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ウィル・スミス主演、映画『ドリームプラン』のテーマと見どころは?
「この物語の根底にあるのは、最高の自分になりたいという強い思い、そして環境に恵まれなかったとしても、強い精神力があれば逆境を乗り越えられるということだ。これはすべての人々に贈る夢の実現の物語なんだ」(ウィル・スミス)-
『ドリームプラン』プロダクションノートより
舞台はカリフォルニア州南部の都市、コンプトン。
アメリカでも屈指の犯罪率で、ギャング犯罪の多発する危険極まりないこの街は、Dr.ドレーやアイスキューブらを擁したラップクルーN.W.A、ケンドリック・ラマーを輩出したことでも知られる一方、スポーツ史に残る2人のアスリートのゆかりの地でもある。
その2人とは、ビーナス・ウィリアムズとセリーナ・ウィリアムズの姉妹のことだ。
ビーナス&セリーナは、2人あわせてグランドスラム(テニスの国際4大大会)で30回の優勝と、オリンピックで5つの金メダルを獲得という功績を残すテニスの女王。ビーナスは、テニス史上初めてウィンブルドンを制覇したアフリカ系女性として知られている。
本稿では、2月23日公開の映画『ドリームプラン』(原題は「King Richard」)のテーマを読み解き、見どころを紹介していく。
姉妹がこの世に生を受ける前、父はテニス界を制する2人の娘を育てるプランを作成
『ドリームプラン』は、ビーナスとセリーナという歴史を塗り替えたテニスプレイヤーの背景を紐解きながらも、2人の父であるリチャード・ウィリアムズにスポットを当てた事実に基づく作品だ。
なぜ、伝説的なテニスプレイヤーの姉妹ではなく、その父をフィーチャーしているのか? その理由は邦題が端的に言い表している。
ある日、リチャードは大会を制したテニスプレーヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿をテレビで目にする。そしてテニス経験がなかったにもかかわらず、2人の娘を世界の頂点に立つテニスプレイヤーに育てるため、78ページにも及ぶ計画書を独学で作成。その計画書どおり、ビーナスとセリーナはテニス界の頂点に立つことになる。
驚くべきことに、その夢物語のようなプランが立てられたのは、ビーナスとセリーナが生まれる以前のことだった。
物語を牽引する、リチャードという並外れた人物について
ウィル・スミスの演じたリチャードという人物は、単なる夢想家ではなく、並外れた意思と行動力を持っていたゆえに、本作『ドリームプラン』は非常にドラマチックな作品に仕上がっている。
リチャードはたとえ土砂降りの雨のなかでも、ビーナスとセリーナとともにテニスコートに立った。プランの実現を疑うことなく、娘たちの教育に情熱と労力を惜しみなく注ぎ続け、その歩みを止めることはない。
そうしたウィリアムズ家の生活は、近隣住民の目には異常に映り、虐待疑惑で警察に通報され、児童相談所の職員が押しかけてくるほどであった。
娘たちが成長してくると、一流のテニス指導者たちに2人のトレーニングを依頼するために、リチャードは熱心にプレゼンを繰り返した。
最初の頃は、荒唐無稽な話がゆえに相手にされなかったが、リチャードの活動が実を結び、ビーナスとセリーナがある人物の目に留まったことをきっかけに、テニス界はウィリアムズ家のプランに巻き込まれていくことになる。
リチャードの不屈の精神とハードな生い立ち
プランの完遂に向けて邁進し続け、ひたすら娘たちの可能性を信じ、ベットし続けたリチャード。この興味深い人物は、どのようにして形作られたのだろうか?
