現代のNo.1ロックスターはハリー・スタイルズだ! あなたがこの考えに頷くかどうかはともかく、少なくとも2023年現在のハリーがキャリアハイを更新し、「イギリスのボーイバンド、One Directionのメンバー」という枕詞を過去のものとしたことには、きっと同意してくれるのではないだろうか。
その象徴となるのが、3作目のソロアルバム『Harry's House』(2022年)の大成功だ。細野晴臣『HOSONO HOUSE』(1973年)にインスパイアされたタイトルを持つ同作は、イギリス、アメリカともにチャート1位を獲得し、『第65回グラミー賞』において「最優秀アルバム賞」と「最優秀ポップボーカルアルバム賞」を、『ブリット・アワード』では最多4部門を受賞。名実ともに「2022年もっとも話題となったアルバム」と言って間違いない。
しかしその一方で、アフロアメリカンの女性であるビヨンセから『グラミー賞』を奪った「特権的な白人男性」としてバックラッシュにあってしまったのもまた事実。「元アイドル」というレッテルの次に待っていたのは、「白人」「男性」というアイデンティティーの問題だったわけだ。とはいえ、One Direction時代から「ロックなの? ポップなの?」といった論争も存在したわけで、こうしたレッテル貼りに向き合い続けるは彼の宿命なのかもしれない。
で、結局、「ハリー・スタイルズは現代のNo.1ロックスター」なの? ということで、3人のミュージシャンに集まってもらい、田中宗一郎を聞き手に鼎談を行なった。国内外で広く活躍する女性4人組バンドCHAIのユウキ、国内インディーシーンのどこにも明確な居場所を持たないROTH BART BARONの三船雅也、「ゲスの極み乙女・川谷絵音のバンド」として語られがちなindigo la Endの佐藤栄太郎という、それぞれ異なる音楽性や立場を持ちながらも、共通して音楽活動におけるアイデンティティーの問題に自覚的である3人は、ハリー・スタイルズをどうとらえているのだろうか?
世界中から熱視線を集めるハリー・スタイルズ。音楽家たちは作品や活動につきまとう「枕詞」とどう付き合っている?
田中:ここに集まってくれた3人それぞれのバンドは、世間的にはごく普通にロックバンド、あるいは、インディーロックバンドだと認知されていると思います。
では、はたしてそんなふうにバンド音楽をやっているみなさんがボーイバンド出身でありながら、いまや「21世紀最初のロックスター」と呼ばれたりもするハリー・スタイルズの音楽と存在をどんなふうにとらえているのか? これは誰もが知りたくなることだとも思うんですね。
ハリー・スタイルズ『Harry's House』を聴く(Apple Musicはこちら)
田中:ただ、まず前提として尋ねておきたいことがひとつ。実際のところ、みなさんのバンドはロックバンド、あるいはインディーロックバンドなんでしょうか?
ユウキ:自分たちはずっと「ジャンルはCHAI」って言ってます。ロックもポップもいろんなジャンルが好きだからアウトプットをひとつに絞れないし、私たちは興味がコロコロ変わるから、メンバーみんなの興味が揃ったり揃わなかったりするんですよ。
でも、「それもいいよね。全部やろうよ」っていう感じです。でも、周りからはどう見られてもいいと思っていて、むしろ100人いたら100通りの見られ方がある状態を目指してます。
CHAIの日本限定EP『ジャジャーン』(2023年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
田中:ROTH BART BARONの場合は?
