個展を開けば作品が即日完売し、いま大注目の若手画家といえる、友沢こたお。スライム状の物質を用いた独特な人物画は、まるで世相を反映したかのような息苦しさを感じさせる一方で、不思議な可愛さも漂う。その作風がアート界隈のみならず、多くの人を惹きつけているが、注目度が高まっている現状を本人はどう受け止めているのだろうか。
今回は、2022年3月に東京藝術大学を卒業後、藝大の大学院に進学したばかりの彼女にインタビューを実施。2022年7月3日から26日まで開催される個展『Monochrome』の制作の裏側をはじめ、他者の評価との向き合い方、現代の「生きづらさ」と作品の影響、不条理な世界におけるアートの役割、理想の変態像……など、たっぷりと話をうかがった。
藝大を卒業後も、ひたすら絵を描く日々。作家オンリーではなく大学院進学を決めた理由
―2022年3月に東京藝術大学を卒業されて、現在は藝大の大学院に進まれているそうですが、どんな生活を送られているのでしょうか。
友沢:もう、ひたすら絵を描く生活、という感じですね。学校に行っている時間以外は、自分のアトリエにずっとこもっています。
友沢こたおの作品(Twitterで見る)
―大学卒業後、フルタイムの作家ではなく、引き続き学業を並走させていくことに決めた理由は何だったのでしょうか。
友沢:いま描いている絵は、自分なりにすべてを投入した精一杯のものなんですが、同時に「私のなかには、まだまだ眠っているものがある。あってほしいぞ」という感覚もあって。
それを引き出すために、もっともっと学んでいろんな刺激を受けたいと思いました。作家オンリーになったら、ひたすら創作のみの生活になってしまうと思うので、その前にもっと多様なカルチャーに触れる時間を持ちたかったんです。コロナ禍であまり大学に通えなかったこともあり、この場所でもっと吸収したいという気持ちが強いです。
ちなみに最近では、尊敬する小林正人教授に「スライムじゃない絵を描いてみたら」と提案を受けました。私のなかに、もっといろいろなものが眠っているはずだ、と感じてくれているがゆえの言葉だと思うので、頑張らないと、と思っています。
友沢こたおの作品(Instagramで見る)
他者の評価は恐ろしい。真正面から受け止めようとすると「ウギャーッ!」となってしまう
―2022年7月3日から26日まで、個展『Monochrome』が開催されますね。友沢さんは「色へのこだわりが強い作家」というイメージがあります。モノクロがテーマの個展というのは初ですよね?
友沢:はい。最初は思ったよりも難しかったです。でも、延々と描き続けていたら、だんだんとモノクロのなかに「色」が見える感覚を覚えるようになってきました。
―白と黒のみ、とはいっても、いろいろな黒色、いろいろな白色がありますものね。
友沢:そうなんですよ。ちょっと前に、モデルのアンミカさんがテレビのバラエティー番組で手元にある白いタオルを褒めるにあたって「白って200色あんねん」と発言したことが話題になっていましたが、絵を描く者としては、白も黒も、何百パターン、いや何億パターンも存在するような感じがしていて。
そんな膨大かつミニマムな差異のなかを激しく行き来するような創作でした。普段、カラーの絵具を練っているときも「うわー!」となっているのですが、モノクロはモノクロで、また違った意味で頭がおかしくなりそうでしたね(苦笑)。
―友沢さんといえば、個展を開けば作品が即日完売するという人気振りですが、ご自身の注目度が高まっているいまの状況を率直にどう感じていますか?
