わたしたちのヘルシー

「身体の話に、勇気のいらない社会に」無月経を告白したフィギュアスケーター鈴木明子の違和感

日本ではいまだに、生理やデリケートゾーンをはじめとする「女性の体の話」をしづらい空気感がある。一方で、「Female(女性)」と「Technology(技術)」を掛け合わせた造語で、女性の健康課題をテクノロジーで解決しようとする「フェムテック」と呼ばれるアイテムやサービスが、欧米を中心に続々と登場。その市場規模は、2025年までに世界で5兆円に達する見通しだ。

日本でも、2020年が「フェムテック元年」といわれ、月経や妊活、更年期と言った女性特有のお悩みにアプローチする製品やサービスが登場。2021年の新語・流行語大賞に「フェムテック」がノミネートされて話題に。

女性の体や健康をケアする「フェミニンケア(フェムケア)」への注目度は、間違いなく高まりつつある。

なぜ女性ならではの心や体の健康が、社会課題として関心を持たれるようになってきたのか。これからもっとオープンに、女性たち、ひいては社会全体がフェミニンケアを語れるようにしていくには?

今回は、五輪代表として世界で活躍するなかで、自身の無月経(*1)摂食障害(*2)を経験し、現在はアスリートの健康問題について発信を続けるプロフィギュアスケーターの鈴木明子さんと、婦人科スポーツドクターとして長年活動する産婦人科専門医の高尾美穂さんに聞いた。

(*1)参考記事:月経不順・無月経 | 女性の健康推進室 ヘルスケアラボ|厚生労働省研究班監修 (w-health.jp)
(*2)参考記事:摂食障害(拒食、過食) | 女性の健康推進室 ヘルスケアラボ|厚生労働省研究班監修 (w-health.jp)

海外では、フェムケアにも多様性があった

ー鈴木さんはフィギュアスケーターとしてグローバルに活躍されてきました。生理や女性の体に関して、日本と海外との違いを感じたことはありますか?

鈴木:10年ほど前に初めてアメリカ遠征をしたのですが、現地で買い物をしたときに、明らかに日本よりも生理用品やデリケートゾーンのケア用品の種類が豊富で驚きました。最近話題になる月経カップの存在も、当時アメリカで知ったんです。

私たちフィギュアスケーターは、競技ではTバックを履くことが多いのですが、ちゃんとTバック用ナプキンが売っていて、さらにオーガニック素材も選べる。日本の製品は肌へのやさしさといった品質は素晴らしいのですが、いろんなスタイルや思想に合わせた多様な選択肢という点では、当時はまだまだの印象でした。

ー海外だと、生理の話もオープンにされるのでしょうか。

鈴木:なかなか選手同士で、生理のような踏み込んだ話までする機会はありませんでしたね。ただ、婦人科も含めてかかりつけ医がみんな当たり前にいる文化なので、治療目的でなくても、ちょっとした不調から何でも専門家に相談しやすい雰囲気です。

日本だと、婦人科に行く心理的ハードルが高いじゃないですか。私も初めて1人で婦人科を受診したとき、勇気を振り絞って行ったのを覚えているので。

高尾:婦人科を受診される患者さんは二極化している印象です。時代や地域性にもよりますが、特に東京に住む20代くらいの方は「午前中に受診したクリニックの対応が悪かったので、こちらに受診し直しに来ました」とカジュアルに来院される方も多いんです。最近はインターネット上で生理の話をしたり情報を知ったりできるし、受診の予約までネットで完結しますからね。

一方で、鈴木さんがおっしゃるような「婦人科には、妊娠の話でないと行けない」という意識で、トラブルがあっても時間が経ってからようやくお越しになる方もいらっしゃいます。

鈴木:知識がないと、病院に行くべき状態なのか判断ができませんよね。私もアスリート時代は、生理が来ない状態こそ試合に向けて体が仕上がっている証拠だと、安心してしまっていたんです。生理が来るのは、練習で追い込めていないから──そんな空気をコーチたちからも感じていました。

高尾:そういった考えは数年前まで存在していました。私が2015年から参加していた東京五輪に向けた女性アスリート育成支援プロジェクトでまず行なったのは、コーチの方々に対する指導なんです。当時のアンケートでも、たしかに「生理が止まって一人前」といった男性の指導者の声があったと記憶しています。

鈴木:当時は、それが自分の体にとって良くない状態とさえわからないほど無知でした。生理がないのは、自分の体のSOSを感じなきゃダメってことなのに……。

10代の子たち、アスリートは特に、結果を出したい。競技を突き詰めるほど、女性として、人として大事なものへの考え方が抜けていってしまいがちです。私も競技をする以外では、体のことは完全に二の次でした。

