、30店舗以上の出店者から全国配送する。サービスの詳細は各ウェブサイトへ。
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- 工藤柊 (くどう しゅう)
-
1999年生まれ。ヴィーガンレシピ投稿サイト「ブイクック」やヴィーガン惣菜の冷凍宅配「ブイクックデリ」を運営する、ブイクックの代表取締役。
- 高木新平 (たかぎ しんぺい)
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1987年富山県生まれ、NEWPEACE.inc代表取締役。未来に意志を掲げ実践していく「ビジョニング」を提唱し、自動運転、シェアリングエコノミーなど、数多くのスタートアップのビジョン開発・市場創出に携わる。自社においても、ジェンダーやコミュニティーなど21世紀の主題を事業展開している。緑髪3児のパパ。
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