「中国のロックバンド」と聞いて、どんな音楽をイメージするだろうか?
Higher Brothersの世界的な躍進をはじめ、近年大きな注目を集めている中国のヒップホップシーン。それに比べると、まだ中国のロックシーンは日本でよく知られているとは言い難い状況だ。しかし実はここ数年、中国ではロックシーンが新たな盛り上がりをみせているという。
卓越した技術と激しいサウンド、そしてオタク文化を踏まえた奇抜なビジュアルが人気の新世代バンド・HYPER SLASHをはじめ、近年若者たちに支持されているHiperson(海朋森)やZoo Gazer(動物園釘子戸)といった中国のインディーロックバンドたちは、中国のロックを聴いたことがない日本のリスナーたちが抱くイメージ以上に、高度な洗練とユニークネスを併せ持っている。
そういったバンドたちが中国で支持されるようになった背景には、どのような状況と流れがあったのだろうか?
日本のアーティストを中国でプロモーションする集団「BYNOW」のCEOであり、中国の音楽を日本に紹介するポッドキャスト番組『BYNOW RADIO』のプロデューサーでもある上海在住のルー・ジン、そして同番組のパーソナリティを務めている上海出身のラジオDJ、アンジー・リーの2人に、昨今の中国におけるロック事情を尋ねると同時に、CINRA読者に特におすすめしたい中国のバンドについても、いくつか挙げてもらった。
中国ではどうやって音楽を聴く? ライブハウスの規模はどれくらい? 中国ロック事情を訊く
―最近、盛り上がっているという中国のロックシーンについて、いろいろと伺いたいのですが、まずは中国の音楽シーンの概況を簡単に教えていただけますか?
ルー:中国も他の国と同じように、一般的に人気があるのはポップス系の音楽になるのですが、いわゆる「ロックシーン」みたいなものも1970年代末くらいからあるんですよね。
ルー:いまの中国でロックに力を入れている音楽会社としては、「摩登天空(Modern Sky)」と「太合音楽集団(Taihe Music Group)」という2つの大きな会社があります。それらの会社は、音楽の制作と管理はもちろんですが、アーティストのマネジメントもするし、ライブハウスの経営やフェスの開催など、非常に幅広い事業を展開しています。
ちなみにModern Skyは、2009年から中国では最大級となる野外音楽フェスティバル『Strawberry Music Festival』を上海や北京で開催している会社としても知られています。中国の『SUMMER SONIC』や『FUJI ROCK FESTIVAL』のようなものですね。過去にはCharlie XCX、Disclosure、The Prodigy、RADWIMPS、Yogee New Waves、never young beachといったアーティストも出演しているんですよ。
―音楽の視聴方法は、ストリーミングが中心なのですか?
ルー:いまはもう、ストリーミングで聴くことが一般的ですね。Spotifyなどのサービスは中国でローンチしていないのですが、Tencentが運営する「QQ Music」や「KUGOU」、NetEaseが運営する「NetEase Cloud Music」など、中国オリジナルのサービスがたくさんあって、多くの人たちがそれを利用しています。
ルー:そういったサービスの運営会社は、ただ音源を配信するだけではなく、アーティストと直接契約をしたり、宣伝に協力したりするなど、従来のレコード会社みたいな役割も担うようになってきているのですが、近年はそういったサービスを通して注目されるアーティストも増えています。
―アマチュアバンドが小さなライブハウスでパフォーマンスを鍛えながら、徐々に大きな会場に出演していくような、いわゆる「ライブハウス文化」みたいなものは、中国にもあるのでしょうか?
ルー:ライブハウスで音楽を楽しむ文化は、それこそ日本から入ってきたところもあるんですよね。いくつかのライブハウスが上海や北京にできたり、先ほど言ったModern Skyが上海で経営する「Modern Sky Lab」という1,200〜1,300人規模のライブハウスなどもあったりするのですが、日本に比べると、まだまだ数は少ないです。
地方都市にもライブハウスはあるのですが、その多くは音楽好きが経営しているような小さなライブハウスが中心で、日本のZeppのように全国展開しているライブハウスはありません。なので、日本のように小さな会場から、どんどん大きい会場にステップアップしていくような流れは、いまのところ中国にはほとんどない状況です。
中国ヒップホップに続く、ロックシーンの盛り上がり。カギは「中国版Netflix」が配信する音楽バラエティー番組
―そういう中で、ここ最近ロックシーンが盛り上がってきているというのは、どういう背景があるのでしょう?
