北アルプスの山々を駆け抜けていくような迫力の映像と、現実ではあり得ないようなカメラワークで見る者を驚かせた「サントリー天然水」のインタラクティブコンテンツ「ENDLESS DAWN そしてまた、朝が来る。」。
映像のナレーションを、石橋静河、間宮祥太朗、香取慎吾、柄本佑という豪華キャストが担当していることもさることながら、北アルプスをダイナミックに体験できると同時に、日本で唯一現存すると言われている「山岳氷河」に関する知識、さらにはそこをめぐる水の循環をも感じることのできるこのリッチなコンテンツは、どんな発想とテクノロジーによって実現したのか。
キーワードは「ファクト」と「シームレス」。本プロジェクトに関わったつくり手へヒアリングを行ない、その意図するところや「北アルプスをスキャン」したという壮大な制作過程と実際のデータから、広告コミュニケーションの現在地を探ってみる。
「北アルプスをスキャンする」という大胆なアイデアが生まれるまで
このプロジェクトが動き出したのは、いまから一年半以上も前のこと。昨年6月末に、山梨県の「南アルプス」、熊本県の「阿蘇」、鳥取県の「奥大山」に続く「サントリー天然水」の第4の水源として、長野県大町市に新設された「サントリー天然水 信濃の森工場」から、「サントリー天然水〈北アルプス〉」の出荷が開始されたことがきっかけであったという。この新しい「水源」の魅力を、どのようなかたちで、人々に伝えることができるのか。本プロジェクトのクリエイティブディレクターを務めた菅野薫は言う。
菅野:サントリーは、水源について徹底的にこだわって商品をつくってきています。社内の水科学研究所を中心に、多彩な分野の研究者と協同研究を行ってきているし、長い時間をかけて日本中の水源の候補地から徹底的に調査し、選び抜いた結果「北アルプス」を第4の水源として採用しています。-
そして、100年先を見据えた森づくりを計画し、契約を行なっている。水源それぞれの固有の地形と気候、そこにしかない生態系や人の営みによって、長い時間をかけて水が生み出され、育む。それらを大切に、もっとも美味しくて安全なかたちで商品化し日本中に届けているんです。
「サントリー天然水」にとって水源は、「特別な場所」です。当たり前のようですが、我々の日々に関わる「水」だからこそ、その事実はとても大切なこと。今回、サントリーの天然水の新たな水源に「北アルプス」が加わったことを契機に、改めてそのど真ん中の大切な事実と向き合ってみようと思ったんです。
とはいえ、ひと口に北アルプスと向き合うといっても、その表現方法はさまざまだ。テレビCMのようにタレントを起用して、その自然の豊かさを表現することだってあるだろう。あるいは、そこで摂れる水の「水質」を数値化することで、その安全性を周知することも可能だろう。しかし、菅野のチームがこだわったのは、あくまでも「ファクト」に向き合いながら、それを見たこともない映像や、ハッとする表現といったエンターテイメントに昇華していくことだった。
「ENDLESS DAWN そしてまた、朝が来る。」(ウェブサイトはこちら)
菅野:もともと、デジタルメディアを中心に広げていきたいという要望をいただいていたのもあるのですが、天然水はターゲット層が本当に広い。老若男女あらゆる人々の日々に関わる商品なので、いつでも誰でも見られる手元のスマートフォンやパソコンで楽しむことができて、これまでに見たことのないほど、凝った表現をつくれないか。そういうものにチャレンジしてみようと思ったんです。-
昨今のブラウザの進化は、本当に目を見張るものがあって。そこで、シンプルにど真ん中のメッセージを最大限リッチに表現してみるというのはどうだろうかと考えました。
ただし、あくまでも主役はデジタル技術ではなく北アルプスであり、そこから生みだされる「水」である。そこで、菅野のチームが考えたのは、「北アルプス全体を丸ごとスキャンする」という、なんとも大胆なアイデアだった。
「写真測量法(フォトグラメトリ)」という技法を用いて、北アルプス全体を、3Dモデルとして立体化しようというのだ。もともとフォトグラメトリは、測量などの分野では、以前から用いられてきた技法。複数枚の写真を合成して、一枚の大きな地図を描くという技法だが、近年はテクノロジーの進化とともに、その精度が各段にアップした。大量の写真があれば、そこから3Dモデルを構築することも可能になっているのだ。広大な地域全体をフォトグラメトリで3D化することも、たしかに理論上では可能ではあるのだが……。