三船:ぼくらの場合、ここ最近は「怪獣のようなバンドをやってます」って言ってますね。最初、自分としてはROTH BART BARON=インディーフォークロックかなと思っていたけど、最近そのイメージが瓦解してきたんです。
プロモーションでラジオに出演したりすると、DJの方から「どんなバンドか説明に困りますよね」って気を遣ってもらっちゃうくらい。CHAIみたいに最初からそこを目指していたわけじゃないけど、結果的に「ジャンル=ROTH BART BARONになっちゃった」って感じです。
ROTH BART BARON『HOWL』(2022年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
佐藤:いまって、クリエイターが自分を定義してプレゼンするのが難しい時代だと思うんですよね。つくればつくるほど、自分が認識できなくなるというか。
田中:はいはい。
佐藤:だから無理やり捻り出すしかない。、indigo la Endのリーダーである川谷さん(川谷絵音)は、その定義が不可能だとわかっているのにプレゼンの責務を背負っているので、すごく尊敬してます。ぼく自身は、やっぱりユウキさんと三船さんが言うように、あくまで「ジャンルは自分たち」でしかないのかなと思っています。
田中:いまの御三方のお話は、世の中全般では個人や作品のアイデンティティーをまずは作家自身の社会属性や肩書きで判断しようとするけれども、アイデンティティーというのは突き詰めればすべて個人に帰結する、というお話ですよね。
三船くんからは、規模の大きなメディアは自分たちを説明する枕詞を必要とする、というお話がありました。ユウキさんと栄太郎くんの場合、ある種の防波堤としてあらかじめ自分たちのバンドを表す肩書きを用意したりはしていますか?
ユウキ:「ニュー・エキサイト・オンナバンド=NEO」と自分たちで言っているんですけど、メディアでは「4人組ガールズバンド」って言われることが多いですね。
「なんで『ガール』ってつけるのかな?」とか「4人組って説明は必要?」とか思うけど、「まあ、そうなるよね」とは思っています。4人いて、女で、バンドなんだってのは伝わるから。
一同:(笑)。
佐藤:でも、メディアがそういう説明文をつけなくちゃいけないのはしょうがないのもありますよね。短い時間や少ないリソースで価値を伝えるためには、リーズナブルな枕詞に頼らざるを得ないですよね。
indigo la End“名前は片想い”(2023年)を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
佐藤:ぼくらindigo la Endの場合も「J-ROCK」「歌モノ」「川谷絵音が率いる」とか言われたりもするんですけど、別にそれで「最適化しやがって」と怒ったりはしないし。むしろ最近はその上になんと言ったらウケるかを考えてます(笑)。
田中:(笑)。こちらからは制御できないものだから。
佐藤:そういう意味では、今日のテーマであるハリー・スタイルズは、そういう肩書きや説明、レッテル貼りみたいなものを一番楽しんでいるアーティストじゃないかって気がしますね。色男であり、ボーイフレンドであり、映画スターであり、ボーイバンドのメンバーでもある。
結果的にそんなふうに世界中の誰もが好き勝手に彼を定義づけしてきたんだけど、最新作『Harry’s House』では、いまもっともエッジーなインディーロックサウンドをさりげなく取り込んだアーティストになっているっていう。そうやって、みんなを戸惑わせてるのを楽しんでいるような余裕が感じられますよね。
ハリー・スタイルズ『Harry's House』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
ハリー・スタイルズは「全世界待望の色男」
田中:そもそもハリー・スタイルズはOne Directionという爆発的な人気を持ったボーイバンド出身で、いわゆる「音楽ファン」自認のスノビッシュな人たちからするとどこか悪意もなくスルーされる存在でもあったわけです。みなさんは、どのタイミングで彼の存在と音楽を認識し、彼のソロ以降/以前の作品をどう聴いてきたのかについて教えてください。
佐藤:ぼくはOne Direction時代は、ネタ的に聴いてました。
一同:(笑)。
佐藤:当時、新宿MARZってライブハウスで働いていて、そこの店長がロックDJだったんですね。その店長はDJとして「バカだなー!」って思わず大笑いしちゃうようなつなぎをしてて、One Directionの曲はそのときのネタ曲のひとつだったんです。いま思うと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけど(笑)。
田中:なるほど、なるほど。
