デンマークの鬼才、ラース・フォン・トリアー
『第53回カンヌ国際映画祭』にて最高賞パルム・ドールを受賞した『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)などで知られるデンマークの鬼才、ラース・フォン・トリアー。過激な作風や言動を理由に多くの非難を浴びながらも、一方で国際的に熱狂的な支持を得る稀有な存在である。『カンヌ』から7年間の追放処分を受けた親ナチ発言や俳優へのハラスメント、撮影中の動物虐待など、インモラルな姿勢から筆者自身どうしても手放しで好きにはなれない監督だが、こと映像作品に関して言えばその特異な才能は疑いようがないのが事実だ。
そんなトリアー作品の中でも特にカルト的人気を誇り、2022年に念願の完結を迎えたシリーズ『キングダム』が、WOWOWにて一挙放映される。それを記念し『エレメント・オブ・クライム』(1984年)から『ニンフォマニアック Vol.2』(2013年)まで、全12作品にわたるラース・フォン・トリアー特集が開催中(配信作品一覧はこちら)。
制作の裏側を記録した日本初公開となるドキュメンタリー『キングダム エクソダス〈脱出〉の誕生』も配信されている。そこで本稿では『キングダム』を中心に、特集で放送される作品群から、トリアーの野心的な軌跡を辿っていこう。
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トリアーは2009年、自身について「継続的な神経症で、心気症で、自分でコントロールできないすべてのものに怯えている」と語った。不安に苛まれ、あらゆるものを恐れているというその悲観的な思想は作品にも色濃く表れている。
トリアーの辞書には綺麗事という単語は存在しない。トリアーの世界に生きる登場人物たちは善も悪もみな愚かなうえに不運で、最悪の形で階段を踏み外し転げ落ちていく。トリアーはそれを露悪的に、執拗なほど不快感を煽る表現で突きつけてくる。時に慈悲とユーモアを交えて、「これが世界の現実だ」と言わんばかりに。
物語面ではそんな厭世的な特性を持つトリアーだが、ビジュアル面に関しては驚くほどに挑戦的で貪欲な姿勢を見せる映像作家である。その野心を象徴するのが、1995年にトリアーがトマス・ヴィンターベア監督と共に提唱した急進的な映画ムーブメント「ドグマ95」。それは映像製作に「撮影は必ずロケ地、カメラは手持ち、照明効果は禁止、ジャンル映画禁止、作中に監督名は載せない……」といった10つの縛り「純潔の誓い」を課す試みで、特殊効果や過剰なドラマに頼らない製作活動に立ち返ることを目的としていた。
世界中の映像作家にインスピレーションを与えた「ドグマ95」の根源的な映像製作スタイルは、トリアー自身の作品にも強く反映されている。ただしトリアーのフィルモグラフィで「純潔の誓い」をすべて満たし「ドグマ95」に認定されたものは『イディオッツ』(1998年)のみである。
ダウナー系だけじゃない。さまざまなアプローチから映画制作に挑んできたトリアー監督
トリアー監督作品の多くは包括的なテーマにより3部作で区切られる。長編デビュー作は、ヨーロッパを舞台に罪悪感やトラウマを題材とした「ヨーロッパ三部作」の初作、『エレメント・オブ・クライム』だ。
催眠術下にある刑事の追憶を描く多層的で難解なフィルムノワールであるが、その独創的な構図や照明で展開される数々の美しいショットを観ていると、たとえ物語が理解に及ばずとも否応なしに魅了される。その革新的な映像スタイルは高く評価され、長編デビュー作にしていきなり『カンヌ』の「フランス映画高等技術委員賞」を受賞する。
「ヨーロッパ三部作」でも評判を呼んだのは、そのラストを飾った『ヨーロッパ』(1991年)だった。戦後ドイツで戦争の余波に飲み込まれていく人々を冷徹な目線で捉えた『ヨーロッパ』は、実在的な物語と超現実的な映像のコントラストが際立つ作品だ。なかでもモノクロの画面にカラーを挿入する実験的な試みが注目を集めた。この演出はスピルバーグの傑作『シンドラーのリスト』(1993年)とも重なる(影響を与えたとされるが、真偽は定かではない)。
