長らく続くCD売上不振のなか、ストリーミングやサブスクリプションの普及によってCD頼りの旧来のビジネスモデルが崩壊。ライブ事業もコロナの影響で危機的状況に陥っている。その一方、ここ数年で投げ銭やクラウドファンディングなど、クリエイターを支援するツールが続々登場し、ファンから直接収入を得るアーティストが台頭するなど音楽業界に劇的な転換が起きている。
アーティストは単なる音楽の「つくり手」ではなく、熱量のあるコアファンをいかに育てるかを自ら考えられるマーケティング能力がますます求められるようになってきた。「クリエイターエコノミー」という概念が浸透する昨今、その傾向はますます強くなっていくことだろう。
そこで今回、「替え歌カバー」で話題を集めるシンガーのなすお☆と、彼女のプロデュースを担当しながら「YouTubeシンガー」というジャンルを新たにつくろうとしているSoCoGroup代表取締役の山下太朗、そしてファンクラブのプラットフォーム「Bitfan」を運営・開発するSKIYAKI代表取締役の小久保知洋社長による鼎談を実施。「アーティストとファンとの新たな関係性」について、現場感覚で語り合ってもらった。
YouTube時代に求められる、ニュアンスが感じられる声
―なすお☆さんがSNSを拠点に活動するようになったのは、どんなきっかけだったのですか?
なすお☆:山下社長に「やってみない?」と言われてやり始めたのがきっかけです(笑)。それまで私はバンドを組んでいて、割と激しめの音楽をやっていたんですよ。なので、最初はなんだかよくわからないまま弾き語りの動画をYouTubeに上げていました。
山下:ぼくがなすお☆と出会ったのは2014年ごろで、弊社の所属アーティストが10組くらい出演するライブ企画でした。当時のぼくは、「これからはネットの時代、YouTubeの時代が絶対に来る」と思っていて、そんなときにたまたま彼女のライブを見て「この子の声は絶対にネットで流行る」と確信しました。ライブが終わってすぐに声をかけましたね。
―なすお☆さんの声がネットで流行ると思ったのは、どんなところが立ったのでしょうか。
山下:当時、メジャーからリリースされていた曲は、音圧がすごかったんです。ラジオやテレビで流されたときにできるだけ大きい音で聞こえやすくするために、各社頑張って音圧を上げていたんですね。そんなパンパンなオケに負けないボーカルを乗せるとなると、女性かつ細くて高音が映えるような声が有利だったように思います。でも、YouTubeで音楽を聴く時代がきたとき、その必要はないと思いました。もっと声のディテールが必要になるかもしれないし、声の温かみや優しさ、そういったものが映えるようになるんじゃないかと。なすお☆は、まさにそういった声でした。
YouTube休止期間中にひらめいた替え歌カバーでブレイク
―なすお☆さんは、女性目線の瑛人“香水”や、男性目線のwacci“別の人の彼女になったよ”といった「替え歌カバー」で多くの共感を集めています。この構想は、いつできたのですか?
なすお☆:YouTubeを始めたときはまったくなかったです。最初は、チャンネル登録者数がどうしたら増えるのかもわかりませんでした。じつはスタートしてしばらくしてから、「ちょっと無理かもしれない」と思って1年くらい何もやらなかった期間があったんです。そんなときに突然ひらめいたのが替え歌カバーでした。
私、いろんな楽曲の歌詞に登場する主人公たちの、バックグラウンドを想像するのが好きなんです。その登場人物が思いを寄せている人や、逆にその人に思いを寄せている人など、歌詞に登場せずとも周りにはきっといろいろな人たちがいるのだろうな、と。それを曲のなかで表現できたらめちゃくちゃ面白いんじゃないか? ということを、ふと思いついて。そこからオリジナルの歌詞とは違う目線で描く、替え歌カバーが生まれました。
山下:じつはぼく自身も最初は手探り状態で、とにかくYouTubeにアップしてみるというレベルからのスタートだったんです。そもそも当時はまだYouTubeが収益化されることなど誰も知らず、誰一人として戦略を描けなかったと思うんですよね。YouTuberという存在もまだまだマイナーでしたし。とはいえ、今後はネットがさらに普及していくし、音楽がどんどん無料化していくことは明らかだったので、とにかく流れに逆らわずに進んでみたわけです。
音源の価格が下がるなかでつくった「アーティストが食べていける場所」
―YouTubeでの活動を収益化させる方法について、小久保さんはどんな見解をお持ちですか?
