YouTubeチャンネル「Lofi Girl」が奨学金を贈呈。サブスク時代のプラットフォームの責任とは?

メイン画像:「Lofi Girl」のオフィシャルサイトより(外部サイトを開く

論点は還元率だけじゃない。サブスク時代の音楽プラットフォームに求められるもの

カニエ・ウェストが最新作『Donda 2』を専用機器「ステム・プレイヤー」限定で発売したのは、大手プラットフォームのアーティストへのロイヤリティーの還元率の低さが理由だという。そのことについて触れたInstagramの投稿(現在は削除)にはこう書かれていた。

「いまアーティストが得ているのは、音楽業界全体が稼ぐ金のうちたった12%だ。いまこそ、この抑圧的なシステムから音楽を解放するときだ」

カニエ・ウェスト『DONDA』(2021年)収録曲 / 関連記事:フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー(記事を開く

SNS上では、各プラットフォームのアーティストへの還元率をまとめた表が不定期で繰り返し大きなバズを起こす。なかでもストリーミングサービス最大手のSpotifyは還元率が低いとされ、トム・ヨーク(Radiohead)などアーティストから批判を受けることも珍しくはない(*1)。

しかし、アーティストのロイヤリティー率の低さは、プラットフォームとしての「当人以外」に対する文化的な還元率の高さの裏返しでもある。

Spotifyでは充実した公式プレイリストによって無名アーティストの再生回数が爆増するケースもあり、それは結果的にインディペンデントな活動を行なうアーティストの収益を増やすことにも直結している。

日本のプロデューサーによるインストをまとめた公式プレイリスト「Road Trip To Tokyo」などは、インストヒップホップを制作するアーティストにとっては非常に重要な存在と言えるだろう。

つまりSpotifyの場合、ユーザーから集まったお金をアーティストに直接還元するだけではなく、新しいアーティスト、楽曲が聴かれるための仕組みづくりにもある程度割いている、という見方もできるだろう。といっても、Spotifyはアーティストへの還元率の低さだけが問題となっているわけではないが……(*2)。

Spotify「Road Trip To Tokyo」を聴く(Spotifyを開く

なぜ、YouTubeチャンネルが奨学金を?「Lofi Girl」による社会貢献施策の背景

「Road Trip To Tokyo」のようなインストヒップホップ系のプレイリストは、作業や勉強中のBGMとしての人気が高い。

その「家具の音楽」としてのインストヒップホップ受容を代表するYouTubeチャンネル「Lofi Girl」。先日チャンネル登録者数が1,000万人を突破したことを記念して、「Lofi Girl」は10名に奨学金をプレゼントする企画を行なった。

「Lofi Girl」のInstagramより

もともと「ChilledCow」という名前で知られていた「Lofi Girl」は、2017年にYouTubeチャンネルをスタート。勉強する少女のアニメ映像のループとともに、ローファイ・ヒップホップを24時間流し続けるライブ配信「beats to relax/study to」で人気を集めている。

『VICE』の記事によると、ローファイ・ヒップホップを象徴する「勉強するアニメの少女」というビジュアルイメージは同チャンネルが初めて打ち出したものだという(*3)。

奨学金の贈呈は、そのビジュアルイメージと勉強に集中するためのBGMとして人気を集めた「Lofi Girl」らしい取り組みだ。実際、この企画について「このチャンネルの成功の主な理由である学生たちに特別賞を捧げたいと思います」と公式サイトには記されている。

本稿では「Lofi Girl」のケースから、プラットフォームによる社会貢献について考えていく。

音楽プラットフォームによる社会貢献の例。Bandcampが果たしてきたこと

『The Verge』の記事によると、「Lofi Girl」はCOVID-19の蔓延後に一気に視聴者数を伸ばしたという(*4)。

巣ごもり期間に新たな勉強をはじめた人や仕事が在宅勤務に切り替わった人も多いだろう。「Lofi Girl」は、そんな自粛生活に寄り添うサウンドトラックとしても視聴者数を伸ばしてきたのだ。

2020年2月末にローンチした「Lofi Girl」による睡眠とチルアウトのためのライブ配信。『HYPEBEAST』の記事では、ローファイ・ヒップホップが若年層の支持を集めているのは、聴き手の不安や憂鬱といった社会的ストレスを解消し、リラックスさせる音楽である点も大きいと当事者のアーティスト目線で指摘されている(*5)

当然ながら、自粛期間は音楽シーンに大きなマイナスの影響も与えた。ライブやクラブイベントなどの活動が制限され、廃業に追い込まれたアーティストや音楽関係者も多いだろう。そんな状況を支援するべく、音楽配信サービスのBandcampが2020年3月からはじめた取り組みが「Bandcamp Friday」だ。

