「映画感想TikToker」として活動するしんのすけさん。
TikTokのフォロワーは69万人。映画の「感想」をわかりやすく軽快に伝える投稿が人気を集めている。
近年はブラッド・ピットをはじめとするハリウッド俳優や、日本で活躍する俳優へのインタビュー動画も投稿。ライトな映画ファンにも魅力を伝えることに尽力している。
今回のインタビューでは、映画監督を目指したしんのすけさんがうつ病を経てTikTokerになった経緯や、「感想」という言葉をこだわって使う意味、TikTok界のジェンダー問題としんのすけさんが感じた「責任」について聞いた。
本記事は、Podcast番組「聞くCINRA」の収録内容とその後のインタビューをもとに構成しています。番組視聴はこちらから。
5メートルの崖から落ち、うつを経て出会ったTikTok。
─しんのすけさんが映画の道を志し、TikTokに出会うまでの経緯を教えていただきたいです。
しんのすけ:僕は小さいときから映画が好きで、ティム・バートン監督の『シザーハンズ』(1990年)をテレビで見て鮮明に覚えていました。高校3年のときに自主映画を制作して、映画をつくる面白さを感じるようになりました。
大学では映画を監督することについて学んで、2年生のときに初めてプロの現場に参加しました。原田芳雄さんの現場だったのでむちゃくちゃ大変でしたが、映画制作は楽しくて、自主制作映画を2本ぐらいつくったあと、学校の先生の紹介で東映の撮影所に入りました。
─そこから助監督として時代劇の制作に関わられたんですね。うつ病になったご経験もあるとのことですが、お聞きしても大丈夫ですか?
しんのすけ:大丈夫です。うつになった原因は事故でした。乗っていた車が5メートルの崖から落ちて……幸い誰も死ななかったんですが、全身打撲で休まなければいけなくなりました。それまで休むことなく駆け抜けてきたので、強制的にストップされて気が病んでしまって。筋力と体力も落ちて、何もできなくなって、体が動かなくなって、親に病院へ連れて行かれてうつ病だったとわかりました。
それがきっかけで実家に帰り、最初は家から出るのも嫌でしたが、家にいたり、地元の友達と遊んだりするうちに少しずつ治っていきました。
あと、うつになっても映画が好きなのは変わらなかったんですよね。『孤狼の血』(2018年)っていう、うつになる前からめっちゃ楽しみにしてた映画があったんです。うつで外に出られない、でも映画館に行かないと観られないという葛藤がありました。でもこれは観なきゃいけないと思って外に出れたんです。
─映画の力ってすごいですね。
しんのすけ:それから徐々に1人で外に出ることができるようになりました。1人でできる仕事を少しずつ受けて始めていく中で、専門学校の講師の話が来たんです。
講師としてウェブ発信する動画をつくるコースを担当することになって、TikTokを初めてインストールしました。うつ病になってなかったら絶対にやってなかったと思います。
評論や考察ではなく「感想」と名乗る理由
─しんのすけさんは現在「映画感想TikToker」として活動されています。評論や考察ではなく「感想」という言葉を使うことには、どんな理由があるのでしょうか?
しんのすけ:批評や考察って言葉はちょっと専門性が高いと思ったんです。「感想」はほかの言葉と比べて一番ハードルが低くて、何か気になる。
専門性の高さや批評、考察の文化は非常に大事だと思っているんですが、新規の映画ファンを取りこぼしてるんじゃないかと思う部分もあって。
なので僕は映画好きに向けて発信するというより、これから映画好きになってもらいたい人、なんとなく映画が好きでちょっと気になるな、みたいな人に向けて情報発信をしています。「近所の友達のお兄ちゃんがちょっとおもろい作品を教えてくれる」みたいな存在になりたいし、そういう存在がいま世間で足りてないと思います。
─周りの目を気にしてしまい、感想を言いにくい空気がSNSになるのかも...というモヤモヤを感じることもあります。しんのすけさんはどう思われますか?
