自分の好きな世界に没入して、息抜きしたくなるのはどんなときだろう? 社会での立場や周囲からの視線、誰かが決めた「こうあるべき」……そういったものからいっとき離れ、好きな人や好きなものに触れて過ごす自由な時間は、自分を再確認させてくれる大切な時間だ。音楽に浸ったり、映画や本など物語の世界に入り込んだり、創作をしたり、自分が自分であるための時間を持つこと。人それぞれに「逃避」の仕方があるのではないだろうか。
そうした時間を大切にしてほしいという思いから、「PLAYFUL ESCAPISM(遊び心のある現実逃避)」というスローガンを掲げるのが、スコットランドで生まれたウイスキーブランド「モンキーショルダー」だ。今回ブランドでは、さまざまなカルチャーの境界を超え活躍するグラフィックデザイナーのMACCIUを迎え、オリジナル限定ボックスを制作した。
toeのCDジャケットやPOLAのシーズンキャンペーン、NIKEなどのスポーツブランドとのコラボなどで知られるMACCIUは、クラブカルチャーから本格的なキャリアをスタートさせた。音楽にあわせて自分を解放できるクラブもまた、日常から少し離れ、楽しい「逃避」の時間に浸れる空間といえるだろう。MACCIUにとっての「逃避」とはどんな時間なのか? そして、あらゆる境界が溶け合い混ざり合う独特なスタイルを持つMACCIUのデザインには、どんな思いが込められているのか。これまでの道のりを振り返りながら、限定ボックスのデザインに込めた「願い」について伺った。
My Spaceとクラブミュージックがキャリアをスタートさせるきっかけに
―MACCIUさんのキャリアのスタートは、ソーシャルメディア「My Space」がきっかけだったとお聞きしたのですが、どのような経緯でデザインのお仕事を始めたのでしょうか?
MACCIU:もともと学生のころから家にこもってPCをいじるのが好きだったので、インターネットで情報を得るなかでMy Spaceというソーシャルメディアを見つけました。My SpaceはHTMLのタグを書き換えれば、無限に自分のページを拡張できる仕様になっていたので、表現の自由度がとても高い場所だったんですよ。
MACCIU:当時はまだIllustratorなどのソフトがまったく使えず、MicrosoftのWordで無理やりデザインした画像を使って、自分のページの背景を装飾したりレイアウトしたりしていました。すると、もともとMy Spaceって海外の人たちがよく利用していたSNSなので、ページを見た海外のアーティストやDJたちから「ジャケットのデザインをしてほしい」と連絡がくるようになったんです。
私自身、美術大学には行かずにまったく違う勉強をしていたんですけど、もともと絵を描くのは好きだったので、やってみようかなと思って始めたのがきっかけです。
―最初から海外のアーティストやDJの依頼がきていたんですね!
MACCIU:当時、クラブシーンはフレンチエレクトロ全盛期だったんですが、そうした世界各地のレーベルに所属する若手のアーティストが声をかけてくれて。My Spaceでは世界中のパーティーの情報もタイムリーに得ることができたので、そこからクラブカルチャーに興味を持ち始めて、実際に自分でも足を運ぶようになりました。
―クラブは一つの空間にいろんなバックグラウンドや考えを持った人たちが集まる空間だと思いますが、当時クラブはMACCIUさんにとってどのような場所だったと感じますか?
MACCIU:それまでの自分とは全然違う分野の世界だったんですけど、デザインや写真をやり始めていたのもあって、ある意味学校みたいな場所でした。実践的で本当に刺激の多いフィールドで、現場で真似事を繰り返しながら、独学でデザインを学んでいきました。人の流れが絶えず、学校や職場とは違う、変わりゆく人間関係など、生き方を学んだ場所です。
「無限の可能性のための余白」に込めるMACCIUの思い
―いろんなものを吸収して、自分のスタイルを構築していったんですね。MACCIUさんの作品で描かれている人物を見ると、ジェンダーや年齢、その人が持つアイデンティティが曖昧になっていて、その人物がどんな人であるか、見る人たち次第で変わっていける余白があるように感じます。そのような作風にはどういった経緯で変化していきましたか?
