アニメ制作での奮闘を描く映画『ハケンアニメ!』 声優・高野麻里佳が語る協働の苦労と喜びとは

アニメ、映画、ドラマ……見る人の心をゆさぶるものづくりの現場では、「良い作品」をつくるために多くのプロフェッショナルが集まってチームを組み、協力しあいながら一つの作品をつくりあげていく。

2022年5月20日に公開される映画『ハケンアニメ!』は、アニメ業界を舞台にものづくりの苦労や魅力を描いた作品だ。原作は直木賞作家・辻村深月の長編小説。「最も成功したアニメ」の称号・ハケン(覇権)を取るため奮闘するクリエイターたちの熱い想いが描かれている。

映画のなかで、吉岡里帆が演じる主人公の新人監督・斎藤瞳は、クリエイターとしてのこだわりの強さから関係者としばしば衝突してしまう。なかでも高野麻里佳が演じる群野葵と、アフレコの演出に対してコミュニケーションに行き詰まってしまう場面は印象的だ。

「良い作品をつくりたい」という想いは一緒でも、その想いやこだわりが強いほど、衝突してしまうことも避けられない。今回は、俳優として「アイドル的人気で主役に起用された若手声優」を演じた高野麻里佳に、ものづくりに対するこだわりや、チームで一つの作品をつくる苦労や魅力を語ってもらった。

「最後のひと手間」を施す、アニメ制作における声優の役割

―映画ではアニメーション制作におけるさまざまな業種の方が描かれています。なかでも声優(キャスト)は、どのようなポジションだと捉えていますか?

高野:スタッフの一人だと思っています。画がなくしてはアニメにはなりえませんし、声だけでは朗読劇ですよね。私たち声優の仕事はアフターレコードというだけあって、最後のひと手間を施すものなのかなと感じます。

『ハケンアニメ!』に参加させていただき、私たちが声を入れる前にこんなにも膨大な仕事があり、さまざまな部署の方が奮闘しているんだと改めて知ることができました。「もっともっと気を引き締めて頑張ろう」というモチベーションにもつながっています。

―高野さんは普段、声優業を行なうなかで、どんなこだわりを持っていますか?

高野:私は本を読むことが好きなので、原作者や監督が作品に込めた想いを大切にしています。今回であれば、辻村深月さんの原作はもちろん、吉野耕平監督の「こういう作品にしたい」という想いを聞かせていただいたうえで役づくりの準備をしました。

自分が演じるキャラクターのことももちろん考えるべきですが、「そのキャラクターが何をしたら作品のなかで活きていくのか」には、絶対に原作者や監督の気持ちが反映されていると思うんです。

―『ハケンアニメ!』のなかで、作者の想いを特に意識したシーンはどこでしょうか。

高野:私が演じた群野葵ちゃんが、アフレコが上手くいかず泣いてしまうシーンです。

葵ちゃんの悔しい気持ちはもちろんありますが、台本には斎藤瞳監督やその作品をつくる人たちの「こんなに愛情をかけてつくっているのになんでうまくいかないんだ」という苦悩も描かれている。

高野:となれば、作者として描きたいのは葵ちゃんの苦悩だけではなく、みんながちゃんと愛情を持って作品づくりに向き合っているのにすれ違ってしまう葛藤もあるはず。そういったことを頭に入れて、演技に落とし込んでいきました。

キャラクターの心情を正しく届けるには? 感情移入しすぎない役づくりの工夫

―役柄の気持ちだけでなく、そのシーンにどんな想いが込められているのかも踏まえて演出を考えるために、高野さんはどんなふうに台本を読んでいくのでしょうか。

高野:最初に台本を読むときって、自分が演じるキャラクターにとどまらずさまざまな情報が入ってくるものです。私はまずフラットに読み、そのときに心が動いたことを覚えておきます。最初の印象を忘れないようにすることで、キャラクターに感情移入をしすぎてしまうことを避けられるんです。

―感情移入をしすぎてしまう、とは?

高野:たとえば悲しいお話のときだと、悲しく演じすぎちゃうんですよね。涙があふれる描写が台本にあったとしても、必要以上に泣きすぎてしまったり……。

それは、キャラクターが悲しいのか、私がキャラクターのことを想って悲しくなってしまったのか、演じている人とキャラクターとの境界線がなくなったときにやりすぎてしまうことが多いんです。そうすると、ご覧になる方にキャラクターの心情がちゃんと届かない。そうならないために、役に入りすぎない客観的な目線は大事にしています。

心が動いた部分を見つけたら、「どうやったらその感動を自分でつくりあげられるだろう」と、次はそこにたどり着くまでのステップを考えていきます。

―演出的な思考といいますか、「観客にこの感情を想起させるために、この演技をしていく」という逆算があるのですね。

高野:そうですね。「キャラクターの気持ち」か「演出」かのどちらかに偏って考えていたら、アフレコのシーンはもっと意図的にへたくそに演じていたかもしれません。

高野:パッと台本を読んだだけでは、葵ちゃんがリクエストに応えられない・演技ができない子だと捉えられてもおかしくない場面だと思うんです。ですが、そもそもプロの声優で、絶望的に下手な人っていないと思っていて。仮にそうだったとしても、情熱は絶対にあるはず。

台本には「葵は別に演技が下手なわけでない」と注釈が書かれているわけではないので、読み手の想像力による部分にはなります。最初に台本を読んだとき、葵ちゃんはこのときにすごく悔しかっただろうな、葛藤していただろうなと感じたんです。

作者の想い、キャラクターの心情、演出の要素を組み合わせ、観客に届く「声」を模索する

―高野さんが行なっている役づくりの方法は、どのように構築されていったのでしょうか。

高野:この業界って1から10まで教えてくれる人がいるわけではないので、活動していくなかで気づいたことや得た情報を自分なりに一つひとつ積み上げていっています。最近も、ある作品でハッとさせられることがありました。

