Bialystocks甫木元空が前野健太と語る『はだかのゆめ』。風景の声を聴き、歌や映画をつくること

バンド・Bialystocksのボーカルでもある気鋭の映画監督・甫木元空(ほきもとそら)による新作『はだかのゆめ』が全国順次公開されている。

故・青山真治監督と、仙頭武則(『ユリイカ』など数々の映画を手がけてきたプロデューサー)、日本映画を牽引してきたふたりに見出だされ、2016年に監督デビューした甫木元。『はだかのゆめ』は、1992年生まれの甫木元が5年前に祖父の住む高知へと移ってから経験した現実が強く滲む、そして同時にファンタジックな映画だ。

そして今作で、主人公たちを見守る愛すべき酔っぱらい「おんちゃん」を演じたのが、シンガーソングライター・俳優の前野健太である。甫木元と前野、ひとまわり世代の離れたふたりによるダイアローグは、その飾らない言葉で、リアリティーの在り処を照らし出す。

映画『はだかのゆめ』予告編。主人公は、四万十川のほとりを彷徨する青年・ノロ(青木柚)。病による死が近づく母(唯野未歩子)を、ノロはただ見つめる――彼のほうが幽霊であるように。両親を亡くし、高知県で祖父と暮らす甫木元監督自身の経験も滲む物語。甫木元のじつの祖父・尊英が本人役として、シンガーソングライター・俳優の前野健太がノロを見守る謎の存在「おんちゃん」役として登場する

「『はだかのゆめ』という言葉を見たときに、つーっと涙が出てきた」(前野)

―おふたりは、どんな経緯でご一緒されたのですか。

甫木元:脚本を書いている段階で、「おんちゃん」役は前野さんにお願いできたら、と思っていたんです。前野さんのことはミュージシャンとして大好きで、ライブにも行っていましたし、前野さんが出演された舞台『なむはむだはむ』(※)も見ていたんですよね。

子どもなのか、おじさんなのか……ときに老人にもみえる、前野さんのつかみどころのない佇まいに惹かれました。『はだかのゆめ』では、まるであの世とこの世を行き来する天使のような、そんな酔っぱらいを演じてもらえたらと思ったんです。初めてお会いしたのは、衣装合わせのときですかね。

※『なむはむだはむ』は、岩井秀人、森山未來、前野健太による「子どもたちのアイディアを大人たちがなんとか作品にする」プロジェクト

前野:はじめに脚本と、Bialystocksの音源が送られてきたんです。まず脚本を読んだら、ものすごくよかったんですね。読み終わって、最後にもう一回、タイトルの『はだかのゆめ』という言葉を見たときに、つーっと涙が出てきました。

もうね、台詞やト書きが「詩」なんですよ。ああ、この人は間違いなく詩人だ、ご一緒したい、と思いながらBialystocksの音源を聴いたら、これまたむちゃくちゃ好みで。もはやひれ伏すような感じで(笑)。ぜひお願いしますとお返事しました。

甫木元、前野がそれぞれの肌で感じる高知県の風土

―『はだかのゆめ』は、高知県の四万十川のほとりで撮影されたんですよね?

前野:現場に足を運んで、ここは凄いな、と圧倒されていきました。民宿のテレビをつけたら、洪水に備えるためなのか、いくつかの場所から四万十川を定点でずっと映しているチャンネルがあったんです。それをボーッと眺めながら、この土地では人間はささやかな存在なんだなあ、と強く実感していきました。

甫木元:高知には、自然に抗おうとするよりどうやってともに生きていくかを考える風土がありますね。例えば、洪水で沈下する前提で建てられた橋なんかもあるんです。

そしてなぜかみんな陽気。映画にも出ているうちの爺ちゃんは月に2回、満月の日に集まって宴会を開いて、獲れたイノシシの鍋を囲むような会を開いていて。『はだかのゆめ』に出てくる小屋も、ふだんは爺ちゃんたちのカラオケルームなんです。何もないからこそ、流れに身を任せていなしつつ、でも何かできることを見つけて面白がっているようなところがあるのかもしれません。

前野:この取材の数日前に、愛媛の松山にライブをしに行ったんですけど、フラッと入ったバーのマスターが言ってましたよ、「高知の人たちはとにかく飲む」って(笑)。隣の県なんだけど、文化がまったく違うみたいですね。