MACCIU:「匿名性」の高い表現が好きで。つくり手の思惑やエゴをできる限り排除することは意識しています。どう捉えるかは受けての世界の話なので、デザインが世に出た時点で、その作品は見た人のものになる。そもそも「自分がつくっている」という意識もあまりないかもしれません。
ノンバイナリーなのもあってか、なんとなく性別だったり、作家の主張だったり、つくり手の顔が色濃く感じとれるような作品を見ると冷めてしまうことがあって。表現者の姿が見えてこない作品は長く快適に楽しめるなと思っています。
性別がわからない、人間かもわからないようなキャラクターを描き続けることで、「ジャッジしない」ことが広がっていったらいいなと思っています。「みんなができる限りジャッジをしない世の中をつくるデザイン」ができたらいいですね。
―以前公開されていたインタビュー記事でも「作家の顔が想像できると少し冷めてしまう感覚がある」というお話がありましたが、個人的にMACCIUさんの作品は、描き手の姿は見えないですが、描き手の意思は強く感じます。モチーフを抽象的にしていくことで、あらゆるカテゴライズされたものを解きほぐしていく、そんなMACCIUさんの意思を感じました。
MACCIU:「誰が見ても快適である」ことは目指している部分です。デザインのなかに余白を残すことで、可能性がつねにある状態をつくっています。ずっと可能性があることって無限の希望だと思うので。
スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』という小説がすごく好きなんですけど、そのなかに「断定的に割り切ってしまわぬということは、無限の希望を生むことになる(Reserving judgments is a matter of infinite hope.)」という一説があるんです。10代の頃に読んで、その一節がすごく響きました。
私の祖父は戦争時に太平洋のニューギニア島沖の船上で爆撃を受けて亡くなってしまったんですけど、祖母は「ずっと帰ってくる気がしていた」って言っていたんです。それって結局、見ていないからこそ永遠に希望を持てるし、その人のなかで可能性は生き続けているんだなって。
観測しなければ永遠に希望がある。多くの可能性を残しておくために、できる限り個を排除するというのはあるかもしれません。
―断定しないことで無限に広がっていくというのは、どの選択肢も否定しない考えでもありますね。「誰が見ても快適である」とナチュラルに出てくるのは、普段から意識することが多いのでしょうか?
MACCIU:結構そこは気をつけていて。広告って、暴力的に目に飛び込んでくるじゃないですか。不可避なものだからこそ、いますごく慎重にならないといけないと思っているので、つねに考えていますね。いろんな生活をしている人たちの顔を想像しながらデザインはしています。
「今日もしかしたら生き延びられないかも」って思ってる精神状態の人が、街のどこかで自分の携わったデザインと遭遇したときに、一瞬でもその苦しみが停止したとしたら、つくった甲斐があるなって思います。もしかするとその一瞬の停止で、その人の人生が変わるかもしれない。
―個人的にはそういう思いを持った人が、広告の仕事やブランドとのコラボレーションをしていることにすごく希望を感じます。
MACCIUが大切にする「逃避」の時間とは?
―MACCIUさんはそういった普段生きていくなかで感じるあらゆる閉塞感や、責任だったりから解放されるために、自分の好きな世界に入っていく(逃避)ことはありますか?
MACCIU:あります。むしろ、つねに逃避していることが大事じゃないかと思います。日常、そこから逃避する、そしてまた日常に戻る。その繰り返しのスパンが短ければ短いほど快適だと思うんです。
例えば、暇なときの仕事は救いになるし、仕事が忙しいときの暇は救いになるじゃないですか。ぜんぶ相対的なので、その切り替えのスパンが短ければ短いほど、どっちの次元でもずっと快適でいられるんじゃないかな。それが本当のEscapismなのかなって思います。
―では、逃避したいなと思ってから行動するのではなく、「逃避したい」と感じる時間をなるべくなくそうとしているということでしょうか?