小久保:ぼくも正直、最初の段階ではまったくわかってなかったですね。音楽のアウトプットが分散化している感覚は当然ありましたし、サブスク含め、SNSから突然メガヒットが生まれる現象にも注目してはいました。レコード会社も含め、どこから何が生まれるのかをみんな血眼になって探しているのも事実です。そんななか、SNSを拠点に活動しているアーティストたち、例えばなすお☆さんのような「YouTubeシンガー」が、実際にどのくらい稼いでいるのか非常に興味がありました。先日山下さんにお会いしたときに、その辺りを率直に尋ねたんです。想像以上に収益を上げておられますし、フォーマットも確立されているのでちょっと衝撃を受けているところですね。「あ、本当にこれでいけるんだ!」と。
山下:ぼくとしては、まずはアーティストが食べていける場所をつくりたかったんです。音楽はデジタルコンテンツであり、デジタルコンテンツは無料になりたがることはわかっていました。CDを売ってアーティストが生計を立てる時代が終わるのは明白で、それに付随するほかの部分でどうマネタイズするかを考え実行しながらここまできました。
最初にやったのはチェキ(インスタントカメラ「チェキ」で撮影した写真を物販として売ること)です。音楽活動で順調にマネタイズしていたのがアイドルとビジュアル系のバンドで、彼らはみなチェキの売上で活動を維持していたんですよ。それでぼくも真似して販売してみたら、かなりの売り上げになった。そんな感じで一つずつ実験していきましたね。コロナ禍以降はそれを「オンラインチェキ会」としてやるようになりましたし、ライブ配信は収益としてかなり大きかったです。
なすお☆:そこからバイトを一切やめて音楽だけで食べていけるようになりました。それまではもう、バイトを掛け持ちして夜勤も入れて、一人暮らしで家賃を払いながら、残されたほんの少しの時間で音楽をやるという。そういう本末転倒な暮らしをずっとしていたので「これは絶対におかしい」とずっと思っていましたね。「私はこんなことがやりたくて、わざわざ上阪してきたんじゃないのになあ」って。
出木杉くんが応援されづらい理由
―動画コンテンツで収益を上げるために、どのような工夫をしているのでしょうか。ただ単に弾き語りの歌を配信するだけではマネタイズも難しいのではないかと。
山下:例えばYouTubeのアルゴリズムなど、基本的な知識を身につけておくことは大前提として、コンテンツの内容に関していえば「弱そう」なほうがいいとぼくは思っていて。
―「弱そう」ですか。
山下:『ドラえもん』の登場人物で「出木杉くん」っていますよね。学業も優秀でスポーツ万能、容姿端麗の男の子ですけど、彼のファンって結構少ないんですよね。映画版のメインキャスティングからも外されていますし(笑)。きっと出木杉くんは、見えないところでめちゃくちゃ頑張っていると思うんですよ。そこが出木杉くんの出木杉くんたる所以ですが、それって見ているほうからすると共感できないんですよね。
ぼく、いろんな人に『ドラえもん』のキャラで誰が好きかを聞いているのですが、出木杉くんと答えた人はいまのところ一人もいない。なのに日本人は、みんな「出木杉くん」になろうとしてしまう。歌はうまくなければいけないし、歌詞もちゃんと覚えなきゃいけないって。ところがみんなが共感するのは勉強もできない、運動音痴で見た目もパッとしないのび太くんなんです(笑)。「かっこつけたい」という自分のプライドを取っ払い、弱いところやダメなところも含めて「ありのまま」を見せるほうが、人にも応援してもらいやすいわけです。
―なすお☆さんはいかがでしょうか。活動をしていくなかで、どんなときに手応えを感じますか?
なすお☆:私は小さい頃からライブを見るのが大好きで、好きなアーティストさんのライブによく行っていたんです。もちろん、みなさん手の届かないところにいる憧れの存在なんですけど、その人たちからどんなことをされたら自分だったら嬉しいかな? ということを想像してみるんです。例えば直接お話ができたら嬉しいし、自分の名前を呼んでもらえたら一生忘れられないな、とか。
LINEのオープンチャットを潔く閉鎖。ファンクラブ導入をイベントごと化
―現在なすお☆さんは、ファンクラブのプラットフォームとしてBitfanを利用しています。その活用法について、小久保さんはどう思っていますか?
