音楽から得る初期衝動を絵画に。『FACE』グランプリ・𠮷田桃子を突き動かすもの

半透明の布に淡い色で描かれた3人の若者の姿。音楽を聴くときの高揚感と頭に浮かぶ映像を起点に制作を行なう美術家・𠮷田桃子の作品『Still milky_tune #4』が、『FACE 2023』でグランプリを受賞した。

「年齢・所属を問わない新進作家の登竜門」となるべく、2012年度に開始した公募コンクール『FACE』は、経歴やポートフォリオなどを判断材料とせず、真に力のある作品を選ぶ厳正な選出プロセスを特徴とする。

自身の頭に思い描いたキャラクターの立体造形を行ない、一眼レフのカメラで動画制作をするプロセスを経て、絵画を描き始めるという𠮷田の制作方法。そこに重要な役割をはたすのが、音楽だという。一体「𠮷田桃子」とはどのような人物なのだろうか? そして独特な画風の制作過程とは? グランプリ受賞後にインタビューを行なうと、MineralやRadiohead、Tohjiなど、作品のインスピレーション源となったミュージシャンの名前が出てきた。

Radioheadの“Stop Whispering”のMVにインスピレーションを得た

—制作のコンセプトを綴った文章に、「特定の音楽を聴いたときに空想する映像的イメージ」という言葉がありました。ミュージックビデオ(MV)などもインスピレーション源になったそうですが、𠮷田さんの音楽的な背景を聞かせてください。

𠮷田:音楽ジャンルとしてはエモやオルタナティブなどの系統が好きというのはあるんですが、映像として影響を受けたのは、Radioheadの“Stop Whispering”という曲のMVです。浪人中にMVを見て、心に刺さるものがありました。

訳のわからない設定が当然のように出てきて、「この機械は何だろう?」みたいなものもあたり前のようにずっと映っていて、全体的に爽やかでありつつ、ちょっとエモーショナルな映像イメージで。いろいろ制作のことを考えながら音楽を聴いていて、自分につながるものを感じましたね。

—MVは曲が主役ですが、ミュージシャンの姿や曲の世界観を見せるなど、複層的な構造の映像ですよね。

𠮷田:演奏者が映像に映るじゃないですか。そこには現実感があるけど、それとまったく違う世界が展開していくみたいな感じがありますよね。そのストーリーに登場する人物を演奏者が演じる見せ方もあって、架空の役者がさらに架空の世界を演じるみたいな、メタ視点のようなものを感じさせる。箱のなかにさらに箱があるような。それが、RadioheadのMVを見てすごく面白かった部分です。

「音源のなかに自分がドキッとする瞬間を探していて、それを見つけたときに、この曲で作品をつくろうという思いが生まれる」

—楽曲が作品の起点となるとのことですが、どんな曲が作品制作に結びつくのでしょうか?

𠮷田:私は音楽がすごく好きなんですけど、ライブにはほぼ行かないんですね。なぜかというと、記録されたものにすごく興味があるからです。ライブに行くとアーティストの顔も見えるし、その場の状況もわかってしまうし、情報がとても多いんです。

でもたとえば、アルバムのボーナストラックにライブ音源が入っていたりしますよね。そこには、歌う人がスッと息を吸う瞬間であったり、ちょっと声が震えたり音が先走っちゃったりと、ハプニングというか、生々しいものを感じることがあって。私は音楽にそういうものを探し求めていて、見つけたときにその曲が特別なものになるんです。

歌詞やリズム感というより、音源のなかに自分がドキッとする瞬間を探していて、それを見つけたときに、この曲で作品をつくろうという思いが生まれます。

—受賞作の『Still milky_tune #4』の起点となった曲について教えていただけますか。

𠮷田:1990年代のMineralというエモバンドの“Sadder Star”という曲です。叙情的ですごく感情が入るスクリーモ(1990年代前半にエモ、ハードコアから発展した音楽ジャンル)みたいな感じなんですけど、『Still milky_tune』シリーズはすべて“Sadder Star”が起点です。

受賞作では、自分自身や自分の親しい人から着想を得て生まれた3人の人物を描いています。その3人が「もし同じ青春時代を過ごしていたら?」というパラレルワールドのような世界観が自分のなかにあり、そのストーリーにピッタリ合う曲を求めていました。自分と自分の好きな人たちの過去を捏造して、そのパラレルワールドを石膏でつくった人形と画像を切り貼りした背景で一連の映像イメージにし、一瞬を切り取って絵にしたのがこの作品です。

─この曲のどんなところに創作へのインスピレーションを感じたのでしょうか?