佐藤:そういう流れがあるので、彼がソロアーティストになってからも「別に追いかける必要ないかな」みたいな感じだったんです。でも、2022年の『コーチェラ・フェスティバル』で“Boyfriends”を演奏する前に「すべてのボーイフレンドに、Fワード・ユー」ってMCしてるのを見てめちゃくちゃ腹が立ったんですよ(笑)。
ハリー・スタイルズ『Harry's House』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
田中:ハリー・スタイルズの2022年の『コーチェラ』出演は、3rdアルバム『Harry’s House』のリリース直前。そのアルバム収録曲である“Boyfriends”をプレミア的に演奏して、トキシック(有害)な男性性に対して中指を立てるMCを行ない、『コーチェラ』の会場にいる10万近いであろう観客大半の賛同を得た、という出来事ですよね。
ただハリーの場合、LGBTQアライを表明してるのもあって、あのMCはゲイやバイセクシャル、パンセクシャルなども含む、かつてボーイフレンドがいたすべての人に向けて発せられたとも読み取ることができる。
ちなみにぼくの場合、あのMCを聞いて、「自分もあんなふうに言える立場になりたいな。いいなー、羨ましい」と思いました(笑)。
ユウキ:そうなんだ(笑)。
佐藤:あれはめっちゃ腹立ちますよ。でもまあ、あのMCがなければ、いまでもハリーに興味持ってなかったと思うから、結果的にはよかったですけど(笑)。
ただハリー自身、世間のボーイフレンドたちも努力してないわけじゃないことはわかってると思うし、ぼくのような被害妄想が強い男がいることがわかったうえでの、あえての発言だったと思うんですね。だから1週間くらい経って落ち着いて考えると、その全世界待望の色男を請け負うよって気概、本当にすごいな、と。それで「ごめん!」ってなりました。
一同:(笑)。
佐藤:それが入り口で、そこから見方が変わりました。俳優としての彼もおもしろいですよね。『ダンケルク』(2017年)のときはオロオロしてるだけの印象だったんだけど、『ドント・ウォーリー・ダーリン』(2022年)を観たらめっちゃおもしろかった。ダサいやつをやらないといけないシーンがあるんだけど、全然ダサくないんですよ(笑)。やっぱり根が色男だから。あと、実際にはいろんな逡巡や反省があったとしても、そういった態度を公には見せない感じも頼もしいというか。とてもぼくにはできないなって。
映画『ドント・ウォーリー・ダーリン』予告編
ハリー・スタイルズは、ロックをふたたびおもしろく感じさせてくれたポップスター
田中:自分の場合、One Directionの存在とヒット曲は知っていて「イギリス人はボーイバンドをつくるのは上手だよね。曲もいいよね。でも別に聴かなくていいかな」と思ってた。でも、ソロデビュー時のシングル“Sign of the Times”(2017年)にぶっ飛ばされたんです。
ロックバンドやロックというサウンドが世の中の端っこに追いやられていた時代に、ほぼ横揺れのないシンプルかつミドルテンポの8ビート、どこかデヴィッド・ボウイを思わせる曲を出してきたことに「うわあ、2017年No.1ロックソングをボーイバンド出身のハリー・スタイルズがつくっちゃったよ!」と驚いた。
ハリー・スタイルズ『Harry Styles』(2017年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
三船:自分の母親は『グラミー賞』とかもきちんとチェックする人で、One Directionにも夢中になっていて「ハリーがずば抜けてかっこいい」って言ってたんです。それがハリーの最初の印象ですね。
田中:その後、彼の音楽や存在に対する印象はどう変わったんですか?
三船:ハリー・スタイルズの印象が変わったのは2019年の2ndアルバム『Fine Line』なんですよね。ぼくがプロデュースしているHANA(現在はHana Hopeとして活動)ってアーティストがいて、当時13~14歳くらいの彼女に会うたび「最近なに聴いてるの?」って聞いてたんです。
そこで彼女からハリーの名前が出てきて、彼の曲をカバーしようか、みたいな話にもなったり。で、実際に2ndアルバムを聴いて、そのクオリティーの高さにも驚いたし、ただのポップというよりはきちんとバンドの音楽になっていることもすごくおもしろいと思いました。
10代の女性に教えてもらって、ようやく「いまのポップはこんなことになってるんだ」と気づいたという。ヨーロッパやアメリカのロック音楽がおもしろくなくなっちゃった時期に、ポップスターがこんなにもおもしろい音楽をアウトプットしていることに痛快さを感じましたね。
ハリー・スタイルズ『Fine Line』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
ハリー・スタイルズは、あのルックスでこの曲をやるのが最高でずるい
田中:ユウキさんの場合は?