ルー:ちょっと前までは、ロック以上にヒップホップが若者たちのあいだでブームになっていたんですよね。海外でも大きな注目を集めたHigher Brothers(中国・成都出身のヒップホップグループ)をはじめ、中国のいろいろな都市で活躍しているヒップホップのアーティストがたくさんいて、それぞれの地域でかなり盛り上がっているんです。
ルー:ロックシーンが盛り上がるきっかけになったのは、2019年に『バンドの夏(楽隊的夏天 / The Big Band)』という配信の音楽番組が始まったことですね。それがすごい人気番組になった影響で、中国のバンドシーンが盛り上がってきているんです。
アンジー:いま、ルーさんのほうから「ヒップホップブーム」の話がありましたけど、そのきっかけの1つになったのも、2017年に放送された『ラップ・オブ・チャイナ(The Rap Of China)』という配信の音楽バラエティー番組だったんです。そのあとに、『バンドの夏』が始まったという順番なんですけど、どちらも「iQIYI(愛奇芸)」という中国版のNetflixみたいな会社が制作・配信しています。
アンジー:そういった音楽バトル的な番組が、ここ数年中国ではかなり人気があって、番組への出演をきっかけに多くのアーティストがブレイクしています。番組の一部は日本からもiQIYIやYouTubeで視聴することができますよ。
―なるほど。
アンジー:中国は国土が広いので、ライブ活動だけではなかなか全国に音楽が届かない。しかしそういった番組が配信されるようになってからは、遠くに住んでいる人たちが番組きっかけでアーティストに興味を持って、ストリーミングサービスで探して、さらにそこから音楽をいろいろ掘っていく……というサイクルができてきました。
数多くのバンドをブレイクさせた配信番組『バンドの夏』とは?
―『バンドの夏』は、新人を発掘するような、いわゆるオーディション番組とは違うのですか?
アンジー:違いますね。アマチュアがプロになるための登竜門的な番組ではなく、すでに活躍しているバンドが、そこで新曲を披露しながら毎回対決していくという番組なんです。中国で有名なミュージシャンや俳優が審査員として出演していて、その豪華さも人気の理由です。
ルー:音楽オーディション番組も中国にはたくさんあるのですが、『バンドの夏』にはそれまで一部の人しか知らなかったようなベテランバンドも数多く登場しています。番組への出演をきっかけに、ライブの動員力がグンと上がるんですよね。
アンジー:たとえば『バンドの夏』のシーズン2にRe-TROSというバンドが出演したのですが、彼らは中国の音楽好きのあいだではすごく有名なバンドで、ヨーロッパを中心に海外でも評価されている実力派のポストパンクバンドなんです。
アンジー:ただ、ちょっと難解な音楽性なので、それまで中国では一般的な人気はなかった。でも『バンドの夏』の中で、彼らがこれまでどんなキャリアを積んできて、どういうふうに海外で評価されてきたのか、視聴者にもよくわかるように解説されたことで、多くの人が彼らの音楽の良さに気づいたんです。
ルー:もちろん、Re-TROSのようにある程度キャリアのあるバンドだけではなく、この番組をきっかけにブレイクしていった無名の若手バンドもたくさんいるんですよ。HYPER SLASH(超級斬)などは、まさにその最たるものと言えるのではないでしょうか。
オタクカルチャー×ハードコア? キメラ的な異色バンド・HYPER SLASH
―事前にHYPER SLASHの音源を聴いたり、映像を見たりしたのですが、かなりテクニックのあるバンドですよね。
ルー:演奏の上手さは大前提というか、メンバーそれぞれのミュージシャンとしてのキャリアは結構長くて。実はギターの先生とかをやっているような人たちなんですよね。なので、テクニックは間違いなくあります。
彼らの音楽のベースにあるのは、かなりハードコアな音楽なのですが、メタルのファンと同じで、ハードコアな音楽というのは、中国でもかなり好きな人が限られた音楽で……むしろ一般的には、それまであまり聴いたことのないような音楽だったというか。そういう驚きもあったのではないでしょうか。
―なるほど。
ルー:ただ、『バンドの夏』での人気という面では、それ以上に彼らのキャラクターの魅力によるところが大きかったように思います。特にボーカルのSOONが非常に人気ですね。彼女は、日本で言うところの「中二病」的なキャラクターで、アニメや漫画、ゲームが大好きなんですよね。中国の若者たちに人気のメディアとして、「bilibili動画」というプラットフォームがあるんですね。日本の「ニコニコ動画」のようなオタクカルチャー――中国ではアニメ・コミック・ゲームの頭文字を取って「ACG」と呼ばれます――をメインに扱った配信サイトなのですが、そこのユーザーたちが、「やっと自分たち好みのバンドが『バンドの夏』に出てきた!」と、非常に盛り上がったんです。
―そういうバンドは、これまで中国にはいなかったんですか?