𠮷田:Mineralは大学生の頃に聴いていたのですが、とにかくわかりやすいほど「エモい」ものがいいと思って、もともと好きだった1990年代のエモやスクリーモの楽曲をSpotifyで探しているときに久しぶりに“Sadder Star”を聴いて、冒頭40秒でこの曲に決めました。

“Sadder Star”は比較的ゆっくりとしたテンポで始まり、段々と音のテンポをずらしながら演奏しているように感じました。全体的なバランスは絶妙に保っているのですが、あと少しでもどこかのパートのテンポがズレたら崩壊しそうな緊張感がとても素敵ですね。

絶妙な均衡のなかにボーカルが爽やかに登場し、英語のリリックを引き伸ばして歌う声の揺らぎにとても心が惹かれたんです。この瞬間を見つけたときに『Still milky_tune』の世界観とカチッとはまりました。

Mineral “Sadder Star”(Apple Musicで聴く

—この作品は、キャンバスではなく透けるようなポリエステルの素材とアクリル絵具で構成されています。どのように素材を選んだのでしょうか。

𠮷田:動いている映像がもとになっているので、軽さや、光が透過するイメージを意識しています。私は音楽を聴きながら妄想しているとき、目を開けたままでいるんですね。そのときの頭のなかのイメージには、聴いている音楽はもちろん、まわりの光の感じなども影響しています。

そのイメージと現実とをかけ合わせたいという思いがあって、半透明の布であれば現実の光を取り込んで、絵のなかの光と現実の光が共存するような表現ができると考え、この素材を選びました。

𠮷田:同時に、作品制作のプロセスを経て自分の感情が俯瞰され、ドライになっていることも絵の質感に出したいと思い、テカリがなく、描いているときもすぐ乾いてカラッとした質感の出るアクリル絵具を使いました。ポリエステルの半透明の布はすごく目が細かくて、アクリル絵具で描くとほとんど筆致が残らないんですね。そうすると、自分という機械をとおして印刷したようなニュアンスが生まれます。

一方で、絵具が垂れた部分をそのまま残すことで、手作業のようでもあり、機械のバグのようでもあるニュアンスを残すことも大事にしました。

石膏人形、Photoshopによる背景づくり。ツールを変えることで、自分の初期衝動を乾かしていく

—音楽を聴きながらイメージを思い浮かべて絵を描くという習慣は、子どもの頃からあったんですか?

𠮷田:音楽を聴いて絵を描くようになったのは大学に入ってからですが、音楽を聴きながら頭のなかで映像を思い描くことは小学生の頃からしていました。そのきっかけが、アニメです。作品自体のストーリーを追うことよりも、アニメのオープニングとエンディングにすごく興味があったんです。

アニメやドラマって架空の世界を描いていますけど、そのなかのオープニングやエンディングは、架空のもののさらに架空、みたいな。パラレルワールドのなかのパラレルワールドのように感じて、すごくドキドキするんです。

漫画でいったら裏表紙や扉絵は本編とは若干違うテイストで登場人物が描かれていたりしますよね。それに通じるものがあります。その変な感じがもともと好きで、好きな音楽を聴きながら好きなものを想像して、その世界に没入する時間を癒しの時間のような感じで楽しんでいました。

—『Still milky_tune #4』に限らず、𠮷田さんは作品を制作するうえで、いつもどのようなプロセスを踏んでいるのでしょうか?

𠮷田:音源を聴いたときに、自分の感情が増幅されてイメージが浮かんでくるのですが、それは普段から自分のなかで考えているキャラクターやストーリーなんですね。架空のドラマがあって、そのドラマのオープニングやエンディングを自分で空想していることが核となっている感じです。

作業としては、まず最初に思い描いていたキャラクターを立体化し、石膏でマネキン人形をつくります。

その次に着手するのが、背景です。基本的にはネットで検索してイメージを集め、Photoshopで切り貼りして背景となる部屋の内装であったり、野外の景色であったりをつくります。それができ上がったらプリントアウトします。