そして年齢を重ねて、周りが結婚や出産で新しいライフステージに変わっていったときにようやく、「果たして私の未来に、女性としての幸せが待っているのかな?」ってふと考えて怖くなったんですよ。自分が間違ってきたからこそいま、私は生理や体に関してなるべく正しいことを伝えなきゃいけないと感じています。

「よく発信したね」と称賛される社会ではダメだと思った

ー鈴木さんは2015年に、無月経の体験をご自身のブログで発信されました。当時、生理を話題にするのはかなり勇気が必要だったのでは?

鈴木:まさに、あのブログに対して周りから「よくぞ、ここまでの話を発信したね」みたいな反響が多かったんですよ。そういう褒められ方が、じつはすごく自分のなかで違和感だったんです。

ー違和感、ですか?

鈴木:なぜ生理について話題にしてはいけない空気があるのかって。私は自分の身に起きた出来事を書いただけのつもりだったんです。それが誰かの注意喚起や気づきになったら嬉しいとは思っていましたが、まさかいろんなメディアに、生理について発信したことで取り上げていただくとは思いもしませんでした。同時に、「世の中がこれじゃダメだ」と思っちゃったんですよ。かと言って、私が親や友人と生理についてオープンに会話できていたわけではありません。

高尾:ここ数年で、生理について世の中で語られるようになったのは、鈴木さんたちアスリートのみなさんがきっかけの一つだと私は思っています。

2011年にサッカーワールドカップで、なでしこジャパンが優勝し、翌年のロンドン五輪では銀メダル。2013年に東京オリンピック・パラリンピック大会の開催が決まった。女性アスリートの活躍が盛り上がるなかで「女性アスリートは男性と同じトレーニングでは強くなれない」という考え方が、トップアスリートやその指導者のあいだで広がり、生理があることの重要性やそのうえでの上手なコンディション調整にも目が向けられ始めたんです。

こうした話題がメディアでも取り上げられ、徐々に「生理を語れる」流れが社会に生まれていったんじゃないのかな、と。

私たち医療職が正しい情報を持っていても、それが選手や指導者の方々にはなかなか伝わらず、歯がゆく思うこともあります。だから、鈴木さんがご自身の言葉で生理の重要性を伝えてくださっているのは、ものすごく価値あることです。

生理には「メリット」がたくさんある

ー生理がつらくて「できるだけ来ないほうがいい」と考える人も少なくないと思います。生理不順や無月経は、女性の体にどんな影響を与えるのでしょうか?

高尾:そもそも生理はなぜ大切なのかーー月に一度出血すること自体が大事なわけではありません。答えは、卵巣が女性ホルモンのエストロゲンを分泌してくれているサインだからです。

女性の卵巣は男性の精巣に当たりますが、精巣は生きているあいだずっと働くのに対して、卵巣でエストロゲンがつくられるのは、だいたい10歳からの40年間と、生殖能力にはタイムリミットがある。そして、このホルモンは妊娠出産に関わるだけではなくて、骨を強く保つという大事な役割があります。

骨量は10代から20代の前半をピークに緩やかに下がり、卵巣が機能を終える50歳前後以降、急激に低下します。いまは人生100年時代。骨密度のピークが低くなってしまうのは、将来的な健康寿命に大きく関わる問題です。だから、成長期にエストロゲンが存在しているかが、人生において重要なんです。

高尾:それ以外にも、コレステロール値を抑えたり血管の弾力性を保ったり。肌や髪をつややかに保つといった美容的な観点。あとは自律神経にもリラックスするための副交感神経、こういったものにエストロゲンが関わっています。

生理があるうちはそれが当たり前だから、私たちはその恩恵に気づきにくい。生理がなくなって初めて、シワが深くなったなとかくすみが濃くなったなとか、変化を感じると、エストロゲンがいろんなことをしてくれていたんだなと実感しますよ。

鈴木:人って自分が得することに対して心が動きますよね。生理はお腹も痛いしイライラするし太るし……とか、マイナスの面ばっかりに目が向きがちですが、いまの高尾先生のお話のように、生理にもメリットがたくさんあると認知され、もっとポジティブに受け止められるようになってほしいですね。

ー生理は体のベースをつくってくれる重要な仕組みなんですね。鈴木さんは生理とうまくつき合うために工夫されていることはありますか?