小久保:ほかのアーティストたちのお手本のように使いこなしていただいています。象徴的だと思ったのは、有料コンテンツであるファンクラブへの導入の仕方。ファンクラブ立ち上げの数日前から、LINEのオープンチャット機能を使ってファンとやり取りをされていたんですよ。グランドオープンまでの期間限定であるにもかかわらず、そのチャットがめちゃめちゃ盛り上がっていて、「はたして本当に閉じるのだろうか?」と思って見守っていたんです(笑)。
でも、期限が来たら潔く閉じて、有料コンテンツへとスムーズにつなげていたのがとても印象的でした。普通はTwitterなどでファンクラブ立ち上げの告知を簡単にするくらいなのですが、それ自体を「イベントごと」にする、しかもSNSを最大限利用して盛り上げていくことで、有料コンテンツのハードルを下げるやり方は非常に「いまっぽい」と思いました。
山下:今後、ファンクラブというものはより大切な存在になっていくと思うのですが、それがどのようなかたちになっていくかはまだ誰もわかっていない。なので、とにかく走りながら細かく軌道修正などに対応できる人とチームをつくることが大事なんです。その点でBitfanさんは、とにかくこまめに機能をアップデートしてくれますし、こちらからのリクエストに対するリアクションもめちゃくちゃ早いんですよ。いまの時代にマッチしたサービス提供なんじゃないかなといつも思っています。
なすお☆:例えば、いまお話しに上がったLINEのオープンチャット機能は、私がファンの方と友人のような距離感でやり取りするうえでとても重宝していたんです。そういう機能がもしBitfanさんのなかにもあったら嬉しいなと思っていたら、ちょうどそのタイミングで「グループチャット」という機能が追加されていて。それはめちゃくちゃ嬉しかったですし、ファンの人からも「特別感がすごい!」と喜んでくださっています。
小久保:最近、その「グループチャット」に動画も投稿できるようアップデートしたのですが、それをなすお☆さんが、動画投稿とともにすぐ報告してくださっていたのがとても嬉しくて。スクショして開発チームに送っておきました。
なすお☆:そんなやりとりまで見てくださっているんですね(笑)。ありがとうございます。
ワンフレーズ思いついたらSNSにアップ。個人がメディアを持つようになり変化した、音楽のつくり方
小久保:先ほどの「のび太くん」の話もそうですが、山下さんのマネタイズのセオリーを伺っていると、従来の考え方とは真逆のことが結構多いんですよ。例えば、先日お話ししたときも「ファンクラブの会員数って、公開できないですか?」と尋ねられたんです。そんなリクエスト、これまで一度もなかった。むしろ「会員者数はわからないようにしてほしい」と言われることのほうが圧倒的に多いんです。
―それは理解できる気がします。
小久保:なのに、どうして山下さんは会員数を公開したいのかをお聞きしたところ、「会員数がわかっているほうが、自分はそのなかの一人であるという自覚が生まれやすいし、より応援したいと思ってくださる」と。確かにおっしゃる通りだし、きっとファンクラブを辞めずに続けてくれるだろうなと思ったんですよね(笑)。例えば、「◯日までに登録者数が◯万人を超えなかったら、しばらく活動を休止します」みたいなことをアーティストに宣言されたら、ファンはなんとかしたくなるじゃないですか(笑)。YouTubeなら「無料だし会員登録くらいしておくか」と思ってくれるかもしれない。そもそもSNSがこれだけ発達すると、登録者数を隠しておくこと自体が難しいですよね。もう、そんなことで虚勢を張るような時代ではなくなってきているように思います。
山下:たとえ失敗しても、トライし続けたら道が開けるのもインターネットの特徴なんです。昔だったらメジャーデビューしてリリースの1枚目で失敗したら、その次はもうなかった。かつてはそういうケースがたくさんあったのですが、いまは例えば、ワンフレーズ思いついたらSNSに上げてみて、反応が良ければさらに進めばいいし、悪ければまたつくり直せばいいというふうに変わってきた。なぜなら個人がメディアを持つようになったからで、そういう状況で「売れてそうに見せる」ことは、トライ&エラーを自分でやりにくくしているだけだし、その分チャンスも掴みにくくなっていますよね。かっこ悪くてもありのままをオープンにしていったほうが、いろんなことが試しやすいし、その分成功確率も上がる。しかもファンが応援しやすくなるとぼくは思っているんですよね。
―なすお☆さんは、この春始まったテレビアニメ『可愛いだけじゃない式守さん』のオープニング曲“ハニージェットコースター”をはじめ、登場キャラクターにインスパイアされたイメージソングを手がけています。これはどのような経緯で決まったのですか?
