「スリナムという国をあなたは知らないだろう。ブラジルの上にある人口50万人の小さな国。国土の半分がジャングルで、国民の半分以上が麻薬産業に関わる多民族、多言語国家だ。そこになぜ韓国人がいるのか?その理由をこれから話そう。信じられないだろうがすべては俺が体験したことだ。話の真偽を疑う人もいるだろう。だが、最後まで聞いてほしい――」
そんなモノローグから始まるNetflixの韓国ドラマ、『ナルコの神』(原題『スリナム』)。韓国の人気俳優ハ・ジョンウやファン・ジョンミン、『イカゲーム』で知られるパク・ヘスらが集結したクライムアクションドラマで、Netflixのグローバルランキングに入るなど人気を集めている。実話をもとにした本作はどんな作品なのか。
※2話までのネタバレを含みます
『ナルコの神』とは?きっかけはスリナムでの「儲け話」
『ナルコの神』は、南米の国スリナムでビジネスを始めた起業家が、麻薬組織を検挙しようとする韓国国家情報院の作戦に巻き込まれていくというストーリーだ。
主人公のカン・イングは、昼は車の整備工場、夜はカラオケバーを営む経営者。妻とのあいだに二人の子どもにも恵まれた。昼夜問わず働き、子どもたちと過ごす時間も限られる日々。働き詰めで亡くなった両親の境遇とも重なり、生活を変えることを決心する。
そんなとき、旧友のウンスが訪ねてくる。海外から魚のエイをタダで仕入れ、韓国で売ればボロ儲けだという話だ。エイを食べずに捨てる国がある。スリナムという南米の国。ウンスから「一緒にスリナムに行こう」と誘われたイングは妻の反対を押し切って店を畳み、スリナムへ向かった。
しかし、スリナムでの事業は一筋縄ではいかない。現地のチャイニーズマフィアから「海は自分の管轄だ」とワイロを要求され、イングとウンスは彼らに痛めつけられてしまう。
対応に困ったイングは、敬虔なクリスチャンである妻の勧めで仕方なく訪れた韓国人向けの教会で、運命を変える人物と出会う。
それが牧師、チョン・ヨハン(ファン・ジョンミン)だ。ヨハンに相談すると、ヨハンは「これは神の思し召しだ」と言い、チャイニーズマフィアとのトラブルを収めてくれた。
牧師であるヨハンは農場や工場を寄付する資産家で、「スリナムの総督」と呼ばれるほどの影響力を持つ人物だった。スリナムの大統領とも親しいほどだ。
ヨハンのおかげでトラブルは解決したかと思ったのも束の間、韓国へ送ったはずのエイのなかから「コカインが見つかった」との知らせが届く。イングは警察に追われ、逮捕されてしまう。
いったい誰が、なんのために…。刑務所で途方に暮れるイングのもとに、韓国の国家情報院、チェ・チャンホ(パク・ヘス)が訪ねてくる。そして、イングは慈善事業を行なうヨハンの「裏の顔」を知ることになる。
じつは、ヨハンの「裏の顔」は熱烈な信徒を率いてスリナムの裏社会を支配し、コカインを独占する麻薬王だった。
そのヨハンがエイにコカインを忍ばせた張本人で、韓国に密輸するルートを開拓するため、イングの船を利用したのだった。さらに、ウンスはヨハンの手先に殺されてしまう。
国家情報院のチェ・チャンホは、イングにスパイとして作戦に協力するよう要請する。コカインをアメリカに流通させる作戦だ。アメリカは麻薬密売人を逮捕するためであれば、関係国の許可を得ず、兵力を動員できる。アメリカにコカインを流通させれば、麻薬取締局(DEA)が部隊をスリナムに派遣できるのだ。
イングは「スリナムで失った5億ウォンを返してくれるなら協力する」と応じ、麻薬王を捕まえるための異色の作戦が始まった。
実在した麻薬王チョ・ボンヘン。服役し、韓国で亡くなったことも明らかに
『ナルコの神』は終始だまし合いが続き、手に汗握るノワール・アクション作品だ。全6話で、1話は1時間ほど。緊張感が高く、一気に見ることができる。9月には全世界の視聴時間を基にしたランキングで1位(テレビ、非英語部門)を獲得した。
オープニングで「実話を基にしたフィクション」というテロップが流れるように、本作は実在した人物をモデルにしている。