ユウキ:1Dのころは取り立てて興味はなかったです。音楽は知ってたし、いい曲があるなとは思ってたけど。CHAIのほかのメンバーはOne Directionも好きだったし、ハリー推しの子もいるくらいなんですけど。
それは彼がソロになってからも同じで、初期は全然引っかからなかったんです。でも、途中からインスタやメディアで存在感がすごく出てきたじゃないですか。
田中:2ndアルバムのころに『VOGUE』の表紙でドレスを着たり、『METガラ』に黒いレースのドレスで出てきたり。
ユウキ:そう。あの感じにすごく「うわーっ!」って惹かれて、もう「ずるい!」って思った(笑)。別に「男になりたい」ってわけでもないけど、あの存在感には「くそーっ!」ってなったんです。
田中:俺もなりました。「俺が先にやりたかった!」みたいな(笑)。
ユウキ:そこから自分の関心のなかにハリーが飛び込んできて、音楽を聴いたら曲もめっちゃいいんですよね。あのルックスでこの曲をやるなんて「もう最高じゃないか」って。
2019年の『METガラ』より。この年の『METガラ』は、スーザン・ソンタグの論文『「キャンプ」についてのノート』に依拠した『Camp: Notes on Fashion』をテーマとしており、ソンタグはこのなかでキャンプについて「不自然なもの、人工的で誇張されたもの」を愛好する感性、美学であるとした(関連記事を開く)
ユウキ:CHAIはDEVOに魅せられてお揃いの衣装にしたくらいなので、グループとしてどう見せたらおもしろいかをつねに考えてるんですよ。
デヴィッド・ボウイやTalking Headsみたいな異様な存在感に惹かれていたし。だから、いまリアルタイムでハリー・スタイルズの全盛期を見られていることにすごく感動しています。
ハリー・スタイルズはいまの時代と社会にどのように対峙しているのか?
三船:ここ最近、ポップミュージックの世界ではイジけた表現をした男性が多い印象があるんですよね。
男性、特に白人男性には免責できない歴史があるから、それも仕方ないとは思いつつ、長いあいだ社会的に抑圧されてきた女性やクィアのアーティストがパワフルな表現をしているのは間違いない。たとえばJojiの音楽とかもすごく素晴らしいとは思うけど、感情のモードとしては基本的にイジけてますよね。そんななかでハリーの存在や表現が痛快で、楽しかったんですね。
田中:総じてアポロジェティック(申し訳なさげ)ですよね。まあ、それもこれまでの男性中心社会という歴史の積み重ねからすると必然ではあるものの、この10年は男性作家、特に白人男性の表現者たちの大半が「何をどう表現すべきか?」を見失っていく時代だった。
ジャスティン・ティンバーレイクが2018年に出したアルバム『Man Of The Woods』が象徴的だと思うんですけど、近年の白人男性はとにかくみんな申し訳なさそうな顔をした表現をやっている。と同時に、そういう態度じゃないと表舞台に出て来られない空気が北米全体の社会にあると言ってもいい。そんななか、ハリー・スタイルズだけがいきなり元気になった(笑)。
三船:その痛快さが、2020年代に入ってから最初の衝撃でしたね。新しい風が吹いてる感じがしたし、ただイジケてる男性ミュージシャンを聴いてる自分より、まず胸を張って自分の考えをかたちにして、陽性のバイブスを持った表現に向かっているハリー・スタイルズを聴いている自分のほうが好きになれたんですよ。
2022年、ハリー・スタイルズの『Coachella Valley Music and Arts Festival』でのパフォーマンス
田中:白人男性であることの特権性という話題からすると、今年の『グラミー賞』の話題は外せないと思います。『グラミー賞』のなかでも特に重要視される「年間最優秀アルバム賞」を、下馬評では最有力だったビヨンセの『Renaissance』――ぼく自身の価値観/テイストからしても100%彼女の作品がベストだったとは思うんですが――ではなく、ハリー・スタイルズのアルバムが獲得した。