友沢:たくさんの人たちが自分の作品を楽しみにしてくれるという状況は、素直にすごく嬉しいです。ただ、日常的にプレッシャーを感じているのも事実です。いつもピュアに、ハッピーなトランス状態で描いてるんですけど、同時に押し潰されそうな苦しさも感じていて。まあ、基本的には楽しんでやっているので、大丈夫ですけれども。
なんにせよ、他者からの視線、他者の評価というのは恐ろしいですよね。真正面から受け止めようとすると「ウギャーッ!」となってしまう。だから、あんまり考えないようにはしています。そもそも私は創作を通して「自分の内なる探求をしたい」と思っているので。
―でもSNS以降、ことさら見ようと思わなくても、「他人がどう見ているか」が可視化されて、嫌でも目に入ってきてしまう、ということもありますよね。
友沢:そうですね。だから、自分に関する投稿はほぼ見ないです。でも、必ずしもSNSに否定的なわけではありません。実際、個展を開くと「アートには全然興味なかったけど、SNSで見て来ました」という人がすごく多い。だから、うまく使えたらいいな、というスタンスでいます。
個展『Monochrome』開催日の1週間前の投稿(Instagramで見る)
「こうあらねば」という社会の圧。女性であることで感じたつらい思い
―「自分」や「内」に対して、その外側にあるのが「他者」や「社会」という存在です。そして、おそらく作品というものは、作者がいま生きている社会の現実を自ずと反映してしまうものだと思うのですが、友沢さんご自身はこれをどのように意識されているでしょうか。
友沢:人間というのは、一人ひとりがまったく違う存在だと思うのですが、それが無理やり単一化されてしまうところに、日本社会の生きづらさを感じますね。
たとえば、小学生から中校生くらいまでは「良い子であれ」「良い成績を取れ」みたいなことばかり求められて、素直に自分を出すことができず、毎日が苦しくて仕方がなかった。でも、美大に進学してからは、正直に自分の心のなかの闇とか、感じている痛みを表現できるようになって、安心したんですよね。
―「こうあらねばならない」という、社会的な圧みたいなことでしょうか。
友沢:そうですね、暗黙のルールみたいなものがありますよね。そして、それが日本という国は極端に強いように思います。以前、「女性なら料理ができなきゃダメだよ」と言われたことがあって、そう決めつけられたときも疑問でした。
―ただ、近年では女性が社会に対して声を上げることが増え、性差による生きづらさの問題がかなり可視化されてきていますよね。昔に比べると、良い流れが生まれてきているようにも感じますが、一方で問題の根深さもあらゆる場面で浮き彫りになり、「まだまだ先は長そうだ……」という感覚もあります。
友沢:ジェンダーによる問題はかなり根が深いし、歴史も長いですからね。「こうあらねば」という社会の圧も、依然女性を苦しめていると思います。女の子の友だちと話していても、みんなそれぞれ深い闇を抱えているな、と感じることが多いですし。
一見するとそうは見えないのは、見せていない人が多いからなんですよね。以前、大学の授業で「自分が女性であることで感じたつらい思いを全部、書き出してみてください」というワークショップがあったんです。もちろん匿名で。
それをやったら、もう本当に書いても書いても手が止まらないくらい「つらかった経験」が出てきた。自分も考えないようにしていただけで、実際はいろいろ感じていたんだなと気づかされました。
―アーティスト活動においては、性差によって「やるせなさ」や「つらさ」を感じたことはありますか?
友沢:基本的には絵を描くことに没頭しているので大丈夫ですが、「女」であるだけで、話をちゃんと聞いてもらえないと感じることはあります。そういったときは、性別でどうこう判断されることに、やはり強い違和感と反発を感じます。
そもそも私は「男だ」「女だ」と人を分けて考えたくない。誰もを「一人の人間」として見たい、という想いがあります。
「新たな人生が始まる」くらい大きなことを起こせると感じるのがアート
―ご自身の作品に、そうした社会の有り様や「生きづらさ」なども反映されているのでしょうか。
友沢:意識的ではないですが、影響は結構あると思います。たとえば、セクハラを受けたあとに、スライムをモチーフにした作品が出来上がりました。
すごくつらかったはずなのに、私はセクハラを受けた次の日、何事もなかったかのように笑顔で出かけていった。明らかに違和感があったはずなのに、それを飲み込んでしまっていた自分への怒りが、自らピンク色のスライムを被って、その様子を絵にするという行動に走らせました。
私という人間は、本当はもっと複雑で、いろいろなことを考えながら生きているはずなのに、「社会」のほうに合わせて自分という存在を殺していた。それって、本当に「生きている」といえるのか? ただ普通に生きていても「自分、生きてるわ」とはなかなか思わないですけど、スライムを被って物理的に呼吸が苦しくなることで、「ああ、自分は息をしていたんだ」と気づけたんです。
その瞬間、「生きている自分」に戻れた感覚があった。そうして考えてみると、自分は何を描いていても、いつも「痛み」みたいなものを帯びてくるんですね。この不条理に満ちた世界で、痛みを介して、気づかされるというか。
スライムをモチーフにした最初の作品(Instagramで見る)
―現代社会で「生きている」という実感がなかなか持てない人も少なくないと思います。友沢さんにとっての「スライム」のように、「生きている自分」に気づかされるアイテムやきっかけを見つけられると良いかもしれませんね。
