メイン画像:(C) 2023 Paramount Global
まさに「ゲイ当事者たちが制作したゲイのドラマ」と言える『フェロー・トラベラーズ』がWOWOWに登場
昨年アメリカで大きな話題となり、高く評価を受けたドラマ『フェロー・トラベラーズ』がついに日本に到着した。パラマウントプラス作品として、WOWOWオンデマンドで配信中だ。心待ちにしていた人も多いのではないだろうか。自分もそのひとりだ。
『フェロー・トラベラーズ』はトーマス・マロンによる同名の小説を原作としたミニシリーズで、おもに1950年代から1980年代にわたって続く男性同士のロマンスが描かれる。大きく言えばアメリカの20世紀戦後史を巡る物語なのだが、ゲイの登場人物たちを中心としたドラマとして語ることで、20世紀後半のゲイヒストリーを現代に向けて提示する作品になっているのだ。
ショーランナーを務めるのは古くからオープンリー・ゲイとして『フィラデルフィア』や『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』、『僕の巡査』といった優れたクィア作品の脚本を数多く手がけてきたロン・ナイスワーナー。
メインのふたりを演じるのは『ホワイトカラー』や『アメリカン・ホラー・ストーリー』などで知られる人気俳優マット・ボマーと、『ブリジャートン家』で大きな注目を集めたジョナサン・ベイリーだ(ボマーはエグゼクティブプロデューサーも務めている)。ふたりともゲイであることを公言しており、まさにゲイ当事者たちが制作したゲイのドラマだと言えるだろう。
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謀略が渦巻く政界が舞台。政治的な陰謀や駆け引きとして、同性愛者が密告されていた側面も
ドラマは前半、1950年代と1986年と時代を行き来して物語っていく。
1950年代のおもな舞台となるのはワシントンDCの政治の世界だ。戦争によって英雄となったホーキンス・フラー(マット・ボマー)は国務省のエリートとして出世街道を邁進する傍ら、同性愛者であることを隠しながら男性たちとカジュアルなセックスを繰り返していたが、敬虔なカトリックの家庭で育った青年ティム・ラフリン(ジョナサン・ベイリー)と出会い、次第に深い関係になっていく。
本作が興味深いのは、謀略が渦巻く政界が舞台となっていることで、ある種の政治スリラーのような要素があることだ。当時はジョセフ・マッカーシーによる苛烈な反共産主義運動、いわゆるマッカーシズムが吹き荒れており、共産主義者だけでなく同性愛者も激しく糾弾されていた。当時は同性愛行為が法律で取り締まられていた時代だったからだ。そうした事情を利用して政治的な陰謀や駆け引きとして、同性愛者が密告されていた側面もあったのである。
そのため、本作には重要なキャラクターとして当時マッカーシーの右腕として政敵を次々に破滅に追いやったことで歴史に残っているロイ・コーンも登場する。彼がこのドラマにおいて象徴的なのは、自分自身がじつは同性愛者だったにもかかわらず、多くの同性愛者たちを告発していたことだ。
アメリカのゲイヒストリーにおいていわば悪魔的な存在であり、これまでもゲイ舞台の傑作『エンジェルス・イン・アメリカ』でもモチーフになっているほか、ドキュメンタリー『ロイ・コーンの真実』でもその実像が検証されていた。『フェロー・トラベラーズ』においてもコーンの暗躍をドラマの重要なパートとして置くことで、いかに同性愛者の人生と政治が切り離せないものであり続けてきたかを生々しく浮かびあがらせている。
そんななか、ホーキンスとティムは周囲に関係を悟られないようにしながらも、激しい恋に落ちていく。ほぼ毎エピソードでマット・ボマーとジョナサン・ベイリーの濃密なセックスシーンが登場するのも大いに話題になったが、それらはたんに扇情的なものではなく、ふたりの関係が時代とともに変化しながら深まっていくことを巧みに表しているのである。野心のために虚像をまとうことに慣れていたホーキンスは、そして、ティムの純真さやひたむきさに触れることで少しずつ変わっていき、そのことで葛藤を抱えることになる……。
だが、その後もホーキンスにとって、同性愛者として堂々と生きるのは簡単なことではなかった。1986年のパートでは女性と結婚し世間的に見れば立派な家庭を築いているように見える一方で、彼にとってゲイであることは表にできないことであり続けている。そんなとき、ティムがエイズを発症していることを知ると、長らく離れていた彼と会うことを決心する。
先人たちが切り拓いてきた道の続きに、「わたしたち」の自由があるのだと本作は告げる
ゲイヒストリーにとって1980年代はエイズクライシスの時代であり、アメリカではHIV/エイズを同性愛者の病気だとしてレーガン政権が有効な政策を行なわなかったことが拍車をかけ、多くの犠牲者を生むことになった。
現在、HIVについてはウイルスを持っていても適切な服薬と治療を受けていればエイズを発症せず、また検出値以下を保っていれば性行為でウイルスをひとに感染させないことがわかっているが(U=Uと言われる)、当時はまさに「死に至る病」であった。近年はMSM(男性と性行為をする男性)の間でもHIV / エイズに対しての恐怖が良くも悪くも薄れているとも言われているが、だからこそ、そこに至るまでにどのような苦闘があったのかが本作では語り直されるのである。
