参院選の投票日を前に、日本音楽事業者協会など音楽業界に関わる4団体が、一丸となって自民党候補者の支援を表明した問題について、抗議声明を発表した「SaveOurSpace」のメンバーが7月5日、インターネット番組『ポリタスTV』に出演。「音楽に関わる多くの人たちを置き去りにしている」などと指摘し、抗議文や質問状を団体に提出する予定であることを明らかにした。
何が起きているのか? 業界団体が生稲晃子氏、今井絵理子氏への支持表明
音楽業界4団体(日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会)は6月30日、自民党本部で決起大会を開き、自民党公認で出馬した元「おニャン子クラブ」の生稲晃子氏、比例代表に立候補した元「SPEED」今井絵理子氏への支持を表明した。、業界団体が一丸となり候補者を支援するのは、今回が初めてという。
決起大会の内容が報じられると、SNS上で多くの音楽関係者から疑問を呈する声が上がった。2020年、コロナ禍で休業を余儀なくされたライブハウスやクラブ、劇場などへの公的支援を求める運動を始動した「SaveOurSpace」は、7月2日に抗議文を発表。
「音楽業界全体が当該候補者を支持するというメッセージとして社会に受け取られかねません」などとして、この支持表明を批判した。
声明では音楽業界関係者からの賛同も募っており、5日時点で4,000人を超える賛同者が集まっている。
<UPDATE 2022/7/7>「SaveOurSpace」は7月7日、賛同者の一部に偽名や成りすましがあることが判明したとして、賛同人募集を終了、一覧を非公開にしたことを発表した。「偽名や成りすましの可能性を想定した賛同人一覧の信頼性の担保をはかる体制を充分に構築できておりませんでした」と説明している。
「音楽に関わる多くの人たちを置き去りにしている」
事態の収束が見えないなか、声明の発起人である「SaveOurSpace」の篠田ミルさん(ミュージシャン)、スガナミユウさん(ライブハウス店主/音楽家)、Nozomi Nobodyさん(シンガーソングライター)が、ジャーナリスト/メディア・アクティビストの津田大介さんがMCを務める『ポリタスTV』に出演。
声明を出した背景や、今後のアクションについて語った。
まず3人が強調したのは、業界に強い影響力を持つ4団体が「一丸」となって特定の政党の候補者への支援を表明したことと、そこに至るまでの意思決定のプロセスの問題だ。
Nozomi Nobodyさんは、「4団体が特定の候補者の支援を表明したことが問題であると指摘している。そこはしっかりと申し上げておきたい」と語る。
「なぜ個々人ではなく、4団体として一致団結して表明することになったのか。団体が連携して応援することの社会的な影響力や、業界に対する影響力を顧みるべきだし、勝手に決めて勝手に公に表明した。音楽に関わる多くの人たちを置き去りにしていると感じています」
『ポリタスTV』によると、日本音楽制作者連盟と日本音楽出版社協会は報道後、加盟者にメールを送信。加盟社やその所属アーティストらに対し、特定の候補者への投票をお願いするものではないと説明したという。
番組内では、業界団体側から「SaveOurSpace」にコンタクトがあったことも明らかにされた。スガナミさんによると、今後のアクションとして、業界団体に抗議文と質問状を提出する予定という。
「内部でも疑問に思っている人がいるのでは」
「SaveOurSpace」の声明が出されるとSNS上で大きな反響を呼び、賛同者が続出した。そのなかには団体の関係者とみられる人もいたといい、スガナミさんは「内部でも疑問に思っている方がいるのではないか」と指摘する。
一方で、内部から上がる声はそれほど多くないという実感も語った。篠田さんは、「この声明に賛同することのリスクはあるが、業界団体内で自浄作用が働いていってほしい」とも語る。
「関係者の中で色々な話が行なわれていることはあると思うんですが、外側から私たちが言っているだけでは変えられないこともあって。内側から声が上がることの効力の強さを感じているので、そういった声が上がることで色々なことが変わるのではないかと思います」(Nozomi Nobodyさん)
アジカン後藤正文もコメント「それぞれの選択が尊重される社会を望みます」
番組では、発起人のひとりであるASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんのメッセージも読み上げられた。
後藤さんは、「新型コロナウイルスの流行によって、多くの音楽関係者が苦境に立たされています。そうした状況にあって、私たちに代わってロビー活動をしてくださる4団体には感謝しています」と前置きしたうえで、今回の支持表明について、「政権与党を選挙応援しなければ助成を受けられない社会の恐ろしさを思います」と指摘。
