池袋の中心地からやや離れた東池袋を拠点にして、新たな音楽シーンが形成されつつある。その震源地となっているのが、多くのミュージシャンたちに愛され、知る人ぞ知るスポットとなっているカフェ・KAKULULUだ。
11月5日と6日に池袋で開催される『Visca!! IKEBUKURO』は、そのKAKULULUと、豊島区で文化によるまちづくりを推進するとしま未来文化財団がタッグを組んで、音楽文化を発信するイベント。出演者のキュレーションを務めるのは、KAKULULUの常連客でもあるドラマーの石若駿だ。millennium paradeや自身が結成したバンドSMTKなどで活動し、いまや日本を代表するドラマーとなった石若は、KAKULULUこそが自らの「東京の音楽の中心地」であると公言している。
歴史を紐解くと、戦前に若き芸術家が集ったアトリエ村「池袋モンパルナス」や、昭和を代表する漫画家たちが暮らした「トキワ荘」といった文化を生み出す場所が、池袋周辺に存在していた。いま同じ街でKAKULULUが紡いでいる物語は、「文化を生み出す場所のつくり方」を考えるとき、大きな手がかりとなるだろう。
石若に加えて、KAKULULUの店主である高橋悠、SMTKのメンバーで『Visca!! IKEBUKURO』にも出演する細井徳太郎に話を聞いた。
ベテランから気鋭の若手アーティストまで集う、「いろんなことが起こる場所」
―石若さんがKAKULULUに初めて来たのはいつですか?
石若:東京藝術大学を卒業する頃だったので、2015年ですかね。インタビュー取材の場所として指定されたので、それで初めて訪れました。
石若:店主の(高橋)悠さんはその頃からぼくの活動を知っていてくれて。(石若がアニメ版に演奏で参加した)『坂道のアポロン』のコミックスも置いてあったり、なにかと親しみを感じたんですよね。
しばらくして店内でライブもするようになって。「このあとKAKULULU行こうよ」と友達のミュージシャンに声をかけたり、ライブの帰りにビールを呑んだり、自分にとってのホームになっていきました。高田馬場に住んでた頃はチャリでも来てましたね。
―KAKULULUのどこが気に入ったんですか?
石若:音楽やミュージシャンに対する理解と愛情を感じたんですよね。その頃まで音楽の話ができる相手がミュージシャンしかいなかったんですけど、悠さんとはジャズの話ですぐに意気投合できた。
自分のことを理解して、サポートしてくれる人が近くにいるというのは、めちゃくちゃ心強かったです。ぼくのCDをお店に置いて、試聴機も用意してくれたり。
地下のギャラリーで展示を見るのも面白いし、類家(心平)さんや(伊藤)ゴローさんら、いろんなミュージシャンと偶然会えることもある。
たまたま集まったミュージシャン同士でライブやレコーディングをすることもあるし、忘年会をやったりもする。パワースポットというか、いろんなことが起こる場所になっていますね。
―細井さんはどうですか?
細井:KAKULULUに初めて来たのは、2018年の7月かな? SONGBOOK TRIO(角銅真実、西田修大、石若駿によるトリオ編成バンド)と君島大空の対バンライブに駿が誘ってくれて。お店の外観から内装、BGMまで素敵だなって感じたのを覚えています。それをきっかけにぼくも通うようになりました。
いま、東京には(石若)駿が中心になっている音楽シーンがあると思うんですよね。ジャズやポップスの垣根を超えて、それこそ君島(大空)とかSMTKとか。その辺の人たちがこぞってKAKULULUに集まっている。
楽器を持ち寄って、ライブできる環境が整い、ミュージシャンが集まる部室みたいになった(高橋)
―KAKULULUではアニバーサリー企画として、店内イベントを毎年開催していますよね。石若駿さんをはじめ、君島大空さん、西田修大さんや大友良英さん、類家心平さん、伊藤ゴローさん、TAMTAMといったミュージシャンたちがこれまでも出演しています。
高橋:すばらしいミュージシャンたちに出演してもらえて、ありがたいです。でも、最初のころはライブハウスのような機材が無かったので、店内で本格的なライブはできなかったんですよ。石若さんにドラムを持ってきてもらったり、ぼくも実家からピアノを持ってきたりして、少しずつ環境が整ってきた。そうしているうちに、ミュージシャンが集まる部室みたいになっていったんです。
高橋:ぼくはもともとブラジル音楽が大好きで、お店でもブラジル料理を提供していて。ミルトン・ナシメントというブラジル人シンガーソングライターの『街角クラブ』(1972年)ってアルバムがあるのですが、近所に暮らすミュージシャンたちが集まってつくった作品なんですよね。そんなローカル発信の音楽が、いまやブラジルのみならず世界中で愛されている。そういう音楽の拠点になるような店をつくることは、ぼくの憧れでもあり、目標のひとつでした。
―石若さんも参加した君島大空さんの2nd EP『縫層』では、KAKULULUがレコーディング場所として使われました。お店はコロナ禍で休業中だったんですよね?
