「発注」から日本社会を考える──若林恵×tofubeats対談。渋谷キャスト7周年祭をレポート

「SHIBUYA CAST.(渋谷キャスト)」の設立7周年祭が4月28日、29日に開かれた。渋谷キャストは「不揃いの調和」を建築コンセプトに店舗やシェアオフィス、賃貸住宅などが集う複合施設。

7周年祭は「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」をテーマに掲げ、働くことと生きることについて、そしてこれからの都市の姿をあらためて考えようと、さまざまな企画が用意された。元『WIRED』日本版編集長、若林恵らの対話を綴った特別編集誌の刊行をはじめ、関連して周年祭前夜には若林とtofubeatsのトークイベントも行なわれた。

今回の記事では、そのトークイベントにフォーカスしながら、周年祭を振り返る。

7周年の記念に、特別編集誌を創刊

渋谷キャストの7周年を記念して創刊された年刊特別編集誌「SHIBUYA CAST. memorial booklet」7th Anniversary号。若林をはじめ、株式会社グランドレベル代表取締役・田中元子と文化人類学者・猪瀬浩平のもとへ、7周年祭のディレクションを務めた熊井晃史が「頼まれなくたってやっちゃうことを祝う」という命題を携えて話を聞きにいく──冊子にはその様子がそのまま記録されており、それぞれの価値観が語られている。28、29日、各日200部を無料配布した。

若林の章の見出しは「発注を考える──未来の奴隷にならないために」。そのテーマを起点とした周年祭前夜のトークイベントでは、熊井をMCとして、若林と「発注」に強い関心があるというtofubeatsが約1時間半に渡って語り合った。

幻に終わった企画、WIRED発注特集とは?

熊井:今回のトークの成り立ちから説明しますと、今回渋谷キャストの7周年を記念して、ブックレットをつくったんですよ。そのなかで若林さんに取材をして、『WIRED』編集長時代に「発注」特集を構想していたという話をうかがったんですね。それで、ブックレットだけじゃ物足りなくなっちゃって、トークイベントについてもその場でご相談するという流れでした。

若林:音楽編集者の小熊俊哉さんと一緒にやっている「blkswn jukebox」という配信番組がありまして、そのオフ会の席に酔っ払った熊井さんがやって来て、いきなり「発注特集やってくださいよ」って言われまして。めんどくせえやつが来ちゃったな、と。

熊井:すみません、その節は。でも、その場でもみんな「発注特集いいね!」って盛り上がったんですよ。

若林:熊井さんのように、そうやって「発注の特集やってくださいよ!」って言う人が時々いたりするんですが、会うたびにそれを言う人がいまして、それがtofubeatsなんです。

トーフ:どうも、こんにちは(笑)。もうかれこれ3年ぐらい催促し続けていたら、なぜか今回登壇する側に回ってしまったという(笑)。

熊井:いや、ありがたいです。ちなみにトーフさんは、なぜ「発注」というキーワードに引っかかったんでしょう。

トーフ:そこはさらに前段がありまして……『WIRED』が以前「いい会社」特集というのをやったんです。そのなかで、DJ機器などを作っているVestax(ベスタクス)の創業者、椎野秀聰(しいの ひでさと)さんが取り上げられているんですけど、この人が本当にすごい方で。

熊井:トーフさんの本でも取り上げられていましたよね。

トーフ:はい、椎野さんはエレキギターからターンテーブルまで、あらゆる楽器や機材をつくり続けてきた楽器業界の第一人者なんですけど、楽器の修理などはご自分でできるとは思いますが、工学のバックグラウンドがあるわけでもないので、電子機器を実際に製作する人ではないんです。つまりグランドデザインを描いて、作り手に指示を出す人、つまり発注者なわけです。直接つくっているわけではないけど、でも彼がいなかったら素晴らしい機材の数々は生まれていない。それってどういうことなんだろうと思ったのが、「発注」というものを気にし始めた発端ですね。

熊井:その秘密を解き明かしてもらいたいと。

トーフ:いまはなぜか、解き明かす側に立たされているんですけどね(笑)。

若林:熊井さん、トーフさんの他にも、ここに来て「発注」特集をやってくださいよ、って言う人に何人か会いまして、それで何かやらないとな、という気分にようやくなったんですが、一人ではやりたくないので、誰か道連れにしようと思ってトーフくんと一緒に何かやろうと思い立ったわけです。

なぜ「発注」が重要なのか?