1942年、悪名高い人種差別政策である「ジム・クロウ法」の存在したルイジアナ州シュリーブポート南部でリチャードは生まれる。差別と貧困に加え、父親に見放されながらも、母親と妹たちのために明るさを失うことなく育った。
このハードな環境によって、リチャードの不屈の精神は培われたのかもしれない。
本作を貫く「父性」と「父権」というテーマ
リチャードは、自分が得られなかった父親からの愛情を伝えるように、ときに厳しく教えを説き、ときに信頼して見守り、娘たちの人生を思いやるよき父の役目を果たす。
コンプトンという貧しさと危険に満ちた地域で家族を守りながら、家計を支え、家族をひとつに束ねて運命を切り拓くということは、決して簡単なことではないだろう。
『ドリームプラン』サウンドトラックより / ビーナスとセリーナとの練習後、ストリートギャングの青年たちに絡まれたリチャードが、娘たちをかばってリンチされてしまうシーンも描かれる
『ドリームプラン』において、こうしたリチャードの「父性」はひとつのテーマであり、ウィル・スミスの堂に入った演技を含めて大きな見どころだ。
しかしその「父性」の裏返しとして、すべての発端となる計画はそれ自体が強すぎる「父権」の象徴でもある。加えて、誰からの指示も助言も受け付けない傍若無人さ、率直で挑発的な言動など……原題の「King Richard」という言葉には、ある種の皮肉も込められていることだろう。
見方によっては、リチャードは自分の人生と成功のために娘たちを利用しているとも見て取れるわけで、その根本的な危うさを無視することはできないのもまた事実だ。
黒人女性の物語として、ビーナスが背負ったもの
また、本作には「黒人女性の物語」という非常に重要な側面もある。
それは劇中に、19世紀の奴隷廃止論者でフェミニストのソジャーナ・トゥルースと、彼女の有名なスピーチである「私は女ではないの?」を登場させることで一層際立たせられている。
女子テニスにパワーと技巧を取り入れ、白人中心だったテニス界の変革のきっかけとなったビーナスとセリーナ。本作のクライマックスで、ビーナスは世界中の黒人少女の未来を背負ってコートに立つことになる。
紳士、つまり裕福な白人男性のスポーツであったテニスの歴史に、ゲットー出身の女性選手が立ち向かうーービーナスの挑戦は、テニスの1ゲームの域を超えた、黒人女性の権利のための戦いであるかのようにスクリーン上で再現される。本作からアンチレイシズム、そして女性の戦いの物語という側面を見いだすこともできるだろう。
本作を強力にバックアップする、もうひとりの女王
そしてこの物語に大輪の花を添える、もうひとりの女王がいる。ビヨンセだ。
偉大なスポーツ選手でありながら、起業家・投資家としてファッションなどさまざまな分野でも成功を収めているビーナス&セリーナと、ビヨンセは非常に仲のよい友人同士なのだという。
姉妹が本作のエグゼクティブプロデューサーを務めていることもあって、ビヨンセが新曲“Be Alive”を書き下ろすに至ったわけだ。
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「黒人女性の物語」のエンドロールを彩るのに、ビヨンセほどぴったりな人選はないと言っていいだろう。
この劇的な物語をより普遍的なものにする母、オラシーンの存在
この物語において、キングと2人の女王以外に欠くことのできない重要な人物がいる。それは、ビーナスとセリーナの母であり、リチャードの妻であるオラシーンだ。
夫とともにテニスについて学び、娘たちを指導し、そして家計を支え、プランの実現に向けて大きく貢献しただけでなく、オラシーンは本作でほぼ唯一リチャードとまともに渡り合えた人物だ。
家族のため、プランのため、自らの意見を伝え、ときにリチャードを諌めるオラシーンがいたからこそ、本作は独裁的な父親と類まれな娘たちの物語ではなく、家族の物語となった。
リチャードを演じたウィル・スミスが「家族の中心的存在」と評したオラシーンだけでなく、共働きの両親を支え、ビーナスとセリーナをコートでサポートした3人の姉たちの存在も忘れてはならない。
なかでも2人の異父姉妹で、オラシーンの連れ子のイシャ・プライスは、ビーナスとセリーナとともにエグゼクティブプロデューサーを務め、製作現場に毎日足を運び、本作のリアリティーを担保する役目を果たしている。
ウィル・スミスがどのようにしてリチャードを演じ、ウィリアムズ一家の運命を切り拓いていったのか。その背後にはどんな思いがあったのか。そしてリチャードとオラシーンは、いかにしてビーナスとセリーナをテニスの女王に育て上げたのか。
このパワフルで劇的な家族の物語のゆくえは、ぜひ劇場でたしかめてほしい。
- 作品情報
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『ドリームプラン』 2022年2月23日(祝・水)公開 監督:レイナルド・マーカス・グリーン 脚本:ザック・ベイリン 撮影:ロバート・エルスウィット 配給:ワーナー・ブラザース映画 出演: ウィル・スミス アーンジャニュー・エリス サナイヤ・シドニー デミ・シングルトン トニー・ゴールドウィン ジョン・バーンサル
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