コロナ禍によって顔と顔を突き合わせられるリアルな場は失われ、多くのコミュニケーションがインターネット上に置き換わった。その急激な変化、混乱への対応は人それぞれだが、一年半以上経ったいまも、落ち着いたとは言えない状態だろう。
建築家として、リアルな場の設計、コミュニケーションの可能性を追求してきたデリシャスカンパニー代表の半田悠人も、一時は慣れないリモートに悪戦苦闘していたという。同時に、そこであらためてリアルな空間の価値を再認識し、ポストコロナを見据えて新たなコミュニケーションのための場づくりを行ってきた。それが今年6月にオープンした、デリシャスカンパニーの新オフィスだ。半田のこだわりが詰まった空間で、この一年で大きく変わった人々の「コミュニケーション」のあり方や「リアルな場の価値」について聞いた。
変化した日常のなかで、半田が早々に感じた「リモートの限界」
―昨年から世界は激変し、人と集まる機会がぐっと減ってしまいました。半田さんご自身もリモート対応含め、仕事のやり方が大きく変わってしまったのではないですか?
半田:いえ、ぼくら自身の仕事のやり方はあまり変えませんでした。というか、変えられなかった。もちろん、クライアントとの打ち合わせなど、多くの部分がリモートに切り替わりましたが、対面でないと仕事が進まないことも多かったですね。
まず、建築の仕事に関してはコロナに伴う着工の遅れなどで現場が混乱していました。そのなかで、ぼくらが現場へ行かないという選択肢はあり得なかった。
実際に現場の担当者と顔を合わせて、丁寧に悩みや状況を聞き取る必要があったんです。リモートだと人の機微が伝わらず、コミュニケーションエラーが起きてしまうこともしばしばでした。
―たしかにリモートで効率化した部分もありますが、思うように意思が伝わらないストレスを多くの人が抱えています。
半田:そうですね。職種にもよるのでしょうが、ぼくらはわりと早い段階でリモートの限界を感じていました。気乗りしない打ち合わせがなくなったり、効率化されたのはよかったですが(笑)、対面でコミュニケーションしないとまったく仕事が進まないことも多かったです。とくに、ぼくらの場合はアイデアを考えることが多い仕事なので、それは会って話さないとダメだよね、と。
―リモートだと、いいアイデアが浮かばない?
半田:というより、対面じゃないとアイデアが「飛躍」しないんですよね。リモート会議って、発言する人が決まってくるというか、いろんな人が会話に割り込んで自由に発言することが難しい気がします。
その場の空気感がわからないから、発言のタイミングを逃してしまう。すると「まあいいか、そこまで強く言いたいことでもないしな……」と、大切な意見が捨てられていく。
ぼそっと誰かが言ったことに反応して、「それおもしろい! ちょっと話変えよう」みたいなことって、リモートでは起こりづらいですよね。
たしかに効率的なんだけど、爆発はしないというか。なので、ものづくりの可能性がそこでたくさん消えてしまっていたように思います。
―画面越しだと、熱量も伝わりづらいですよね。アイデア出しだけでなく、プレゼンなどの場合もコミュニケーションのハードルが上がるような気がします。
半田:それはすごく感じました。昨年、企画の提案からプレゼンまで完全リモートで進めなくてはいけない案件があったのですが……あれは大変でした(笑)。最初から最後まで、クライアントと思いを共有できている手応えがまったく感じられなかったですね。
いくらコンセプトや資料を完璧につくり込んでも、それだけでは100%伝わらないんだなと実感しました。こっちが大事だと思って伝えていることが、相手によっては解釈が変わってしまっていることもある。これまでは何度も会って話すことで微妙な認識のズレを埋めることができていたけど、それがまったくできないのはキツかったです。
相手が大企業の場合、いちいち日程を組んでリモート会議を設定するのも面倒だったりしますしね。意外と、「いま近くに来ているんで10分だけ会えませんか?」のほうがスムーズだったりするじゃないですか。
失われて気づいた「空間」が持つ力と価値
―オフィスを解約し、フルリモートに切り替える会社も増えています。半田さんは建築家として「場」をつくる立場にいますが、メンバーで共有する「場」が失われていることに対しては、どのように感じていますか?
