(メイン画像:ミッシー・エリオットとカーディ・B / Photo by Johnny Nunez(Getty Images))
「私は聞かれたくない秘密を持つフェミニストです」という告白からはじまる「British GQ」に掲載されたコラムには、「私は未だに女性蔑視的なラップミュージックを聴き、そして図らずも楽しんでいるのです」という文章が存在する(*1)。
筆者のオリーブ・ポメッツィーは、「Can I be a feminist and listen to hip hop?(フェミニストでありながら、ヒップホップを聴いてもいいのか?)」と題したそのコラムのなかで、ヒップホップを愛する女性であることの葛藤を綴っている。一方、記事で批判対象となっているカニエ・ウェストは、かつて、「ミソジニックでもしょうがないと正当化するわけじゃないが」と言い添え、ためらいを浮かばせつつも「間違いなく、一般的にラップは女性蔑視的だと思う」と発言した(*2)。
「bitch」という言葉の多用、女性に対する不適切な描写、リリックに透けて見えるマチズモなどなど……ここで詳細な説明は避けるが、そのすべてが女性蔑視的というわけではないにせよ、ヒップホップという文化と女性のあいだには複雑な関係が存在していることはたしかと言える。
では、女性のラッパーやプロデューサーについてはどうか。彼女たちは適切な評価を、あるいは適切な評価のための機会を手にできているのだろうか?
本稿ではドージャ・キャットやミッシー・エリオット、カーディ・Bらといった海外アーティスト、最新の議論を入り口に、いまヒップホップにおいて女性アーティストがどのように評価され、またその立場を見直す動きが生まれているのかを考えていく。
史上最高の女性ラッパーは? 女性とヒップホップをめぐる2つの議論
コロラドのレーベルの「50/50innertainment」が先日、「史上最高の女性ラッパー」50人のリストを制作してSNSに投稿した。
この手のリストが出ると熱い反応が生まれやすいが、今回も例に漏れず議論が白熱。City GirlsのJTやカッシュ・ドールといった女性ラッパーも反応し、SNSでは活発な意見交換が行なわれた。
今回のリストにはドージャ・キャットが21位にランクインしているが、「ドージャ・キャットはラッパーなのか?」という議論も長いあいだ続いている。
発端となったのは2021年の『BET Hip Hop Awards』の「ベスト・フィメール・ヒップホップ・アーティスト」部門にドージャ・キャットがノミネートされたことで、意見が交わされはじめた昨年5月下旬にはドージャ・キャット本人も「ラッパーとしての私を甘く見るな」とツイート。
そして今年の『グラミー賞』でドージャ・キャットが「最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンス」部門にノミネートされたことから論争が再燃し、3月にはベテラン女性ラッパーのレミー・マーがインタビューで「私は彼女がラッパーだとは思わない。でもドープな曲をつくるしドープな人だよね」と話していた(*3)。今後もしばらく続きそうな話題だ。
「ドージャ・キャットはラッパーなのか?」という議論のポイントのひとつに、ドージャ・キャットがあまりにも多才すぎることが挙げられる。ラップではなく完全に歌モノに徹した曲も多く、さらに曲によってはプロデューサーとしてもクレジットされている。
プロデューサーとしてのドージャ・キャットにはケニー・ビーツも注目しているようで、「ドージャは彼女自らつくったありえないビートを持っている」とTwitterで称賛していた。
「ドージャ・キャットはラッパーなのか?」という議論については、米メディアのComplexも「Doja Cat Is a Rapper. Stop Saying Otherwise.」と題した記事でラッパーとしての能力を高く評価。さらに、女性がヒップホップで正当な評価を受けてこなかったことを指摘している(*4)。
このComplexの記事のように、近年は女性アーティストを正当に評価する動きが見られるようになってきている。女性ラッパーの功績を讃える書籍も続々と登場し、これまでの評価の見直しが進んでいる。
近年の女性ラッパーに対する功績の見直しの象徴、ミッシー・エリオット
先日リル・ウェインがPodcast番組『What’s Wright? With Nick Wright」にゲスト出演して「オールタイムトップ5ラッパー」を聞かれた際にミッシー・エリオットの名前を挙げていた。リル・ウェインは以前にもPodcast番組『The First One』でミッシー・エリオットからの影響を語っており(*5)、再度の言及は自身にとっていかに重要な存在であるかを物語っている。
ミッシー・エリオットは5回の『グラミー賞』受賞歴を持ち、アメリカにおいて700万枚以上の売上記録を誇り、「アメリカレコード協会」による6つのプラチナ認定を持つ唯一の女性ラッパー。ビヨンセ、リル・キム、メアリー・J. ブライジ、ジャネット・ジャクソン、マドンナら、多くのアーティストに楽曲を提供していることでも知られる
リル・ウェインに限らず、近年ミッシー・エリオットに言及するアーティストは多い。
昨年、タイラー・ザ・クリエイターが『Rock The Bells Cultural Influence Award』を受賞した際のスピーチで讃え(*6)、日本においても、偶然の一致かもしれないがZoomgalsがミッシー・エリオット“Get Ur Freak On”(2001年)をオマージュしているかのような楽曲“GALS feat. 大門弥生”(2020年)を発表した。
Timbalandとの共同プロデュースで制作された同楽曲には<Me and Timbaland been hot since twenty years ago(私とティンバランドは20年前からホットだ)>というリリックが存在している
ミッシー・エリオットはラップも歌もこなし、プロデューサーとしてもTimbalandとともに先鋭的な試みを行なっていたアーティストだ。ミュージックビデオでもユニークな表現に取り組み、後進への影響力も納得の活躍を見せていた。