しんのすけ:本当に難しいですよね。例えば、去年公開された『ザ・メニュー』という映画はすごく考察のしがいがあって、いろんな部分が面白くて、怖い映画なんですよ。
でも、この映画を見て僕が一番伝えたいのは「めちゃくちゃ映画面白かったよね」に尽きる。
映画を観た時、「面白かったよね」だけでいいのに、Twitterでは映画をこねくり回して「大喜利状態」になってしまったりする。何を言ってもいいのに、うまい大喜利をしてリツイートといいねを稼がなきゃいけないバイアスがかかって、何かつまんないこと言ったらあんまり賢くないと思われるみたいなこともあったり……。
─SNSで「面白かった!」とアップしようとして恥ずかしい気持ちになってしまうことは実際にありました。
しんのすけ:なんで賢さと映画の感想をイコールで結ぶのだろうと。これはTwitterが醸成したひとつの悪だと思っていて、もっとカジュアルにインスタのストーリーズで「よかった!」みたいな自撮りを上げる方が僕は健全だと思うし、本来の楽しみ方だと思うんです。
SNSに初めて触れた時すでに考察文化が定着していた世代は「下手なこと言ったらダサい」と思われないように考察系のYouTuberや発信者をフォローして、情報を摂取してなるべく理論武装しようみたいな変なサイクルに陥ってるんだろうと思います。僕はそれをどうやったら崩せるかも考えていて、本来のエンタメやカルチャーの楽しみ方みたいな動画も定期的に出していますね。
─正直な感想を言えないのはもったいないですよね。
しんのすけ:もったいないです。正直な感想を垂れ流すのか、理解を深められることを発信するのかで、ターゲットが全然違うわけですよね。だけど同じプラットフォームで、同じ140文字だけで、どうしても同じように見えてしまう点はTwitterの良くない部分だと思います。
大反響だった『ONE PIECE STAMPEDE』感想動画で見つけた「感想を発信する意味」
─しんのすけさんが初めて投稿した『ONE PIECE STAMPEDE』の感想動画では「熱さ5億点、面白さ3点」という言葉が大反響でした。投稿のきっかけは何だったのですか?
しんのすけ:当時はSNSでの発信を試行錯誤している時期だったんですが、あまり上手くいっていなくて。
同じ時期に『ONE PIECE STAMPEDE』が公開されていたのですが、Twitterや僕の周りではかなり絶賛だったんですよね。最高の映画だと。でも僕はむちゃくちゃ面白くなかった。「めちゃめちゃおもんない」ってTwitterに書こうと思った時にあれ?ってなって。
映画ツイッタラーはいる。映画ユーチューバーもいる、ブロガーもいる。それなら映画TikTokerも存在できるかも?と思い立ってやってみるかっていう発想で。ただ「面白くない」ではなく、僕が普段見ている映画、そして今までの『ONE PIECE』の映画から見て、ここが良くなかったから僕は面白くないと判断しましたっていう動画を出したんですね。
─最初の反響はいかがでしたか?
しんのすけ:コメント欄で「お前は誰だ」と。意見とかじゃなくて、お前は誰だから始まるんですよね。そりゃそうですよ。2019年のTikTokって、かわいい子とかイケメンが踊ってるアプリですから。急によくわかんないやつが、大ヒット中の映画を面白くないっていうのが回ってくるわけですよ(笑)。
「お前は誰だ」以外に「お前に何がわかるんだ」「製作者の気持ちを考えたことあるのか」みたいなことがたくさん書かれてたんです。でも、半分ぐらいは「さすが、言ってくれましたね」「モヤモヤしてたけど、やっとその気持ちがわかった気がします」「友達には言えなかったけどやっと消化できました」みたいな肯定的なコメントが書いてあったんですね。
僕はこの反応を見てなんでだろう? と思ったんですよ。僕ら映画好きは『Filmarks』のような、いわゆる映画レビューサイトで良いレビューや悪いレビューを見慣れているので。
だけど普通に生きていると、誰もレビューサイトは見ない。感想の書き方とか、「特に面白くなかった」以上のものをどう表現したらいいかわからないのかもしれない、と初めて気づいたんですよね。
─その気づきが映画の「感想」を紹介するという、しんのすけさんの現在の活動までつながっているのですね。
TikTokを蝕む「この人が面白いって言うなら面白い」という空気感。
─しんのすけさんは以前TikTokの動画で、「この人が面白いって言うなら面白い、みたいな空気感が生まれている」という問題提起をされていました。どのようなことを考えての発信だったのでしょうか?
