『バズ・ライトイヤー』同性のキスで14か国上映禁止。ディズニーがLGBTQ+支持を決断した理由

メイン画像:『バズ・ライトイヤー』 ©2022 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

同性カップルの描写や性的マイノリティーの登場で、相次いで上映禁止に

日本でも公開が始まった、ピクサー・アニメーション・スタジオ、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ製作の新作アニメーション映画『バズ・ライトイヤー』。『トイ・ストーリー』シリーズのスピンオフとして、人気キャラクターの設定から生まれたSF冒険作品だ。

『バズ・ライトイヤー』予告編

そんな『バズ・ライトイヤー』が、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、レバノン、マレーシア、クウェートなどを含む、中東、東南アジアの14か国で公開が禁止される事態となったことが、先日報道された(*1)。それらの国で問題となったのは、劇中で映し出される、女性キャラクター同士のキスシーンだという。

「The New York Times」の取材によると、禁止の判断を下した国の一つ、インドネシアの映画検閲委員会議長は、同性によるキスは、「逸脱した性行動」を禁止する法に反するとコメントしている(*2)。

同性カップルの描写がある『エターナルズ』や、性的マイノリティーが登場する『ウエスト・サイド・ストーリー』、あるキャラクターの両親が同性であることが示唆される『ドクター・ストレンジ / マルチバース・オブ・マッドネス』など、最近ディズニーが権利を持つ作品が、複数の国で上映禁止になるケースが目立っている。これは、近年アメリカの娯楽映画が、積極的に性的マイノリティーを描くようになったことと、ディズニー側が現地の市場が要請する部分的なカットに応じないことが理由にあると見られる。

とはいえ、ディズニーも一貫した態度をとっているわけではない。最近配信されたピクサー作品『私ときどきレッサーパンダ』では、同性同士の恋愛表現をカットしているのだ。これは、フロリダ州で成立した、性自認の議論から子どもを遠ざける「Don't Say Gay(ゲイと言ってはいけない)法案」を受けたものだといわれている。しかし、この決定はピクサー内部から強い反発を受け、SNSを通して性的マイノリティーの権利を守ろうとする人々から批判を受けることとなった。

『私ときどきレッサーパンダ』予告編

抑圧されてきた性的マイノリティーをエンパワーするピクサー

ピクサーは近年、同性愛表現を積極的にとり入れようとしている。これまでの作品では、性的マイノリティーが排除され、「無いもの」とされることが多かったが、その存在を多くの観客に見せることは、当事者の権利を守り、実社会における偏見の解消につながるはずである。そしてスタジオのなかには性的マイノリティーであることを表明し、同性パートナーと生活をするスタッフが存在する。これは、つくり手自身の権利の主張でもあるのだ。

『2分の1の魔法』予告編。ピクサー作品として初めてレズビアンを明言したキャラクターが登場

ここで、「多様性」という言葉をどのように理解すればいいのかという問題が出てくる。世界にはさまざまな伝統文化や慣習、宗教や思想があり、性的マイノリティーに対する考え方がある。作品を提供するときに、その考え方に異議を唱えたり、その国に根付いていない思想を啓蒙しようとしたりすることは、「グローバルスタンダードを押し付け、多様性を奪うことになる」と指摘する人々もいる。

しかし考えなければならないのは、その国や文化圏には、ピクサーに当事者が存在しているように、性的マイノリティーの人々が実際に生活しているはずだということである。同性愛に対する表現が禁止されているということは、その土地では当事者が表立って性自認を表明することが困難で、危険をともなう行為であることを示しているといえる。

そこで抑圧され、自分本来の生き方が制限されている人々の立場になって考えれば、性的マイノリティーの権利を認めさせようとする動きを、「グローバルスタンダードの傲慢」だと指摘する人々は、当事者の苦境をあくまで他人ごととしかとらえられていないのではないだろうか。

上映が禁止になった国の名前を見ることで、性的マイノリティーがとくにそこで抑圧されていることがわかるともいえるだろう。もちろん、いまだに同性での結婚が法的に認められていない日本なども、性的マイノリティーにとって暮らしにくい環境だということは間違いない。しかし、同性の恋愛を娯楽作のなかで表現できない国々は、根本的にその存在自体が排除されているという意味で、より深刻な状況にあるように思える。

危険にさらされながら、声なき声を代弁する映画人

こういった生きづらさを、作品に託して国内から世にうったえるクリエイターたちもいる。2018年に公開されたケニア映画『ラフィキ:ふたりの夢』では、同性を愛する少女たちが、地域のコミュニティーから弾圧され、それが命の危険にまで及ぶ状況が描かれた。しかし、このような描写はケニア当局で問題視され、国内で上映禁止となる。

