孤独を日常的に感じている人が増加している。
2021年7月に野村総研が発表した、「新型コロナウイルス流行に係る生活の変化と孤独に関する調査」と題するリサーチでは、そんな結果が導き出されている。
全国の20代から80代までの2,000人以上を対象としたアンケートでは、20代から30代の半数以上が「日常の中で孤独を感じる」と回答。コロナ禍以前との比較では、全年代の人が「孤独を感じることが増えた」と回答した。華やかな『東京オリンピック・パラリンピック』の陰で、日本全国で大勢の人たちが「孤独」を感じた一年。2021年は、そんな年だったと言えるかもしれない。
「他者と集まることが難しくなった状況のなか、隔絶された『個』に希望を届けたい」
9月に開催されたオンライン配信イベント『天空の黎明』には、主催者のそんな思いが込められていた。
出演したのは、寺尾紗穂、青葉市子、UA、コムアイ、東京の下町出身のラッパーたちや日本に暮らす難民。世界一の高さの自立式電波塔である東京スカイツリー天望デッキから、眼下の無数の孤独な「個」に向けて、困難な状況のなかを生きた / 生きる人たちの言葉と音楽を届けた。
コロナ禍を乗り越えて開催されたフェスティバル『隅田川怒涛』
9月4日深夜から9月5日の早朝まで、東京スカイツリー天望デッキにてYouTubeでライブ配信された『天空の黎明』は、東東京を舞台にした音楽とアートのフェスティバル『Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13「隅田川怒涛」』のクロージングイベントだ。まずは『隅田川怒涛』について説明しよう。
東京の下町の暮らしの一部であり、多くの文化の源にもなってきた隅田川を舞台に見立てた参加型の音楽とアートのフェスティバル『隅田川怒涛』は、当初2020年春夏の二期に分けて開催される予定だった。しかし春会期の直前にコロナ禍が本格化し、延期を余儀なくされた。
『隅田川怒涛』を企画・運営したNPO法人トッピングイーストのディレクター・清宮陵一さんは、「スタッフは延期が決まった後も前を向いて、粛々と2021年度の準備を進めていきました」と話す。
果たして2021年、『隅田川怒涛』は大きく姿を変えて開催されることになった。春会期として5月にオンライン配信イベントを実施。蓮沼執太フィル、和田永+Nicos Orchest-Lab、いとうせいこう、宮尾節子、晋平太らが出演した。
『隅田川怒涛』春会期で開催された『浜離宮アンビエント』の模様
『隅田川怒涛』春会期で開催された『ことばの渡し』×『エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~』
8月からの夏会期では、リアル会場での開催にもこだわった。墨田区向島の隅田公園では高木正勝が音源提供したサウンドインスタレーション『自然を主旋律としてピアノは調和を』、東向島の北條工務店となりでは坂本龍一と高谷史郎のインスタレーション作品『water state 1』が展示された。
困難を乗り越えて完遂された『隅田川怒涛』。その締めくくりを飾ったのが、本稿で紹介する『天空の黎明』だ。
バラバラに隔絶された個人と、空中から電波を介してダイレクトにつながる
9月4日の24時。配信画面を開くと、墨で書かれた「天空の黎明」の文字に続き、スカイツリー上空から街に向かい無数の放射線が広がるイメージが映った。
このCG映像は、「コロナでバラバラに隔絶された個人に、従来のフェスのような場のつながりではなく、空中から電波を介してダイレクトにつながりたい」という主催者の思いを反映したものだという。
『天空の黎明』には、重要な背景がある。それはトッピングイーストが音楽家のコムアイと共に東東京で行なってきたリサーチプログラム『BLOOMING EAST』だ。『BLOOMING EAST』は、アーティストが自らの関心をもとにさまざまな人に出会い、土地の歴史を学びながら新たな音楽のアウトプットを目指すプログラム。
このプログラムでコムアイは3年間にわたり、東東京の移民や難民のコミュニティーを訪問し、そこに暮らす多国籍の人たちの現実に触れてきた。その様子はこれまでもCINRAで伝えてきた。(参考記事:コムアイが再び開拓する東東京。摩擦がある東京だからできること、コムアイの東東京開拓ルポ 多国籍な移民との出会いから始まる調査)
そういった多国籍な交流が土台にあるからだろう。『天空の黎明』のオープニングでは、イベントの趣旨を英語や中国語をはじめ、イタリア語やタイ語、タガログ語、カタルーニャ語なども含む15言語でアナウンスしていた。
在留外国人をはじめ、社会から孤立しやすい人たちの孤独や困難に寄り添うこと。『天空の黎明』は全編にわたり、その姿勢が貫かれていた。それは、オープニングに続いて配信された『ほくさい音楽博』でも如実に表れていた。
