新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサート『Hello!! シネマミュージック in Summer』が8月12日にすみだトリフォニーホールで開催される。
「クラシックをもっと身近に」をキーワードに大人から子どもまで楽しめるアイデアが詰め込まれた同公演の開催を記念し、新日本フィルハーモニー交響楽団でコンサートマスターを務める崔文洙と、ナレーション、司会、プロデュースを担当するフリーアナウンサーの堀井美香に対談インタビュー。
崔が務める「コンサートマスター」の役割や、クラシックに触れたことがない人に伝えたいクラシックとコンサートの魅力、おすすめのクラシック楽曲などを聞いた。
本記事は、Podcast番組「聞くCINRA」の収録内容とその後のインタビューをもとに構成しています。番組視聴はこちらから。
オーケストラの「キャプテン」を担うコンサートマスターの役割
─初歩的な質問になってしまうのですが、崔さんが務められているコンサートマスターはどんな役割なのでしょうか?
崔:指揮者のすぐ隣、お客さんの方から見ると左側に座っている人で、指揮者とオーケストラのパイプ役とよく言われます。でもそれは仕事のうちのごく一部で、ヴァイオリングループのリーダーでもあり、オーケストラのチームリーダーでもあり、野球やサッカーでいうキャプテンのような役割です。
指揮者によって厳格に振って合わせて欲しい方、おおらかにこちらに音楽づくりを任せてくださる方などがいらっしゃるので、指揮者がどういう音楽をつくりたいのかを第一に咀嚼し、それをオーケストラみんなに伝えていく。それでアンサンブルとしてちゃんと機能するように、リハーサルも含めて進めていきます。
─オーケストラの場合、サッカーチームの監督にあたる指揮者が毎回変わるぶん大変そうだと感じます。
崔:そうですね。(指揮者が)毎回違うことのほうが多いので、ピッチにいるキャプテンが誰をどういうふうに走らせたり、どういうフォーメーションをつくったりするのかを担う、という意味でコンサートマスターはとても大事になってきます。
─堀井さんはコンサートマスターにも注目してコンサートを聴かれていますか?
堀井:コンサートマスターだけを観ていても面白いですよ。演奏中はコンマスさんを見る楽団員さんもいらっしゃいますよね。
崔:指揮者が棒を下ろしてもその瞬間に音は出せないので、合図を出しているのはコンサートマスターなんです。指揮者が意図しているタイミングを予想しながらコンサートマスターが合図を出し、それに合わせてみんなが音を出しています。指揮者の棒に合わせてしまうと、アンサンブルはみんなバラバラになってしまいます。
堀井:コンマスさん側から観ていると弓の高さや幅がみんなで揃っていて、音というより絵で捉えて観ているときもあります。乱れなく同じ高さ、同じ振りでの演奏は美しい絵みたいです。
崔:乱れがないのは良いときですね。厳密に言うとコンサートマスターが誰かによっても音が変わるんですよ。指揮者は音楽の方向性をつくっているのでもちろん大事ですが、加えてコンサートマスターがオーケストラ全体の弦楽器の音色や響きをつくっていくのが理想的な形です。
コンサートマスターに必要な「人間力」
─あれだけ人数がいるオーケストラの方たちをまとめ上げるのはかなり大変なのではないでしょうか?
崔:どうしてもうまくいかないときはある程度力技になることもあって、自身で身につけてきたいろんな引き出しを使いながらまとめていきます。もちろん楽器はうまくなければいけないですが、(オーケストラは)人と人との関わりなので、人間力も磨かないといけません。
堀井:曲の解釈のしかたが違うと音の出し方も微妙に違うんですよね。コンサートマスターはそれを揃える役目ですが、全部の個性を殺してもいけなかったりするんですか?
崔:最初のリハーサルのときは自分たちで考えてきたように音を出すこともあるのですが、リハーサルを進めるなかで指揮者の方向性も踏まえて、最終的には1つのまとまった方向性を持った音色をつくります。
─交響楽団を扱った映画やドラマでは、指揮者と演奏家たちがぶつかるシーンもありますが、実際はどうなのでしょうか?
崔:昔はそういう指揮者も結構いらっしゃいましたけども、このご時世ではハラスメントになってしまうので、コミュニケーションは変化しつつあります。自分が指揮者としてやりたいこと、準備してきたことを楽員にぶつけられないようになるとちょっと違うかもしれませんが、やり方を変えて結果的に同じ効果を出すことができるのであれば、怒鳴る必要はないのかなと思います。難しいですね。
堀井:指揮者の方で、台に立った時点で何か持っている雰囲気が違うということもありますか?