その際のスピーチのなかで「ぼくのような人間はこういう賞をめったに獲ることができないんだけど」というスピーチにバックラッシュが起こりました。みなさんはこの件をどう見ましたか? ちなみに、このスピーチの背景としては、ハリーは「イギリスの田舎のパン屋でバイトをしていた少年が『グラミー賞』をもらえるまでになった」という意味で発言したはずが、白人男性の特権性を象徴する言葉として視聴者から誤解されたものだと言われています。
三船:個人的にはハリー・スタイルズの受賞には納得できているんですよ。
ビヨンセのアルバム『Renaissance』はおもしろかったし、新しかったけど、玄人向けの要素が強かったと思うんです。それに対してハリーのほうがよりポップで開かれた作品をつくっていたし、現代の人たちが求めているなにかは、ハリーの作品にこそあった気がします。
佐藤:なるほど。
ハリー・スタイルズ『Harry's House』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
田中:ユウキさんは普段から「CHAIはジェンダーやアジア人であること以外のところで音楽をつくりたい」って言ってるじゃないですか。でも、ハリーは『グラミー』の件では「お前は白人男性だ」って言われたわけですよね。
『VOGUE』の表紙や『METガラ』で男性と女性という二項対立には回収されない流動性や、そのなかに存在するグラデーションを示そうとしていた彼がこういう状況に陥ったことについてはどう思いますか?
ユウキ:自分たちはジャンルレスでいたいし、CHAIはCHAIでいたいと思うけど、持って生まれた「アジア人であること」や「女であること」は揺るがないんですよね。そして、そこに自信もあるんですよ。だから矛盾しているようだけど「ジャンルはCHAIだ」ってことと同じく「私たちはアジア人で、女だ」ってことも言いたい。
Pitchforkが選ぶ「The 50 Best Albums of 2019」に選出されたCHAI『PUNK』(2019年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
ユウキ:上手く言えないけど、いろんなところにアイデンティティーがあるのは強みだと思うんです。だから、ハリーも白人男性であるがゆえに、こういうことが起きてしまうかもしれないけど、同時に自分のアイデンティティーは大事にしてほしいという気持ちもありますね。本当にこれは上手く言えないんだけど……。
田中:いや、いまのユウキさんが言わんとするところ、かつ、それが複雑さを持っているからこそ上手く発言しにくい、ということは、この記事を読んでくれている大半の読者には伝わると思います。ただ、この4人で話していても、我々男性3人には、どこか男性のほうが追い込まれてるという自認がある、これはちょっとばかり根深い、困った話だな、という印象を受けました。まあ、世の中全般に流布している勘違いの最たるものなんだけど(笑)。
三船:男性云々という話は置いておいたとしても、誰が音楽をつくっても、いまは総じて実際の音楽よりも、社会属性に接続されたり、枕詞で語られてしまう傾向がすごく強い。特に白人男性であるハリーは、そうした状況と世界で一番戦っている人な気がします。
でも、それをハリーだけに背負わせちゃダメだし、ぼくらはクリエイターとしてハリーを守らないといけない。ユウキさんが言ってくれたみたいに「いいじゃんそれで」って。とはいえ、やっぱりそれぞれがすべての人のアイデンティティーについてはきちんと考えなきゃならない。ただ、二項対立的な価値観の外側に存在する、新たな道を見出したいですよね。
社会的な文脈に絡め取られず、バンドアンサンブルを楽しんでいる『Harry’s House』
田中:じゃあ、そろそろ音楽の話をしようと思うんですけど、みなさんはハリー・スタイルズがこれまで出した3枚のアルバムについてどれがフェイバリットですか?
