「映画制作の現場に権力構造は存在すべきでない」アピチャッポンのクィアな眼差しが映す世界

「映画はひとつの広場みたいな空間で、人が自由に入っていって自分の探したいものを探せる場所じゃなきゃいけない」

こう語ったのは、「21世紀最大の才能」とも評されるアピチャッポン・ウィーラセタクン。タイという世界の映画産業の中心ではないところを出自に持ちながら、『カンヌ映画祭』で最高賞ほか4度の受賞歴を持つなど、世界的な評価を集める映画監督だ。

インディペンデントなマインドを持つ、タイ出身のオープンリーゲイのフィルムメイカーという、決して社会の主流といえるような存在ではないアピチャッポン。その作品が、世界の観客から支持される理由はどういったところにあるのだろうか。

特集上映『アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2022』開催にあたっての監督への取材は、最新作『MEMORIA メモリア』と中心 / 非中心をめぐる話題から、欧米中心の映画産業やアメリカの映画文化に対して思うこと、映画制作の現場における権力構造の問題、そして保守思想の根強いタイ社会のクィアポリティクスの現状にまで及んだ。

以下、聞き手を務めた鈴木みのりによるテキストをお送りする。

タイトルからは想像もつかない、カンヌ最高賞受賞作『ブンミおじさんの森』との出会い

わたしがはじめて観たアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画は、『ブンミおじさんの森』(2010年)だった。

「ブンミ」という丸みを帯びた響き、硬さの抜けた「おじさん」という言葉に、癒しを想起させる「森」と続く邦題。「ほほえみの国」といった対外的なイメージをタイ政府が観光産業のアピールに利用してきた状況と、そのイメージを日本含め経済的な先進国が消費してきたこともあいまって、「朗らかで安らぐ映画」なのではないかと想像し、当初は避けていた。

しかし、この映画の実態は(強烈に睡眠に誘う力があることを除けば)異なる。

タイの東北部「イサーン」と呼ばれる地域の農園を営むブンミは、腎臓の病で死を予期し、亡き妻の妹・ジェンとその息子・トンに家業を任せたいと話しはじめる。一応は、話の筋はこのようにまとめられると思うが、本作は起承転結に統合された「物語り」の域にとどまらない。

亡き妻・フエイの幽霊と、行方不明だった息子・ブンソーンが猿の精霊となって三人の前に現れたり、森のなかの王女の挿話があったりする。そして、その森の奥の洞窟にブンミは向かい、過去をめぐるカルマを語る。

『ブンミおじさんの森』予告編

本作の背景には、1973年の「血の日曜日事件」という史実がある。当時のタノーム政権下の独裁、共産主義者への弾圧などに抗議し、民主化を求める市民デモに対して、国家的な武力制圧が起きた。

『ブンミおじさんの森』では、「軍隊に殺されないよう、東北(イサーン)に逃げてきた共産主義に感化された人々を殺した」という語りが挿入される。この2010年の映画の展開は、現在のタイの政治的な状況と容易につながる。

「21世紀最大の才能」と評されるアピチャッポンをかたちづくる非中心性

「もともと『中心でない場所』自体に興味がありました」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン

アピチャッポンが育ったコーンケンは、北イサーンの経済・教育の中心地で最大の都市と呼ばれている。しかし、特に1980年代まではイサーン地方は貧しく、バンコクに出稼ぎに出る人々も多かったという。現在でもバンコクのような都市に住む中間層と、イサーンのような農村部出身者との間に断絶があり、タイ社会における後者への関心は薄いとも聞く。

このような「非中心」性は、「映画産業が盛ん」とは一般的に認識されていない、コロンビアという国で撮られた最新作『MEMORIA メモリア』にも通じるように思えてならない。来日中、インタビューの時間をとってくれたアピチャッポンに、そう伝えた。

「ヨーロッパや欧米にも関心が向いてないのは、たぶんティルダ(・スウィントン、『MEMORIA メモリア』の主演)もそう。二人とも『中心でない場所』で起きている政治的な事情、複雑さに興味を持っている。タイもそういった意味では世界の中心ではないし、焦点を当てられてこなかったところですよね」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン
『MEMORIA メモリア』予告編