小久保:確か、最初はなすお☆さんの活動を見た制作サイドからアプローチがあったんですよね?
なすお☆:ちょうど1年くらい前に、私がYouTubeで『僕のヒーローアカデミア』の主題歌を勝手につくって歌ったんです。それまでは自分の趣味など、動画でさらけ出したことってそこまでなかったんですよ。でもいざやってみたらヒロアカファンの人たちからも、「歌詞がキャラクターのイメージと合っている」という声をたくさんいただいたんです。それを『可愛いだけじゃない式守さん』の担当者がたまたま見てくださっていて、それがきっかけでオファーをいただきました。「私から見た、このキャラの印象はこんな感じです」という思いを楽曲に込められる機会ってなかなかないと思いますし、作者さんはじめ制作サイドの方たちに喜んでいただけているのが嬉しくて、大変でしたが頑張って完成させました!(笑)
最小限のコミュニティーで居心地の良いスペースの提供
―「クリエイターエコノミー」という言葉がさまざまな場所で使われる昨今、アーティストとファンの関係性は今後どのように変化していくと思いますか?
小久保:ケヴィン・ケリーの有名な「1000 True Fans」(「熱心なファンが1000人いれば、クリエイターは生きていける」という考え)を知ったのは2008年くらいでしたが、いままさにそれを実感しています。いまや1000人ではなく100人でも十分とも言われるようになってきていますが、いずれにせよミリオンセラーをどんどんつくらなくても、最小限のコミュニティーで居心地の良いスペースをつくっていくことが重要な時代にシフトしていくことでしょう。そのためには「直接的につながることがとにかく大事である」とケリーは書いていますが、我々はそのためのツールとして存在すべきです。まだまだ課題もありますが、いろいろな成功事例を参考にしながらファンとクリエイターの関係性をよりいい方向に向かっていけたらと思っています。
山下:先日、某有名アーティストのドーム公演に無料招待していただき、見に行かせていただいたのですが、会場に入ってみるとお客さんの半数以上がぼくのような無料チケットで参加している人でした。ドームでやるのはかっこいいし、たくさんのファンがいるように見せられるかもしれない。けど、蓋を開けたら誰も幸せじゃない。サクラが見に来ているのがわかりきっていながらステージをつくっている人、そこに立つアーティスト、それを見るファン。そんな状態はSNSの時代、すぐにバレてしまいます。だったらもっと規模の小さな会場でやったほうが全員幸せになれるじゃないかと思うんです。誰もが大金を稼ぐ必要はないし、誰もがある程度の収入を得ながらやりたいことを目指せる、そんな世界にちょっとでも近づくことができたらいいのではないかと思っています。
なすお☆:ビジネスについては正直よくわからないのですが、「みんな、私についてきて!」ではなく、「一緒に隣を歩いてね」と言えるアーティストになりたいと思っていままで活動を続けてきました。その気持ちはずっと持ち続けたまま、新しいことにも挑戦していきたいと思っています。その先にきっと、本当に大きなところで、本当のファンだけがいる世界がつくれると思っているし、そこを目指してこれからも頑張っていきたいです。
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オールインワン型ファンプラットフォーム「Bitfan」
オフィシャルサイトやファンクラブ、グッズ販売、ライブ配信、電子チケット販売など、クリエイター活動に必要なサービスをオールインワンでご利用いただけるファンプラットフォームサービスです。
コンテンツ投稿やライブ配信など、アプリで簡単に投稿することができ、翻訳機能も実装され、海外通貨にも対応しており、国内外に囚われないクリエイター活動を支援します。
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