なぜヒップホップは先端技術に接近し、そしてどこへ向かう? スヌープ・ドッグとNFTの例から考える

(メイン画像:「Crypto.com NFT」のスヌープ・ドッグのページより / 外部サイトを開く

「いまアーティストが得ているのは、音楽業界全体が稼ぐ金のうちたった12%だ。いまこそ、この抑圧的なシステムから音楽を解放するときだ」

カニエ・ウェストは最新作『Donda 2』を専用機器「ステム・プレイヤー」限定で発売した際、Instagramでこのように投稿していた(現在は削除)。大手プラットフォームのアーティストへの還元率の低さはたびたび指摘されることではあるが、カニエ・ウェストとは異なるかたちで、この問題に対して行動を起こした人物がいる。スヌープ・ドッグだ。

スヌープ・ドッグは先日、自らの作品をNFTでリリース。さらにメタバースを通じてアーティストをリリースする意欲も示している。

音楽活動に対する主体性の高さ、あるいは音楽産業のシステムに対する問題意識の表れか、ビジネスマンとしての嗅覚からか。とはいっても、これらのアーティストの動きは少々突飛にも見える。

一方で、そもそもヒップホップは最新テックと相性のいい文化でもあるという。本稿ではヒップホップの歩みを先端技術との関係性から紐解きつつ、自主的にビジネスを行なうラッパーたちについて迫った。音楽は、ヒップホップは、この先どこに向かうのだろうか?

なぜスヌープ・ドッグはNFTに手を出したのか?

大麻を表すスラングである「420」にちなみ、毎年4月20日はラッパーたちが何らかのリリースを行なうことが多い。

4月20日はマリファナデーとも呼ばれ、この日、大麻を摂取し祝うためにスヌープ・ドッグ、俳優のセス・ローゲン、ウィズ・カリファが集った様子がInstagramにも投稿されていた

今年もケヴィン・ゲイツやベイビー・バッシュ&ポール・ウォールなどがシングルをリリースしたほか、ウィズ・カリファが2012年に発表したミックステープ『Taylor Allderdice』を各種ストリーミングサービスで解禁。

そんなお祭りムードのなか、ストーナーラッパー(*1)の真打とも言えるスヌープ・ドッグが異彩を放つ形態で新作ミックステープをリリースしていた。

スヌープ・ドッグが4月20日にリリースしたミックステープ『Death Row Session: Vol. 2 (420 Edition)』は、NFT(非代替性トークン)として販売された作品だ。代替可能性がない一点もののデータであるNFTは近年急速に注目を集めているが、スヌープ・ドッグはヒップホップ界で特にNFTに関心を持っている人物だ。

古巣レーベルの「Death Row」を買収してNFTレーベルとして再生するプランも示しており(*2)、2月にリリースしたアルバム『B.O.D.R.』においても関連のNFTを販売。「REVOLT」で行なわれたインタビューによると、リリース初日に2,100万ドルをNFTで売り上げたという(*3)。

スヌープ・ドッグ率いる新生「Death Row」は、NFTを活用したゲームを手がける企業「Gala」とパートナーシップを結んでいる。Galaはスヌープ・ドッグ『B.O.D.R.』がリリースされた今年2月に音楽部門の「Gala Music」を立ち上げ、音楽業界への本格参入を果たした。

その際、GalaのCOO、サラ・バクストンはこのように話し、音楽業界の改革に向けて意欲を見せていた(*4)。

「音楽業界の方がはるかに大衆に浸透しているにもかかわらず、ゲーム業界の価値は音楽業界の3倍もあります。それは大きな不均衡であり、システム自体がおかしいと言わざるを得ません」

「私たちは、アーティストにさらなる報酬を与えることで、既存の業界モデルに制約されない、より大きな創造性と自由を生み出します。アーティストが自分たちの音楽が生み出す収益に直接アクセスできるようにすることで、彼らに力を与えることを目指しています」
- サラ・バクストン

そしてそれは先述したインタビューで「プラットフォームは何百万、何千万もの再生数を獲得しているが、レコード会社以外には誰も報酬を受け取っていない」と語っていたスヌープ・ドッグの考えとも一致している。

