2022年6月から7月にかけて、自身最大規模となるジャパンツアーを開催した小袋成彬。ツアーと同時に実施されたのがロンドンのリイシューレーベル「Melodies International」とのアフターパーティー『You’re A Melody』だ。
ここ日本でも、プロデューサー/DJとして人気を博し、10月末に開催された『Rainbow Disco Club』を始めとする数公演も大盛況に終えたFloating Pointsと、Seiji Onoことエリオット・バーナードが中心となって2015年に設立した「Melodies International」は、ソウルやファンク、ハウスなどのオブスキュアな過去の音源を発掘し、再発するかたわら、パーティー『You’re A Melody』を世界各地で開催してきた。ロンドンの伝説的クラブPlastic Peopleからスタートし、「世界中のソウルを祝う」をテーマに掲げるこのパーティーは、レーベルの原点でもある。日本初開催に合わせ、小袋成彬とレーベル代表であるエリオット・バーナードにインタビューを敢行。
前編では、ロンドンに拠点を構える小袋とエリオットに、日本でパーティーを開催した感触や、『You’re A Melody』のようなレガシーを継承していくことの意義について話を聞いた。
写真:Nevil Bernard
想像以上だった日本でのパーティー開催。「東京であのバイブスは見たことない」
―「Melodies International」(以下、Melodies)のクルーを中心にニューヨークやベルリンでも開催されてきた『You’re A Melody』が、今回日本で初開催となりました。小袋さんとのツアーは特別な時間になっていると思いますが、LIQUIDROOMでのパーティーはいかがでしたか?
エリオット:もともとの話をすると、Nari(小袋成彬は海外の友人にはこう呼ばれている)に初めて会ったのはじつはパリで、ぼくらの共通の友達が紹介してくれたのがきっかけでした。それからロンドンで一緒に出かけて音楽を聴きに行ったりして友達になったんです。もちろんNariが日本で活躍しているアーティストだということは知っていたので、今回のツアーはどうなるのかと思っていましたけど、正直、想像以上でした。
LIQUIDROOMに着いた瞬間から驚きで、Nariのパフォーマンスも「え、これ誰?(笑)」って言ってしまうぐらい輝いていましたね。もちろんロンドンでも輝いているけど、ステージ上ではもっとすごかったし、パフォーマンスも素晴らしかった。そして、Nariが「Melodies」とはどういうものかを、いっぱい紹介してくれたのも本当に素晴らしいことだと思っています。いままで彼が自分のラジオ番組で、「Melodies」を紹介してオーディエンスを惹きつけてくれたから、フロアも準備ができているような雰囲気だったのかなと感じました。
エリオット:「Melodies」は、音楽と人々の関係性という幅広い文化と、音楽好きのためのパーティーとしてひとつの現代的なアイデアを表現しているので、ハウスやエレクトロニック・ミュージックのバンガーだけでなく、ありとあらゆるレコードをプレイします。ぼく自身は、夜中の2時にジャズのレコードをかけて、サウンドシステムをガンガンに鳴らすというようなアイデアが好きなんです。
でも、あんなに大きなフロアでプレイしたことはなかったので、最初は「大丈夫かな……」と思っていました。実際は大丈夫だった……というか、とても滑らかでしたね。ただストレートにプレイするだけじゃなくて、ストーリーをつくり上げることを考えると、いろんな複数人のDJと一緒にプレイするのは少し難しいですよね。特にぼくらがプレイしているのは、いわゆる120BPMのハウスのレコードじゃないので、例えば、「あの地点から、この地点へ」という感じで、テイストの異なる曲をつないでいきながら、ひとつのストーリーのなかの素晴らしい瞬間をつくり出すのもちょっと難しい。歴史を意識しないといけない時もありますしね。
でもLIQUIDROOMでは見事にマッチングしていたと思います。最初の方が特に良くて、途中からちょっと……いや、ぼくがそう思っているだけかもしれない。さすがに19時から参加している人はかなり疲れていたんだと思いますけど、最終的にはとてもハッピーで満足して終えることができたと思います。Nariはどう思う?