『MEMORIA メモリア』は、主人公ジェシカ(ティルダ・スウィントン)がある日、衝撃波のような爆発音を耳にするところからはじまる。だが音はジェシカにしか聞こえない。この不可解な事態をめぐって、やがてジェシカはコロンビアの小さな村に辿りつく。

物語とは、ある時間軸をもって出来事を統合していき、語られることで誰かに伝えられるよう秩序立てられたもの。しかし、ジェシカが出会うエルナンという人物の記憶のエピソードは、その出来事が個人の時間から切り離され、別の他人を通して現れる。こうした観客に混乱をもたらす映画の展開は、神話のようにも思える。

たしかに「あらすじ」のような一本の線があるものの、語り継がれる民話のような挿話がされる『ブンミおじさんの森』や、誰かの語った話の続きを別の誰かが想像して語ることで変容していくというメタフィクション的な初期作品『真昼の不思議な物体』(2000年)から続く、作家性が感じられる。

また『ブンミおじさんの森』の王女のエピソードをはじめ、『光りの墓』(2015年)など何度も出演しているジェンジラー・ポンパット(ジェン)の存在、魅力的な語りを見せる『真昼の不思議な物体』の地方出身の人たち、そして『MEMORIA メモリア』の主人公含め、印象的なキャラクターに女性が多いのもアピチャッポン映画の特徴のひとつだ。

タイは女性蔑視が根強いと言われている。女性=非中心と考えたとき、そうした実社会の状況も創作の際に意識されているのだろうか?

「自分の作品のそういう部分は全然分析したことがないんですよね……タイ社会にいるとやっぱり女性が常に忍耐する立場にあると感じます。

キャスティングをしていると、非常に興味深い物語を語ってくれるのはほとんどが女性なんですね。脚本を書いていくと、特にジェンですが、女性たちの語りが自動的に入っていきます。もちろん例外はありますが、多くの場合、男性からインスピレーションを与えられることってすごく少ないんです」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン

欧米中心の映画産業、アメリカの映画文化に対して思うこと

特集上映『アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2022』は、タイの「非中心」にいる人々の語りで構成された『真昼の不思議な物体』のような実験的な映画が気軽に観られる貴重な機会だ。

一方でこのような機会があることは、2010年に『ブンミおじさんの森』が『カンヌ国際映画祭』最高賞パルム・ドールを受賞したこと、つまり芸術としての映画の「中心」に発見されたことの影響も大きいのではないか。欧米中心的な映画産業や芸術的な映画制作についてどう考えているか、尋ねてみた。

「もともとシカゴの大学で学んでいたので、自分の創作の根っこはアメリカにあります。アメリカの映画文化はすごく発達していて、賞だけじゃなく、いろんなものを世界に与えているはずですよね。

自分が好きなさまざまなアーティストや実験映画の監督、アンディ・ウォーホルとかブルース・ベイリーとかそういった人たちが1950~70年代にたくさん出てきていたように、アメリカの映画文化はもっと多様な場所だと思うんです」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン
「同時に、アメリカの持っている政治的な力は、世界中に非常に強力な生命力をもって支配を広げていますよね。貿易戦争のなかでアメリカが力を発揮し、映画や文化もひとつの武器のように使われ、さまざまな地域に条件を突きつけているような状況が自分もあまり好きではない。

それに資本の非常に大きなプロダクションで制作すると、一人の人が自分の役割を何も考えられない状態になることもある。かといってハリウッド自体を責めることもできないんですけどね」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン

草の根的に盛り上がるインディペンデント映画。アピチャッポンが見たタイの映画シーン

アピチャッポンが、過去にタイ国内で検閲を受けたり創作が難しくなったりしているという話は、これまでの自身の執筆やインタビューで何度も話題になっている。近年は、日本の美術館や美術系の助成団体からのサポートを受けたり協働したりというつくり方もとられてきた。

ただ、タイの映画というと、アピチャッポン作品のような実験的な、アート的な作品が日本に入ってくる機会は少なく、Netflixでの配信含めエンターテイメント作品が多い。タイ国内の映画産業の状況をどう見ているのだろうか?