半田:個人的には、オフィスは残したほうがいいと思います。理由は大きく2つあって、まずはやっぱりコミュニケーションですよね。人と人とがちょうどいい距離感でコミュニケーションをとれる人数って、「定員」が決まっていると思うんです。
でも、リモートだと何人でも会議ができてしまうから、そのことが見失われている気がします。オフィスだったら、ひとつの会議室に30人も40人も詰め込むことはしませんよね。ものすごく窮屈だし、それでコミュニケーションが成り立つわけがない。そういう、人と人との適切な距離や心地よい人数というのも、リアルな空間があることによって初めてわかるものだと思います。
半田:もうひとつは、オフィスというリアルな空間が失われてしまうと、若い人の成長にも影響を及ぼすように思います。いろんな考え方や性格の人が同じ空間にいるオフィスだからこそ気づけることってあるはずなんです。
とくに、「反面教師」が近くにいることって、すごく大事な気がします。たとえば、オフィスで会社の備品をぞんざいに扱っている人を見て嫌な気持ちになったら自分は大事に使おうと思うだろうし、誰かが説教されているのを見て同じミスをしないように気をつけようと考えますよね。
でも、リモートだと会議が終わった後にパソコンをバーンって叩きつけていたとしても気づかない(笑)。画面越しだと表面的な部分しか見えてこず、人の二面性が分からないのはどうなんだろうと思います。
―現場には成長のためのヒントがたくさん落ちていると。
半田:そうですね。ともあれ、世の中がこういうことになって、多くの人が「場所の価値」に気づいたんじゃないでしょうか。オフィスに限らず、プライベートでも多くの人がリアルな空間を求めていますよね。
たとえば、コロナで遠出ができなくなって、近所の公園に人が集まるようになりました。欧米に比べると、これまでの日本には公園でゆっくり過ごすみたいな文化ってあまり根づいていなかったと思うのですが、いまは昼夜を問わず人がたくさんいる。
これまで使っていなかったけど、じつはこんなに近くに素敵な公共スペースがあるんだと、みんなが再発見しているような感じがありますよね。
―徐々に緩和されつつあるものの、緊急事態宣言下では飲み屋やイベントなど多くの「場」が失われました。それの代替を求めているところもあるのでしょうか?
半田:そう思います。みんな自分の場所を発見しようとして、これまでとは違う視点で街を眺めたり、そこで工夫をして楽しむことを考え始めたりしている。
また、そうやって空間を求めることで、「銀座にはひと休みできるベンチって全然ないんだな」とか「御徒町の駅前広場って、ちょっと休憩するのに最高だな」とか、いろいろ気づき始めているんじゃないでしょうか。
―コロナ禍が収束しても、大人数で集まる空間に対して不安を感じる人も出てきそうです。そんな人たちが安心して過ごすために、建築家として「ポストコロナの空間」はどうあるべきだと思いますか?
半田:大人数のイベントや飲み会に参加するのは抵抗があっても、「人の気配が感じられる空間にはいたい」人は少なくないと思います。なので、コロナ禍が収束しても空間がゆったりしている広めのカフェや、静かに自分の時間を過ごせる空間の需要が高まるんじゃないでしょうか。
たとえば、六本木にある「文喫」のような場所ですね。一人で過ごしつつも、誰かと時間を共有している感覚になる。誰とも話さなくても自分が世界に存在していることを実感できる。そんな安心感を得られる場所が求められていく気がします。
いずれにせよ、人がいる空間の価値はこれからますます高まっていくはず。それだけは断言できると思います。
新たにつくった「実験」と「コミュニケーション」の場
―2021年の6月からデリシャスカンパニーは新しいオフィスに移転しました。ここは、半田さんにとってどんな空間なのでしょうか?