佐藤:3作目、『Harry’s House』ですね。とにかく音楽的に自由だし、なによりもバンドアンサンブルを楽しんでいる。
ドラマー目線で聴くと、とにかくドラムフィルの多さが印象的なんですよ。それはギターやベースも同じで、とにかく楽器にクローズアップしたフックが目立つんですね。いまはトラヴィス・バーカー(blink-182)やオリヴィア・ロドリゴ、Paramoreみたいにロック再定義をしようとしている人たちが、文脈とリファレンスのなかに新しさを見出そうとしている時代だとも言えると思うんですね。
そんななか、ハリーはひたすらバンドアンサンブルを楽しんでいる気がするんです。たとえば“As It Was”の最後のコーラスがはじまる前、ドラムのフィルに急にダイナミックなリバーブがかかるんですけど、それが本当におもしろくて。
ハリー・スタイルズ『Harry's House』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
田中:言ってみれば、「これ、本当にありなの?」っていう大雑把なアイデアだよね。
佐藤:そうそう(笑)。でも、バンドをやっていると、実際にそういう「いいから、やってしまえ!」みたいなテンションで盛り上がるときってあるんですよ。ハリー・スタイルズみたいなトップアーティストが、そういう文脈やリファレンスに絡め取られないプロダクションをやっていることには勇気をもらえましたね。
田中:いまはよくも悪くも「この人はアトランタの出身だから」とか、「この曲のリリックは、こういう社会的イシューを取り込んでいるから素晴らしい」とか、まずは文脈で語る時代になった。しかも、メディアだけじゃなくオーディエンスもまずそこに注目する時代になりましたよね。
佐藤:耳が痛いですね。ぼくは映画に対しては完全に文脈を読み取るという見方をするので。
田中:たとえば、CHAIのメンバーが英語圏のジャーナリストに取材をされたりすると、音楽的な話よりも「フェミニズムについてどう思うか」とか「自分たちのアジア人というアイデンティティーについてどう思うか」ってことを必ず聞かれるでしょ?
ユウキ:あー。たしかに聞かれる。
田中:そんな時代の流れがあるなかで、栄太郎くんからすると、『Harry’s House』にはバンドアンサンブルの楽しさがあり、制作現場の盛り上がりがキャプチャーされているのが魅力的、というわけですね。
佐藤:そうです。
楽しそうに見せて、リスクを背負いながら、ギリギリの線を攻める胆力もハリー・スタイルズの魅力
ユウキ:私はどのアルバムも好きだけど、一枚選ぶなら『Harry’s House』ですね。曲ならMV含めて“Music For a Sushi Restaurant”がおもしろくて好きです。この楽しいというか、余裕ある感じがいい。カッコつけてない感じがまたずるい。とにかく楽しそうだし。
田中:そうなんだよね。緻密につくってはいるんだけど、楽しそうな感じがある。
ユウキ:それがほかのミュージシャンにないところじゃないかな。
ハリー・スタイルズ『Harry’s House』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
田中:ただ、この曲で「寿司」を扱ってることに対して、「文化の盗用」としてとらえる視線も少なからず存在するだろうことは想像できます。
ユウキ:そういうことばかり言うと、いろいろとおもしろくなくなっちゃうと思うんですけどね。日本人として「寿司をこう見るんだ」って発見があっておもしろいのに。
田中:ひとつの視点としてはまさに同意です。外側からの視点が、内側に驚きと発見を与える、というメカニズムは間違いなくあるので。ただ、15世紀以降、あるいはそれ以前からの歴史として、ヨーロッパ列強諸国を筆頭に、ほかの政治的弱者である地域や国家の文化を搾取する流れは間違いなく存在した。だからこそ文化盗用批判は基本的には間違ってはいない。
同時に、ここ10年、それをあらゆるケースに当てはめていく動きが明らかに加速しているのもまた事実ですよね。そんな時代のなかで、『Harry’s House』というアルバムタイトル自体が、細野晴臣さんの『HOSONO HOUSE』からの引用でもあるわけだから、ハリー・スタイルズの場合、どこまでが文化盗用にあたり、どこまでがそうじゃないのか、意図的かつリスクを背負いながら、あえてギリギリの線を攻めている気はします。
「インディーロック」としてはリッチすぎるサウンドから垣間見える、冒険心とジレンマ
三船:自分としては、フェイバリットは2ndかな。あの3rdほどカラッと明るくなくて、少しダークで悩んでいる感じがいい。
3rdは再生ボタンを押した瞬間から、ずっと洗練されたサウンドで迷いのない楽しさが切り取られていて素晴らしいんだけど、そこに行き着くまでの過程として2ndはまた別のよさがある作品だと思います。
ハリー・スタイルズ『Fine Line』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
田中:この3人のなかで2000年代~2010年代のインディーロックにもっとも愛着を持っているのは三船くんだと思うんですが、先ほどの栄太郎くんからの発言――「ハリー・スタイルズ最新作はいまもっともエッジーなインディーロックサウンドを取り込んでいる」についてはどうですか?