熊井:そもそも「発注」ってなんなんでしょう?

若林:そこが誰もよくわからないんですよね。みんなが当たり前のように日々行なっていることなのに、学問的にいうとどの分野に収まる話なのかよくわからないんです。

トーフ:個人的に知りたいのは、今回のブックレットのなかでも若林さんが話していた「発注の非対称性」ですね。椎野さんの例でいえば、「自分はギターのことはわからないけど、お前はわかってると思うからつくってくれ」って感じでESP(※)のギターをつくるわけですよね。詳しい人が詳しくない人に指示するんじゃなくて、詳しくないはずの人が詳しい人に指示を出している。なのにできあがるものは素晴らしいという。

若林:椎野さんのすごいエピソードは山ほどありまして、『WIRED』にも記事があるから読んでみていただけたらと思うんですが(「ベスタクスの夢──椎野秀聰と世界を変えるものづくり」)、本当にとんでもない人なんです。世界初のデジタルハードディスクレコーダーを開発したときも、世界中のメーカーが億単位の予算を使っているところを、数百万円で試作品をつくっちゃうんですが、それもイベントに来たよくわからないヤツに「発注」して出来上がったと言われてます。

トーフ:全部、冗談みたいなんですよね。

熊井:普通そういうのって「つくり手側がどうつくったか」にフォーカスが当たると思うんですけど、じつは発注する側もクリエイティブに相当影響を与えているぞと。

若林:椎野さんが仰っていたことで印象に残っているのは、生産工場の持つ技術の範囲で発注していると現状維持になって、工場が成長しない。だから工場のキャパシティを少しだけ超えるようなものを発注していかなきゃダメなんだ、という話です。発注ってのは、そこまで考えてやるもんなのか、と感動しちゃったんですね。

トーフ:言うのは簡単ですけど、生産の専門家でもない椎野さんが、工場の難易度のラインを、なぜ、どうやって見極めることができるのかって話ですよね。しかも、そのストレッチした目標に対して人をコミットメントさせる力も持っている。ただ無茶な指示を出すだけじゃダメで、ちゃんと食らいついてもらわないといけないわけじゃないですか。そこにはどういう秘密があるんだろうなと。

熊井:そこが明らかになれば、発注もひとつの技術だということになると。ちなみに、ブックレットのなかに「ブルシット発注」や「感動発注」という言葉が出てきましたが、トーフさんは実際、そういった発注に心当たりはありますか。

トーフ:そもそも自分って、ミュージシャンとしてデビューできるかどうかわからない時期が長かったんです。というより最初はむしろデビューする気もなかったんですが、そんななか、「お前はこういうことをやった方が良い」ってよくわからない仕事を発注してくれる方々がいました。よくわからずにそうした仕事を受けていたんですが、わからないなりにそれをこなしてきたからこそ今があるという感覚はありますね。

※ギターメーカー。ギターを中心に、製造をはじめ音楽関連事業、教育事業を展開している。

「仕事とは何なのか」を、みんな忘れている

若林:というわけで「発注」ってことを考えることで、そもそも仕事って何をやる行為なんだっけ、ということを根本から見つめ直すことができるんじゃないかと思って『WIRED』時代に「発注」特集というものを企画したのですが、その意味では「発注」の解像度をあげていくことは、一種の世直しになるんじゃないかと思ってます。というのもいまの世の中において、仕事っていうものがなんなのか、社会的なコンセンサスも崩壊して、みんながわかんなくなっちゃってると思うからです。

熊井:なるほど……?

若林:以前仕事で手伝った大手企業で、若手からベテランまで社員を20人ほど集めて、「1か月後に会社がなくなるとしたらどうしますか?」って質問したことがありまして。たいした答えは返ってこないかなと思ったら、意外とみんなスルスルと話してくれたんですね。「農家の出身だからこういうことをやりたい」とか。ところが、この人たちが会社の中で「何かやりたいことあったらアイデアを出せ」と言われても、何も出さないし、アイデアも出てもこない。つまり会社にいる時間は、自分の人生とは関係ない時間になっちゃっているわけです。来るかどうかもわからない未来に備えてアイデアを貯めて、現在の時間をひたすら空疎化していってるように自分には思えたわけです。