甫木元:ハハハハ、なんなんでしょうね。でも爺ちゃんも毎日17時から晩酌していて、お酒で命を洗っているような感じがあります。「これ(酒)がなくなったら俺は死ぬ」と言っているくらいで(笑)。

高知は愛媛、香川、徳島に比べて本州から距離があるので、昔から、どこか独立している感じがあるのかもしれません。自分たちで楽しまないとやってられない、とでもいうような。

人の暮らしの「小ささ」を再確認した撮影現場

―前野さんは『はだかのゆめ』の現場で、どのようにカメラの前に立ったのですか。

前野:歌のかたまりのように漂っていたい、といいますか。いや、なんていうんでしょう。人間ってゴツゴツしているというか、地球とうまくやれない部分があるじゃないですか。ぼくは常日頃から、「人間はほかの生き物に比べて、地球に生きるセンスがない」って感じているんです。

でも、歌には人間が自然のほうに近づける魔法みたいなところがあると思っていて。自分もそんな体であれたらなあと思って挑んだんですが……そううまくはいかないっすね(笑)。最終的には、そういう「人間の異物感」が、『はだかのゆめ』のなかでもっとも素直に出ているのがおんちゃんという役なんだなあと思いました。

―「人間の異物感」ですか。

前野:『はだかのゆめ』の撮影最終日にも、印象的な出来事がありました。クランクアップの挨拶で何を言おうかなあと考えていたとき、顔を上げたら森に風が吹いて、木がばあああっと動いたんです。そのときに思ったんですよ、「うわ、木の顔が見える」って。

そのとき、あらためて人間の暮らしは小さいものなんだ、と実感しましたね。『はだかのゆめ』で、暗闇のなかを電車が走っていくシーンでも、ワンマンの小さな車両の姿に、人間を感じます。

コントロールできないもの、抗えないものにどう向き合うか

―列車のシーンと言えば、『はだかのゆめ』は大胆に切断された断片が連なるような編集が印象的な映画でもありました。

甫木元:タイトルにも「ゆめ」という言葉が入っていますが、この映画は夢の羅列のように編集していきました。夢って、全然コントロールできないじゃないですか。見ようと思っても見れなかったり、もうちょっと見たいなあというところで断絶があったり……何か行為を完結させる前に、次に行ってしまう。

『はだかのゆめ』はある種の願望を語る映画ですが、だからこそ、「抗えないものがある」という現実が隣り合わせになっていることも意識しました。抗えないようなことに抗いつづけてきたのが人間の歴史だと思うんですが、もうそろそろ、抗うだけではガタがきているんじゃないか――そういったことも、高知で見えてくるようになったんです。

―抗うだけでなくある種「受け入れていく」ような姿勢は、『はだかのゆめ』で余命宣告を受けたあとの時間を過ごす母(唯野未歩子)のあり方と、重なっているところがありそうですね。

甫木元:そうですね。淡々と人は生きていくといいますか……。思い返すと、亡くなってしまった自分のじつの母は生前、細かなことに目を向けていた気がします。たとえば洗濯物を干しているとき、壁にくっついているカエルが昨日からいるけど大丈夫なのかと心配したり、今年巣をつくったツバメのうち数羽は去年と違うみたいだと話したり。余命というのが分かってから日常の解像度が、どんどん上がっていくような感じで。

ぼくはそんな母に対してなかなか言葉もかけられず、見守ることしかできなかったのですが、その距離感のようなものも、そのまま映画になっているかなあと思います。

“戦争が夏でよかった”を劇中で歌ってほしいと依頼していた

甫木元:『はだかのゆめ』の撮影が終わってすぐ、前野さんは『ワイチャイ』(※)を録音していたんですよね?