MACCIU:そうですね。ストレスを溜めないのが一番なので、つねに心地のいい、快適な場所を探すようにしています。仕事におけるプレッシャーや不安も、これを超えたら新しい未知の景色が見られるっていうワクワクの感覚に変える。考え方一つで楽しめればいいかなと。それもある種の逃避だと思っています。
―そんな働き方や生き方が素敵だなと思うのと同時に、仕事などのストレスでいっぱいいっぱいになってしまって、息抜きができなかったり、そもそも力の抜き方がわからないっていう人も多いんじゃないかなって思います。どうしたらMACCIUさんのように心地の良い生き方ができると思いますか?
MACCIU:確かに、オフィスとかに毎日通っていたりしたら、なかなかつねに逃避したりするのは難しいかもしれないですよね。でも、そんな状態になるくらい息苦しかったら、上司が見ていないところでサボるのが一番だと思う。もちろんバレないようにだけど、隠れてサボるのは大事。
個人的には、もし労働しなくてもお金が入ってきたり、快適に生活ができる方法があるんだったらそれでいいと思っているんです。みんな労働しないと罪悪感を持ってしまうけど、「頑張ってもいいし、サボってもいい。どっちも可能性あるから、自分の楽な方を選ぼう」って感覚でみんなが生きられたらいいなって思います。身体も心も健康なのが一番大事なので。
「100%のパーティーの思い出」それはみんなで最高潮の一瞬をつくること
―今回、『モンキーショルダー』とのコラボレーションで限定ボックスをデザインされましたが、ブランドコンセプトでもある今回のテーマ「PLAYFUL ESCAPISM」をどのように解釈してデザインに落とし込んでいきましたか?
MACCIU:つねに逃避してる状態が続いたらいいよねっていうのは思っていたので、「100%のパーティーの思い出」をテーマにつくりました。
日曜日のデイパーティーで、いい音楽と、美味しいお酒、いろんなドラマが起こったりするなかで、みんながカクテルのように混ざり合って一体感をつくりだす。パーティーに参加している人たちの織りなすすべての要素が絡み合い、最高潮の一瞬が人々の脳裏に焼き付いて100%の思い出になる。そんな瞬間が、いっぱいあればあるほど、人生は豊かになると思い、その一瞬を切り取ってパッケージにしてみました。
―「100%のパーティーの思い出」というテーマを見つけてから、デザインに落とし込む過程でインスピレーションとなったものなどはありますか?
MACCIU:基本的にデザインを描くときは、それが生物だろうがモノだろうが、いつも一塊の存在として描いています。全体が一つのエネルギーで、パズルのようにお互いが補完し合い、バランスを保っているので、画面のどの要素が欠けてもコンポジションが崩れてしまう。
川端康成の小説『伊豆の踊り子』のラストに、「世界が一つに融け合って、〜(中略)〜その後には何も残らないような甘い快さだった」という一節があるんですが、世界ってつねにこういう状態なんじゃないかって思っていて。自然も、人間も、境界線がなくてすべて一つだなと思っていたタイミングで、今回の制作のオファーをいただいたので、モンキーショルダーの「Made For Mixing」のコンセプトがスッと身体に馴染んだんです。それで「Mixing」や「一体感」などをキーワードに、画面全体ですべてが溶け合うような「100%のパーティー」をデザインで具現化させていただきました。
―普段お仕事でも、1人でいることが多いと思うのですが、そのときに自然や他者と一つだと感じることって難しそうだと思ったのですが、具体的にどういう感覚なのでしょうか?
MACCIU:人間の細胞って60兆個くらいあると言われているらしくて、その細胞は全部隣の細胞のために生きているという話を聞いたときに、すべてが自分のなかにあるんだなって思ったんです。人間も助け合いながら、もたれかかったり、支えあったり、思いやったりできる。そう思うと、別に1人でいても、誰かの平和や幸せを願えるなって感じるんです。
「100パーセントのパーティー」には「Resonance」というテーマがあって。共振とか共鳴するという意味なんですけど、みんなが隣にいる人やモノのことを思いやれる、そんな瞬間が多ければ多いほど人生が豊かになっていくなと思っています。
―なるほど。それを聞いて今回のデザインを見ると納得します。そんな思いが込められた今回の限定ボックスをどんな人に楽しんでほしいですか?