トーフ:そこは僕も興味があるところです。僕とか若林さんは、自分の人生の時間と仕事とがかなり近いところにあるタイプの仕事じゃないですか。だから発注も自分事として考えやすい。けれども、たとえば会社員の場合はそこをどう考えるんでしょうね。その辺は自分にとっては謎なんですよね。

若林:面白いところですよね。「発注」という行為は、多くの場合、会社対会社の関係性だったりしますが、じゃあ「発注」が、抽象化された「法人」の合理的な意志に基づくものなのかというと、そこには個々の現場担当者だったり、担当の部長だったり、社長の欲望みたいなものが紛れ込んでいたりもするわけですよね。にもかかわらず、表向きは発注は合理的な意志であるようにみんなが振る舞おうとするわけです。

トーフ:揉める発注っていうのは、大体その辺が混線したりすることで起きますよね。

若林:たとえば仕事の依頼をもらったときに、その担当者がぶっちゃけ会社を辞めたいと思っているのかどうかって、実際はすごく大事なわけです。

熊井:会社としての思惑以外のものが入り込んでいるってことか。確かに、上司との関係性とかも、意外と仕事に関わってきますからね。

若林:「独立するうえでの実績として今回の仕事を頑張りたい」みたいな思惑があるんだったら、共有してくれればこちらもその前提でやるのにって思うわけですが、でも、だいたいそれは終わった後に言われるんですよね。

トーフ:なるほど。個々人の欲求といったことも含めて、情報の非対称性があるということですよね。

若林:なんにせよ、そういった観点からも、「人間同士が仕事をする」という前提から、仕事上の「取引」において一体何がやり取りされているのかを考えてみようというのが、「発注」というキーワードを通して考えたいことになろうかと思います。

トーフ:「働いてお金をもらうのが仕事」と思われがちですが、本来は「頼んだり頼まれたりする」ことが仕事なはずなんですよね。最近貨幣の成り立ちを扱った本を読んでいるんですが、最近では、負債とか貸し借りがお金の始まりだと言われていますよね。つまり「取引」がお金に先立つということだと思うのですが、いまはお金が取引そのものだということになってしまっていますよね。

若林:お金は、さまざまな「やり取り」を抽象的に把握することを可能にしたのだと思いますが、そこでは、それに先立つはずの「やり取り」の複雑さが、つねに捨象されてしまっているということなんでしょうね。もちろん、であればこそ、お金というのは、極めて便利なものなわけですが。

社会は意外と「等価交換」じゃない

若林:いまの貸し借りの話で言うと、たしかデヴィッド・グレーバー(※1)だと思いますが、こういうことを語っていました。2人の大工がいて、1人が「ちょっとトンカチを取ってくれ」とお願いした時に、それに対して「30円かかるけど?」なんてことにはならないと。つまり、トンカチを取って渡してあげるという行為は、無償の行為なんですね。そう言われてみると、実際の仕事というのは、こうした無数の小さな「行為」によって支えられているわけですが、それを全部項目立てして請求を立てたりはしませんよね。

トーフ:つねに等価交換の原則が働き続けているわけではないと。

若林:『資本主義と奴隷制』という本は、その話題を敷衍して、資本主義の基底には常に一種のコミュニズム(※2)が存在していると書いていたりしますが、そこまでデカい話にせずとも、こうしたことは、実際仕事上でも問題として生じてきます。「どこからどこまでが仕事なのか」の線引きは、この話で言えば、本質的にずっと曖昧で感覚的なものなわけですが、それが取引相手の感覚とズレると揉め事になりますよね。「お茶淹れてもらっていい?」という発注は、かつての社会であれば、それも仕事であるというコンセンサスがあったわけですが、今では普通に「それ私の仕事じゃないんで」となります。これはいい悪いの話ではなくて、「取引」におけるコンセンサスが成立していないということなわけです。とはいえ、トーフさんがある企業に打ち合わせに出向いて、お茶が出てきたとしても、そのお茶代をトーフさんが請求される、ということはおそらくないはずで、その辺りにも暗黙の了解といったものが作動しているわけですよね。

トーフ:でもたしかにそう言われてみると、「このお茶はなんでタダなんだっけ」って考えてみたくなりますよね。しがないDJに無料でお茶を飲ませることは、何によって企業の中で正当化されているのか。そう考えると、ある発注において、その打ち合わせの過程で無料でお茶が出てくるという行為は、かなり複雑な「やり取り」ですよね。

若林:そうなんですよ。そうした領域には、かなり文化的な規範が作用しているはずですが、それはそうだとしても、その一方で、それが財務や会計の言語においてどう整理されているのかということと照らしわせながら考えないといけないように思います。その意味でも、発注は、単純に「経済の話」だとも「文化の話」だとも割り切れないところがあるんですね。

※1 アメリカの文化人類学者。

※2 共産主義。

「発注向上委員会」発足!?

