紅白で立った舞台でひとり再び歌う。中村佳穂の歌のすごさを、上原ひろみとの共演を通じて考える

紅白歌合戦で立った舞台に、なぜ歌とピアノの独演で臨んだのか?

2月4日、中村佳穂が東京国際フォーラム ホールAでワンマンライブ『うたのげんざいち 2022』を開催した。

奇しくもここは約1か月前、millennium parade × Belleとして、細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』のメインテーマ“U”を歌った『第72回NHK紅白歌合戦』と同じ会場。あの日は大所帯のメンバーとともにド派手なパフォーマンスを繰り広げたわけだが、この日はそれとは真逆と言ってもいい、ピアノの弾き語りによる独演が行なわれた。

自身にとって過去最大キャパでのライブを、近年の主軸であるバンド編成ではなくソロ編成で行なうというのは大きなチャレンジのようにも思うが、もともと中村は活動初期において弾き語りを主軸としていた。

ひとりで全国各地のライブハウスに赴き、そこで出会ったミュージシャンと夜な夜な即興でのセッションを繰り返し、そんな仲間たちと作り上げたのが1stアルバム『リピー塔がたつ』(2016年)だ。

その後にサウンドメイクへの興味から固定メンバーとじっくり作り上げたのが2ndアルバムの『AINOU』(2018年)で、近年のバンド編成でのライブ活動はその延長線上にあった。

中村佳穂のバンド編成によるライブパフォーマンス

この日、弾き語りでステージに臨んだことは、結果的に原点確認的な意味合いを持っていたのではないか。

『うたのげんざいち』というタイトルになぞらえれば、自分をここまで連れてきてくれた「うた」との関係性をもう一度見つめ直す、大事な機会だったと位置づけることができるだろう。

そんな印象を強めたのが、ステージに姿を現した中村が、中央に置かれたグランドピアノではなく、端に置かれたアップライトピアノに向かったことだ。

客席に半分背を向けたような形で、いつものように即興的に話し言葉と歌とをシームレスに交差させながらライブはスタート。そこはまるで彼女の自室のようであり、放課後の音楽室のようでもあって、やはりどこか「原点」を感じさせるものであった。

その歌のすごさはどこからくるのか? 中村佳穂の歌の魅力を考える

2曲目の“GUM”からグランドピアノに移動して、ここからのステージは圧巻。ジャズシンガーのようであり、子どもと童謡を歌うお姉さんのようであり、土着的な民謡の歌い手のようであり、ときに北欧の聖歌隊のようなある種の神秘性も纏う多彩な歌声、繊細かつ大胆に強弱をつける発声、弾き語りでもビートを感じさせる独自のタイム感……中村の歌にはシンプルに「声がいい」「メロディーがいい」という尺度を超えた、驚きと興奮が詰まっている。

中村佳穂“GUM”を聴く(Apple Musicはこちら

自己流のボイスパーカッションにはじまり、曲中にクラップも交え、ときに椅子に片足を乗っけながら、駆け抜けるように歌い切った“アイアム主人公”は特に素晴らしく、ステージ上でよく笑い、子どもが遊んでいるかのように自由奔放なステージからは、「感覚肌の天才」という印象を受ける瞬間もあるにはある。

しかし、“GUM”や“アイアム主人公”、“SHE’S GONE”といった『AINOU』の収録曲は、ビートやサウンドとの相性を考え、プロデューサー的なポジションの荒木正比呂をはじめとしたメンバーから提案されたメロディーを膨らませたものでもあり、必ずしも中村の感覚だけでつくられたものではない。

中村佳穂『AINOU』収録曲のライブパフォーマンス

むしろ、そうやって他者を介在させることで、自分ひとりでは思いつかない新たな発見が生まれ、さらにはそれを偶発性のあるステージで歌い、ときに自ら崩しにいくことで生まれる高揚感が、中村の歌をさらに駆動させている。

そこには常に思考と感覚の両方があり、歌に対する畏敬の念が存在している。だからこそ中村佳穂の歌は、生き物のように躍動し、聴くものに未知の興奮を与えている。

中村佳穂のバンド編成によるライブパフォーマンス

細田守監督もそんな中村の歌に惹かれて、「歌」を題材にした作品の主役に抜擢したのだろうし、『NHK紅白歌合戦』の出場も、やはりこの歌の力で引き寄せたものだと感じた。