友沢:そういう意味では、アートが重要な鍵になると思っています。普通に暮らしていると、人は問題があっても、そこから目を背けてしまったりする。でもアートは、社会や自分自身に対して「それはどういうことなのか」と問いかける機能があるので。
その結果、生まれる美や感動が大事だし、私にとっては、そこから「新たな人生が始まる」くらい大きなことを起こせると感じるのがアートなんです。
―アートは、不条理な社会に対抗するための手助けにもなり得るということでしょうか。
友沢:個人的には、その力を持っていると思います。それから私は、社会体制みたいなものに飲み込まれないようにするために、絵を描いているという意識もあります。自分という「個」を大事にするための行為、という側面は間違いなくある。
ただ、個の複雑性を排除することで物事はサクサク進んでいく側面もあるので、社会的にはそっちのほうに流れがちになるのも理解はできますが。
―合理性という名のもとに、社会は成り立っている、と。
友沢:でも、そんなに単純なわけがない。「個」を蔑ろにしてはいけないと思いますし、むしろもっと尊重する世の中になれば良いのにと考えています。世界は複雑で不条理なので、綺麗にまとめることなんてできません。そして、複雑であること自体が面白くもある。
たとえば、同じものを見て、みんながみんな同じ反応をするわけはないですからね。あるものに対して、傷つく人もいれば、感動する人もいる。また、傷ついたり、感動したりするとき、その深度も一人ひとりまるで違うはず。その実態は、その人にならないとわかりません。
でも、人は相手の心に歩み寄ることはできる。他者の意見や個性を尊重しつつ、自分の意見や個性も示していくことが、いつの時代もとても大事だと思っています。
目標はフランク・ザッパ? 友沢こたおにとって理想の「変態」とは
―これから活動を続けていくなかで、目指しているアーティスト像はありますか?
友沢:「もっと自分の変態性を出したい」「ずっと変態でありたい」という強い想いがあります(笑)。おばあちゃんになっても「個」として変態でいたい。
―友沢さんにとって理想の「変態」とは?
友沢:「独自のベクトルで、なにかしらの物事をあり得ないくらい深めている人」ですね。それが、私にとって理想の変態像です。
―「この人、変態だなー!」と尊敬している人って、たとえば誰がいますか。
友沢:まず私の母親、漫画家の友沢ミミヨがすごい変態ですね。あと最近、アメリカのミュージシャン、フランク・ザッパのドキュメンタリー映画『ZAPPA』(2020年)を見たのですが、あらためて尊敬すべき変態性を見せつけられて興奮しました。
私は、もはやザッパになりたいです(笑)。世の中をすごく淡々と見たうえで、すべてを分析して、自分なりに答えを探求して、ひたすら突き進んでいく人。自分もそういう人生を目指したいと思いました。まだまだ未熟ですが、「いつも心にザッパを」という言葉を胸に精進していきます。
友沢ミミヨと友沢こたおの親子アートユニット「とろろ園」の作品(Instagramで見る)
―これからもアーティスト活動を続けていくなかで、先ほど話題になった社会の問題も含めて、「世の中がこういうふうになっていったらいいな」という理想はありますか?
友沢:誰もが、内なる探求をしたくなる社会になったらいいですね。そして、みんな素敵な変態でいてほしい。要するに一人ひとりが、その人らしく輝ける世界になったら最高です。現状、すごく難しいとは思いますけど、自分なりに足掻いていきたいです。
―「個」を保ち、良き変態でありたいと願う人たちに、友沢さんなら何と言葉をかけますか?
友沢:周りや自分の複雑さを理解していくためにも、いろいろな角度からものを見ることが大事、と伝えたいですね。それから、素敵なものがあったら、素直に「素敵だね」と言い合える相手をそばに置きましょう、と言いたいです。
人のことを認められる人と一緒にいると、自分も人のことを認められる人間になれる気がして。もし、どうしてもそういう人がまわりにいなければ、私がしているように「いつも心にザッパを」(笑)。ザッパでなくても、自分が尊敬できる変態を心に置くのはおすすめです。
- イベント情報
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友沢こたお 個展「Monochrome」
会期:2022年7月3日(日)~7月26日(火)※終了⽇は変更になる場合があります。
時間:11:00~19:00
定休日:月曜日
会場:銀座 蔦屋書店「FOAM CONTEMPORARY」
⼊場:無料
- プロフィール
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- 友沢こたお (ともざわ こたお)
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1999年、フランスのボルドー生まれ。5歳までパリで過ごす。2018年、東京藝術大学 美術学部 絵画学科 油画専攻に入学。2019年、久米桂一郎賞を受賞。主な個展は『Pomme d'amour』(2020年)、『caché』(2021年)など。2021年に上野芸友賞を受賞。現在は、東京藝術大学 大学院 美術研究科に在籍中。2022年7月3日から26日まで個展『Monochrome』を開催。
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