崔:ありますね。まだあまり共演してない方で「どんな指揮するんだっけ」と思っていても、振り出してしばらくすると音が急に「集まってくる」というか。真ん中の大きな柱に向かって音が集まるような感覚で、僕らはよくそういうふうに表現するんですけど、そういう指揮者は良い指揮者ですね。オーラがあるというか、それこそ人間力が滲み出てくるんじゃないでしょうか。
崔が考えるクラシックの魅力とは?
─クラシック音楽はポップミュージックやロックなどの歌詞のある音楽と比べて難解なイメージ持ってる人が多いと思います。崔さんの考えるクラシック音楽の魅力をお伺いしたいです。
崔:例えばオペラは全部歌詞があるのですが、内容はシンプルでわかりやすい恋愛ものがメインです。歌詞が素晴らしいから曲が残ったというより、曲が素晴らしい、綺麗なメロディがあるからいまだに歌われてるのではないでしょうか。
邦楽では歌詞から入ることもあると思いますが、鼻歌でつい歌ってしまうようなときには歌詞よりもメロディを意識していると思うので、いろんな曲を食わず嫌いせず聴いて、「なんかいいな」「しっくりくるな」っていうのを見つけていただけると嬉しいですよね。
ヨーロッパだと子供たち向けの音楽教室でオーケストラがいきなりモダンな超前衛的な曲を演奏することもあるのですが、ちっちゃい子たちはまったく偏見がないので楽しめちゃうんです。
そういう意味で言うと、みんながモーツァルト、ベートーヴェンと言ってるからそこから聴く、というように型にはまらず、何でも楽しんでみるというのは人生でとても大事なことだと思います。なのでクラシックに限らず、好きなものも、好きじゃないものも1回聴いてみるのは大事だと思います。
─崔さんはヴァイオリニストですが、何かおすすめの1曲や作曲家などはありますか?
崔:ヴァイオリニストとしてはロシアに長年いたこともあり、作曲家のショスタコーヴィチに重点を置いて活動をしています。
彼の曲はいまのカオスな世の中でいまだにメッセージを強く持っていると思うので、聴いてもらいたいです。少し難解ではあるので最初は難しいかもしれないですが、なんとも言えない暗いロシアの雰囲気は感じ取っていただけると思います。
オーケストラのコンサート伴奏の立場としては、リヒャルト・シュトラウスが作曲した“英雄の生涯”という曲がおすすめです。長大で難しいヴァイオリンのソロが出てくるのですが、あくまでもコンサートマスターだけが弾くソロパートで、一般のヴァイオリニストでは弾くことはできないというところがとても貴重な曲です。
崔:ショスタコーヴィチでいうと“交響曲第5番”はとても有名です。「革命」というサブタイトルが勝手につけられちゃった曲なんですが、いろんな皮肉が入っていたり、カルメンの一部が出てきたりします。ちょっとひねられた部分がわかってくると、さらに面白くなりますね。
観客も当事者。生で聴くコンサートの魅力
─堀井さんはコンサートに行くとき、作曲家の生涯や楽曲の背景について予習をすることはありますか?
堀井:全然勉強しないで行くこともあって楽しいですが、楽曲の時代背景や、なぜ(その曲が)書かれたのかを勉強すると音楽が深く入ってくるのはあると思います。
私たちはよく朗読をするときに「書かれた裏側にあるテーマを探しなさい」と演出家の方によく言われるんです。それと同じで、体に入ってくるものを「じつはこういう考えで曲がつくられたのかな?」とイメージすると良いと思います。
崔:裏側を読みながらつくる点は、演劇の役者さんとも似ていると思います。間をどのぐらい取るのかもそのときの時間や会場のキャパシティとか、湿度とか、体調によって変わるじゃないですか。
お客さんの集中度とかを感じながらやり取りしているところもあるので、自分とお客さんのお互いの集中が高まっているときは間を空けてみたり、逆に散漫なときには一気にまくしたててみたいな。
堀井:観客として観ていてもすごくわかりますね。
─観客も当事者で一緒につくっているんですね。
崔:同じお客さんとはそのときにしか会えないですし、同じ演奏はやろうとしてもできないので、そのとき1回しかないのがライブの醍醐味ですね。
生でコンサートを聴くうえで、電気を使っていないのもクラシックのいいところです。空気を振動させてみんなの耳に伝わっていく音楽なので、CDやダウンロードを録音で聴くのとはまったく別物なんですよね。なので、会場に足を運んでいただきたいです。
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