上原ひろみとの共演の一部始終。「誰かのピアノで歌う」というシンガーとして初めての瞬間

ライブの後半には、事前に告知されていなかった驚きの展開が待っていた。

「ピアニストになりたいと思っていたのに、いつの間にかこうして歌ってる」と語りながら、“POiNT”を歌いはじめ、「未来はわからない!」「いい未来をイメージ!」と歌詞の断片から言葉を投げつつ、「こここここここ」とパーカッシブに歌い、鍵盤を連打。すると突然ステージ袖から誰かが飛び出してきて、中村と向き合いながらのセッションがスタートした。

場内にスクリーンはなかったので、ステージ近くの観客以外は一瞬「誰?」となったはずだが、テクニカルなプレイで一気にその場の空気を持っていたその人がピアニストの上原ひろみであることがわかると、場内は大きな拍手に包まれた。

その後、「1月後半にオファーをしました」と、この共演が急きょ決まったことが明かされる。

前述のように中村はもともとセッションに喜びを感じて音楽活動を本格化させた人だ。バンド編成での活動、声優としての映画出演や『NHK紅白歌合戦』への出演といった経験を経て、いま再び即興でのセッションを、しかも上原ひろみを相手にというのは、このうえない喜びであったに違いない。

そんな喜びがどストレートに伝わってきたのが、“さよならクレール”。ピアノを上原に任せて自由に歌ったかと思えば、途中から再びセッションに突入して、鍵盤を高速で連打したり、ピアノ弦を直接指で弾いたり、様々な技を繰り出す上原と延々スリリングな即興が繰り広げられる。

2人の演奏が最高潮に達すると、そこからすでに何度もステージで合わせてきたかのように、そこからもう一度スッと歌へと戻り、最後の一音までぴったり合った演奏はまさに名演。この曲の歌詞になぞらえるなら、<息が…! 息が…!>詰まるような、そんな至極の時間だった。

さらに、“忘れっぽい天使”ではピアノを完全に上原に任せ、中村はハンドマイクでパフォーマンスをしながら、叙情的なメロディーを歌い上げた。

中村が自身の名義でピアノを完全に他者に委ねて歌うことはこれが初めてだったそうだが、2人の歌と演奏がしっかりと呼応し合い、歌い手としての中村がまた新たな扉を開いたようであった。

中村佳穂“忘れっぽい天使”を聴く(Apple Musicはこちら

その歌は、中村佳穂の存在を超えて、観客一人ひとりのものになる

上原が一度ステージを後にすると、床に直に置かれた中村の愛機Moog Oneで音響的な方向性もちらりと垣間見せてから、もう一度グランドピアノに戻る。このとき歌った「歌は何も知らずに伸びてゆく」というフレーズが、強く印象に残った。

本編ラストの“アイミル”はオーディエンスと向き合いながら、会場中のクラップとともに歌い上げ、その光景は場内の一人ひとりとセッションを繰り広げるかのようでもあった。

中村は昨年のCINRAのインタビューで「歌は誰のものでもない」と語り、それは「誰のものにもなりうる」ということの裏返しでもあるわけだが、それがたしかに感じられるシーンだった。

関連記事:中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿(記事を開く

アンコールではこの日配信が開始された新曲“Hank”を披露。“Hank”とは「糸の束」を意味し(もともとは「阪急百貨店」から取られたタイトルだったそう)、音源では西田修大と君島大空が文字どおり糸を絡めるような精緻なギターを提供しているが、流麗なピアノによる弾き語りも素晴らしかった。

最後は再び上原を招き入れ、「あなたの帰り道に歌がありますように」と告げて、“口うつしロマンス”をセッション。意味を超えて、意志を超えて、ただそこにあり、どこまでも伸びてゆく中村の歌に、これから出会うであろうリスナーも「一耳ぼれ」せずにはいられないはずだ。

3月23日には約3年半ぶりとなるフルアルバム『NIA』のリリースが決定。大きな注目が集まるなか、もう一度自らの歌と向き合い、上原ひろみとのセッションを通じて音楽の楽しさを噛みしめ直して、中村佳穂の新章がはじまる。

イベント情報
中村佳穂
『うたのげんざいち 2022 in 東京国際フォーラム ホールA』
2022年2月4日(金)
会場:東京都 東京国際フォーラム ホールA
プロフィール
中村佳穂(なかむら かほ)

1992年生まれ、京都出身のミュージシャン。20歳から本格的に音楽活動をスタートし、音楽そのものの様な存在がウワサを呼ぶ。2021年7月に公開された細田守原作、脚本、監督のアニメーション映画『竜とそばかすの姫』の主人公・Belle役に起用、同年末、millennium parade×Belleとして『第72回NHK紅白歌合戦』に出演を果たした。2022年3月23日には、約3年半ぶりとなるニューアルバム『NIA』のリリースを控えている。



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