「それは支配的な立場である者が独断ですべてを行う専制政治への入り口ではないでしょうか」とし、「それぞれに違う私たちの選択が、それぞれに尊重される社会を望みます。 そして当然のことですが、選挙における私たちの選択は組織のものではなく、 私たちそれぞれの権利です」と訴えた。
声明文に盛り込まれた、自民党の政策への言及
「SaveOurSpace」の声明には、自民党の姿勢にも疑問を呈する文章もあった。音楽文化は多様性や少数者を包摂する営みのなかで育まれてきた歴史的経緯があるにも関わらず、生稲氏は「同性婚の法制化」に反対しており、自民党も「同性婚の法制化」や「LGBT平等法」に反対する唯一の主要政党であることなどを指摘している。
篠田さんはこうした文章について、「音楽文化の価値や歴史的経緯をふまえたとき、この論点は外せない問題だと思った」と説明。
「この文章が入ることによって、つまり自民党の候補を応援していることが許せないんじゃないかという反論が出ていることは当然予想された。ただ、この問題があるからこそ、より一層手続き上の問題も浮き彫りになる。
この問題でコンセンサスが取れるかどうか、議論してみないとわからない。業界団体内で経済的に厳しいから自民党を応援したいという人がいたり、自民党の政策はこういうことを言っているからどうなんだとか、そういった議論が(まず)されるべきです」
厳しい状況に置かれた音楽業界。政界とのパイプを築くことの是非
そもそも今回の参院選で、音楽業界団体が揃って自民党候補者への支持を表明した背景には何があるのか。
コロナ禍において、音楽業界は厳しい状況に直面した。文化芸術活動の継続のために公的支援の拡充は必須だったが、政治と音楽業界の関わりという点において、コロナ禍が一つの変化の節目となったことは、疑いようもないだろう。
「緊急事態宣言もまん防も解除されて、少しずつwithコロナの時代になり、日常に戻っていく段階を踏んでいる。来年以降、J-LOD(コンテンツ海外展開促進・基盤強化事業費補助金)や文化庁のARTS for the future!などの公的支援がなくなる可能性があるなかで、業界自体も焦っているのではないかと感じる」
スガナミさんはそう指摘する。
「支援を何かしらのかたちで継続してほしいというなかで、政権与党とのパイプを強く持ちたいという気持ちもわかるし、それがすごく怖いなということも同時に思います。
最近、別のジャンルの業界団体の人と話していてすごく印象的だったのが、自分たちの作品について省庁や政治家と話すときに、『コンテンツと言うようにしました』と。そうすると『産業』として見られる、というようなお話をされていて。文化やアートとしての価値というものを捨てたような話し方をあえてしなくてはいけないということをおっしゃっていて、すごく悲しい話だなと思ったんですが、そういう状態があるということが、この件に重なるとも思っています」
津田大介さんは今回の支援表明について、選挙における「組織内候補」のように、業界の「代表者」を候補者として立てることで、政界で影響力を持つことが狙いではないかと推察した。
「組織内候補」とは、業界団体や労働組合などの組織が擁立する国会・地方議会議員の候補者のことで、毎日新聞によると、比例代表から立候補する人が多い。
「それぞれの組織のなかで議論をして、組織内で同意を取ったうえで自分たちの業界の組織内候補だということを決めてやっている。それは政治ではありふれたやり方ではある。おそらくそういうことを音楽業界も考えたと思うんですが、その時、すでに音楽業界で活躍していた今井絵里子さんと生稲晃子さんがいるので、彼女たちを事後的に支援することを決めたのではないか。業界に対する説明などを見ると、そういうところが始まりなのかなと。
そして、業界はそれくらい厳しい状況に置かれている。やはり政治とのパイプはつくっておいた方がいいという、その理由もわかるところではある。その理由を真正面から説明したうえで音楽業界として議題を定義して、会員を含めてしっかり議論するプロセスをふまえていたなら、おそらくそこまで問題にならなかったのではないか」(津田さん)
政治と音楽の関わりのあり方とは
一方で、仮に業界団体内で然るべき「合意」がとれた場合、特定の候補者や政党を業界として支援することの是非については、また議論の余地があるだろう。
Nozomi Nobodyさんは、「音楽文化芸術というのは、それぞれの意思や信条があって、それが尊重されるべき分野。そういう分野が特定の政党を支持することが何を意味するのかというのは慎重に考えてなくてはいけない」と指摘する。
篠田さんは、「音楽業界や文化芸術業界の問題だけではなく、ほかの業界にも問われる論点」だと語る。
「業界団体のあいだでプロセスをふまえて、合意をとったうえで団体として特定の候補者を支持するのがそもそも正しいのかどうか。色々な業界で候補者を立てて支援することはありふれているが、それはそもそも民主主義のプロセスのなかで正しいあり方なのかというのは、もっと議論されていくべきトピックなのではないかと思います」と述べた。
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