「いまこの瞬間のことだけを言うのは難しいですね……これはタイだけじゃなくて世界中で同じように起こっていることだとは思うんですけれども、この2年間は、ずっとみんなが携帯電話とかパソコンの画面越しに、出会って話したり、映画などのメディアを消費したりしてきましたよね」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン
「その状況からようやくだんだん解放されていて、いまは新しい流れが生まれはじめているところだと思います。まず、たくさんのインディペンデント映画がつくられていろんな劇場で上映されるようになってきているのがひとつ。

あと、地方でそういった映画を観たいと思う人たちがグループをつくって、地元の映画館と交渉して作品を観られるように行動する、ということがどんどん起こっている。映画をつくる人と観たい人がつながるようになってきているように感じています」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン

「映画制作の現場に、権力構造というか、階層的な格差は存在するべきでない」

『ブンミおじさんの森』の背景となった過去の政変を主導し、逮捕された人々のなかには若者も多かったというが、アピチャッポン自身も、「幼稚園から小学校、中学校、高校、大学と続くタイの教育制度のなかで、自分たちは傷つけられ破壊されてきたとずっと感じてきた」と言う。そのような構造的な問題や権力勾配が存在し続ける状況下でも、映画や芸術を志向する新しい世代の人たちには、変化の兆候も感じられるのだそうだ。

「自分が言えるのはインディペンデント映画業界の人についてですが、思考的な自由がある人が多いと思っています。

映画制作の現場でも個人ごとに責任は存在するんだけれど、権力構造というか、階層的な格差は存在するべきでないと思いますね。どうしてかというと、映画制作は全員で進んでいくものなので。『MEMORIA メモリア』でも、コロンビアにおけるリアリティーが自分には全然わからないから、それぞれの部署にお任せする、提案してもらうっていうかたちで民主主義的に進めていきました。

『ひとつの映画に命を持たせる』という愛のもとに、共通のビジョンを持って動かしていくのが、映画制作というプロセスのはずなんですよね。いまの若い映画制作者たちは、映画に命を持たせられるようそれぞれ自分たちの役割をよく意識しているように思います。ただこういった権力構造の問題は、映画業界とか特定の業界だけじゃなくて社会全体で動かしていくことですよね」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン

オープンリーゲイのアピチャッポンは、保守思想の根強いタイ社会をどう見ているか?

アピチャッポン自身も「タイ出身」で「ゲイであることを公表している」という点で、白人中心主義的な欧米の価値基準の強い映画業界で「非中心」といえるだろう。さらに、複合的なマイノリティで、世界的な評価を得ている作家は他に類を見ない(タイ国内においては、医師の両親のもとで育った中産階級以上だということを自身も自覚しているとかつて言っていたが、そうであったとしても)。

わたし自身、日本に暮らすクィアな一人の書き手として、ロールモデルや先例がかなり乏しく、自分で判断せざるをえない場面が非常に多く、心細さを感じることは少なくない。そんななか、自身のマイノリティとしてのセクシュアリティを公表しながら作品をつくるアピチャッポンの存在に、勇気づけられてきた側面もある。

アピチャッポンはタイにおけるクィアな人々をめぐるポリティクスの現状についてこう語る。

「法律的には同性婚が認められていない状態ではあるものの、タイ社会全体の意識はすごく変わってきているとは思います。この20年間ぐらいで、クィアなアイデンティティーを持つ人々への感覚が非常にオープンになってきている。セブンイレブンのレジや飛行機の乗務員として働くそういう方たちも、オープンにすることができるようになっている。

そうしたことから、タイ国内におけるLGBTQ団体の人たちの運動は一定程度の成功を収めているとも言えるわけです。けれど同時に、自分が考える性のアイデンティティーについての議論、政治的な課題は、(誰もが関係する)大枠の政治の問題と比べると、タイ社会において十分になされていないと感じます」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン
「10年ぐらい前だったら(自分に対して)セクシュアリティーの話題もされてたんだけど、この6年ぐらいはずっと政治の話しかされなくなっちゃっているんですね。

ひとつ例を挙げると、政治的にはすごく王党派、ロイヤリストで、自分の作品でカメラをやっているサヨムプー(・ムックディプローム)さんについてです。自分とはまったく正反対のところにいるのに、『どうやってサヨムプーなんかとあなたが一緒に仕事ができるんだ?』みたいな話をいろんな人からされるんですよ。