小袋:Banger! 最高だったよ。正直、東京であのバイブスは俺も見たことない。渋谷周辺にはテクノやハウスのパーティーがたくさんあるけど、あそこまでハッピーなバイブスにあふれた現場に居合わせたことはなかなかないし、フロアであんなに踊っている人たちがいることにも驚いたよ。「こんなにハッピーなバイブスを持った人たち、いままでどこにいたんだろう?」って思ったね。
エリオット:でも正直、セオ・パリッシュとかサム(※)みたいな、オーディエンスを一気に集められるような著名なDJじゃない限りは、ロンドンでもあの規模に人が集まって踊っているのはあまり見かけないです。「Corsica Studios」でのパーティーはもっと小さいスペースで親密な雰囲気を味わえるから、それはそれで最高だけれど。
※セオ・パリッシュ……アメリカ・ミシガン州デトロイトに拠点をおくプロデューサー、DJ。サム……Floating Pointsことサム・シェパードのこと。
文化を維持して、知識を伝達する。リイシュー・レーベルと『You’re A Melody』で果たす役割
―『You’re A Melody』がかつて開催されていたPlastic Peopleも同じような雰囲気でしたか?
エリオット: Plastic Peopleは本当にずっと行きたかったクラブだったんですけど、ぼくがロンドンに引っ越してきた1週間後にクローズしたんですよ!(笑) 最後はサムとキーラン(※)のパーティーで、当時はまだ彼らとは知り合っていませんでした。もう8年近く前のことですね。
※Four Tetことキーラン・ヘブデンのこと
いまの『You’re A Melody』では、そのレガシーを引き継いでいこうとしています。パーティー自体はもともとサムとDJのRed GregがPlastic Peopleで始めて、初期はJeremy UndergroundやLove On The Runみたいな大物のコレクターDJが参加していました。レアなレコードをミキシングしないでプレイして、それを素晴らしいサウンドシステムで聴くという感じで、当時は若い人たち向けではなく、コレクターがさまざまな音楽を紹介するのが目的だったので、そういう点ではとても理に適っていました。だから最初のころと比べると、いまは少し進化していますね。
ぼくがサムの音楽をたくさん知るようになったのは、パリで行なわれた最初の『You’re A Melody』での録音がきっかけでした。「これはいったい何なんだ? アンダーグラウンドの音楽を仕事にするのもクールだな」と思ったのをよく覚えています。それがきっかけでいまみたいな仕事をしてみたいと思うようになって、実際にレーベルを運営していますからね。信念みたいなものです。そして、いまこうしてロンドンと東京がつながっているのも素晴らしいことですよね。
―素敵なエピソードですね。サムから影響を受けて、彼と一緒にレーベルを運営しながら、いまはあなたも「Melodies」として表立って伝統や文化を伝え広める役割を果たしているわけですから。
エリオット:パンデミックの後、オーディエンスを一新するという意味で、パーティーは本当に重要だと感じました。Corsica Studiosでやってきたパーティーは、何年も『You’re A Melody』に来ている人たちと、「まだレコードでやってるの? 時代遅れだな!」っていう感じの18~19歳の人たちがいい感じに混ざっていて。まぁぼくもクラブに行ってレコードでプレイしている人を見て驚いたことがあるから、彼らのリアクションは間違っていないと思うんですけどね(笑)。そういうのも含めても、文化を維持して、知識を伝達することは本当に重要だと思うんです。
エリオット:パリにEdouard JAWという偉大なゴスペルのコレクターがいるんですけど、彼と共演した時のことは今でもよく覚えています。彼はぼくが聴いたことがない曲ばかりをプレイしていて、以前までだったら「古くて退屈な曲だな」って思っていたかもしれないけど、その時は、ぼくにとってもオーディエンスにとっても、新鮮な体験で、本当にすごいなと感じたんです。そしてその時、「別に5年前のレコードをプレイしても全然良いんだな」と思えた。
古いレコードに夢中になる若者がロンドンで増えている。変化する音楽への関わり方
エリオット:ぼくにとってみれば、これはNariと彼のオーディエンスのあいだで起こっているコミュニケーションも同様で、知識を伝えるということは、さらにそれ以前の知識(文脈)を伝えていると言えます。ぼくもサムを始めとするいろんな人たちから多くのことを学びました。