トリアーが国際的な名声を手にしたのが、悲劇に見舞われる純真な女性を映した「黄金の心三部作」。なかでも大切な人が傷病を患った女性の受難を描く『奇跡の海』(1996年)と『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、トリアーのフィルモグラフィのなかでも人気を博す作品だ。
トリアーが女性蔑視的と批判を受ける理由に、これらの作品のようにヒロインが悲惨なまでに犠牲を強いられることが多いという点が挙げられる。だがトリアーの世界で女性が苦痛を味わうときには、男性が卑劣で醜悪な生き物として描写されていることを忘れてはいけない。少なくとも作品においてトリアーは特定の属性にこだわらず、誰しものことを突き放している。
2003年、トリアーはフィルモグラフィで唯一のドキュメンタリー『ラース・フォン・トリアーの5つの挑戦』を発表する。内容はトリアーがデンマーク映画界の巨匠ヨルゲン・レスに、さまざまな無理難題を課しながら映画のセルフリメイクを依頼する、というもの。
「ドグマ95」同様に縛りを設けた映画製作の創造と製作の過程に踏み込んだ、これまた実験的な作品である。英題の『The Five Obstructions(5つの障害)』の方が的確と思うほどにトリアーの面倒臭さが全編にわたり溢れ出ているが、同時に彼の映画への偏愛ぶりを垣間見ることができるファン必見の作品である。
その後トリアーは「機会の土地-アメリカ 三部作」、「欝三部作」と区切られるセンセーショナルで物議を醸す作品を次々と発表するが、なかでも異色なのは『ドッグヴィル』(2003年)だ。
自然主義に拘った「ドグマ95」と相反して、『ドッグヴィル』では徹底的に演劇的、つまりは人工的なアプローチが取られている。僻村に迷い込んだ女性が搾取されていく様子が、ひとつの閑散としたスタジオで展開されていくのだ。
そこにあるのは最低限のセットで、地面に引かれた白線が家や犬といった舞台装置の役割を果たす。トリアーはこの抽象的なセットで、僻村のコミュニティの親密さと脆さを表現した。この独創的な表現は続く『マンダレイ』(2006年)にも引き継がれていく。
これらの作品のようにトリアーはさまざまなアプローチから映画制作に挑み、つねに新たな手法や視点を見出すことに注力してきた。ダウナー系映画の旗手という文脈で語られがちな監督ではあるが、映画ごとに異なる独創的な視点や製作手法に着目してみると、また新たな一面を発見することができるのではないだろうか。
25年の時を経て、続編にして終章『キングダム エクソダス<脱出>』が公開
さて、少し話を戻そう。トリアーは1992年に映画製作会社ツェントローパを立ち上げ、資金集めのためにテレビドラマの製作を開始する。それが後に金字塔となる『キングダム』である。
巨大病院を舞台とした不協和音のような群像劇であるが、デンマーク国内では視聴率50%超えを叩き出す大ヒット。1994年と1997年に放映されたドラマは続編の製作も予定されていたが、主要キャストの度重なる死を理由として企画は頓挫。
このまま立ち消えになるかと思われたが25年後、世界中のファンが待ち望んだ続編にして終章『キングダム エクソダス<脱出>』が公開された。もちろん監督はトリアーだ。四半世紀にわたり『キングダム』シリーズがこれほど愛されてきたのは、やはり観るものを刺激するトリアーの野心的な作品づくりゆえだろう。
『キングダム』(1994年)の舞台は霧が立ち込める沼地の上に建てられた巨大病院、通称キングダム。コペンハーゲンにあるこの病院にはアクの強い医師やスタッフ、患者が集い、誰しもが日々さまざまな問題に追われている。仮病で入院する霊能者のドルッセ夫人は、エレベーターで少女の啜り泣く声を耳にする。その正体を探るなかで、少しずつ暴かれていく病院に秘められた秘密。やがて彼女や病院の人々は、不気味なオカルトの世界に足を踏み入れていく——。
