日本映画界の労働環境を改善するにはどんな制度が必要か?白石和彌らが議論

国内映画界でのハラスメントやジェンダーギャップが問題視されるなか、オンラインシンポジウム『制度設計、実態調査、日本映画のこれからを考える2』が5月27日にYouTubeで配信された。

シンポジウムでは「Japanese Film Project(JFP)」が実施する映像現場の実態調査の中間報告のほか、映画業界で顕在化し始めた性被害やジェンダー格差、労働環境などの問題が挙げられた。

『凶悪』(2013年)や『孤狼の血』シリーズ(2018、2021年)などで知られる映画監督の白石和彌ら登壇者が、課題のリアルな現状や解決に向けた制度設計について意見を交わしたシンポジウムの模様をレポートする。

「日本映画監督協会」の女性会員は5%未満。映画界のジェンダーギャップ、実態は

シンポジウムはJFPが主催した。JFPは非営利型の一般社団法人で、日本映画界におけるジェンダーギャップや労働環境、若手人材不足などの問題解決を目的として、実態調査や提言などの活動を行なう。

JFPメンバーで元助監督の近藤香南子、映画史研究者で京都大学大学院教授の木下千花、労働経済学者で一橋大学経済研究所教授の神林龍が白石とともに登壇し、関西学院大学特別客員教授で元日本テレビキャスターの小西美穂が司会を務めた。

シンポジウムの冒頭では、告発が続いている性被害について触れられた。白石は「被害を訴えた人たちを孤立させずに、みんなで声を上げて守っていくことが必要。報復も心配されるが絶対に許してはならない」と訴える。近藤は「告発をしても(被害者が)救済されるわけでもなく、痛みのなかにまだいらっしゃる。なぜここまで見過ごされ、私たちは見てみぬふりをしてしまったのか。いろんな調査をもとに見つめ直していきたい」と語った。

つづけて、JFPが実施した「映像業界ジェンダーギャップ調査2022〜映画界の職能団体編〜」の結果が紹介された。

浮きぼりになったのは、「日本映画監督協会」や「日本映画撮影監督協会」、「日本映画テレビ照明協会」など、映像製作の従事者で構成される協同組合の女性比率の低さだ。たとえば「日本映画監督協会」では、女性会員比率は全体の4.68%という極めて低い水準にとどまった。

白石は「現場においては、撮影部や照明部、美術部などの技術パートの女性比率は実感としてはこの数字よりも多い」としたうえで、「ただ、技師になるとか立場が上になるにしたがって圧倒的に少なくなっていくという強い印象も同時に持っている。技師になって協会に入るようなレベルになるとこういう数字になるのは頷ける」と現場での肌感覚を語った。

また「日本映画製作者連盟におけるジェンダー調査」(2022年5月時点)では、加盟する4つの映画制作・配給会社(東宝・東映・松竹・KADOKAWA)の役員および執行役員の女性比率がわずか8%であることが明らかに。4社の2022年劇場公開映画ラインナップ(アニメーション作品を含む)における女性監督作品は、61本中7本と11%にとどまることも判明し、依然として映画界が圧倒的な「男性社会」であることが可視化された。

シンポジウムでは、JFPが行なった労働問題の「質的調査」として、現場スタッフの声も紹介。2〜3月にかけて女性スタッフ11人に匿名でグループインタビューを行ない、現場で困っていることや不安をヒアリングしたという。聞き取り内容はコラムとしてまとめられ、JFPの公式サイトに公開されている。

一例として「撮影現場にトイレがなく、生理などのときに困る」といった現場の声が紹介され、白石は「映画界に入って27年ほど経っているが、まったく(状況が)変わっていない」とコメント。「女性目線というところだと、男性よりもつらい思いを現場でしていたんだなということをまったく実感できていなかった」と振り返った。

労働問題の解決のため何が必要か?「製作者委員会内に相談窓口を設置しても意味がない」

では、労働問題などの課題解決のために、どんな制度設計が必要なのだろうか。

近藤がまず指摘したのは、「相談窓口」の必要性だ。「フリーランスで働いている現場の皆さんは困ったことがあっても誰に相談していいかわからない」と課題を提示した。

日本映画製作者連盟は国と連携して「映像制作適正化機関(仮)」の設置を目指し、契約書の発行や就業時間の設定、相談窓口の設置などを盛り込んだガイドラインの策定を進めようとしている。ガイドライン案では製作委員会内に相談窓口を設定する──とあるが、JFPが実施中の「映画制作現場の労働環境改善に向けたアンケート調査2022」の中間報告(500人時点)では、「製作委員会内に設置しても意味がない」との意見が4割を占める結果に。映画会社やテレビ局、広告代理店など「身内」で組織される製作委員会には相談しにくい──との現場の空気感が伺えた。

中間報告での意見を受け、神林は、日本の労働市場でトラブルを処理する手段は大きく分けて3つあると説明。①企業のなかで紛争を処理するシステム(相談窓口)、②政府や行政の窓口(裁判所に近い)、③中間の立場にある業界団体(中間団体)でつくる窓口――に分けられるという。製作委員会内に相談窓口を設置する場合は、①に当たる。