高橋:君島くんは石若さんから紹介されて初めて知って、大好きなアーティストになったんです。それから数年経って、コロナで大変な時期にサポートできたのは嬉しかったですね。レコーディングに入る前に石若さんにお店の鍵を預けて、自由に使ってもらいました。
石若:鍵はいまも持ってますよ。ぼくはいつでも店を開けられる(笑)。
再開発の影響でKAKULULUがなくなってしまう危機感はずっとある(高橋)
―高橋さんは、もともとミュージシャン志望で、伊藤ゴローさんにギター、菊地成孔さんに音楽理論を学んだそうですね。そんな高橋さんは、なぜカフェを始めたんでしょうか?
高橋:もともと2000年代初頭にあったカフェカルチャーに対する憧れがあったんですよね。当時はお店のなかにギャラリーもあるし、ライブやDJイベントもやる、という多目的スペース的なカフェが多くて。そういう店を自分でつくりたかったんです。
―なぜ渋谷や下北沢のような音楽文化の色濃い場所ではなく、東池袋に店を構えることにしたんですか?
高橋:たまたまぼくの地元だったから(笑)。店から少し行くと実家があるんですよ。
―なるほど。石若さんは東池袋の街にはどんな印象を抱いてますか?
石若:穏やかな雰囲気が好きですね。普段ライブ続きでにぎやかな環境にいることが多いので、この辺りに来ると落ち着くんです。
家からKAKULULUまで散歩しながら音楽を聴いていると、耳元で鳴っているものと目の前の景色がすごくマッチする。そこから曲のインスピレーションが浮かぶこともあって。自分にとっては当たり前にそこにある場所。学校の帰り道みたいな感じです。
―KAKULULUを7年やってきて、昔といまで街の雰囲気の変化は感じますか?
高橋:大きく変わったと思いますね。昔はここら辺で遊ぼうとしてもサンシャインシティしかなかったし、音楽や文化にふれるには西口に行くしかなかった。
最近はHareza池袋みたいな文化施設や、IKE・SUNPARKみたいな公園もできました。松丸くん(SMTKの松丸契)のMVをKAKULULUで撮影したときも、終わったあとみんなでIKE・SUNPARKの芝生で大はしゃぎして(笑)。
高橋:その一方で、東池袋では高層ビルやタワーマンションもすごく増えているんです。じつは今回『Visca!! IKEBUKURO』のプロデュースを引き受けることにしたことにもつながっていて。
―なんでしょう?
高橋:このあたりは再開発地域なので、KAKULULUもその影響を受けてしまうかもという危機感がずっとあって。でも、これだけのことをやってきた自負があるので、簡単に潰れるのは嫌なんです。
そうはいっても、お店だけで発信しても行政や世の中までは届きづらいじゃないですか。だから『Visca!! IKEBUKURO』のプロデュースのオファーをもらったときに、「ちゃんと東池袋にはローカルな文化が生まれているんだぞ」っていうのをアピールできると思ったんです。こういう話、本番当日ステージ上で言ったら偉い人に怒られるかもしれないけど(笑)。
細井:それを言ったあと、みんなでガーッと即興演奏するとか? 「これが悠さんの思いだー!」って。
石若:伝説になるね(笑)。
―コロナ禍の影響で、「ライブは不要不急なのか?」という議論が昨年からされていますが、カルチャーというのは地域に若い人、感度の高い人を呼び込む重要なアセットでもある、という見方もできる。実際、石若さんや細井さんはKAKULULUがあったからこそ東池袋に愛着を抱くようになったわけで、そういう意味でも地域にいろんなものを還元していますよね。
細井:うんうん。
高橋:以前、石若さんが「OIL MAGAZINE」に掲載されているホンマタカシさんの連載「TOKYO AND ME」に出たとき、「東京の音楽を東池袋から発信したい」と言ってくれたのがすごく嬉しかったです。そんなことを言ってもらえる店にできたんだなって。
『音博』を続けてきたくるりに学んだことは多い。次はこちらの番だなって(石若)
―『Visca!! IKEBUKURO』では石若さんが2日間のキュレーションを担当していますが、「東池袋ならではの音楽企画」というのは意識しましたか?