しんのすけ:定期的に「これはいち意見であって、俺は面白いと思ってるけど、面白くないっていう人に対して、『しんのすけさんが面白いって言ってんだから…』みたいなコメントを書くのは非常によくないことだよ」って言わないと、「あの人が面白いって言っているから、この作品、コンテンツはいいものなんだ」みたいなことが起きてしまうと思っています。
僕はフォロワーに向けて「僕以外にあと5人ぐらいは判断基準を持とう」と伝えています。この人は「面白い」と言ってるけど、この人は「あんまり」と言ってる。じゃあ自分は?ってなれるから。バイアスがかかるのは仕方ないけど、なるべくたくさんの判断基準を持とうね、みたいな。
─しんのすけさんは映画系TikTokerになりたい人をプロデュースする活動もされていますよね。
しんのすけ:先ほどの話と重なるんですが、映画を紹介する人は絶対に増えた方がいい。いまはプレイヤーが少なすぎるんです。1人でも発信者が多くいれば映画と出会うきっかけもたくさん増えるし、映画だけじゃなくて漫画だったり、小説だったり、いろんなカルチャーを紹介する人が増えればいいな、という思いからやり始めました。
─映画系TikTokerの上位4人が男性に偏っていることについても懸念を示されていました。
しんのすけ:最悪ですよね。ほかの紹介系のYouTuberでもそうなんですけど、男性がめちゃくちゃ多いんですよね。何でなんだろうって数年前に思って、それでも増えていくと思ってたんですけど、増えなかったんですよね。これは僕の責任だなと思って。
僕が謎の変な期待をしたから悪いんであって、僕は意識的に女性の映画紹介TikTokerをつくらないといけないポジションなんだと思ったのも活動を始めたきっかけです。
─映画紹介をやりたいと言っている女性は実際にいらっしゃいますか?
しんのすけ:もちろん、僕が今回選ばせていただいたメンバーは半分以上女性なのでめちゃくちゃ楽しみです。発信者は本当に男ばっかりなので、意図的に母数として女性を選んでいます。
男が多いことが良い悪いとかじゃなく、自分と年齢や性別など属性の近い人の感想や意見をまず聞きたいと思うはずですし、自分の属性に近い人の発信者が増えれば増えるほど、映画や感想の多様性も広がるのは明確で、女性を増やすことは絶対に必要だと感じています。
─最後に、しんのすけさん自身の今後の活動について教えてください。映画を撮影する予定はあるのでしょうか?
しんのすけ:TikTokのドラマや広告の監督は今もやってるんですが、監督って本当に時間を取られるんですよね。なので、いま僕がやらなきゃいけないこととは若干違うかもって思っています。
いまのTikTokの一端を僕が担っているフィーバーみたいなタイミングで監督をするメリットはもちろんあるんですけど、2年後に作品を撮っても変わんないだろうなとも思うんですね。
いまはそれよりも自分のメディアをつくったり、自分がメディアだったり、登壇したり出演したり…という方に時間を使う方が、価値としては高いと考えてます。もちろん、いまの活動が今後の監督をするときには大事になってくると思いますけどね。
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