『ほくさい音楽博』は、トッピングイーストが地域の子どもを対象に、義太夫、和楽器、ガムラン、スティールパンという普段は耳にする機会の少ない音楽や楽器に触れてもらい、練習を経て発表会を行なうプログラム。
一見するとただの音楽教室のようだが、じつは学校でも家庭でもない「第三の居場所」としても機能する。家庭環境に困難を抱えていたり、地域とのつながりが希薄になりがちだったりする子どもたちが安心して過ごせる「第三の居場所」は、近年注目されている概念だ。イベントでは事前収録された発表会の映像を配信。子どもたちの堂々たる演奏を味わえた。
寺尾紗穂、青葉市子、稲葉俊郎らが孤立や困難を抱えた人たちに眼差しを注ぐ
孤立や困難を抱えた人たちへの眼差しは、現代にとどまらず、過去の歴史にも向けられていた。
『ほくさい音楽博』のあと、『浜離宮アンビエント』『ことばの渡し x エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~』を挟んで配信されたプログラム『女の子たち 紡ぐと織る』では、事前収録された映像を放送。
コムアイ同様、『BLOOMING EAST』で東東京の歴史をリサーチしてきた寺尾紗穂は、大正から昭和初期にこの地の工場で働いた女工たちの存在に着目。作家の小林エリカに女工を題材とするテキストの執筆を依頼し、彼女たちが働いた東京モスリン吾嬬工場の跡地(墨田区)に立つ文花団地の階段の踊り場で、その物語を青葉市子とともに語り、歌った。
『女の子たち 紡ぐと織る』のアーカイブ映像。動画は字幕に対応している。
深夜2時頃には、大友良英との共著『見えないものに、耳をすます ―音楽と医療の対話』などでも知られる医師の稲葉俊郎が登場。
スカイツリーから望む夜景を背景に、身体の内外と眠り、社会と個人の関係についてのトークと、視聴者から届いた悩みに答えるお悩み相談からなる『ひと雫のわたしであり続けるために』というプログラムを実施した。
プログラムの後半では視聴者の悩みに稲葉がリアルタイムで答えた。たとえば「孤独とどのように向き合ったらいいか」という質問には、「孤独は外の情報から離れ、自分にしかわからない好きなものと向き合う時期。友達なんて、そうして探求した好きな何かを話せる人が、10年に1人いればいい」と回答。スカイツリーという電波塔に届く真夜中のお悩み相談は、多くの人が自室で耳を傾ける深夜ラジオの空気感も連想させた。
その後は、1923年に隅田川周辺にも甚大な被害をもたらした関東大震災をテーマに据えたパフォーマンス『震災惨話』を実施。これは、UAが事前収録でいくつかの震災に関する実話を朗読し、中山晃子がリアルタイムにライブペイントするプログラムだ。また、東東京を地元とするラッパーのNIPPS、MACKA-CHIN、黄猿、FRANKENらが出演し、現代の東東京のリアルを伝えた音楽ライブ『REPRESENT EAST TOKYO』を展開。隅田川沿岸に住む人たちの過去と現在が交錯するかのような時間だった。
コムアイがイラン人難民とともに語り、歌う
後半のプログラムの大きな山場だったのが、コムアイと日本に住むイラン人難民のレイラ・パクザッドさんによる『灯台』。このプログラムは、今回のイベントの出発点ともなったコムアイのリサーチ『BLOOMING EAST』の成果として行なわれたものだ。
最初はコムアイが一人で登場。3年間にわたって東東京の外国人コミュニティーを訪問してきたこと、不正選挙への抗議運動でエチオピアを去らなければいけなくなった「エフレムさん一家」のように、私たちの身の周りにはじつは多くの難民が住んでいること、しかし、日本の難民認定制度で認定されるのは毎年50人程度で、それは申請者の1%にも満たないこと、そうしたなかで難民は不安な生活を余儀なくされていること、などを語った。
このリサーチの過程でコムアイが出会ったのが、イランから難民として逃れてきたレイラさんだ。
コムアイとの対話のなかで、レイラさんは、「イランでは、以前は持っていた人権、とくに女性の人権が奪われている。私はその状況に対して最初に危機意識を抱いた人間の一人で、自分や娘を守るために日本に来た」と母国の状況と来日の理由を説明。
「私は『問題』の一部ではなく、『解決方法』の一部になりたいと思っていた。母国でもいろいろと変化のための活動をしようとしたが、できなかった」と無念そうに語った。
日本では就労許可をもらえたものの、予想外のコロナ禍もあり、アルバイトで最低限の生活費を稼ぐことも厳しい状況だという。
日本の良さは「発言や行動の自由、安全、人権、生き延びられる可能性があること」と話す一方で、「良くないのは差別的な側面。私は生きているのに、日本という国の仕組みや、日本の人々の目にとっては存在していないように感じる」と、切実な実感を語った。