そういう意味では、ロンドンは音楽のことを学ぶには良い街です。日本もそうですが、ロンドンもレコードカルチャーが根強くて、特に古いレコードに夢中になる若い人たちがまた増えてきています。音楽との関わり方が1曲単位のものではなく、それ以上のものになっているのは素晴らしいことですよ。スリーブを見て、アーティストやレーベルを知って、「このレーベルはあの時代にこんな音楽を出していたんだな」というのを知ることで音楽との関わり方がまったく変わってくる。
そしてこういった関わり方は、明らかにロンドンに限った話ではなく、より多くの人のあいだで共有されていますよね。多くの人がクールなものに夢中になるのは良いことです。難解で、古くて、ニッチなものであればより良い。良い音楽が多くの人に届かないわけがないと思うんです。でも奥が深ければ深いほど、そこに入り込むのは難しいし、ハードルがありますよね。こういう音楽との関わり方を楽しく見せることができれば良いなとは思うんですけど。
小袋:俺は自分がその接点になれるかもしれないと思っています。自分がマスなJ-POPのフィールドにいることも理解しているけど、ディープな音楽がとても好きだし、エリオットたちと一緒に遊んだり、彼らに勧められたレコードを買ったりもしていて。今回も日本では、ほぼ毎日レコードショップに一緒に行っているんですけど、いつも「これ好きだと思うから聴いた方がいいよ」ってオススメをしてくれて、しかもどれも大体2,000円ぐらいなんですよね。
エリオット:東京は大体のものが安いね。今回来日する時にレコードバッグを航空会社に預けていたんですけど、着いた時に受取所で出てこなかったんです。「もう見つからないだろうな」と思って、このツアーでプレイするためのレコードを買いに行ったら、もう逆に「すごすぎる!」ってテンションが上がってしまいました(笑)。結局は翌日に見つかったんですけど。
……とにかく、深くて面白い世界だとしても、知らない人にとってみれば、つまらないだけ。それにソーシャルメディアではクールに見えないといけない。ある意味それがすべてというかね。ぼくたちはたまたま1970年代のソウルのレコードをプレイしていただけですが、そういった古いものやディープなものでも輝かせることができればね。ぼくたちの場合、クールなパーティーをつくることでそこにトライしていて、そして幸いなことにみんな楽しんでくれている。ぼくたちも「これは何なんだ?」って思うところから徐々に夢中になっていきましたし、いまなら、みんなにとっての音楽に対するエモーショナルな愛着とか、その入り口のようなものをつくることができると思っています。
世界中の文化やコミュニティーを日本に持ち込みたい。小袋成彬が目指すこと
―小袋さんは、いまはロンドンを拠点としながら、今回みたいにツアーなどで時々帰ってきたりして、東京を始め日本のシーンを見ていると思います。それこそ先ほど、「自分が接点になりたい」というようなお話も少しされていましたが、小袋さんが考えている「東京のシーンに対しての自分の役割」という部分のお話ももっと伺いたいです。
小袋:アーティストとしてロンドンに住んで、音楽の人たちのコミュニティーにいながら、そういった文化に携わっている人間として、世界中の文化を日本に輸入することが俺の役割だと思っています。だから今回のツアーで実現できたように、もっとコミュニティーや文化をもっと日本に持ち込みたいんです。アーティストとして日本人を刺激していきたいんです。コロナが収まっていっても、飛行機は以前よりまだ少ないし、航空代が高いみたいな資金的な問題もある。今後ますますガラパゴス化が進んでいくと思うんですね。
歴史的に見ても、日本って宗教とか、政治体制とか、何かを輸入した時に急激に変化をしていると思うんです。俺の役割は、文化やそこに付随するシステムを輸入することだと思っています。海外から文化を輸入して、日本を格好良くしたいんです。
―LIQUIDROOMでのアフターパーティーでフロアを見ていて、小袋さんのお客さんは音楽に対してオープンマインドなんだなと思いました。最近ではまったく見かけなかった雰囲気でしたし、音楽に対してすごくピュアな人たちの集まりだと感動しました。「Melodies」を通じてクラブの楽しさを知る良いきっかけになったのではないかと思います。
エリオット:そう思います。ほかの場所でも同様だと思いますが、ほとんどのお客さんはDJが何をやっているかわからないと思います。ただただ「すごいな」ということだけを感じていて……例えば、一晩のあいだに2人のDJが同じ曲をプレイしてもまったく同じようには感じないでしょうし、300ポンドもするレコードをプレイしていることだってわからないと思います(笑)。