Bandcamp Fridayは毎月第一金曜日に24時間限定で開催されるイベントで、通常であればBandcampが受け取る販売手数料を差し引くことなく、収益をアーティストやレーベルに直接還元するというものだ。

もともと平均82%をアーティストやレーベルに還元しているというBandcampだが、この取り組みはアーティストやレーベルだけではなくリスナーの間でも大きな話題を呼んだ。現在はBandcampの名物企画のひとつになり、先日Epic GamesによるBandcamp買収が発表された際にも継続が伝えられた。

関連記事:Epic GamesによってBandcampが買収。大企業による資本介入は、音楽文化にどう影響する?(記事を開く

Bandcampの社会貢献活動はそれだけではない。2020年には、ジョージ・フロイドが殺害される事件を機に大きな動きとなったBlack Lives Matter運動に連動して「Juneteenth fundraiser」を実施した。

これは6月19日の24時間の間、Bandcampに支払われる手数料分を人種差別問題に取り組む団体「NAACP」に寄付するというもので、2021年にも行なわれている。Epic Games傘下に入った今年の開催についてはまだアナウンスされておらず、今後の動きに要注目だ。

YouTubeチャンネルの枠を超えた「Lofi Girl」の多角的な活動

YouTubeチャンネルとしての印象が強い「Lofi Girl」だが、レーベル「Lofi Records」としてビートメイカーの作品も発表している。各種ストリーミングサービスだけではなくBandcampも使用し、今年もコンピレーション『12 A.M Study Session』(2022年)など多くの作品をリリースしている。

『12 A.M Study Session』のBandcampのページとYouTubeの概要欄には、「Support the beatmakers」の言葉とともに参加したビートメイカーの名前とSpotifyのリンクを掲載。

「Lofi Girl」はライトなリスナー層に向けてBGMを提供するだけではなく、音楽に強い関心を持つリスナー層へアーティスト情報を発信し、アーティストが世に知られるための手助けもしっかりと行なっているのだ。

Bandcampで『12 A.M Study Session』のページを見る(外部サイトを開く

「Lofi Girl」はApple MusicやSpotifyでプレイリストの制作も行なっている。内容はもちろんローファイ・ヒップホップ。YouTubeで築き上げたブランド力も手伝って多くの登録者を獲得しており、ここでも再生回数を増やすキュレーターとしてアーティストの支援に一役買っている。

lofi hip hop music - beats to relax/study toを聴く(Apple Musicはこちら

「Lofi Girl」は重要視しているのは音楽家だけでない。公式サイトにはビートメイカーと並んで、そのアートワークを手がけるイラストレーターのページも設け、「Lofi Girl」が発信する音楽にぴったりの美しいイラストを多く掲載している。

なぜいま、プラットフォームのあり方が問われているのか?

音楽の聴き方がストリーミング主体となった現在、そこに多額のお金が集まるからこそ、アーティストのサポートをはじめとして、プラットフォームの社会的責任はより大きなものとなってきている。

Spotifyなどは問題が報じられるたびに多くの反発の声が上がるのに対し、Bandcampはチャリティー活動を通してより支持を固めている。このことからは、ユーザーによって支払われたお金の使い方はそのプラットフォームの人気をも左右しうることが読み取れる。

プラットフォームに支払われる手数料や月額料金には、いわば「税金が正しく使われてほしい」といった類の願いが乗っているのかもしれない。しかしその「正しい使われ方」が、高いロイヤリティー還元率を保証することであると一概に言うことはできず、今後も議論や検討をしていく必要があるだろう。

「Lofi Girl」のInsragramではハッシュタグで投稿されたファンアートも定期的にシェアされる

ローファイ・ヒップホップをキーワードに多角的に活動する「Lofi Girl」の動きからは、アーティスト、リスナー、イラストレーター……と、あらゆる人をサポートする姿勢が伝わってくる。音楽性と同様のその優しさは、これからも多くの人の心に寄り添っていくだろう。

そのユーザーフレンドリーで、クリエイターを大事にする姿勢には、「抑圧的なシステム」から脱却するヒントが隠されているかもしれない。

*1:The Guardian「Thom Yorke calls Spotify 'the last desperate fart of a dying corpse'」参照(外部サイトを開く

*2:2021年12月31日、Spotifyが配信したPodcast番組でCOVID-19のワクチンに関する陰謀論が展開され物議を醸した。また、CEOのダニエル・エクは軍事企業「ヘルシング」に資金援助を行ない、リスナーやアーティストからの批判を受けたことも記憶に新しい

*3:VICE「How 'Lofi Hip Hop Radio to Relax/Study to' Became a YouTube Phenomenon」参照(外部サイトを開く

*4:The Verge「Lo-fi beats to quarantine to are booming on YouTube」参照(外部サイトを開く

*5:HYPEBEAST「No One Wants to Claim Lofi Hip-Hop. So Why Is It Still so Popular?」参照(外部サイトを開く



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