鈴木:私は選手時代から記録をつけています。生理が来たときの印はもちろんですが、同時に自分のメンタルがポジティブなのか落ち込みやすいのかを矢印で表現していました。すると、なんとなく生理の周期とともに自分の気持ちやパフォーマンスの傾向が見えてくるんですよね。

心と体は密接につながっています。一般的に生理中に避けたほうがいいことに関する情報もありますが、それだけじゃなくて自分自身の傾向を知るのも大切で、どうしたらラクになるかを自分から能動的に考えるんです。いまは簡単に記録できるアプリもいろいろ出ていますよね。

高尾:自らを把握して対策するって、本当に素晴らしいです。その姿勢こそ、鈴木さんがトップアスリートになられた所以だと感じました。

たとえばPMSのような生理前の不調の対策は決まっていて、最初にすべきことは、「生理前は自分が不調の時期だ」と認識することなんです。まさに鈴木さんのお話ですね。アスリートというと、特別な人たちに感じるかもしれませんが、アスリートにとっての良いことは、間違いなくすべての女性にとっても当てはまると私は思います。なぜなら、自分のパフォーマンスを上げる目標に向かっていく人たちだから。ちなみに、鈴木さんは記録をつけてみて、どんな傾向が見えてきましたか?

鈴木:私の場合は生理前に、普段だったら気にしないことにもイライラしやすくなりますね。たとえば自動改札機で前の人が詰まっちゃったときに、急いでいるわけでもないのにイラッとしたり、コーチの叱咤にムッとしたのが態度に出てしまって、あとから自己嫌悪に陥ったり。

逆に、生理後はものすごく元気が出るんです。そのポジティブな期間を狙っていろんな予定を入れたり、練習の強度を上げてみたりと、自分を上手にコントロールするのに役立てています。

正しい情報を味方にデリケートゾーンと上手に向き合う

ーデリケートゾーンのケアと不調が起きたときはどう対処していましたか?

鈴木:私の場合は競技で足を高く上げる動作も多く、ナプキンの端が擦れてVラインが傷になりやすくて……。誰にも相談できなくて、ドラッグストアでデリケートゾーン用のクリームを試してみたり、ナプキンの種類を変えたり、タンポンを使ってみたり自己流でケアを頑張っていました。

日常的なケアアイテムとしては、スケートってずっと体を冷やし続ける環境下に長時間いるので、腹巻きや使い捨てカイロは手放せません。とにかく骨盤周りは温めるのを意識しています。

高尾:フェムケアにどんなアイテムを選ぶにしても、大切なのは本人の心地よさです。

ただし、デリケートゾーンの特徴として、粘膜であることが挙げられます。簡単にいうと唇の内側と同様で、皮膚に比べて傷がつきやすく、薬などの成分を吸収しやすい。そんなデリケートゾーンには、良い素材が触れているほうが望ましいと思います。

鈴木:高尾先生は、デリケートゾーンに関してどういったお悩みをよく相談されますか?

高尾:乾燥やかゆみ、ニオイ、それから性交痛はよくある相談ですね。あとは、おりものの変化を感じて受診される方も多いです。デリケートゾーンは粘膜なので、特に生理が順調に来る年齢層は、ナプキンで通気が悪くなり、蒸れたりかぶれたりといったトラブルになるケースもあります。

一方で、加齢に伴うエストロゲンの分泌低下は、乾燥の原因になります。産後は特に乾燥しますね。乾燥を放置すると、かゆみが出たりキズができやすくなったりするので、そういったお悩みを感じる方には、クリームなどの保湿が対策になります。

高尾:年齢を問わず、産婦人科医だからこそ女性のみなさんに伝えたいデリケートゾーンのケアは、洗うこと。大陰唇という土手の部分とその内側の小陰唇のあいだに、恥垢(ちこう)という垢が溜まると、ニオイや炎症といったトラブルにつながる可能性があります。

患者さんのなかには、ご自身のデリケートゾーンにできるだけ触れないようにしている方がいます。ご自身のデリケートゾーンの構造や特徴を理解して、まず十分に洗い、清潔に保つ習慣をつけてもらえたらと思います。

ー洗浄がフェムケアとして大事なんですね。最近はデリケートゾーンを守りつつニオイの原因をケアするような目的でつくられた専用ソープなどもありますが、洗い方にもポイントがあるのでしょうか?