神林は、「問題の種類はいろいろある。ここは改善してほしいという問題から、これは正義に反するだろうという問題まで、バリエーションがさまざまある。それぞれのバリエーションの位置に応じてどういう人が介在すれば良いかは違ってくる」と指摘。

公正な第三者機関が入るべき事案など、それぞれのケースに応じて必要な窓口は変わってくると話し、「自分が感じている問題はどのように解決してもらうのが望ましいか考えて、自由に選べるのが理想形になる」と見解を述べた。

大半がフリーランスのスタッフで成り立っている映画業界では、相談窓口はほぼ設置されていない。登壇者は早急な窓口の設置に賛成しつつも、何らかの被害を受けた人や、相談事項がある人の「安全」が担保されていることが重要だと強調する。

白石は、「撮影現場は狭い世界なので、誰が誰に何を言ったということが詮索するまでもなく、一目瞭然でわかってしまう」と指摘。「報復は絶対に許してはいけないということが大前提にないといけない。その前提をつくったうえで、相談しやすい環境を徐々につくっていくことが必要」だと語った。

「労働組合や統一契約書をつくるべき」。アンケートが浮きぼりにした契約書問題

現場の声やニーズを束ねる土台が乏しいのに加え、映画業界では契約書を交わさないことが「当たり前の風習」とされてきた。

近藤によると、映像業界従事者へのアンケート調査の結果、契約書や発注書の義務化が必要だと訴える意見が8割以上を占めたという。神林は、契約書や発注書は「必須」だと指摘する。「何か起こった時に契約書がないと何も進まない。専門の俳優、監督としてつくり方が変わってくる可能性もあり、契約書をつくっていくことが必要ではないか」などと話した。

この点について白石は、「そもそも撮影部や演出部、製作部にしても仕事の内容がはっきり分かれておらず、それぞれが持ちつ持たれつでやっている部分がある」と指摘。予算が集まらず、撮影が開始される直前まで現場入りすることが確定しないことも多いという。製作側の逼迫した状況が「一人ひとりとお金の話をしきれない」ことにつながっているのではないかと推測した。

映画界には労働組合もない。神林は「組合を作って、統一契約書をつくるべきだと思います」と提言。「ステップアップする場合は個別に交渉して書き直すとして、最低ラインはこれでいく、という取り決めをするということは非常に重要だと思います」と訴えた。

ヒットした分、現場に還元される仕組みを。

シンポジウムでは、作品が大ヒットしたとしても、現場スタッフには還元されないという問題についても触れられた。たとえば、フランスでは入場チケット税を財源の一部とする国立映画センター(CNC)が映画産業を支える中枢機関として機能しているが、日本にはそうした機関が存在しない。

「映画ファンの皆さんから映画の代金をいくら払っていただいたとしても、つくったスタッフには還元されない。つくった時の製作費をベースにしたお給料がすべてで、監督らへの印税は多少あれど、どんなにヒットしようが現場のスタッフには還元されない」

近藤はそう指摘する。「頑張ったことに対して貢献がないので、一律少しだけ確保して、映画界に還元する仕組みがあったら健全ではないか」とも提言した。

白石は「どんなに映画がヒットしても、もらえるのは大入り袋に500円玉だけなんです(笑)」と驚きの実態を明らかに。「すごく儲かったときはスタッフに還元してほしい。本質的には映画づくりって本当に豊かな作業であるし、一生の仕事にするにはこれだけ楽しい仕事はほかにないと思う。でもやっぱりそれを担保するために、スタッフが映画に関わってリッチになり、いい人生を歩んでもらいたいというのがぼくの最大の願いなんですが……。なかなかそうはいかないのが忸怩たる思いです」と複雑な心境を吐露した。

さらに、日本の映画産業の全体像を見ると、「悪循環にはなっていない」ということが問題だとも神林は指摘する。「業界として、いままでのやり方でもある意味持続的に回るかたちになっているのでこの状況が続いている。このメカニズムに積極的に手を入れていかないと、これが続いていくことが示唆される」と指摘した。

時代に即した労働環境へ

シンポジウムを通して、現場スタッフや新人俳優の不安定な雇用形態や環境が長きにわたり放置され、それ故に違和感を覚えても声を上げにくい現状を垣間見た。女性俳優への性加害やスタッフへのハラスメントの横行もその延長線上にあると感じる。ようやく問題が顕在化されてきた今こそ、業界の膿を出し切り、時代に即した労働環境へと変わっていかねばならない。

シンポジウムはYouTubeにてアーカイブ配信中。JFPの「映画制作現場の労働環境改善に向けたアンケート調査2022」は6月30日まで回答を集めている。また、JFPの2年分の活動資金を募るクラウドファンディングがGoodMorningで7月8日まで実施されている。

Japanese Film Project シンポジウム「制度設計、実態調査、日本映画のこれからを考える2」 YouTubeのアーカイブはこちら



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