石若:しましたね。この街から新しい音楽が生まれている実感がぼくにはあるんです。最近もアーロン(・チューライ)やFKDとのユニット「FIC」の初ライブをKAKULULUでやったように、ぼくはいつも東池袋で新しいことにチャレンジしてきたので。
今回のフェスは、普段からみんなでKAKULULUに集まってやってきたことの集大成とも言える公演。それをホールという大きな空間で見てもらえるのは、本当に楽しみです。
―初日の11月5日は、石若さんがホスト役を務め、くるりの岸田繁さんを筆頭に、さまざまなゲストを招いたスペシャルセッションです。
石若:ぼくはくるりでドラムを叩いてますけど、岸田さんと1対1のデュオでやるのは今回が初めて。新しいものが生まれるだろうと思ってます。
―くるりは地元・京都で開催している『京都音楽博覧会』を通じて、地域ぐるみで音楽を発信してきたパイオニアでもありますよね。そういう岸田さんの姿勢から学んだことはありますか?
石若:本当にたくさんありますね。それこそシャイ・マエストロやカミラ・メサといった世界中のミュージシャンを京都の梅小路公園(『京都音楽博覧会』の会場)に呼んできたわけで。
スタッフさんたちの観客や出演者へのホスピタリティーもすごいんですよね。そういうフェスをいちアーティストが続けているのはすごいことだと思う。ぼくたちもあんなふうになりたいし、次はこちらの番だなって。
―2日目の11月6日はキセルや冬にわかれて、モノンクル、伊藤ゴロー アンサンブルなど、ジャンルレスに、グッドミュージックを奏でる面々が揃った印象です。石若さんはBoys TrioのメンバーやSMTKの細井さんと松丸さんを交えた特別編成のバンドで出演しますね。
石若:Boys Trioは、ぼくが14歳のときから参加している特別なバンドなんです。人生の半分以上もいっしょに演奏してきたメンバーに、ぼくが最近やってるSMTKの2人が加わるという座組。何が起こるか楽しみです。
―細井さんは、今回のラインナップについていかがですか?
細井:2日間とも楽しみすぎますね。初日は駿が中心となった音楽シーンを東池袋から発信するという意味でも、一夜限りのセッションという点でも、ぜひ見てもらいたい公演。2日目は、個人的には冬にわかれてが大好きなので共演できて嬉しいです。
高橋:イベンターとしてわがままを言うと、例えば2日目にBoysが演奏しているとき誰かが飛び入りするとか、KAKULULUみたいな光景を見てみたい気持ちもある。
KAKULULUの5周年パーティーのときは伊藤ゴローさんと石若さん、君島くん、西田くんがサプライズで共演したんですけど、そういうハプニングの楽しさもお客さんに伝えられたらなと。
石若:あれは楽しかったー。
高橋:だから、徳ちゃんも好きなところに乱入していいよ(笑)。
細井:そしたら頭から全部乱入しようかな(笑)。
―当日はサプライズもありうると。
最終目標は、IKE・SUNPARKでフェスをやること(高橋)
―最後にフェスを通じて、どんなことを感じてもらいたいですか?
石若:東池袋にKAKULULUって店があって、そこに集まる人たちがいて、新しいことが起きているんだぞって。そういう沸々としたものを少しでも感じてもらえたら嬉しいですね。
―少し気が早いですが、『Visca!! IKEBUKURO』のような試みが今後も続いていくといいですね。
高橋:そうですね。ゆくゆくは『Visca!! IKEBUKURO』を地域の音楽文化を楽しむイベントとして独り立ちさせて、2会場や3会場とか使って、池袋全体を盛り上げられるようなものに発展させたいです。最終目標はIKE・SUNPARKでフェスをやること。
―そんな壮大なプランまであったとは。
高橋:去年、石若さんとIKE・SUNPARKに初めて行ったとき、「10周年はここでフェスやりたい」って話したら、石若さんがすごい乗り気になって。
石若:絶対やりたいですね。
高橋:野望ですよね。そのときKAKULULUは控室にしようかなと。
- イベント情報
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『Visca!! IKEBUKURO -KAKULULU 7.5 th Anniversary Live-』
2021年11月5日(金)、11月6日(土)
会場:東京都 Hareza池袋 東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
11月5日出演:
『石若駿 presents「with Special Guests」』
岸田繁
MIZ
HIMI+Marty Holoubek
11月6日出演:
キセル
伊藤ゴロー アンサンブル
冬にわかれて
モノンクル
Boys Trio feat. 松丸契&細井徳太郎
料金:プレミア席8,000円 一般席5,300円 お手頃席2,700円
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