『ラフィキ:ふたりの夢』予告編

その事実はむしろ、ケニアが同性愛者にとって暮らしにくい場所だということを逆に示す結果になってしまったといえるだろう。われわれ国外の観客は、この映画の内容に真実があると思わざるを得なくなったのである。

同様に、厳格な「宗教国家」といわれるイランもまた、同性愛を迫害するヘイトクライムがたびたび起こり、性的マイノリティーが危険にさらされている国だ。『オフサイドガールズ』(2006年)をはじめ、ここで風習や社会通念に抑圧される人々がいることを描いている、映画監督ジャファール・パナヒは、国内で多くの作品が上映禁止になるだけではなく、当局から逮捕もされている。

『オフサイドガールズ』予告編

ジュリエット・ビノシュやスティーヴン・スピルバーグなど、世界の映画人がイラン当局に彼の自由を要求し、結果として条件つきでの釈放を勝ち得たように、政府が強硬な態度をとり、表現の自由を弾圧することは、国内の問題をより顕在化することにつながり、国際社会からの反発を呼ぶ場合がある。

日本国内の差別を顕在化させたナイキのCM。世界から見られている自覚を

このように考えると、今回の『バズ・ライトイヤー』の決定は、性的マイノリティーの権利を主張する方向に、ひとまずディズニーが舵を切ったことを示しているのではないか。反発を受けながら作品をすべての国に送り出すよりも、保守的な国々で作品がキャンセルされることを容認しつつ禍根を絶つ判断をしたのだろう。だとすればディズニーは、長い目で見て、性的マイノリティーの権利が多くの国で段階的に認められることになると予測しているということだ。

同じように、スポーツ用品、アパレルブランド「ナイキ」も、差別問題について同様の判断をしている。2020年に日本向けCMにおいて、国内で人種差別が行われている場面を表現したのである。これについて一部で猛烈な反発が起こり、SNSで「日本にはこのような差別はない」「日本だけを悪者にしている」などの内容の書き込みが見られた。こうした拒否反応は、まさに保守的な国々が国内の問題を存在しないかのように振る舞う姿そのものだといえる。

ナイキのCMに対する反発を報じたニュース映像

日本においてナイキが叩かれた事実は海外にも伝わり、とくに差別描写が日常のものとなっているアメリカ社会では、意外なものとして受けとめられたようだ。日本の一部のネットユーザーが怒り、差別があることを躍起になって否定する姿は、イラン当局の態度同様に、逆に日本社会に差別が蔓延していることや、隠蔽体質があるという印象を与えたのではないか。

反発をある程度予想しながらもナイキがアクションを起こした理由は、差別が是正されていく勝算を見込み、一時的な反発を受けたとしても、企業の理念を通すことのほうが、ブランドのイメージを将来的に保つことができると考えたのだろう。これは、いまディズニーがやろうとし始めている方針に近いといえるだろう。

もともとピクサーは、ディズニーがこれまで描かなかったものを描くという理念のもとで作品づくりを行ってきたスタジオである。大きな興行的成功と、技術の将来性を見込まれ、2006年にディズニーに買収されることとなったが、そんなピクサーが、内部からディズニーの企業理念をリードし、改革を成し遂げつつあるのには、感慨深いところがある。傘下に多くの企業を持つ、巨大な帝国となったディズニーが、完全に一枚岩になることはないだろうが、その巨大さゆえに重かった足取りが、その多様さゆえに加速もしているのである。

Disney+配信の短編アニメ『殻を破る(原題OUT)』予告編。ディズニー史上初となるゲイの男性が主人公に

近年の多様性を尊重する動きは、日本において、やはり一部で反発を受けているところがある。多様な人種、女性、性的マイノリティー、障がいを持った人々などの権利を描く作品が増えてきたことで、そのことに違和感を表明する人々が、SNSで日常的に可視化されるようになってきている。しかし、その姿を、国内のさまざまなマイノリティーが見ていること、そして日本の外のさまざまな人々が見ているということに、われわれはもっと注意を払うべきだろう。

*1:Reuters「Exclusive: Disney/Pixar's 'Lightyear,' with same-sex couple, will not play in 14 countries; China in question」

*2:The New York Times「U.A.E. Bans ‘Lightyear,’ Disney Film with Same-Sex Kiss」



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