基本的に、セレクター的なスタイルでシームレスにプレイをするのは、曲によってもエネルギーが違いますし、BPMが一定ではないので難しい。でも特定のスタイルでストレッチをしてから、少しずつ変えていくのを、その一瞬ごとに着実に積み重ねることができれば、マジックが起きる。だからセオ・パリッシュのようなDJは最後にお客さんを泣かせることができるんです。ぼくらもそれを目指しています。
そしてこのスタイルは世界でもそれほど多くのDJがやっているわけではありません。だからこそ目指しているというのもありますし、これは生涯かけて学んでいくものです。直近の『You’re A Melody』でサムとキーランがプレイをした時、まさしく最後にみんな泣いていました。エモーショナルな旅でした。
小袋:照明がとても良かったからね(笑)。
エリオット:そうだね! Nariはそのパーティーの時に8時間くらい照明をしてくれて、すごく良かったんですよ(笑)。これまで2回やってくれていますが、あの照明機材は本当に複雑だから、彼も最初の頃は「これはどうやって動くんだ?」って感じだったのに、最後の方にはまるでプロのようで。何より面白いのは、Nariが照明をやっていることを誰も疑わなかったってことです(笑)。
小袋:彼らのDJを見ながら照明を触っていたら本当に色んなスキルが身に付いたよ。あれはすごく良い時間だったな。
エリオット:みんなスタイルが違うから面白いし、出かけるたびに音楽に触れることで学びを得ていくような感じだね。DJはほとんどの場合、エンターテイメントになってしまうけど、同時にアートになる可能性も十分に秘めている。ぼくたちはロンドンで素晴らしい環境に囲まれていて本当に幸せです。
小袋:ロンドンに住んでいて1番良いのはそういうところですね。毎日、音楽の展覧会が開催されているみたいな感じ。だからロンドンに住んでいるというのもありますね。
―話が変わるんですが、LIQUIDROOMではどこのミキサーを使っていたんですか?
小袋:Alpha RecordingsのMODEL 9900PROです。最高のミキサーだと思います。
エリオット:あんなに大きくなくて良かったんだけどね(笑)。でも完璧だと思う。音も最高だしね。
―ちなみにFloating PointsがIsonoeと一緒につくったFP Mixerは使ったことはありますか?
エリオット:あれも巨大なミキサーだよね。じつは、ぼくはサムが前に住んでいたところに住んでいて、引っ越してすぐの時は彼のものがまだあって、FP Mixerもずっとぼくの部屋にあったんです。すごいですよ。あのミキサーでDJするのはかなり難しくて……腕が4本は必要かも(笑)。そんなことはないかもしれないけど、彼が自分のミキシングスタイルに合わせてつくったものですからね。音は素直でとても良いです。
小袋:俺にとっての最初のレコード体験はあのミキサーかも。
エリオット:そうそう。サムの巨大なスピーカーがまだ部屋にあった時に、Nariを家でのディナーに招待したんです。そしたら宇多田ヒカルと一緒に来て、ぼくたちに紹介してくれて。それで、料理をつくったり、レコードを聴いたり、ワインを飲んだりして、夜中の3時ぐらいまで過ごして……。
小袋:サムのレコードをかけていたんですけど、もう最初の一音で俺の心を揺さぶったんです。「この音は何なんだ? どうやって出てるんだ?」って感じでした。
エリオット:いままで何を聴いてきたのかっていうぐらい、聴いたことのない良い音なんです。とてもエモーショナルで、曲調を隅々まで感じられて。
小袋:俺もこれまでプロのレコーディングスタジオで仕事をしてきましたけど、全然音が違いました。もっと暖かく、音に包まれていて、音波がお腹に響く感じ。あれは本当に凄い体験でした。
エリオット: それで言うと、同じ曲を何度もプレイしていると、当然何度も聴くことになるので自分がその曲に飽きてしまう時があるんです。でもほかの人が初めてその曲を聴いて、自分が初めて聴いた時と同じようにリアクションをしているのを見ると、もう一度その曲を見つけた時の感動を体感することができるんです。良い音で聴くのもそれに近いものがあって、「OMG、この曲は最高だな」って再認識できるんです。あれは素晴らしいひと時でした。
小袋:だからこそ、俺はそういうバイブスをもっとたくさんの人に届けたいんです。あの日が俺の最初の……ビッグバンでした。
【編集協力:平岩壮悟】
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