スヌープ・ドッグ“We Don’t Gotta Worry No More (feat. Wiz Khalifa)”を聴く

スヌープ・ドッグ『B.O.D.R.』収録曲

NFTだけでなく、ビットコインやバーチャル技術などの最新テックと接近するヒップホップ

スヌープ・ドッグのNFT活用のように、近年のヒップホップでは新たな技術や文化との接近がしばしば見られる。

2020年には、トラヴィス・スコットが人気ゲーム「フォートナイト」上でバーチャルライブを開催し大きな話題を集めた(関連記事:トラヴィス・スコット×フォートナイト なぜ「歴史的」だったのか?)。

先日にはミーガン・ザ・スタリオンがVRを使った史上初のバーチャルリアリティコンサートツアーをアナウンス(*5)。コダック・ブラックはドレイクから促されて以降ビットコインに目覚め、「ライブのギャラをビットコインで受け取りたい」とインタビューで話していた(*6)。

コダック・ブラック“Super Gremlin”を聴く

また、ビットコイン活用の第一人者のような位置づけになりつつあるのがアトランタのラッパーのMoney Man(すごい名前)で、昨年11月にはディストリビューション会社のEMPIREからの前金をビットコインで受け取った史上初のアーティストとなった(*7)。

Money Manはその後『Blockchain』というタイトルの作品をリリースし、仮想通貨や金融についての知識をラップで披露。関連したNFTの販売も行ない、その名に恥じない名ビジネスマンぶりを見せつけた。

Money Man“Blockchain”を聴く

多くの人に広く聴かれることよりも、収益の単価とファンとのコミュニケーションを選んだスヌープ・ドッグやインディーアーティストのMoney Manのように、ヒップホップでは地に足をつけた堅実なビジネスマンも多く活躍している。また一方で、ラッパーたちはVRやビットコインのような新しい技術・文化も積極的に活用してきた。それらの背景には何があるのだろうか。

音楽産業のシステムとは離れた、ラッパーの自主的な活動としてのミックステープ文化

ラッパーの自主的な活動といえば、なんといってもミックステープだ。

現在ではラッパーだけではなくバンドなども発表するようになったこの作品集の形態は、最初はDJによる「ミックス」を録音した「テープ」としてはじまった(*8)。

チャンス・ザ・ラッパー“No Problem (feat. Lil Wayne & 2 Chainz)”を聴く

チャンス・ザ・ラッパー『Coloring Book』(2016年)収録曲。ミックステープとして発表された同作は、『第59回グラミー賞』で、ストリーミング配信のみの作品として史上初めて受賞を果たした

ミックステープは既存の曲を収録した著作権的にはグレーゾーンなものだったが、非営利でつくられるものであり、またプロモーション効果の高さからもレーベルから黙認されヒップホップカルチャーに浸透。その後CDの普及により媒体はCDに移行し、ヒップホップ史に残る名ビジネスマンの手によってラッパー主導のものがつくられるようになっていった。

ラッパーによるミックステープのパイオニアとして知られているのが50 Centだ。50 Centは一度メジャー契約をつかむもトラブルによりデビューが頓挫し、さらに音楽業界から干されてしまった過去がある。

そこで50 Centは、再起を賭けてミックステープの制作・自主での販売に取り組んだ。そしてその成功によりふたたびチャンスを獲得し、エミネムの「Shady Records」とドクター・ドレーの「Aftermath」と契約。2003年のアルバム『Get Rich Or Die Tryin'』が大ヒットし、人気ラッパーの仲間入りを果たした。

50 Cent“P.I.M.P. (Snoop Dogg Remix)”を聴く

50 Centが2003年にリリースしたヒット曲。スヌープ・ドッグが参加した同楽曲のミュージックビデオの冒頭にはiPodが印象的に登場する

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ミックステープ文化とインターネットが結びつき、ラッパーらの自主の精神をいっそう後押し

50 Centの成功がモデルケースとなり、それ以降ミックステープはラッパーたちの登竜門となっていった。

Odd Future“Oldie”を聴く

Odd Futureのミックステープ『The OF Tape Vol. 2』(2012年)収録曲。Odd Futureはフランク・オーシャンをはじめ、タイラー・ザ・クリエイター、Syd(The Internet)、アール・スウェットシャツらを輩出した音楽集団。いまではスターとして活動する面々もキャリアの初期には、ミックステープを発表していたことで知られる

徐々にDJが関わらない作品も増えていったものの、2000年代のミックステープシーンではラッパーの作品でも「ホストDJ」と呼ばれる役割でDJが参加する作品が多く見られた。このホストDJとして人気を集めたのがDJ Dramaで、DJ DramaがホストDJを務めるミックステープシリーズ「Gangsta Grillz」は2000年代のミックステープシーンの覇者となった。