ドラマはそのふたつの時代を行き来しながら、けっして離れられないホーキンスとティムの関係を辛抱強く描いていく。後半のエピソードではその間の時代――すなわちベトナム反戦の1960年代やフリーセックスが謳歌された1970年代に移っていくのだが、LGBTQの人権運動の歴史において象徴的な出来事であったストーンウォールの反乱(1969年)が直接は描かれない代わりに、アメリカではじめてゲイを公言した上で選挙に当選し市会議員となったハーヴェイ・ミルクが殺害された事件(1978年)が大きく取り上げられる。本作は政治劇でもあるからだ。そのとき、クィアコミュニティもまた深い傷を負ったことが映しだされる。
本作はホーキンスとティムの濃密な関係を中心に据えながらも、ブラックのゲイとして激しい差別を受けながら記者としての道を切り拓いたマーカス(ジェラニ・アラディン)やレズビアンであることをティムに伝えて友情を育むメアリー(エリン・ノイファー)の物語を取りこんで、さまざまなLGBTQの人びとが時代に翻弄されてきたことを伝えている。彼ら、彼女らがどのように自分らしく生きようともがき、闘ってきたかが回顧されるのである。
LGBTQに対する差別がいまよりもはるかに厳しかった時代を舞台にし、当事者たちの苦しみや悲しみを大いに描きながらも、けっして『フェロー・トラベラーズ』はただつらいだけのドラマではない。
政治の世界がえげつないからこそ当事者たちは抵抗しなければならなかったが、その結果として社会が変わってきたことが本作を観るとよくわかるからだ。その先人たちが切り拓いてきた道の続きに、「わたしたち」の自由があるのだと本作は告げる。ホーキンスとティムの数十年にも及ぶ愛は、仲間たちとの闘いとともにあったのだ。
WOWOWの取り扱うLGBTQ作品から、注目の3作品を紹介
WOWOWでは、ほかにもLGBTQを扱った名作がオンデマンド配信されているので、そのなかから3作品を紹介したい。観られること自体が貴重な作品もあるので、ぜひこの機会にチェックしていただきたい。
『アナザー・カントリー』(1984)
ジュリアン・ミッチェルの舞台劇をもととするイギリスの青春映画。1930年代の全寮制パブリックスクールを舞台として若き日のルパート・エヴェレットとコリン・ファースが映画初主演し、ここ日本でも大ヒット。当時の英国男子ブームの呼び水になった作品とも言われている。
映画はガイ(エヴェレット)がイギリスを裏切ってソビエト側のスパイとなった経緯をジャーナリストに尋ねられるところから始まり、彼の青春時代に何があったのかが語られていく。かつてはエリートとして外交官を志していたガイだが、寮生活のなかで同性と恋仲になったことでその道が閉ざされたというのだ。共産主義に傾倒していた親友トミー(ファース)もまた排他的なパブリックスクールのなかで浮いた存在であったため、ふたりはたしかな友情を育んでいくが、やがて寮の代表争いに巻きこまれていく……。
エリート主義が支配的な環境で共産主義者と同性愛者が排除される構図は『フェロー・トラベラーズ』と同様。本作はそうした意味で、当時はみ出し者とされた人間同士の絆をみずみずしく描いている。
『彼は秘密の女ともだち』(2014)
妻の死をきっかけにして自分の性別違和と向き合うこととなる人物を、妻の親友の女性の視点から描いた人間ドラマ。ルース・レンデルによる小説をフランスの名匠フランソワ・オゾンが映画化した。
主人公は親友を若くして亡くしたことに打ちひしがれている女性クレール(アナイス・ドゥムースティエ)。あるとき親友の夫ダヴィッド(ロマン・デュリス)の様子を見にいくと、女性の恰好をして幼い娘をあやしていたのだった。クレールははじめ衝撃を受けるが、女性の姿のダヴィッドにヴィルジニアと名前をつけ、周囲に隠れてふたりで会うようになる。
ジェンダーアイデンティティの揺らぎ自体を肯定的に描くことで、自分自身の姿を見つけていくダヴィッド / ヴィルジニアの存在を祝福しようとする作品だ。そこに主人公がどのように共感を寄せていくのかが本作の見どころであり、ふたりは大切なひとを亡くした悲しみを共有することで深くつながっていくのである。劇中、クィアクラブでおこなわれるドラァグショーのシーンも感動的だ。
『セルロイド・クローゼット』(1995)
ハリウッドの歴史においてLGBTQがどのように描かれてきたのかを、映画人たちへのインタビューで検証していく傑作ドキュメンタリー。公開当時、クィアカルチャーや人権意識を大きく前進させるきっかけになる作品として批評家たちから絶賛された。
本作はハリウッド映画がいかに同性愛者の存在を隠してきたか、登場させてもステレオタイプに満ちたものとして描いてきたかを明らかにしているが、同時に興味深いのは、検閲をかいくぐって暗示された同性愛描写によって映画の語りや演出が進化してきたことにも言及している点だ。それもまた、LGBTQの歴史における闘いだったのだ。数多くの映画を例に挙げながら次々に各時代を振り返る構成の巧みさもあり、勉強になるという以上にめちゃくちゃ面白い。
1990年代のアメリカでは当事者たちが主体となったクィア映画の新しい波が起こっていたが、その勢いが感じられる作品でもある。そして、その先で現在の多様なLGBTQ作品が生まれているのである。ちなみに『フェロー・トラベラーズ』制作のロン・ナイスワーナーも語り手のひとりとして登場している。
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