熊井:では、このあたりで例のやつを……。

トーフ:お、ついに本題に。

熊井:いまみたいな話を以前、黒鳥社(※)でうかがったことがあるんです。そしたら、その夜に突然トーフさんと僕にこんなスライドが送られてきまして……爆笑してしまったんですけど。

トーフ:ド深夜でしたからね、確か。

若林:そのときちょうど校了目前で作業しなきゃいけないものがあったんですが、やる気がしなくて(笑)、それで逃避のために作ったものです。

熊井:では投影しますね。

若林 :はい、「発注向上委員会」。これは何かというと、まあ、こういうプロジェクトの名前なのですが、そのプロジェクトの中心は何かと言いますとメディアです。年3~4回、紙の雑誌を出そうかなというアイデアで、その雑誌の名前が「発注向上委員会」です。これは、どういう経緯でそうなったかと言いますと、そもそも一回の雑誌や本で語り切るのはむずいなと思い、あれやこれや思いつくアイデアをゆるゆると展開できる、継続的なメディアにした方が良さそうだ、という判断です。

熊井:「テクノロジー」や「スポーツ」「ファッション」といったものと同じで、その枠のなかに入れ込むことのできるものがなくなることがない、ということですね。

若林:そうなんです。発注って一見狭そうに見えるお題ですが、あれこれ考えていくと延々とできる気がしたんです。実際にいろんな人に話を振ってみても、なんか意外とみんな嬉しそうに自論を語ってくれるんです。加えて、一口に「発注」と言っても業界によってまったく勘所も違うし、それこそ規範も違うでしょうから、いくらでも特集のアイデアが出せそうだな、と。

熊井:では、スライドの読み上げをお願いします。

若林:はいはい。

発注は仕事の基本。
なのに誰もわかってない。
それで仕事がよくなるわけない。
社会も経済もよくなるわけない。
そもそも仕事が楽しくない。
発注を問うこと。
それは会社を問うこと。
仕事を問うこと。
人間を問うこと。
平等を問うこと。
自由を問うこと。
日本のワーカーよ。
発注を考える。
そこから始めよう。

トーフ:これがね、夜中に送られてきたんですよ。さすがに笑いました。でもさっきまで話してたようなことを簡潔にまとめているスライドなのかなとは思います。

若林:これは言ってみれば「マニフェスト」にあたる部分ですね。煽っただけで大したことは何も言ってないんすが(笑)。で、ほんとはこの後にいくつか特集タイトルを記載していまして、例えば以下のようなものです。「恨み骨髄!クソ発注」「発注の交換様式」「はじめての発注」「予算と自由」「ここが変だよ日本の発注」「ケアと発注」「要件と見積もり」「発注はエンパワーする」。こんな調子でいくと、まあ、いくらでも考えることはありそうだと。

※若林がコンテンツディレクター、自由研究員を務めるコンテンツレーベル。

発注とは、世直しである

トーフ:どれも面白そうですが、「予算と自由」とか気になりますね。

若林:ここはとても大事なところですよね。予算の多い少ないと、自由の多い少ないは基本トレードオフになっているという話ですね。「金がないなら自由をよこせ」「自由がないなら金をよこせ」という。このトレードオフは取り立てて難しい話ではないと思いますが、この観点を敷衍すると、「金を払う/受け取る」というやり取りのなかには「言うことに従わせる/従う」と言うことが暗黙に含まれていることが浮き彫りになりますよね。支配と従属ということですが、そう考えると、例えば「トーフさん、自由にやっちゃってください」みたいな「発注」はやはり額面通りに受け取ることはできない。むしろそういう発注の方が怖いですよね。