DJ Dramaはタイラー・ザ・クリエイターが昨年リリースした傑作『CALL ME IF YOU GET LOST』や、Dreamvilleが今年リリースしたミックステープ『D-Day: A Gangsta Grillz Mixtape』でホストDJとして参加していたが、これらの作品は明らかにこの2000年代のミックステープシーンへのオマージュと言える。

レーベルに頼らずに自主で活動する道が、のちのタイラー・ザ・クリエイターらを育んだのだ。

タイラー・ザ・クリエイター“WUSYANAME (feat. YoungBoy Never Broke Again & Ty Dolla $ign)”を聴く

タイラー・ザ・クリエイター『CALL ME IF YOU GET LOST』収録曲。本作は『第64回グラミー賞』最優秀ラップアルバム賞を受賞した

2000年代後半になると、ミックステープは「非営利である」ことをアピールするように、収益が発生しないインターネット上でのフリーダウンロード形式で発表されることが増加。その舞台をインターネットに移し、さらなる発展を遂げていった。

FacebookやiPhoneなど、その時々の最新トピックを目ざとく取り入れたラッパーたち

また、ミックステープのフリーダウンロード以前から、ヒップホップはインターネットへの言及や活用をかなり早い段階で進めていた。トリック・ダディは1998年に『www.thug.com』と題したアルバムをリリース。

トリック・ダディ“For The Thugs”を聴く

トリック・ダディ『www.thug.com』収録曲

ポール・ウォールは2005年に“Internet Going Nutz”という曲を発表し、Facebookという単語をリリックに登場させた。ヒップホップ史にはWeb1.0からWeb2.0、そして現在のWeb3.0の時代も記録されているのだ。

ポール・ウォール“Internet Going Nutz”を聴く

また、過去を振り返るとヒップホップではインターネットだけではなく、その時々の最新トピックともつながる動きがしばしば見られていた。グッチ・メインはスマートフォンが普及しはじめた2008年に自身がフォトジェニックであると歌う曲“Photoshoot”を発表。

グッチ・メイン“Photoshoot”を聴く

ソウルジャ・ボーイは同年に『iSouljaBoyTellEm』と題したアルバムをリリースし、“Kiss Me Thru The Phone”という明らかにiPhoneを意識した曲をシングルカットしていた。

ソウルジャ・ボーイ“Kiss Me Thru The Phone”を聴く

同曲のミュージックビデオ内においてソウルジャ・ボーイらはiPhoneで電話をしたり、音楽を聴いたりとiPhoneを印象的に登場させている

こういった動きは、現在のラッパーたちが進めるNFTや仮想通貨の活用とつながるものと言えるだろう。

なぜギャングスタラッパーばかりが? ハスリングの経験が育んだ自主性と起業家精神

Web1.0全開のタイトルをアルバムに名づけたトリック・ダディも、ラッパーによるミックステープのパイオニアである50 Centも、フォトジェニックなグッチ・メインもリリックの題材的にはギャングスタ系だ。

そして現在、最新技術の活用を進めるスヌープ・ドッグやMoney Manも(大枠で言えば)ギャングスタラッパーで、逆にナーディなカニエ・ウェストやタイラー・ザ・クリエイターはNFTには手を出さない宣言をしている(*9、10)。

過去を見ても50 Centがミックステープを売り捌いていた2000年代初頭、カニエ・ウェストはレーベル探しに奔走していた。

カニエ・ウェスト“Through The Wire”(2004年)を聴く

関連記事:フッドと「働く場所」から読み解く、カニエ・ウェストのキャリア。Netflix3部作レビュー(記事を開く

ギャングスタラッパーほど最新技術に興味を抱き、自主でのビジネスを行なおうとする傾向が見られるのだ。

50 Centのように、ギャングスタラッパーのなかにはハスリングという自営業のBtoCビジネス経験を持つ人物が多い。フォーブス誌の億万長者番付常連のJay-Zもそうだ。

犯罪を美化・正当化するわけではないが、このことがギャングスタラッパーたちの自主性や起業家精神を育んでいる側面もあるのではないだろうか。数を絞った売り方でファンと直接つながろうとするインターネット以前のミックステープの地道な販売とも通じるものがあり、それはハスラー稼業と地続きのものだと言えるだろう。

