漫画の潮流を知るうえで、毎年注目されているランキング『このマンガがすごい!』で、2017年の第1位(オンナ編)を獲得した『金の国 水の国』(著・岩本ナオ)が、この冬、アニメ映画化される。エキゾチックな世界観と、繊細な描き込みが特徴的な本作を、老舗アニメスタジオ「マッドハウス」が見事に映像化。劇伴に『鎌倉殿の13人』のメインテーマを担当したEvan Call、主人公ふたりの声優として賀来賢人と浜辺美波を迎えるなど、豪華な座組みでも話題だ。
監督・渡邉こと乃いわく、「読後の多幸感が持続する作品」で、物語で描かれる人の善意や相手を思いやる人間的な温かさが魅力の本作。今回は原作者の岩本ナオ先生に、作品誕生の背景や、漫画家として目指すエンターテイメントについてまで話を聞いた。
【あらすじ】100年もの間いがみ合い、国交も断絶状態の「金の国・アルハミト」と「水の国・バイカリ」。敵国同士出身の金の国の王女・サーラと、水の国の建築士・ナランバヤルは、ひょんなことから出会い、偽りの夫婦を演じることになる。次第に惹かれ合う二人は、国交を開くために動きはじめるーー。
少女漫画だけど、美女でも美男でもない「普通の人の恋愛」を描いてみたかった
2017年「このマンガがすごい!」(オンナ編)で1位を獲得し、話題を呼んだ『金の国 水の国』。まずは受賞当時の心境を、岩本先生に伺った。
この作品は刺激が多くなくて、人が死んだりもしなければ血が出るような描写もなくて、エンタメとしてはおとなしくまとまっている作品なので、正直、連載当時はこんなに反響をいただけるとは思っていなくて、『こういう話でも、けっこう読んでもらえるんだな』と思いました。
アニメも漫画も、話に大きな動きがあってアクションも派手で刺激的になっている傾向があると思うので、こういったお話が逆に新鮮に感じたのかもしれないですね
プロデューサー・谷生俊美さんいわく「いまの時代だからこそ必要な優しさに満ちあふれている」ところが本作の最大の魅力だ。そんな物語を象徴するのが、主人公のサーラとナランバヤル。つねに相手を思いやり行動し、見ているだけで温かい気持ちになるキャラクターたちはどのように誕生したのだろうか。
わたしは少女漫画雑誌で連載しているので、視覚的にかわいい女の子やかっこいい男の子を描くことを意識してきたんですけれど、『金の国 水の国』を描きはじめるとき、『一回ぐらいぱっと見たときにとりわけ美男でも美女でもない、町のどこにでもいそうな普通の人の恋愛を描いてみたい』と思ったんです
サーラは王女ではあるが、ほかの姉妹とは違って自分のことを「美女」だとは思っていない。一方、ナランバヤルも建築士ではあるが仕事がなく、うだつのあがらない日々を送っている。少女漫画の定石から外れた主人公たちが、しっかりと読者に愛されるキャラクターになった秘訣は「親しみやすさ」にあるようだ。
サーラは親しみやすくて女友達にいてほしいな、みたいな子にしたかったんです。結果的に優しくて可愛らしい子になりました。あと、競争社会からも縁遠く、王女だから生活にも困ってないので、おっとりとした性格になるだろうなと。
でも一方で、族長の持ちかけにのってワインの飲み比べ勝負に打って出る度胸や芯の強さがあります。そういった表面的にはわからない一面は、描いているうちに自然とできた感じですね
逆にナランバヤルは、場面場面で普段の彼とのギャップを見せることを意識しました。やっぱり最後は国を変えるほどの行動力のある人ですから、『決めるときは決める』というメリハリを読者に見せたかったんです。
ちなみに、ナランバヤルのお調子者でおしゃべり好きな性格は、『町でうわさの天狗の子』(『金の国 水の国』の前の連載作品)に登場する三郎坊がちょっとだけモデルになっています。『イケメンじゃないけど女の子に好かれるキャラクターはどんなのかな』と考えたときに、三郎坊が意外に人気だったこと思い出して、参考にしながら描きました
「読み終わったときに優しい気持ちになれるような作品を描きたい」
これまでとは違うキャラクターづくりに加え、本作で自身初の本格ファンタジーに挑戦したという岩本先生。その背景には作家ならではの事情があった。
『金の国 水の国』を描く前に1年ほどお休みをいただいていたんです。筆をとるのが久しぶりすぎて、描きやすいものでないと絶対無理だなと思って。そんなとき、読み切りで描いた『紅い果実と花飾り』というファンタジー作品は、比較的ラクに描けたことを思い出して、ファンタジーにすることにしました
ファンタジー好きが高じて大学で西洋史を専攻した岩本先生にとって、水を得た魚のように本作を描けたことだろう。