麻薬王チョン・ヨハンのモデルは、1952年生まれのチョ・ボンヘンという人物だ。1990年代末から2000年代初頭までスリナムで大規模な麻薬組織を率いた。彼は南米の麻薬カルテルと協力し、スリナムの政治家や官僚、軍人にも食い込んだという。まさに麻薬でスリナムを征服した麻薬王だった。インターポールに指名手配されるほど悪名が高かったが、韓国の国家情報院とアメリカの麻薬取締局(DEA)の共同捜査により、2009年7月にブラジルで逮捕された(*1)。
チョ・ボンヘンは2011年、懲役10年と1億ウォンの刑を宣告された。ネット上では出所後スリナムに帰ったという情報が広がっていたが、韓国メディアの取材によると、韓国内の刑務所で服役していたときに持病が悪化し、2016年4月、病死したという(*2)。
そして、一般人が国家情報院の捜査に協力したというエピソードも実話だ。ユン・ジョンビン監督へのインタビューによると、捜査に協力した本人に話を聞き、作中の80%は実話のエピソードを反映させたという。本作の見どころの一つである銃撃戦も実際にあったといい、むしろ実話の方が劇的すぎて、省略したエピソードもあったようだ。
危険な捜査に協力した理由について「自分の子どもたちに恥ずかしくない堂々とした父親になりたいという思いで受け入れた」と語ったというから驚きだ。
一方で、本作をめぐっては論争も起きている。
スリナム政府はプロデューサーへの法的措置と韓国政府への抗議を検討しているという。外相は「スリナムを麻薬国家として扱っている」「物語で描かれているようなイメージは過去のものだ。(わが国に対する)否定的な考えを植え付けてしまう」と批判した。
この問題を検証した韓国メディアの「朝鮮日報」は、「誇張された部分が大きい」と話す現地の声を紹介。一方で、「スリナムは政治、政府など公共部門が広く麻薬とつながり、国民の相当数が麻薬産業と直接・間接的につながっている」とする国際機関の指摘や「スリナムで麻薬の密売に関連した資金洗浄が行なわれている」と指摘する海外メディアの報道を取り上げている。
ファン・ジョンミンなど実力派俳優の演技も見もの。『イカゲーム』のパク・ヘスも
本作は、もともとは2時間の映画として作られる予定だった(*3)。しかし、映画用の脚本を読んだユン・ジョンビン監督は「2時間の映画よりも、ドラマシリーズの方が向いている」と考え、Netflixに提案したのだという。
さらに、本作の魅力は豪華キャストが一堂に会している点だ。
主人公のカン・イングを演じたハ・ジョンウは『神と共に』シリーズ(2017~2018)が韓国で1000万人以上の観客動員数を記録し、『1987、ある闘いの真実』(2017)でも1000万人以上を動員。ソン・ガンホに続いて「トリプル1000万俳優」に名を連ねた名優である。
敵役の牧師、チョン・ヨハンを演じたファン・ジョンミンは、長年にわたって韓国映画会をけん引する実力派俳優。『新しき世界』(2013)では犯罪組織のナンバー2を「怪演」し、主演を務めた『国際市場で逢いましょう』(2014)は韓国で観客動員数1410万人を達成した。主演作の累計観客動員数が韓国だけで1億人を超え、「1億俳優」とも呼ばれている。
最新作の『人質 韓国トップスター誘拐事件』(2021)では、人質となる主役を実名で演じた。ハ・ジョンウはファン・ジョンミンとの共演を17年間願い続けてきたという。
ほかにも、国家情報院のチェ・チャンホは『イカゲーム』や『ペーパー・ハウス・コリア:統一通貨を奪え』など、数多くのNetflix作品に出演するパク・ヘスが好演。麻薬組織の法務担当、デヴィッド・パクを演じたのは『応答せよ1994』や『賢い医師生活』で知られるウユ・ヨンソク。そのほか、『DUNE/デューン 砂の惑星』(2020)のチャン・チェン、『インサイダーズ/内部者たち』(2015)のチョ・ウジンらが脇を固める。
これら名優たちの手に汗握る「演技合戦」にも注目だ。
(写真:Netflix『ナルコの神』独占配信中)
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