MACCIU:ほんの少しでも自発的に変わろう、変わりたいと思っている人たちに届けたいです。なんとなく、何か変化を目指しているときって、その方向に向かうためのいろんなものと出会ったりするんですよね。同じバイブスの人たちや心地よいモノや出来事と出会えたら、思いや反応も一気に膨らんでいく。そんなムードの人たちと自然に出会うんじゃないかなって思います。
ジャズ喫茶で音楽とともにウイスキーを楽しむ
―『モンキーショルダー』は、ハイボールだけでなくカクテルで楽しんだり、自由な飲み方ができるウイスキーとして人気を得ていますが、MACCIUさんはどんなときにウイスキーを飲みたいと思いますか?
MACCIU:一時期、ジャズバーやジャズ喫茶へよく行っていたんですが、そのときによくウイスキーをロックで飲んでいました。すごくいい音の出るスピーカーで大音量のジャズを聴きながら、香り高いウイスキーを飲む。
お店の両サイドにある大きなスピーカーに挟まれたど真ん前の席に座って、ウイスキーとともに音を浴びる贅沢な時間でした。
―音楽を楽しむお供としてウイスキーを飲むのはかっこいいですね。今回は、デザインと一緒に「PLAYFUL ESCAPISM」というスローガンをイメージしてオリジナルのプレイリストもつくっていただきました。テーマなどはありますか?
MACCIU:ボックスのデザインテーマと同じものですけど、日曜日に友達の家に集まって、自分たちの好きな音楽をかけつつ、チルな感じで楽しんでいるイメージです。ざわざわ喋っていても邪魔にならない曲を意識しました。
「日曜日の晴れてる日のパーティー」というイメージだったので、歌詞もわりとポジティブなものを選んでいます。
―選曲してくれたなかで、特に好きな曲はありますか?
MACCIU:最後に入れているTroye Sivanの“Got Me Started”は最高ですね。YouTubeにこの曲のロングバージョンが公開されているんですけど、MVの冒頭で、Troyeが彼自身のここ数年の心境や、その変化について語る声が入るんですが、それを聞いて、Troyeは何か抜けたんじゃないかと思ったんです。最近のパワフルなMVを観ててもそれがすごく伝わってくるし、いつも以上に元気をもらった曲なので、たくさんの人にそれが広がっていったらいいなと思いこの曲を最後に置きました。
CINRAとのコラボでつくったプレイリストですが、自分がセレクトした曲は、毎日のように聞いています。
Troye Sivan “Got Me Started”のロングバージョン
『100%のパーティーの思い出』に込められた「共振・共鳴」のテーマには、人生を、そして私たちに多くの「責任」や「固定観念」を押し付ける社会を、より豊かにするヒントが詰まっている。
MACCIUが話してくれた、「1人でいても、誰かの平和や幸せを願える」状態が長く続いていくことが、私たちのウェルビーイングにつながっていくのだろう。
- 商品情報
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「 MONKEY SHOULDER (モンキーショルダー)」
カクテルやミックスドリンクに最適な新時代のウイスキーとして誕生した「モンキーショルダー」。フルーティーなアロマと芳醇なバニラの香りが合わさる特別な味わいで、カクテルでも楽しめる。
MACCIUさんデザインの限定ボックスは12月22日(金)から数量限定で販売。
- プロフィール
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- MACCIU (マチュー)
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京都を拠点に活動するグラフィックデザイナー。京都府宇治市出身。世界を変えるキッカケ・可能性の提供と再発見のために、日常生活やコミュニケーションを通して得た生き方や思想、手段などを記号や文字にしてデザインする。作品自体は、大胆な色面、削ぎ落とされたシンボリックなフォルムの描写を特徴とし、情報の設計と編集の試行なかで、思考を停止させる潔さと気持ちよさを追究しつづけている。作品提供は国内外を問わず、メーカー、公共施設、書籍、放送・音楽業界など多岐に渡り、CEKAIでのチーム制作では、主にモーショングラフィックデザイナーとの共同による広告制作を手がけている。
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