『キングダム』には特定の主人公はおらず、医師やスタッフ、患者など多数の目線から同時進行的に物語が紡がれていく。そのため急な場面転換が頻繁になされるのだが、それが誰の目線かによってシーンごとのテイストが大きく異なるのが特徴的だ。
超自然的な現象に襲われるオカルトホラーの直後に滑稽なジョークが飛び出してきたと思いきや、また次の瞬間には本格的な医療シーンが始まったりする。場面が変わるごとにジャンルもトーンも変化していくカオスで不規則な作品なのだ。おまけに登場人物は皆どこか狂気を纏っていて、揃いも揃って予想だにしない行動をしでかす。
この荒唐無稽な物語に終始心をかき乱されるが、それが他の作品では味わえないケレン味として纏まっている。それが成り立つのはひとえにトリアーの作家としての技量によるものだろう。また各話のエンドロールにトリアーが登場して物語を総括していくのも特徴的だ。それらの特徴はそのまま終章『キングダム エクソダス<脱出>』に受け継がれていく。物語はこうだ。
『キングダム』の大ファンである夢遊病者のカレンが、ドラマの舞台となった巨大病院に入院する。そこにはドラマに登場したスタッフも働いていた。カレンはその病院で起こる『キングダム』の世界とも繋がる不可解な出来事を解決しようと奔走するが、邪悪な何かが彼女の邪魔をしようとしていた——。
驚くことに『キングダム エクソダス<脱出>』は、「『キングダム』のドラマが放送された世界線の病院」というメタ的な切り口で展開されていく。登場人物もはじめは「あのドラマは病院にとって迷惑だった」というような台詞を口にしてドラマは虚構であると明確に示されるのだが、物語が進展するにつれ現実と虚構との境界が曖昧になっていくのだ。
その多層的な構成に加え、これまで同様に狂気的な登場人物がジャンルの枠を破壊しながら暴れ回る。前作に輪をかけたカオスっぷりに驚かされるだろうが、これこそがトリアーの本領である。空白の25年間は助走期間だと言わんばかりの勢いで、物語の終焉に向かって走り出す。
このアクの強さは間違いなく人を選ぶが、はまれば最後。沼から抜け出すことは困難だ。劇中で語られるトリアーのこの台詞が『キングダム』という作品を象徴しているので、最後に紹介しておこう。
「この作品により気分を害する人がいるとすれば、私が私でいることを謝罪するほかない」
- 作品情報
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『キングダム エクソダス<脱出>』
キングダム (全8話)【WOWOWプライム】
2023年11月11日(土)11:00~一挙放送
キングダム エクソダス〈脱出〉 (全5話)【WOWOWプライム】
2023年11月12日(日)11:00~一挙放送
※放送終了後にWOWOWオンデマンドで順次配信
キングダム エクソダス〈脱出〉の誕生【WOWOWオンデマンド限定配信】
鬼才ラース・フォン・トリアーが手掛けた伝説のカルトドラマ「キングダム エクソダス〈脱出〉」の制作の裏側に迫るドキュメンタリー。
「キングダム」シリーズ完全放送記念!ラース・フォン・トリアー監督特集
鬼才ラース・フォン・トリアー監督が25年ぶりに最新シリーズを放ったドラマ「キングダム」シリーズを完全放送。記念して、映像の常識に挑み続ける同監督の足跡を展望。
<ラインナップ一覧>
『エレメント・オブ・クライム』
『エピデミック~伝染病』
『ヨーロッパ』
『奇跡の海(1996年)』
『イディオッツ』
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
『ドッグヴィル』
『マンダレイ』※R15+指定版
『アンチクライスト』※R15+指定版
『メランコリア』
『ニンフォマニアック Vol. 1』※R15+指定版
『ニンフォマニアック Vol. 2』※R15+指定版
すべてWOWOWオンデマンドにて配信
完走を目指せ!鬼才ラース・フォン・トリアー フルマラソン
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