過去例がないくらい広大な範囲を高精細にスキャンするために、菅野のチームは北アルプス上空にヘリコプターを飛ばし、さまざまな角度から一万枚を超える写真を撮影したという。
つまり、どういうことか。このウェブサイトで展開されているダイナミックな映像は、「フォトグラメトリの手法を用いて、バーチャル空間のなかに北アルプスの3Dモデルを構築し、それをバーチャル上で再撮影したもの」であるというのだ。
それによって、どんなメリットが生まれるのか。菅野いわく、「広大で高度の高いエリアでは、天候の影響やさまざまな条件面で、ヘリコプターやドローンによる空撮ができないことが多いが、この方法を用いることで、普通ならアプローチすることのできない角度からの撮影やカメラワークが可能になる」のだという。テクノロジーを駆使して、これまで誰も見たことのない視点から北アルプスを体験してもらうこと。それが本プロジェクトのコンセプトなのだ。
徹底したファクトへのこだわり。制作チームの証言と実際のデータから、その制作過程に迫る
そんな大胆なアイデアが実現した背景には、菅野も籍を置く「Dentsu Craft Tokyo(以下、DCT)」の存在があったという。これまでの広告コミュニケーションにはなかった新たな表現方法にチャンレンジするため、クリエイターやプロデューサーが会社の枠組みを超えて集結した「クリエイティブハウス」として立ち上げられた。
今回の「ENDLESS DAWN そしてまた、朝が来る。」は、プロデューサーとエンジニア、そしてクリエイターが密接に連携する「DCT」ならではのやり方で生み出されたコンテンツなのだ。
「北アルプス全体をスキャンする」という、広告コミュニケーションとしては前例がない案件だけに、その最終形のイメージを事前に共有することが、なかなか難しかったという。しかし、本プロジェクトのテクニカルディレクターを務めた西村保彦は、その実際の作業について、こんなふうに語っている。
西村:北アルプス全体を丸ごとスキャンするということで、その最終的な完成形の見え方については、最初の段階では誰もイメージできていなかったと思います(笑)。-
技術的にも、実際にやってみなければわからないことも多く、とにかく手当たり次第にやってみるしかない。ただ、そのとき何を大事にするかは、最初からメンバー内で共有できていたように思います。それは「ファクトに基づく」ということです。
実際に北アルプスに存在すること、山で起きていることを、テクノロジーを用いてダイナミックに表現する。そこは、最初からブレていなかったと思います。
あくまでも「ファクトに基づく」こと。実際に、そのファクトを集めるため、西村自身がヘリコプターに乗り込み、上空から北アルプスの写真を撮影するなど、事前段階の準備には、相当な時間と労力をかけたという。
「ファクト」に関するこだわりは、本プロジェクトのプロデューサーを務めた北本航と、プロジェクトマネージャーを務めた鈴木創太にとっても、同じであったという。
北本:当初は、現地での動画撮影もあり得るということだったので、実際に北アルプスの山を登ったり、サントリーの信濃の森工場を見学することはもちろん、大町市にある山岳博物館にも足を運んで、その水源となる山がどういう山なのかを調べたり……とにかく、事前調査は、いろいろとさせていただきました。-
鈴木:我々がつくる映像が、事実ベースで齟齬がないかどうかは、監修協力いただいた飯田肇さん(富士県立立山カルデラ砂防博物館 学芸課長)に確認しながら進めていきました。たとえば、映像のなかで鳥が飛ぶシーンがあるのですが、この地域の場合、そこで飛ぶ鳥はどんなものがふさわしいのか。その鳥は実際にどんな飛び方で、どれくらい飛ぶのか、とか。-
そういうところを逐一すり合わせていったり、山の形状はもちろん、そこに降り積もる雪の量、さらにはそのときの天候など、素人目線ではわからないところは、とにかく全部聞いて。