私が演じる子がレース中に事故に遭い、目の前が真っ暗になった描写があって。私はそれを見てすごく恐ろしくなってしまったんです。

高野:ただそのキャラクターの性格をよく考えると、走っている途中に突然真っ暗闇になってしまったら「ん? どうしたんだろう?」という驚きのほうが強い。

この「恐怖」と「驚き」を間違えるだけで、そのキャラクターの気持ちをうまく表現できなくなってしまいます。自分が感じた気持ちとキャラクターの心情は別なんだということを、この作品で学びました。

―「作者が伝えたいことは何か」「そのキャラクターはどう感じるか」「観客にどう見せていくか」を組み合わせながら、最適解を導き出していくのですね。

高野:はい。特に『ハケンアニメ!』は実写ですから、大げさになりすぎないように気をつけました。声優の場合だと、口が大きく開いたりありえないほどの涙を流したりするキャラクターに合わせて表現を大きくしていきますが、実写の場合はすべて自分の顔や体から発されるもの。等身に合った演技を心がけていました。

―「等身」、まさに声優さんならではの感覚ですね。具体的にはどんなことを意識したのでしょうか。

高野:「ナチュラル」という言葉も近いかもしれません。人が生きているうえでそんなに大きな声を出すことはないだろうとか、ここで動いたら変だなとか、「自然さ」を念頭に置いて演じることが実写では大事なのかなと感じています。

ただ、俳優さんの演技を観ていると、みなさんキャラクターを仕草で説明できていらっしゃるんですよね。この「自然さ」は、あくまでキャラクターにとってのものであって、自分が生きてきたなかでの「自然さ」という観点からは離れないといけないなと、この作品をとおして感じました。

「誰の意見も無駄にしない」。チームで働くうえで大切にしていること

―アニメ制作は大勢の人が一つのチームとなって行なわれていますが、チームで働くうえで高野さんが大切にされていることは何でしょうか。

高野:「誰の意見も無駄にしない」ということは心がけています。表現は答えのない世界だと私は思うので、さまざまな人の声に耳を傾け、何をすればもっと魅力的な作品をつくれるのか、自分がそのピースの一つになれるように柔軟に動ける存在でありたい。そのために、チームの人とコミュニケーションを取ることをとても大事にしています。

高野:アニメの現場には本当にいろいろな人がいて、これまでの経験では測れないような方との出会いもあります。そういった出会いがあるからこそ、自分が表現できる演技の幅も広がっていく。ただそれは、人と関わらなければ得られない経験なので、自分とまったく違うタイプの方ともお話ししたいなと思っています。

―高野さんから積極的に話しかけることが多いのでしょうか。

高野:私は人見知りではあるのですが、「この人はどうしてこういうことを考えているんだろう」と興味を持って話しかけてみたら、その壁を越えられるはず、と思って話すようにしています。自分の印象だけでその人のことを決めつけないのは大事ですよね。

話してみた結果、「自分もこうしたほうがいいかも」と勉強になったり発見が得られたりすることも多い。コミュニケーションを取ることが最終的に、自分の視野を狭めないことにもつながるのかなと思います。

一人では見られなかった景色にたどり着ける。チームでものづくりをする魅力とは

―劇中ではチームのなかでの衝突も描かれますが、高野さんご自身の経験としてはいかがですか?

高野:衝突とはいわないまでも、意見を戦わせることはしょっちゅうあります。やっぱりみんな良いものがつくりたくて集まっていますし、さまざまな意見はあってしかるべきなので別に悪いことではない。

もし仮に、誰かの意見をつぶさないとでき上がらないとしたら、舵を切るのは監督かとは思いますが、たとえ通らない意見があったとしてもそれが不要ということとは違う。

良いものをつくっていこうとするなかで、みんなが同意して選んだものを積み重ねていく作業こそがものづくりだと思いますし、意見がぶつかったとしても良いものをつくるために必要な行為だと信じています。

―ときには納得いかない選択もあると思います。そんなときはどうやって乗り越えていますか。

高野:自分と同じ思想を持っていて、自分より人生経験が深い方に相談するようにしています。

たとえば自分が違う方向に行っちゃっていたとして、「それは違う」と指摘されたとき、納得できたら潔く切り替えられます。でも納得いかない場合は「みんなで話し合ったはずなのに理解できないぞ」となって苦しい。心に決着をつけられないまま同じチームで続けるのはつらいので、疑問が浮かんだときはすぐに周りの大人に相談しています。自分も意見を出して、納得した道を進めるように。

―高野さんにとって、チームでものづくりを行なう魅力はどんなところにありますか?

高野:自分一人では見られなかった景色にたどり着けるのが、チームで作品をつくる魅力です。自分の視野の範囲でしか見えていなかったものが、人と議論を重ねていくことで無限に広がっていく。それって人生が楽しくなることだと思っています。

作品情報
『ハケンアニメ!』

2022年5月20日(金)から公開

監督:吉野耕平
脚本:政池洋佑
原作:辻村深月『ハケンアニメ!』(マガジンハウス刊)
出演:
吉岡里帆
中村倫也
工藤阿須加
小野花梨
高野麻里佳
六角精児
柄本 佑
尾野真千子
ほか
プロフィール
高野麻里佳 (こうの まりか)

声優。テレビアニメ『それが声優!』の小花鈴役、『ウマ娘 プリティーダービー』のサイレンススズカ役などで人気となる。『それが声優!』の放送とともに2015年から声優ユニット「イヤホンズ」としても活動中。俳優としては映画『ハケンアニメ!』が初出演。



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