高尾:普通に凹凸のあるパーツと考えて洗えば大丈夫ですよ。体の表面に出ている皮膚の部分から少し内側の粘膜の端までを洗い流しましょう。

腟内には自浄作用が働いているので、ゴシゴシと洗ったり、指やシャワーで内側まで洗い流したりする必要はありません。粘膜は自分の指でも傷つけてしまいやすいパーツなので、見えないところまで洗おうとするのは避けてください。

高尾:外陰部のお悩みとして、小陰唇が大きいとか片側だけが長いからと不安で来られる方もいらっしゃるんですが、形は千差万別。ほくろの位置のようなものです。彼氏に「変じゃない?」って言われても、気にしないでください。私のほうが彼氏よりよっぽどたくさん見ていますから(笑)。

生理痛やPMSの程度のように、デリケートゾーンも他人とは比べられません。もしも何か不安になったら、まず婦人科で一度相談してみてほしいですね。

「自分を知り、慈しむ」が、他者に寄り添う社会の第一歩

ーいまの社会には、デリケートゾーンの相談をオープンに話しづらい空気があります。社会が変わるために何が必要でしょうか?

鈴木:私が女性の体に関する発信を始めて感じたのは、知識のアップデートの必要性です。私の発信を見た男性の友人から「そんなことに困っていたなんて、まったく知らなかった」と連絡をもらったこともあって、特に男性は、小学校高学年で習う程度の知識のまま大人になってしまっているケースが少なくありません。

正しい情報に触れる機会が増えるほど、壁が取り払われて、世の中的にもっと気軽に話ができるようになっていくと感じています。

鈴木:同性同士だって、もっと理解が必要ですよね。同じ女性だからと、わかったつもりになってしまいがちですが、個人差がある。親子でも生理の症状ってまったく違うじゃないですか。それに、生理用品やデリケートゾーンのケアも昔と随分変わっているはずです。

高尾:おっしゃる通りです。自分の経験ありきだと、自分の物差しになっちゃいますからね。ただ、自分の世代に馴染みのないピルやデリケートゾーンケア用品を娘に勧められないという母心もわかります。お母さんが責められるのではなく、母娘で一緒に勉強できると素敵だなと思います。

鈴木:つらさを理解してもらえないと、余計につらいですよね。

いまってよく「自分らしく生きる」といわれますよね。そのために、まず何よりも健康であることが第一だと思うんです。やりたいことができる健やかな体が大切で、それには心も労ってあげる必要がある。では、自分の心身をケアするにはどうすればいいかと言うと、まずは「自分自身を知ること」が必要だと思うんです。

自分を知れば、同時に人との違いも見えてきます。いまは多様性を尊重する時代。他者を100%理解するのは無理でも、自分と異なる生き方に寄り添い、受け止める姿勢を持つ社会になったらいいなという願いが私の根本にあります。そのためにも、自分を知り、慈しむことが第一歩になるのではないでしょうか。

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*1 メラニンの生成を抑え、シミ・そばかすを防ぐ
*2 2022年2月現在
ウェブサイト情報
【心とからだの話をはじめるメディア】わたしたちのヘルシ―

Women's Health Action×CINRAがお届けする、女性の心とからだの健康を考えるウェルネス&カルチャープラットフォームです。月経・妊活など女性特有のお悩みやヘルスケアに役立つ記事、専門家からのメッセージ、イベント情報などをお知らせします。
プロフィール
鈴木明子 (すずき あきこ)

愛知県豊橋市出身。6歳からスケートを始め、体調を崩してスケートを離れた時期もあったが、2004年に見事復帰。そして2010年バンクーバーオリンピックで8位に入賞し、多くの感動を生んだ。持ち前の表現力と世界観で2011年GPファイナル銀メダル、2012年世界選手権銅メダル、現役最後の2013年全日本選手権では悲願の優勝を果たし、ソチへの切符を手にする。ソチオリンピックでは2大会連続となる8位入賞。現在は、プロフィギュアスケーターとしてアイスショー出演を軸に、テレビ出演や全国各地での講演活動を精力的に行う。引退後2015年より念願の振付師としてのキャリアをスタートさせ、国内・海外にて後進の指導にもあたる。

高尾美穂 (たかお みほ)

産婦人科専門医・医学博士・婦人科スポーツドクター。女性のための統合ヘルスクリニック イーク表参道 副院長。株式会社ドーム(アンダーアーマー)アドバイザーリードクター。文部科学省・国立スポーツ科学センター 女性アスリート育成・支援プロジェクトメンバー。産婦人科医として「臨床の場にいること」を最優先に、関わるすべての仕事にプロとしての誇りを持って向き合い、「すべての女性によりよい未来を」を何よりも大切に、学びを深めメッセージを発信し続けている。



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