※今年4月に発売された、前野の4年ぶり7枚目のオリジナルアルバム

前野:そうですね、高知から戻ってすぐレコーディングがありました。

甫木元:『ワイチャイ』に収録されている“戦争が夏でよかった”という曲を、ぼくは以前から聞いていて。『はだかのゆめ』の劇中で歌ってほしいと依頼したこともあったんですよね。

前野:衣装合わせのときかな。甫木元さんの映像の世界をぐちゃっと乱してしまう恐れもあるなと思ったので、劇中での使用は結果的にお断りしたんですが、当時まだレコーディングもしていない段階で曲に反応してくださったのは本当に嬉しかったです。たしかその場でミュージックビデオを監督してほしいとお願いしたんですよね。

“戦争が夏でよかった”ミュージックビデオ。監督は甫木元空

―おふたりの肌感覚がシンクロするところがある曲ですよね。触れらない記憶に触ろうとする感じというか。

前野:太平洋戦争中に多くの方が亡くなった対馬丸事件(※)のことを知ってできた歌で。

「声はまだ海の底」というフレーズは、沖縄の対馬丸記念館で事件を知った帰りに那覇の空港から、夕陽できらきらと光る海を見たときに生まれたものなんです……歌が弾けた瞬間でした。

なんですが……じつはあの歌にかんしては、ぼく自身、よくとらえきれていない部分があるんですよ。

※児童ら約1,700人を乗せた疎開船・対馬丸が那覇から長崎へ向かう途中でアメリカ海軍からの魚雷攻撃を受け沈没した事件

風景にひそむ声を聞こうとすることが、歌づくり・映画づくりなのかもしれない

―前野さんがつくった“戦争が夏でよかった”を、ご自身がとらえきれていない?

前野:なにかこう、もやもやを抱えたまま、ツアーで全国を何十か所とまわりながら歌ってきたんです。どこか遠慮があるというか、歌っていいのかわからないというか。目の前のお客さんにダメージを与えかねない曲でもあるし、ぼく自身がまだ距離感をつかめていない歌なんですよね。

甫木元さんは、「歌わなきゃ、歌いつづけなきゃダメです」って言ってくださるんですけど……。自分だけではない見えない力にここまで突き動かされて生まれた曲は初めてだったかもしれないです。

―いまを歌う曲だけれど、遠くの記憶が重ね書きされていますよね。『はだかのゆめ』で篝火を焚く舟のシーンにも、甫木元さんがリサーチを進めているビキニ事件(※)の被害者の方々の記憶が、ふっと漂っている気がします。

※ビキニ事件は1954年、マグロ漁船第五福竜丸がマーシャル諸島のビキニ環礁でアメリカの原水爆実験に遭遇し、放射線被ばくした事件

甫木元:時制が複数あるというか……。

前野:風景って、いろんな声を含んでいると思うんですよ。その声を聴こうとするのが歌づくりだし、映画づくりなのかもしれないですね。『はだかのゆめ』もそうした声を掘りおこしていくところがあるし。

甫木元:“戦争が夏でよかった”のミュージックビデオは、戦争が起こったときに真っ先に消えてしまうであろう、家族や子どもの目線を意識しているんです。我が家には昔から、ホームビデオを半年に一回ぐらい見返す習慣があったのですが、戦争が起きたら、そのホームビデオに映っていたような光景からなくなっていくんだよなあ、と。

“戦争が夏でよかった”は、いまの風景を見ながら過去を思い出す歌でもあるし、これから先のことも語っている歌でもある。歌う前野さん自身もどんどん変わっていくだろうし、前野さん以外の人へ、歌う器が変わっていくかもしれない。反戦だけではないユーモアも含めて、これは歌だからできることなんだな、と感じています。

―おふたりとも、ジャンルをまたいだ活動をしながら、世界の複数のレイヤーに手を伸ばそうとしているようにも見えます。

前野:そういえば甫木元さんが『はだかのゆめ』の撮影に入る前に、脚本とは別に、映画のもとになったような、長い散文を読ませてくださったんです。その文章がめっちゃくちゃ面白くて興奮して。

甫木元:前野さんにしか見せてない文章ですね。

前野:映画や音楽の表現ではまだ表に出てきていない、甫木元さんのユーモアセンスも表れていて……映画も撮れて音楽もできて、さらにこんな文章も書けるのか、ちょっとずるいよ、と思ったことを覚えています(笑)。