現在のイランでは、女性には自由に歌う権利が与えられていないという。プログラムの後半では、歌うことが大好きだというレイラさんが母国の歌を3曲、アカペラで披露した。
若者についての歌や、愛する人を待つことについての歌、そして最後の故郷についての歌は、レイラさんにリードされるかたちで、コムアイもともに歌った。
歌唱後、今度はコムアイが日本の童謡の“故郷”を一緒に歌うことを提案。コムアイがリードし、二人で歌った。これらのやりとりと歌声は、筆者の個人的なハイライトで、強く胸を打つものだった。
最後にレイラさんは、「レイラという名前は『暗い夜』という意味。どんなに夜が暗くとも、いずれ光は来ます」とカメラの向こうの人々に、そして自らに言い聞かせるように、語りかけた。
絶望から夜明けへ。「視聴者に何か希望を感じてもらえたら」
朝の4時過ぎ、コムアイたちに続いてUA+中山晃子がふたたび登場し、今度は明治~大正期の歌人・教育者である九条武子の随筆集『無憂華』をUAが朗読し、中山晃子がリアルタイムペインティングの多彩な手法で多様な色を添えた。
朝5時前、イベントのラストを飾るプログラム『黎明を吹く』に登場したのは、オーストラリアの先住民アボリジニの楽器である「ディジュリドゥ」の奏者、GOMAだった。
視聴者と一緒に「プラナヤマ」というヨガの呼吸法を実践してから演奏を披露したGOMAがパフォーマンスを終え、最後に鐘を数回鳴らしたとき、展望台の窓の外には青白い朝の光景が広がり、風に雲が流れていた。その風景をバックにして、出演者やスタッフの名前が並んだクレジットが流れ、『天空の黎明』は静かに幕を閉じた。
『隅田川怒涛』を企画・運営したトッピングイーストの清宮さんは、「この約2年のコロナ禍の期間は、人々が孤立感を感じるのに十分な時間だった」と話す。清宮さんは、そうしたシリアスな状況を一種のテコとし、『天空の黎明』の各プログラムを組んだという。
寺尾やUAたちが語る過去の絶望的な状況を生きた個人の物語、現在の不安や悩みに応える稲葉のお悩み相談、ラッパーたちのたくましさ、そしてコムアイとレイラさんの対話や歌声を経て、『無憂華』やGOMAの演奏で徐々に日が明けていく。「その構成を通して、視聴者に『黎明』を、これからの希望のようなのを感じてもらえたらなと考えました」と清宮さんは語った。
多言語によるアナウンスや映像字幕などマイノリティーへの配慮も。記憶に残る一夜
オープニング映像における多言語によるアナウンスは、マジョリティーが想定する「視聴者」像からこぼれ落ちる存在、在留外国人や視覚障害者といったマイノリティーへの意識を感じさせた。
そして、巨大な電波塔であるスカイツリーを舞台に、小さな「個」をテーマにする対比も美しかった。こうしたことは、リアル開催の単なる代替になりがちな「配信イベント」への優れた批評にもなっていた。
さまざまな時間軸を懸命に生きる個人の声が、真夜中の東京上空に集い、静かな共感を広げた『天空の黎明』。それはコロナ禍に訪れた、記憶に残る一夜だった。
- イベント情報
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『天空の黎明』
2021年9月4日(土)24:00~29:16にTOPPING EASTの公式YouTubeチャンネルで無料配信
プログラム:
『ほくさい音楽博』
出演:
練習会に参加した6~15歳の小中学生
竹本京之助
鶴澤弥々
望月太左衛
I Putu Gede Setiawan
鳥居誠
安田冴
原田芳宏
and more
『浜離宮アンビエント』
出演:
蓮沼執太
石塚周太
イトケン
大谷能生
尾嶋優
葛西敏彦
K-Ta
小林うてな
ゴンドウトモヒコ
斉藤亮輔
千葉広樹
手島絵里子
三浦千明
宮地夏海
大崎清夏
音無史哉
角銅真実
寺尾紗穂
『ことばの渡し×エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~』
出演:
いとうせいこう
宮尾節子
和田永+Nicos Orchest-Lab
『女の子たち 紡ぐと織る』
出演:
寺尾紗穂
青葉市子
小林エリカ
『ひと雫のわたしであり続けるために』
出演:稲葉俊郎
『震災惨話』
出演:中山晃子
声の出演:UA
『REPRESENT EAST TOKYO』
出演:
NIPPS×石若駿
FRANKEN×林頼我
黄猿×辻コースケ
MACKA-CHIN×松下敦
『灯台』
出演:コムアイ+レイラ・パクザッド
『無憂華』
出演:中山晃子
声の出演:UA
『黎明を吹く』
出演:GOMA
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