三船:とりあえず、金がかかってるのは間違いない。
一同:(笑)。
三船:たしかにインディーっぽいところはあるけど。ただ、世のインディーロックのアーティストは外食もせずカツカツの予算でやっているから、あの音では録音できない。ハリー・スタイルズは、軽トラにポルシェのエンジンを積んでるみたいなミスマッチ感があるっていうか。
田中:はいはいはい。
三船:見た目はインディーだけど、中身はメジャーアーティストによるプロフェッショナルなアルバムだと思いますね。
ただし、テイラー・スウィフトもそうだけど、若いころからメジャーの最前線で活躍してきて、多くのスタッフを抱えているアーティストがクリエイティビティーを求めて冒険しているのは本当に素晴らしいと思う。たくさんの人が関わったからこそできるものがあるし。そのなかで彼らが新しくなにかを手に入れようとしているジレンマみたいなものがぼくは楽しいです。
ハリー・スタイルズはポップか? それともロックか?
田中:さて、ここまで4人で話してきて「人や作品を語る際には、作家の社会属性や肩書きや枕詞ばかりで語ることはできることなら慎みたい」という意識を共有したうえでの質問です。ハリー・スタイルズはポップですか? ロックですか? それともインディーロックだと思いますか?(笑)
ユウキ&佐藤&三船:えーっ(笑)。
田中:いや、ここは笑いながら話すのが正解だと思うんですよね。「こんな視点もある。あるいは、こんな視点もある。でも、そのどれかひとつが絶対的な正解ではない。ただ、どの視点もそれなりに有用なんだ」という、いくつもの視点を認められる空気感をつくっていくことが、これから10年間、この社会に暮らす我々全員の仕事なんじゃないかな、とも思うので(笑)。
三船:それなら、ハリー・スタイルズのアウトプットは、最終的には「ポップ」だと思いますね。いま現在のモードはロックに見えるけど、あくまでポップ。デヴィッド・ボウイもロックにアクセスしたミュージシャンだったけど、本質はポップだったと思うし。だから今回アルバムタイトルで引用されたことで、細野晴臣さんはついに「ポップ」に見つかったんじゃないかな?
ユウキ:私は正直ポップの定義がなんなのかもわかんない。ポップは明るくて、ロックは反骨精神で、インディーロックはもっと負けん気が強いみたいなイメージはあるけど(笑)。うーん、なんかそれくらいしかないから、わかんない。なんでもいいんじゃないかな?
田中:(笑)。ぼく、「ポップ」という言葉に執着と愛着がずっとあるんです。昔、自分がつくってた『snoozer』という雑誌はロック雑誌/インディーロック雑誌だと思われてたけど、雑誌のなかでは「必要なのはポップだ!」とずっと言ってるんですよ。それはラジオにおけるジャンル分けのポップじゃなく、1960~70年代の英語圏やフランス語圏のジャーナリズムからのリファレンスを含む、自分なりの定義としてのポップ。
70年代後半くらいから「すべての音楽のなかでもっとも重要かつ意味がある音楽がロックだ」という「ロッキズム」という考えがあるんだけど、この15年くらいで「ポップティズム」という新たな言葉が生まれたんですね。それまで「消費される、つまらない、安っぽい大衆音楽」とされていたポップミュージックが、じつは文化的にも価値があるんですよという見直しとして。
田中:要は、「ほら、みろ。俺は間違っていなかった!」と言いたいんですけど。
ユウキ&佐藤&三船:(笑)。
田中:まあ、それは置いといて、ハリーはポップですか? ロックですか?