ファンタジーは物語や舞台の自由度が上がるのがいいですね。金の国は、イランやトルコなどの西アジアやエジプト、水の国はモンゴルやチベットあたりの資料をたくさん集めて、イメージをミックスしながら描きました
一方で物語の装置としての「ファンタジー」にも惹かれているという。
作家として、読者をできるだけ現実とは別の世界に連れて行けるような、読み終わったときに優しい気持ちになれるような作品を描きたいという想いがあります。
現実世界を舞台にすると、リアリティを出すために、人間の嫌な部分やつらい部分も描かなきゃいけないと思うんですけど。でも、家に帰ってきて、そういうお話を読んでいるうちに学校とか会社であったこととかをふと思い出したりしちゃうんじゃないかな、と思うんですね。
目標とまでは言わないですが、疲れて帰ってきた女の子たちが、寝る前に漫画を読んで『はぁ〜面白かった』って思いながら、ベッドでパタンと寝れるような物語にしたいんです。そういった意味でもファンタジーはいいなと思います
あだち充的な、キャラクター同士の強いつながりに惹かれる
『金の国 水の国』に続く連載『マロニエ王国の七人の騎士』(月刊flowersで連載中)も本格ファンタジー作品。その背景には『金の国 水の国』で気づいた「描く楽しさ」があったようだ。
この作品を経て、いろいろな国を描くのがやっぱり楽しいな、と気づきました。連載中の『マロニエ』は7人の兄弟各々が、7つの国に派遣される物語なんですけど、描きたいものを描くぞ!と意気込んだらこういう物語になったというか
あと、『金の国 水の国』でルクマン(サーラの飼い犬)とオドンチメグ(ナランバヤルの飼い猫)を描いて、デフォルメされた動物も描くことができるな、と手応えを感じました。いままで画力に自信がなかったんですけど、『金の国 水の国』では自分の描きたいものが描けている実感があったので、それはよかったです
作家としての幅を広げ続ける岩本先生に、今後どんな作品に挑戦したいかを聞いてみた。
プリキュアみたいな戦隊モノを描いてみたいです。5人ぐらいの女の子が戦う話、面白そうかなと。久しぶりに学園ものも描きたいです。学園といういろいろな人がいる場所を舞台にすると、キャラクター同士の組み合わせを考える楽しさがあるんですね。
あと、質問の主旨とは少しずれてしまいますが、作家活動をはじめた頃からずっと、『家族ドラマ』は自分の描きたいテーマとしてありますね。あだち充先生で育った世代なので、家族とか幼馴染とか、時間をかけて築き上げられた強固な関係性に惹かるんです。それに、近しい関係性を描くと、仲良くなるステップがないので、最初からその子たちの人間性が色濃く出せるのもいいな、と思っています。
漫画家として自分の描きたいテーマと挑戦したいジャンルを組み合わせながら、新しいものを描いていきたいです
最後に、あらためて映画に対する想いを聞いた。
『金の国 水の国』はものすごく派手なシーンがあるわけでもなく、アニメーション映画にするには原作はおとなしい作品だと思うのですが、この映画はとてもスクリーン映えするエンタメ作品になっています。たくさんの人に楽しんでもらえることを願ってます。
映画の公式Twitterでは美術のイメージボードとかも紹介されているんですけれども、本当に細部にまでこだわっていらっしゃって、マッドハウスさんの技術やパワーに感動しました。要所要所で盛り上げる仕掛けもあって、ひとりの観客として本当に楽しませてもらいました。劇場にもう一回見に行くつもりです
- 作品情報
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『金の国 水の国』
2023年1月27日(金)公開
監督:渡邉こと乃
脚本:坪田文
音楽:Evan Call
原作:岩本ナオ「金の国 水の国」(小学館フラワーコミックスαスペシャル刊)
- プロフィール
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- 岩本ナオ
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岡山県出身。2004年、『月刊フラワーズ』でデビュー。2007年から同誌にて『町でうわさの天狗の子』連載開始。2017年に『金の国 水の国』で「このマンガがすごい! オンナ編」で1位を獲得。翌年の2018年も『マロニエ王国の七人の騎士』で同賞を獲得。「このマンガがすごい!」において初めて別作品で2年連続1位を獲得した。『月刊フラワーズ』にて『マロニエ王国と七人の騎士』連載中。
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