こういった状況で何が言えるかというと、タイ社会における保守主義、保守思想は大きな政治のレベルで強固に根づいていて、結果的にLGBTQの人々の権利に対しても影響を誘発している。その状況自体はそんなに変わってなくて、大きな民主主義の問題にもつながっていると考えています。

社会においてLGBTQの人々は、収入格差による貧困層や、あるいは反王室と見なされる人ともみんなひとまとまりにされて、『自分たちとは別の階層にいる存在』とマジョリティーの人たちから扱われているのが実際の状況です」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン

「映画はひとつの広場みたいな空間」

特集『アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2022』で上映される作品においては、性的な表現、老い、排泄物、ディスアビリティ(機能上の能力障害)など、主流の社会からは表面化しにくいものがイメージとして使われている印象が強く残る。

そうしたイメージと対比されるように、工事や再開発も描写される。都市化が進むと何かが排除されることになるが、同時に、たとえば道が整備されて車椅子が通りやすくなるというような包摂が進む可能性もある、というジレンマも感じる。そうアピチャッポンに伝えるとこのように答えがあった。

「自分はまず変化そのものが好きなんですよね。それは人間の生老病苦という変化もそうですし。ひとつの土地や街のことを人間のように思っていて、それが変化する様を見ているんだと感じています」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン
『光りの墓』予告編

『光りの墓』には、ディスアビリティに関連して、女性から女性へのケアを伴った接触の場面がある。それは性的指向とは関わりのないものだろうが、わたしには親密な接触に見え、人と人の関係性や接点を異性愛主義的に捉える必要はないのだと示されていると感じられた。ジェンダーやセクシュアリティにおいて非規範という意味で、クィアな表象と言いたくなるような場面だった。

アピチャッポンは、クィアな人々の立場含めた政治的状況に自らの作品がどう影響するかは、制作上は意識していないそうだが、こう語る。

「映画はひとつの広場みたいな空間で、人が自由に入っていって自分の探したいもの探せる場所じゃなきゃいけないと思っています。そこに『こういったテーマがあるんだ』と絶対的な線を引きたくない。

自分は独裁政権にすら逆らっているつもりはなくて、ただ観察しているだけなんですね。だから作品を観る人たちにちゃんと自由を与えたい」
- アピチャッポン・ウィーラセタクン

『ブンミおじさんの森』や『光りの墓』の終盤には、この言葉に通じる「広場」の場面がある。神話のような、突飛で理解できない存在や事柄の可能性を表現しようとしているアピチャッポン作品を観ていると、統合されて整えられた秩序を信頼して生きている感覚がぐらぐら揺さぶられるだろう。しかし、その作品たちはきっと、観る人それぞれに開かれている。

イベント情報
『アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2022』

2022年4月9日(土)~4月22日(金)
会場:東京都 シアター・イメージフォーラム
※ほか全国順次開催(上映予定は公式サイトへ)

上映作品:
『ブンミおじさんの森』(2010年)
『真昼の不思議な物体』(2000年)
『光りの墓』(2015年)
『アピチャッポン本人が選ぶ短編集』特別上映
プロフィール
アピチャッポン・ウィーラセタクン

映画作家・美術作家。1970年、バンコク生まれ。地元のコーンケン大学で建築を学んだ後、24歳の時にシカゴ美術館附属シカゴ美術学校(School of the Art Institute of Chicago)に留学、映画の修士課程を終了。シカゴ留学時代に、アッバス・キアロスタミ、ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤンらの映画に夢中になると同時に、ジョナス・メカス、マヤ・デレン、アンディ・ウォーホルらの実験的な映画と出会い、商業映画とは異なる映画のあり方を知り、個人的な映画をつくることを決意。2000年に完成させた初長編『真昼の不思議な物体』以来、すべての映画が高く評価される。2010年には『ブンミおじさんの森』がカンヌ映画祭最高賞のパルムドールを受賞。2021年には主演にオスカー女優ティルダ・スウィントンを迎え、初めてタイ国外で制作した最新作『MEMORIA メモリア』がカンヌ映画祭審査員賞を獲得した。



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