佐藤:自分なりのポップの定義があるとしたら、「引っかけてくれる入り口」というのがポップだと思うんですよね。自分自身、ポップを入り口として、そのなかにリファレンスとしてロックやインディーロックなんかがあったんですよ。
だから、それをポップの定義とするならば、ハリーはポップだと思います。そして、ぼくからすればハリーはロックというリファレンスにそこまでこだわりがなさそうに見えるので、次のタームで思いもよらない表現になっててもおかしくない気がして興味深いですね。
ハリー・スタイルズ『Harry's House』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
ハリー・スタイルズは21世紀No.1ロックスターなのか?
田中:じゃあ、最後の質問を2つ。「ハリー・スタイルズこそが21世紀No.1ロックスターだ」と言われたらどう思いますか? そして、ハリーはどんなアーティストの系譜に位置づけられると思いますか?
佐藤: ぼくのなかでは「No.1ロックスター」はThe 1975なんですよ。マシュー・ヒーリーはしょっちゅうミスって炎上してる。もちろん彼の発言を擁護するつもりはないですけど、ミスしてしまう人間でしか歌えない、響かない表現はあると思うし、そこに惹かれるんですよね。
田中:必ず過ちを犯してしまうという人類特有の愚かさを象徴する存在、そのリスクに自ら飛び込まざるにはいられない存在こそがロックスターだ、という定義ですね(笑)。
佐藤:それに対して、ハリー・スタイルズが持っている自らを中心とするチームへの責任感や、それによる発言の思慮深さを考えると、彼はロックではなくポップだと思います。
『The BRIT Awards 2023』でのパフォーマンス映像
ユウキ:ロックスターかはわからないけど、間違いなくスターのひとりだと思います。彼の音楽全体からは女性アーティストからのインスパイアを感じますね。
田中:たしかに。彼はモストフェイバリット作家のひとりとしてジョニ・ミッチェルを挙げてたりもしているので。
三船:No.1かどうかはわからないけど、俺としてはロックスターだとは思っています。そして、系譜としては、やっぱりデヴィッド・ボウイとフレディ・マーキュリーという、ブリティッシュスターの流れを汲んでいる気がしますね。
音楽に限らず、ファッションも、アティテュードも最終的なアウトプットにはどれもすごくブリティッシュネスがあり、その歴史をリスペクトしながら現代のアングルを持ってやっているのを感じますし。
田中:やはり彼が英国出身だということはとても重要な気がします。さっき「作家の社会属性でばかり語ることは慎みたい」なんて言った舌の根も乾かぬ間に言ってますけど(笑)。
三船:そのうえで、歴史をリスペクトしながらもあの飄々とした感じにはすごく可能性を感じる。スターとしての宿命を背負ってはいるけど、シリアスすぎない。だから、とにかくライブを観てみたいですね。
どういうパフォーマンスで、どういうエンターテインメントとして、『Harry’s House』というアルバムの完成系を見せてくれるのか。本当に気になります。
- イベント情報
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『Harry Styles: Love On Tour 2023』
2023年3月24日(金)
会場:東京都 有明アリーナ
2023年3月25日(土)
会場:東京都 有明アリーナ
- プロフィール
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- ハリー・スタイルズ
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イギリス出身の1994年2月1日生まれ。2010年、英人気組『Xファクター』でOne Directionを結成し、2011年にデビュー。トータルセールス7,000万を超える史上最大のグループの一員として数々の記録を打ち立てた。2016年6月、米名門レーベル「コロンビア・レコード」とのソロアーティスト契約が報じられる。2017年4月7日、ソロデビューシングル“Sign of the Times”をリリースし、5月には1stソロアルバム『Harry Styles』を発表。2017年9月、クリストファー・ノーラン監督『ダンケルク』で初の映画出演。2019年12月13日、2ndアルバム『Fine Line』をリリース。2022年4月、シングル“As It Was”をリリース。同月『コーチェラ・フェスティバル』にヘッドライナーとして初出演を果たす。2022年5月、3rdアルバム『『Harry's House』をリリース。全米、全英含む各国で初登場1位を獲得。アメリカ、UKでの2022年最多初週セールスを記録し、全米では「デビューから3作連続で全米チャート初登場1位を記録した、初のUK出身男性ソロ・アーティスト」という歴史的界快挙を達成。2023年3月、約5年振りの来日公演を控える。
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