加えて、岩石の形状などについては、信州大学山岳科学研究領域の原山智先生とやり取りをさせていただきました。そういった専門家へのヒアリングのなかで新しいアイデアが生まれたら、それをクリエイターチームに伝えて、演出に反映してもらうようなこともありました。
北アルプスに生息するライチョウの剥製を探し出し、それをスキャンして3Dモデル化する――あるいは、実際に花崗岩を入手し、それをスキャンして3Dモデル化する。とにかく、本プロジェクトの「ファクト」へのこだわりはものすごい。
映像制作、ウェブサイト制作で大切にした「シームレス」
そんな膨大な「ファクト」の裏づけのもと生み出された、バーチャル上でのダイナミックなランデブー。その技術的な見どころは、どこにあるのだろうか。
本プロジェクトの技術的な制作を担当した、映像とウェブサイトそれぞれのエンジニアである、村田洋敏と田辺雄樹は、その見どころについて、次のように語っている。
村田:映像のエンジニアとして注目していただきたいのは、やや専門的な話になりますが、フォトグラメトリの技術を用いて3D化した北アルプスをバーチャル上で撮影した部分と、それ以外の方法で映像化した水や雲などの映像表現がシームレスにつながっているところです。カメラワークにもこだわり、最初から最後まで気持ちよく見られる映像になったと思います。あと、じつは映像の最初と最後もシームレスにつながっていてループする仕様になっています。-
それが「水の循環」を表していたり、「そして、また朝が来る。」というナレーションワークとともに、「ENDLESS DAWN」というテーマにもつながっていて。そういう意味で、テーマと手法が合致しているんです。作業的にはバラバラにつくったものが、しっかり一体感のあるものになっています。
田辺:いま、シームレスというワードが出てきましたけど、それはウェブサイトのほうでも大事にしているポイントであって。このサイトは、単純に映像がループして流れているだけではなく、映像の章立てに付随したコラムのページが用意されていて、それもすべてスキャンして構築した同じバーチャルの北アルプスの空間の中にあるんです。-
だから、映像を見ている途中でページ遷移のボタンを押しても、映像の空間からそのまま滑らかにコラム部分の空間に遷移する仕様になっているんです。
通常のウェブページの場合、リンク遷移すると、画面がバチッと切り替わって、映像が途切れてしまうのですが、このサイトでは、カメラの軌跡が途切れることなく映像がシームレスにつながるようになっていて。そうやって、自然なインタラクションを実現したところが、エンジニアとしては、いちばん苦労したところです。
「ENDLESS DAWN そしてまた、朝が来る。」(ウェブサイトはこちら)
アナログでは超えられない壁を超えるために、デジタルを使う。広告コミュニケーションの現在地
今年の夏に公開されたウェブサイトには、どんなリアクションが集まったのだろうか。
西村:SNSなどを見ている限りでは、山をスキャンしたことがすごいというよりも、世界観そのものがすごいという声が多かったように思います。そういう感じで伝わっているのは、我々としてもよかったところです。今回のプロジェクトは、制作技術がすごいということではなく、「サントリー天然水」というブランドの伝えたいメッセージにつながることが目的なので。-
そこで思い起こされるのが、広告のみならず、昨今さまざまな分野で語られている「デジタルとアナログの境目」についてだ。
オーセンティックなテーマを、最新のテクノロジーを使って表現すること。あるいは、極めてアナログ的に見えるけれど、じつはそこに最新のテクノロジーが用いられているような事例。デジタルとアナログの境目を曖昧にすることに、最近のエンジニアたちは尽力しているように思えるのだ。そのことについて、今回の案件に絡めながらDCTメンバーたちに意見を求めてみた。
西村:たしかに、技術がすごすぎて、もう何がすごいのかわからないようなことは、最近多いですよね。エンジニア目線で見るとすごいけど、そのすごさは、多分一般の人には、まったく伝わってない。-
単純に中身のよさだけで評価されるようになってきているのは、ある意味健全なことだと思っています。たとえば、最近「AIが描いた絵がすごい」みたいな話があるじゃないですか。