Jay-Z“Dirt Off Your Shoulder”を聴く

Jay-Zは同楽曲中でも言及される高級スポーツレストラン「40/40 Club」を自ら経営し、また2015年に音楽配信サービス「Tidal」を設立する(2021年に2億9700万ドルで売却)など経営者・実業家としても有名である

ドクター・ドレー“Still D.R.E.”を聴く

ギャングスタラッパーの代表格であるドレーは、ヘッドホンブランド「Beats」を設立するなど実業家としての顔も持つ

スポーツとも関係の深いヒップホップ。eスポーツと接近した事例の背景には、社会貢献の精神が

なお、ギャングスタラッパーのなかにはギャング時代を美化せずに、人々を犯罪から遠ざけようとする動きを取るラッパーも多い。

スヌープ・ドッグも以前料理本の記事でも書いたように、フットボールチームを設立し若者がギャングと関わらない道をつくっている(関連記事:監房から厨房へ。なぜスヌープ・ドッグは料理本を?ゴキゲンな語り口の裏にある地域貢献の精神)。

スポーツはヒップホップと並んで格差から抜け出す道として浸透しているようで、先日もスクールボーイ・QがNIKEのCMに出演してタイガー・ウッズ選手を有色人種の道を切り拓いた人物として讃えていた(*11)。スヌープ・ドッグがスポーツの分野にも関わっているのは、そういった狙いがあるのだろう。

スヌープ・ドッグのフットボールチームの設立者としての側面に迫ったドキュメンタリー『コーチ・スヌープ』のトレイラー映像(Netflixを開く

そして、このヒップホップ×スポーツの分野でも新しい動きがあった。

デトロイトのラッパーのティー・グリズリーが、eスポーツなどの分野で活躍するゲーミングライフスタイルブランド「XSET」とコラボしてグッズ販売などを行なったのだ。その収益は社会復帰を目指す元受刑者へのプレゼント代に使われるのだという。

これはティー・グリズリーが出所したばかりの知人がふたたび道を踏み外さないようにPCをプレゼントしたことからつながった取り組みで、プレゼントを受け取った人物は現在フルタイムのゲームプレイヤーとして活躍しているそうだ(*12)。

ティー・グリズリー“Robbery Part 3”を聴く

これはeスポーツがただの遊びではなく、スポーツとして認知されている現代ならではの新しい動きと言えるだろう。

NFTやバーチャルライブ、eスポーツなどさまざまな新しい技術・文化と結びついて変化しつつあるヒップホップ。しかしその動きは突然出てきたものではなく、あくまでもこれまでのヒップホップの歩みの延長線上にあるものなのだ。

*1:マリファナを愛好するラッパーのこと

*2:HYPEBEAST.JP「Snoop DoggがDeath Row Recordsを史上初のNFTレコードレーベルにすると発言」参照(外部サイトを開く

*3:Billboard「Here’s Why Snoop Dogg Says He Pulled Death Row’s Catalog From Streaming」参照(外部サイトを開く

*4:CoinPost「Gala Musicが目指す、音楽業界の変革|Gala Games寄稿」より(外部サイトを開く

*5:HYPEBEAST「Megan Thee Stallion To Hit the Virtual Road With "Enter Thee Hottieverse" VR Concert Tour」参照(外部サイトを開く

*6:HipHopDX「KODAK BLACK REVEALS 6-FIGURE SHOW PRICE AMID BITCOIN PLANS」参照(外部サイトを開く

*7:Billboard「EMPIRE to Offer First Artist Advance in Bitcoin With Money Man」参照(外部サイトを開く

*8:参考文献:小林雅明『ミックステープ文化論』(サイトで見る

*9:HYPEBEAST.JP「Kanye WestがNFTに参入しないと発表」参照(外部サイトを開く

*10:HipHopDX「TYLER, THE CREATOR WEIGHS IN ON NFTS: 'IT’S A FUCKING MONKEY IN A SUPREME HOODIE'」参照(外部サイトを開く

*11:HipHopDX「SCHOOLBOY Q STARS IN TIGER WOODS NIKE GOLF COMMERCIAL」参照(外部サイトを開く

*12:VIBE「Detroit’s Tee Grizzley Joins Gaming Lifestyle Brand XSET And Helps Former Inmates In The Process」参照(外部サイトを開く



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