トーフ:リファレンスのない仕事って一番危ないですからね。本来、何か求めてるものがない限り発注しないはずなので、リファレンスがないなんてことはあり得ないはずですし。

若林:であればこそ、こちらが先回りして「こういう感じかな」って忖度してしまうようなことが起きるわけですね。

トーフ:そうやって、この「発注向上委員会」の特集を読んでくだされば、取引の内容や意味についての解像度も上がっていって、受注する側の悲しみも減っていくかもしれない。

若林:まさにそうですね。「発注向上委員会」のひとつの中心的な問題意識に「発注責任」というものがあるわけです。発注する側の責任を、みんなちゃんと果たしているか? という問いです。渋谷キャスト7周年記念ブックレットのなかでも書かれていますが、ある外資系の自動車メーカーのマーケティングの責任者に「日本の会社はなぜ広告代理店に仕事を任せるのか」と言われたことがあります。本国ではCMをつくりたいとなったら制作会社や監督を、メーカーの担当者が自分でネットで探してきて発注してるというんですね。ところが、そこを他人様に「おまかせ」しているのが日本の多くの企業だとすると、そこに「発注責任」の感覚は生まれにくいですよね。

トーフ:代理店からあがってきたものにイエス・ノーを返すだけでは、結局ブラックボックスのままってことですね。

若林:自分で判断しているようで、実際はそうではない。誰が判断しているのかがわからない。そういうことが日本の仕事において蔓延しているのだとする、発注側がもう少し自分たちの発注に責任を持つようになれば、社会も変わっていくように思うんですよね。

熊井:まさに発注は世直しであると……最後にちょっとうかがいたいのが、先ほどもおっしゃっていた「発注は人間と人間同士の関係」みたいな部分なんですが。

若林:以前、『WORKSIGHT』(※1)で「新入社員、『奴隷会計』を読む」という記事をつくったんですよ。ケイトリン・ローゼンタールという元コンサル/現・歴史学者が書いた『奴隷会計──支配とマネジメント』という本をメガバンクの新入社員に読んでもらって感想を聞いた記事なのですが、その新入社員に言わせるとカリブ海のプランテーションにおける奴隷制と、メガバンクにおける社員管理は、その理念もやり方も「ほとんど同じ」だというんですね。近代マネジメントの淵源にカリブ海のプランテーション(※2)があることを明かすのが本書の趣旨なので、それもそのはずなのですが、確かにこの本を読んでいくと、モチベーションのマネジメントなんていうことも、奴隷農場ですでに検討・実施されているんですね。

トーフ:この本は僕も読みましたけど、あの本は痺れますよね。帳簿っていうもの自体が、そもそも奴隷を管理するために生まれたものだったといったことも明かされていまして、実際当時、奴隷用の帳簿みたいなものが売られていたんですよね。僕はこの本をロボットが焼いたバームクーヘン食べながら読んでたんですけど、「ロボットの方がましかも」って涙出ましたもん。

若林:とはいえ数百年の実践の蓄積から生まれた労働力の管理をめぐる理念や手法が、突然ある日改善されるといったことも起きないような気もしますし、その強固な体制にただプロテストしたとしても堂々巡りになるような気もするんですね。といって、その体制に希望があるわけでもないような気もしますので、「発注向上委員会」では、日々の仕事のやり取りの解像度を上げていくなかで、新しい習慣のようなものをつくっていけたらと思うんです。

熊井:革命よりも、新しい習慣。

若林:最近マルコス副司令官(※3)の本を読んでるんです。

熊井:え、俺も好きですよ。メキシコまで行きました。

若林:そうなの? さすがです。メキシコのチアパスでの起きた先住民の武装蜂起を主導した「サパティスタ民族解放軍」のトップがマルコス副司令官という人なのですが、組織のリーダーなのになぜ「副司令官」なのかというと、司令官は大衆だからだというんですね。

トーフ:おー、なるほど。

若林:なぜ今さらそんな人の文章を読んでいるかというと、サパティスタの考え方ってそれこそ先に挙げたデイヴィッド・グレーバーから、レベッカ・ソルニット(※4)のような作家/アクティビストにも大きな影響を与えているからです。そこで重要なのは、権力を現体制から奪取して自分たちのものにするというそれまでの「革命」のあり方を、サパティスタが否定しているからです。「権力をうちらによこせ」という闘争のやり方では、その権力構造自体は変わってないわけですよね。ですからマルコス副司令官は「政権を取ること」をゴールにしない、いわば自律分散的な社会変革のあり方を模索したと言われてまして、グレーバーに言わせると、「革命とは国家の強制的装置を奪い取ることだと考えるのはやめて、自律的コミュニティの自己組織化を通して民主主義を基礎づけ直そうという提案」は「完璧に有効である」ということになっています。