それはAIが描いたからすごいのか? AIが描いてなかったら、その絵はすごくないのか? 誰がどういう技術で表現しているのかに関係なく、その仕上がりで評価されるようになっているようには感じます。それはすごく真っ当なことだと思うんですよね。
田辺:ウェブサイトに関して言うと、「この技術を使ったらすごい」みたいな時代は、もう終わっているように思います。いまは、その技術を使って、どういう「体験」を設計することができるのかが大事。そこが厳しくもあり、面白くなってきているところかなと思います。-
西村:コンビニで買った一本のペットボトルの水の、その先を想像することって、すごく難しいと思うんです。たとえ、店頭に北アルプスのポスターを貼ったとしても、そこで得られる体験には限界がありますよね。-
そこを超えるためにテクノロジーがある。アナログではどうしても超えられない壁を超えるために、デジタルのテクノロジーを使っていく。それがいま求められているアプローチなのではないでしょうか。
さらに今回の話には、続きがある。ウェブサイトの好評を受けて、映画館で上映されるシネアドの制作が決まったのだ。クリエイティブディレクターの菅野は言う。
「ENDLESS DAWN そしてまた、朝が来る。」シネアド版
菅野:もともとは、パソコンやスマホのブラウザで簡単に見ることができるという条件のなかで、最大限にリッチな表現をするということでスタートした企画だったのですが、実際ウェブサイトを発表したら、情緒的なメッセージもさることながら、北アルプスのどの点にもフォーカスが合ったような不思議な解像感と、見たことのないカメラワークの映像に関してのリアクションが、かつてないほどよくて。それであれば、手元の小さなブラウザだけではなく、映像作品として大きなスクリーンで見てもらいたいという話になりました。1万枚の高精細な写真が細部まで美しく捉えてくれた北アルプスの姿、スクリーンのほうでもぜひ体験してもらいたいです。-
コロナ禍で体験した長期の引きこもり生活と、リモート会議をはじめとするテクノロジーの急速な普及。あるいは、その結果人々のなかに生まれた自然への渇望感。そういった昨今の状況を、どこか反映したようにも思える今回の広告コミュニケーション。それは、ある意味ひとつの「時代性」を反映したものと言えるのかもしれない。
- サイト情報
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『ENDLESS DAWN そしてまた、朝が来る。』
- プロジェクト情報
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『ENDLESS DAWN そしてまた、朝が来る。』
企画制作:電通+(つづく)+Dentsu Craft Tokyo
CD:岡ゆかり
CD+クリエーティブ・テクノロジスト:菅野薫
企画:水本晋平
C:小山佳奈
Pr:藤岡将史、北本航
プロジェクトマネージャー:鈴木創太
PM:新倉旭
TD:西村保彦
エンジニア:田辺雄樹、黒川瑛紀、村田洋敏、朝倉淳
FE:柳亮生
Webデザイナー:鎌田貴史
D:園田あゆみ
演出:鎌谷聡次郎
撮影:越後祐太、南雲崇裕(助手)
ドローン:磯匡敏、花房浩次
モーションコントロール:段和男
照明:尾池将成、落合芳次(助手)
美術:松本千広
編集:栃澤孝至、佐伯崇、菅野雅敏(オフライン)、坂巻亜樹夫(オンライン)
編集Pr:塚本時彦(オンライン)
DIT:橋本昌樹
CGPr:貞原能文、吉川祥平、飯尾明良(コラム)
CGディレクター:犬童宗恒
CGデザイナー(コラム):竹内一政、小長井貴博、永松歩
3D背景:中村基典
カラリスト:西田賢幸
音楽Pr:山田勝也、米澤賢
作曲:太田美帆
音楽:太田美帆、 u+ta(武田カオリ、KIWA、勝政美紀)
SE:成田明人
MIX:佐藤雅之
コンテンツ監修:飯田肇、原山智(地質・花崗岩)
ST:武久泰洋
ヘア:佐藤知子
メイク:吉田奈央
CRD:全大植、梅田恭祐
CAS:中村裕之
AE:牧庸介、水上悟志、藤本眞一郎、来栖由惟
NA:石橋静河、間宮祥太朗、小野賢章、南條愛乃、香取慎吾、柄本佑
出演:アニカ
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