半田:ここは、ぼくらの会社にとってアイデアを生み出すコミュニケーションの場であり、「実験の場」でもあります。
建築の仕事ではいろんな内装のデザインや建築資材をお客さんに提案しますが、その良し悪しって自分で使ってみないと実感しにくいんですよね。だから、自分たちで実際に施工して、普段過ごす空間で使ってみて、その特製を実感したうえでお客さんに提案する。そんな実験の場にしています。
―たとえば、どんな実験をされているのでしょうか?
半田:まず、色合いですね。一見奇抜に見える、カラフルな色をあえてチョイスしました。というのも、日本の住宅の内装って白黒やグレー、ベージュがほとんどなんです。
ぼくらのお客さんでも、最初はカラフルな色にしたいとおっしゃっていても、打ち合わせを重ねるうちに無難な色を選ばれるんです。でもそれって、おそらく空間のイメージが湧かない不安があるからですよね。だったら、カラフルでもかっこいい空間を実際につくって見てもらうのが早いんじゃないかと思って。
―色以外でこだわった部分は?
半田:キッチンですね。事務所を移転するにあたって、キッチンをちゃんとつくろうと思ったんです。会社名も「デリシャスカンパニー」なので、遊びにくるお客さんにちょっとした料理をふるまったり、食関連のイベントをここでできたらいいなって。
そこから、いっそのことアメリカのダイナーのような場所にしようという発想が生まれ、空間のコンセプトが固まっていきました。ダイナーにはボックス席が必要だろうとなり、ファミレスで席のサイズを測って窓辺に手づくりしたりして。今後は、メニューボードをつくったり、よりそれっぽい雰囲気にしていきたいですね。
―建築とデザインの会社なのに、キッチンがオフィスの核になっているというのは面白いですね。
半田:そうですね。オフィスによく「なんちゃって給湯室」みたいなダサいキッチンがあるじゃないですか。あれが大嫌いなんですよね(笑)。だから余計にキッチンにはこだわりたかった。最近は壁にエコカラット(調湿、脱臭、有害物質の低減に優れたLIXILの壁材)を導入したことで印象が変わり、より特別な空間になったように感じます。
―今後はこの場所で、どんなコミュニケーションを図っていきたいですか?
半田:いろんな人がふらっと集まれる空間になればいいなと思います。知り合いが雑談しに来たり、そこからいろんなアイデアを生み出したり。あと、いま考えているのは、ここでドライブスルーならぬ「デザインスルー」という企画をやりたいんですよね。
―デザインスルー?
半田:ぼくらのメイン業務である建築やグラフィックデザインに限らず、あらゆるデザインに関する相談を受けられる場所にしたいんですよ。たとえば「ラブレター」をデザインするとかですね。
ラブレターって、自分の思いをひたすら述べがちで、かえって伝わらなかったりするじゃないですか。だから、文章の中身も含めてぼくらが一緒に考えてあげたい。
デザインって表面だけをきれいにかっこよく取り繕うものではなくて、「どうすればより伝わるか」を考えるコミュニケーションの手段なんです。リアルにディスカッションしながら、あらゆるコミュニケーションの悩みを解決する。ここをそんな場所にしていけたらいいですね。
- プロジェクト情報
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LIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」
壁は間取りをつくるためのものだけではなく、空間をつくり、空気感を彩る大切な存在。そのなかでインテリアや照明が溶け込み、人へのインスピレーションを与えてくれる。
LIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」とCINRAがコラボし7名のアーティストにインタビューを行う連載企画を経て、今回はその内の2名のアーティストが実際にご自身の空間にエコカラットを導入。第二弾企画として、エコカラットのある、その人の生活と価値観を反映する「空間」と「クリエイティビティー」についてお話しを伺います。公式サイトでは、本記事の続きを掲載しています。
- プロフィール
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- 半田悠人 (はんだ ゆうと)
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幼少のころに見た大工さんに憧れ、挫折と紆余曲折を経た後、建築の道へ進む。総合芸術制作会社デリシャスカンパニー主宰。現在も建築家として数々のプロジェクトを手がける。
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