ルー:bilibili動画のアップローダーには、いわゆる「歌ってみた」みたいなことをやっている人たちが結構いるし、インディーバンドをやっている人たちもいるのですが、bilibili動画を飛び出して『バンドの夏』に出るようなアーティストは、それまでいなかったんですよね。そこが、HYPER SLASHが他のアーティストと違う点だったのだと思います。
―HYPER SLASHの音楽は、「ACGコア」とも呼ばれているそうですが、テクニカルなハードコアロックに、オタクカルチャーが混ざっていて……ちょっと日本のBABYMETALやPassCodeを思い浮かべました。
ルー:確かに、似ているところはあるかもしれないですね。ちなみに、HYPER SLASHが昨年リリースしたアルバム『STAR ARENA』のプロデュースを、元Fear, and Loathing in Las VegasのSxunさんが担当しているなど、彼ら自身も日本の音楽からの影響はすごく受けているようですし、日本のバンドとの繋がりもあるようです。
―アンジーさんはHYPER SLASHの魅力をどんなふうに捉えていますか?
アンジー:ボーカルのSOONちゃんは、歌が圧倒的に上手いのはもちろんなんですけど、キャラクターがホントに良くて……めちゃめちゃ明るいんですよね。しかも、カリスマ性がある。もともとオタクで、それから音楽をやり始めたらしいんですけど、単に「自分たちの好きなことをやっています」という自己満足的な感じではなく、それをちゃんと普遍的なエンターテイメントに昇華しようとしているところがあるんです。海外での活動も含めて、まだまだ伸びしろのあるバンドなんじゃないかなって思います。
―先ほどオタクカルチャーの話が出てきましたが、中国におけるオタクカルチャーは、日本のそれとは少し違っていたりするのでしょうか?
アンジー:もともと日本のオタク文化が中国に入ってきて生まれたものなので、そこまで違いはないと思いますね。しかし、「オタク、カッコいい」みたいなトレンドもあって、オタクカルチャーをファッション的に取り入れようとする動きもあります。日本でもオタクカルチャーはかなり認知されて市民権を得ていますが、「カッコいい」「ファッショナブル」というイメージは一般的ではないですよね? そこが中国と日本の違う点かもしれません。
中国ではドリームポップが人気? 若者に支持されるおすすめバンドたちを紹介
―HYPER SLASHのような新しいタイプのバンドが、配信番組をきっかけに大きな注目を集める一方で、最近の中国の音楽シーンでは、いわゆるドリームポップやインディーポップのバンドがかなり増えているという話も聞きました。
ルー:いまの中国は経済的に豊かになってきたので、かつてのような激しい音楽やメッセージ性の強い音楽は、あまり人気がないんですよ。その代わりインディーポップやドリームポップといったジャンルの音楽が、音楽好きの若者たちのあいだで流行っているんです。
アンジー:最近の中国の若いバンドは、芸術系の大学を出ていたり、音楽の英才教育を受けていたりする人が、かなり多い印象があります。音楽を勉強するため海外に留学して、そのあと中国に戻ってきて、バンドをやるという。
―そういったバンドは、中国以外の国での活動にも意欲的なんですか?
ルー:そうですね。たとえば、Zoo Gazerという中国のインディーシーンで人気のあるバンドがいるんですが、彼らは大都市でも地方でも人気なので、そうなってくると次は海外に進出しよう、ということになる。
アンジー:中国は国土が広くて人口も多いんですけど、やっぱりまだまだ格差の問題とかもあって。音楽って嗜好品みたいなところがあるから、リスナーが限られてしまう。なので、中国の国内でファンを開拓していくだけでなく、同じような音楽を愛する海外のファンとつながることを大切に考えるバンドも出てきますよね。
ルー:Orange Oceanとかも、海外のフェスに出演したり……あと、MOSAICというバンドも、日本公演をしたり、積極的に海外公演をやっている印象があります。
アンジー:MOSAICは、MVを日本で撮影したり、かなり日本のカルチャー全般に興味があるバンドなんですよね。
―なるほど。そういった中国のバンドの中で、CINRA読者に特におすすめしたいバンドを、いくつか教えていただけますか?