熊井:そこがつながるんですね。

若林:そんなデカい話にするようなものでもないですが、要は「発注」の話は世直しとは言いながら、旧来の意味での政治的な運動ではないということです。政治学者の宇野重規先生と一緒に制作した『実験の民主主義』という本のなかでも同じようなことを語っていますが、個々人が身の回りの習慣を見直していくことで、全体が徐々に変わっていったらいいなという。

トーフ:少なくともわれわれに来る発注のテイストは変わってくるかもしれないですからね。

若林:そうなるといいですよね。「発注向上委員会」はひとまずここからスポンサー集めをしようと思っていますので、企業の方でご興味のある方は、ぜひ私が所属している黒鳥社までお問い合わせいただけますと嬉しいです(https://blkswn.tokyo/contact/)。トーフさんと私で営業にお伺いしますので(笑)。

※1 働き方などについて発信しているメディア。

※2 近世植民制度から始まった、前近代的農業大企業やその大農園のこと。

※3 メキシコの反体制運動サパティスタ民族解放軍(EZLN)の実質的リーダー。EZLNは、北米自由貿易協定(NAFTA)に反対し、先住民の差別や貧困問題の解消を主張している。

※4 アメリカの作家。環境、政治、芸術など幅広いテーマを取り上げている。

東京を諦めたくない

トークイベントの熱も冷めやらぬまま、周年祭は4月28、29日に本番を迎えた。

美術家、光岡幸一の「そこらへん」という文字が初夏の風にはためき、会場内の植木に目を向ければ鉄彫刻作家・飯田誠二の作品が佇み、柔らかい音を響かせる。そして、空き瓶を吹いて演奏する「アキビンオオケストラ」のボボボという旋律と、高橋美作のダジャレの朗読。建物内に入ると、セレクトショップのスタッフとそのお客さんが一緒に朝食を囲んでいた。

「企画のすべてにおいて、実験精神を大切にしてきました」と熊井が振り返る。「いろいろ思うことはあるんですけれど」としたうえで、「近ごろ『東京ってそんなもんでしょ』みたいな空気を感じることがあるんです。でも、都市が新しい価値や意味をつくって実践していったらやっぱり面白いし、試行錯誤はまた次につながっていく。東京を、渋谷を諦めたくない──今回、あらためてそう思いました」。

飯田誠二が作品を奏る(撮影:今川彩香)
植え込みには、飯田誠二の作品(撮影:今川彩香)
アキビンオオケストラ(撮影:熊井晃史)
編集者、フォトグラファーの杉田聖司氏が主宰するファッションマガジン「apartment」によるポップアップイベント「new boutique」。それぞれ異なるコンセプトを軸に据えた5つのショップが、全国から集まった。(撮影:今川彩香)
会場風景より(撮影:今川彩香)
サイト情報
渋谷キャスト
渋谷キャスト公式サイトでは、7周年祭の様子や、若林をはじめ、株式会社グランドレベル代表取締役・田中元子と文化人類学者・猪瀬浩平による特別編集誌のデータも公開予定。
プロフィール
tofubeats (とーふびーつ)

1990年、神戸出身。音楽プロデューサー、DJ。中学時代から音楽活動を開始し、高校3年生の時に国内最大のテクノイベントWIREに史上最年少で出演。その後、“水星 feat. オノマトペ大臣”がiTunes Storeシングル総合チャートで1位を獲得しメジャーデビュー。

プロフィール
若林恵 (わかばやし けい)

1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。平凡社で『月刊太陽』編集部に所属したのち、2000年にフリー編集者として独立。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。

プロフィール
熊井晃史 (くまい あきふみ)

1982年、東京都出身。個人事業主、GAKU 事務局長、ギャラリーとをが主宰。NPO法人CANVASプロデューサー等を経て、2017年に独立して現在に至る。「公民館のしあさって」編集。



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