—まるで、舞台の書き割りのような背景画ですね。

𠮷田:立版古(たてばんこ:1枚の錦絵に描きこまれた建物や人などを切り抜き、貼りつけて台紙の上に立体的な景色を生み出す、江戸時代に流行したおもちゃ絵の一種)みたいな感じですね。

出力した背景の前で、石膏でつくった人形を動かして一眼レフのデジタルカメラで動画を撮ります。カメラのレンズをとおすことで、そういうハリボテ的につくった世界にリアリティーが瞬間的に生まれるんです。その瞬間を止めてプリントアウトして、それを見ながら絵を描き始めます。

そうやってツールを変えて、あえて最初の音楽を聴いたときの高揚感から離れていく。変化を重ねて、客観視していくイメージです。最初の「これめっちゃ好き!」というエモーショナルでウェットな感情を、ドライヤーでカピカピに乾かしていくような作業なんです。

劣等感というテーマから、「未来」や「未知」に興味を持つようになった

―普段からキャラクターを空想しているお話が興味深かったのですが、基本的には近しい人がモデルになることが多いのですか?

𠮷田:そういった場合もあります。でも以前は、自分の劣等感がかたちになったものが多かったかもしれません。

—劣等感?

𠮷田:私は昔から感情と体がつながっていないように感じることが多かったんです。頭で「こうすべき」とわかっていても、体がうまく動かない、とか。単純にいうと、「自分の不器用さ」に劣等感がありました。

それを乗り越えたいという気持ちから、頭のなかでその劣等感を投影したキャラクターをつくるようになったんです。劣等感に何かしらの役割や私が好きな見た目、ファッション、髪型などを与えて自分が好きと思えるキャラクターにすることで、劣等感を受け入れようとしていたんです。

でも最近はそんな自分の不器用さをあまり思い詰めず、良い意味で気にしなくなってきており、それに伴ってキャラクターのつくり方も変わってきました。もっと自分にとって遠いものにも目を向けるようになりましたし、新作では自分より下の世代の人たちからイメージを得たりもしています。

—劣等感を投映したキャラクターづくりから、大きく転換したんですね。

𠮷田:今回の作品にはもうひとつ、世代交代という裏テーマがあります。いままで私は、ずっと「自分」や「過去」にエモーショナルなものを感じていました。でもいまは、未来とか未知のものにエモーショナルさを感じているんです。過去になっているものに哀愁を感じて執着するのは、過去にとらわれている部分もあるのかもしれないと思うようにもなって。

それはインスピレーションになる音楽の変化にも現れていて、今作では1990年代のエモであるMineralでしたが、最近はエモリバイバルのバンドだったり、ラッパーのTohjiだったりと、新しい世代の音楽にもエモーションを掻き立てられて、刺激を受けています。過去から未来へという流れが、いまの自分にありますね。

—キャラクターのつくり方や過去から未来へと視点に変化も生まれてきたこのタイミングで、『FACE 2023』のグランプリを受賞されました。今後の展望を聞かせてください。

𠮷田:もちろんとても嬉しいです。今回の審査ではポートフォリオを提出したわけではありませんし、インタビューがあったわけでもないので、自分がやりたいと思ったことが絵画1枚で伝わった事実に、すごく自信をもらえました。

一方で、身が引き締まる思いもあります。今後、自分はどういうスタンスで美術に向き合っていくべきか深く考えるきっかけになりました。

私は自分がすごく好きなものをもとに作品をつくっていますが、制作を進めるなかで、自分の感情が渇いて絵に「余白」が生まれるんです。それは、他人が見たときに入り込める隙のようなものだと思っています。

展示されることで、その余白部分に対して観てくださった人がどのような感想を持つのか、ぜひ知りたいです。それが自分にとってのフィードバックとなり、また新たなイメージのもとになると考えています。

イベント情報
『FACE展2023』

2023年2月18日(土)〜3月12日(日)

会場:東京都 新宿 SOMPO美術館
時間:10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜
料金:一般700円 高校生以下無料
プロフィール
𠮷田桃子 (よしだ ももこ)

美術家。1989年兵庫県生まれ。大阪市在住。2016年京都市立芸術大学大学院修士課程修了。音楽を聴いているときの高揚感や頭に浮かぶ映像的イメージを絵画の形式に閉じ込め、観る人にその高揚感を共有させる装置とする作品制作を行なっている。



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