アンジー:私たちがやっているポッドキャスト番組『BYNOW RADIO』で紹介したMandarinはおすすめですね。日本語で歌った曲もあるんですよ。
アンジー:そのほか、『BYNOW RADIO』でも紹介したZoo Gazer、Hipersonや、日本のオタクカルチャーが好きなシンガーソングライター・太一、中国・合肥出身の4人組バンドPeace hotel(和平饭店)といったバンドは、全部おすすめなんですけど、その中でも個人的には、Hipersonをおすすめしたいですね。
アンジー:Hipersonの楽曲の歌詞はすごく文学性が高いんですよ。もちろん中国語なんですけど、中国語で歌っていることが気にならないくらい音楽性も豊かなバンドです。グローバルに響く音楽でありつつも、中国の水墨画のような、どこかローカリティを感じるような世界観もあって。Hipersonのようなアーティストが、言葉の壁を越えて、音楽による文化交流に貢献していくんじゃないかと思っています。だから、私はすごく推しています。
中国で人気のある日本のバンドは? その理由も訊く
―ちなみに、日本のバンドでは、どんな人たちが中国で人気なのでしょう?
ルー:いちばん人気があるバンドは、やっぱりRADWIMPSなのではないでしょうか。もともと人気はあったんですけど、映画『君の名は。』のヒットでさらに新しいファンがつきました。コロナ前の話になりますが、2018年には上海、北京、成都の大規模なアリーナで中国公演を行なっているので、かなり成功していると言えますよね。
RADWIMPSと規模感は異なりますが、先ほど言ったように中国ではインディーポップが流行っているので、その流れでThe fin.、never young beachといったバンドが中国の若者たちにかなり支持されていて、中国公演も非常に盛況でした。中国で人気になりやすいバンドは、第一にメロディーや音楽性が素晴らしいバンド。そういう点では、She Her Her Hersも人気になるんじゃないかと期待しています。彼らは中国のレーベルとも契約して、ツアーも成功させています。
―いま名前が挙がった日本のバンドと中国のインディーポップシーンは、すごく親和性が高いように思いました。
アンジー:実際、『BYNOW RADIO』で紹介した中国のアーティストの多くは、何らかの形で日本のアーティストからの影響を受けているんですよね。なので、ホントに親和性は高いというか、ほとんど違和感無く聴くことができると思います。
―SpotifyやApple Musicでは、いま挙げていただいた中国のバンドの楽曲も配信されていて、実はかなり手軽に聴けるんですよね。
アンジー:そうなんですよ。探そうと思えば、すぐに探して聴くことができるんですよね。なので、もっともっといろんな方に聴いてもらえたらいいと思っています。
ただ、やっぱり日中の「橋渡し」になるようなメディアやプラットフォームがまだまだ全然足りてないんですよね。それで『BYNOW RADIO』をやり始めたっていうのもあるんですけど、まだまだ点と点のつながりでしかないというか。
アンジー:中国のアーティストと話していていつも話に出てくるのは、中国と日本って、距離的にもすごい近い隣国だし、それぞれのマーケットもかなり大きいわけで……日本のアーティストと中国のアーティストが交流することは、日本と中国の音楽シーンにとって、もうプラスでしかないよねっていうこと。実際、その通りだと思うんですよね。HYPER SLASHのような日本の文化から影響を受けて、日本のアーティストともコラボしたいというバンドもいますしね。
ルー:中国と日本の音楽は、それぞれ豊かに発展しています。それなのにお互いの国の音楽が届かない、知る機会すら無いというのは、すごくもったいないことですよね。言葉の壁はもちろんあるのですが、音楽性の部分だけでもきっと伝わる部分はあるはずなので、中国のバンドの楽曲も是非一度聴いてみてもらいたいですね。
- リリース情報
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HYPER SLASH
『航海家物語』
2022年4月15日(金)配信
- イベント情報
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『航海家物語』配信記念YouTubeプレミア配信
2022年4月30日21:00からHYPER SLASHのYouTubeチャンネルにて配信
2021年に開催された『Star Arena Tour』よりツアーファイナルとなった北京公演のライブ映像を公開
- プロフィール
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- HYPER SLASH (はいぱーすらっしゅ)
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2016年中国で結成。2020年中国のネット番組「Summer of the Band 2【バンドの夏2】」に出演し、その圧倒的な存在感により人気が出た。本人曰く、自分たちの音楽はオタクコア(造語)である。彼らが奏でるのは、個性的な8bitサウンドにアイドルっぽい要素が多いのかと思いきや、シャウト、ハードコアの要素を兼ね備えた中毒性のある音楽。SOON(Vo.)、FOLDER(Gt.)、KOOL(Ba.)の3人で現在活動を行っていたが、2022年4月よりオリジナルドラマーJason.Zがアメリカ留学より戻ってきて、結成時の体制が復活した。
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