しかし、「史上最高のラッパー」のような話題で(男性から)その名前が出ることはあまり多くはない。リル・ウェインが初期の名曲“The Block Is Hot”(1999年)でミッシー・エリオットを参照したことですら2020年に明かされたばかりなのだ(*7)。
数々の「女性ラッパーとして初」の記録を樹立。カーディ・Bの成功が意味すること
こういった近年のミッシー・エリオット再評価の流れは、ミーガン・ザ・スタリオンやスウィーティーといった現行の女性ラッパーの活躍と無関係ではないだろう。女性ラッパーの快進撃は、カーディ・Bがブレイクした2018年頃から目立つようになってきた。
実際、カーディ・Bはフックアップに意識的で、米メディアの「UPROXX」は2020年の記事で、リコ・ナスティーやラプソディーといった女性ラッパーがカーディ・Bのサポートを得て人気を拡大していったことを指摘している(*8)。
カーディ・Bの前にはニッキー・ミナージュが、ニッキー・ミナージュの前にはリル・キムやフォクシー・ブラウンが……と数々の先人がいたことは言うまでもない。
しかし、それまでは「Young Money」所属のニッキー・ミナージュのように「男性集団のなかのひとり」のようなかたちで成功を掴むアーティストが多かったのに対し、単独でブレイクしたカーディ・Bの重要性は大きい。
ニッキー・ミナージュ『Pink Friday』(2010年)収録曲。同楽曲には<Young Money raised me(Young Moneyに育てられた)>という一節もある
カーディ・Bはアルバム『Invasion of Privacy』(2018年)で「『グラミー賞』史上初の最優秀ラップアルバム部門を受賞した女性ソロアーティスト」になり、2019年には「『ASCAP』(米国作曲家作詞家出版者協会)のソングライター・オブ・ザ・イヤーを受賞した初の女性ラッパー」になり……と数々の「女性ラッパーとして初」の記録も手にしている。
それを単独で成し遂げたことがシーンに与えた影響は計り知れない。しかし、裏を返せばカーディ・Bの時代まで女性ラッパーが認められてこなかったということでもある。
カーディ・B『Invasion of Privacy』収録曲
性別や立場を問わず、ヒップホップ文化をよりよくしていくには?
女性ラッパーの功績を讃える書籍『シスタ・ラップ・バイブル : ヒップホップを作った100人の女性』(2022年、河出書房新社、著・クローヴァー・ホープ、訳・押野素子)でも、男性中心のヒップホップで女性たちがいかに低く見られてきたかが記されている。
女性のライターである著者もインタビュイーのラッパーから侮られた経験を綴っており、このことからは女性の苦難が表舞台だけではなく裏にも存在することが窺える。
だが、カーディ・Bのブレイク以降の女性ラッパーの快進撃を見る限りでは、近年こういった状況が少しは改善に向かっているように思える。先述したとおり各種メディアでも女性ラッパーについての話題が増えていき、『シスタ・ラップ・バイブル : ヒップホップを作った100人の女性』のような書籍も登場した。
女性ラッパーの活躍とその語りは日本でも増加し、今年1月には日本の女性ラッパーの試みを論じた書籍『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(2022年、DU BOOKS、つやちゃん)が大きな話題を集めた。
同書を機に過小評価されてきた女性の再評価は行なわれたものの、状況が一気に変化したというわけではないように思える。
たとえば先日アルバム『春火燎原』をリリースした春ねむりがヒップホップ系のプレイリストやフェスなどに名前を連ねることはなかった。ロックの要素が強い音楽性は、(sic)boyやJUBEEといったラッパーとの同時代性を備えるもので、ドージャ・キャットと同じく、ヒップホップコミュニティーはきちんと春ねむりという才能に向き合っていく必要があるだろう。
春ねむり『春火燎原』収録曲 / 関連記事:破壊と祝福、シスターフッドの号火――春ねむり『春火燎原』合評。精神性、ボーカル表現から紐解く(記事を開く)
女性アーティストの功績に関する語りは増え、再評価が進んでいるのは事実としてある。
しかし、現在進行形で積み上げられているものをきちんと評価することも重要だ。それは伝えていく批評・メディア側の役割でもあるが、受け取るリスナー側と一緒に行なっていくものでもある。よりよいシーンをつくるためのキーは、性別や立場を問わず「全員」に委ねられているのだ。
*1:British GQ「Can I be a feminist and listen to hip hop?」より(外部サイトを開く)
*2:The Guardian「Kanye West: 'Generally rap is misogynistic'」参照(外部サイトを開く)
*3:Complex「Remy Ma on Doja Cat: ‘I Don’t Think She’s a Rapper’」参照(外部サイトを開く)
*4:Complex「Doja Cat Is a Rapper. Stop Saying Otherwise.」参照(外部サイトを開く)
*5:Billboard「Lil Wayne Calls Missy Elliott the Best Rapper Ever & She’s Forever ‘Grateful’」参照(外部サイトを開く)
*6:VIBE.com「Tyler, The Creator Accepts Inaugural Rock The Bells Cultural Influence Award At 2021 BET Hip Hop Awards」参照(外部サイトを開く)
*7:Revolt「Lil Wayne reveals why Missy Elliott is his favorite rapper」参照(外部サイトを開く)
*8:UPROXX「For Women In Hip-Hop, Cardi B’s Co-Sign Is The New Drake Effect」参照(外部サイトを開く)
- フィードバック 42
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-