ぼくは俳優でもなんでも、「やってみたら」といわれて何もわからないまま飛び込んでいって、怪我をしてきてばかりなので……。

甫木元:自分も一緒ですよ。毎回、誰かに後ろから突き落とされるようにして、新しい分野に飛び込むんです。Bialystocksの活動に関しても、通っていた大学の教員だった青山真治さんとカラオケに行って、その帰りに「お前、歌をうたえ!」といわれたのが、すべてのはじまりです。マジっすか、という(笑)。

前野:えっ、そうなんですか⁉

甫木元:ものを書くことにかんしても、長編デビュー作『はるねこ』の脚本を青山さんに見せたときに、意味がわからなすぎる、まず文章としておかしいといわれたぐらいです(笑)。

前野さんに見せた文章も、5年ぐらいずっと、ちょっとずつ直して継ぎ足し続けながら書いていて、まだどう決着をつければいいのかわからないものなんですよ。映画も音楽も、ぐるぐるとまわって、転々として、そこからポロッと何かが出てきている感じです。

前野:不思議だなあ。甫木元さんの文章は「センスで突き抜けている」感じがしたので、それが5年にもわたる細かい修正を重ねてきたというのは……なんか煙に巻かれている気がしなくもない(笑)。

そうそう、『はだかのゆめ』で一緒につくった“ただで太った人生”という曲のできかたも、不思議なところがあって……。

“ただで太った人生”はBialystocksのアルバム『QUICKSAND』に収録されている(Apple Musicはこちら

甫木元:歌詞についてメールでラリーをしてから、現場入りした前野さんと、夜に曲をつくったんですよね。まわりには寝ている人もいるなかで、ぼくが「近所の魚屋にギターがあったんで、とってきます!」とか言って(笑)。それでふたりでつくりました。

前野:で、ぼくは酔っぱらっていたので、ほとんど記憶がないんですよ。作詞・作曲にクレジットされていますけど、ほとんど何もしていないんじゃないかというくらい(笑)。

それで後日、実際に仕上がった音源を聴いてビックリしました。こんないい曲つくりましたっけ、俺のクレジット入れてもらっていいんですか、って。

甫木元:ハハハハハ! でも、聴いてくださった人から「この部分の歌詞を書いたのは前野さんですよね?」という的確な予想をされることもあるんですよ。現場でも前野さんは「ここはこうしたほうがいい「そこはもっとこう」って、ちゃんと一緒につくってましたよ!

前野:ククククク……(うつむいて笑う)。

作品情報
『はだかのゆめ』

2022年11月25日(金)より全国順次公開中
監督:甫木元空
出演:
青木柚
唯野未歩子
前野健太
甫木元尊英
※2022年12月16日(金)から12月22日(木)まで渋谷シネクイントで再上映中
リリース情報
Bialystocks『Quicksand』

2022年11月30日(水)リリース
価格:2,970円(税込)
PCCA.06166

1. 朝靄
2. 灯台
3. 日々の手触り
4. あくびのカーブ
5. ただで太った人生
6. Upon You
7. Winter
8. 差し色(テレビ東京系ドラマ25『先生のおとりよせ』EDテーマ)
9. はだかのゆめ(映画「はだかのゆめ」主題歌)
10. 雨宿り
リリース情報
前野健太『ワイチャイ』

2022年4月6日(水)リリース
価格:2,530円(税込)
ROCD-0005

1. ポルトガル
2. わたしの羽
3. MAXとき
4. 恐縮でございます
5. マシッソヨ・サムゲタン
6. 秋の競馬場
7. サマースーツ
8. 近い将来について話している
9. 戦争が夏でよかった
10. 白い病院
11. みかん
12. いい予感
13. ワイチャイ
プロフィール
甫木元空 (ほきもと そら)

1992年生まれ、埼玉県出身。多摩美術大学映像演劇学科卒業。2016年に青山真治・仙頭武則共同プロデュース、監督・脚本・音楽を務めた『はるねこ』で長編映画デビュー。『第46回ロッテルダム国際映画祭』コンペティション部門など、複数の国際映画祭に招待された。2019年に結成したバンド「Bialystocks」では、ボーカル・ギターのほか作詞も手がける。

前野健太 (まえの けんた)

シンガーソングライター、俳優。1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行ない、『FUJI ROCK FESTIVAL』『SUMMER SONIC』など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』ほか、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にも多くのファンを持つほか、アーティストへの楽曲・歌詞提供も行なう。



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