まわりの期待に応えて、応えて、応えたその先には何があるの? 堂本剛が出した答え

「自分の好きなことだけやって生きていける大人なんて、そんなにいないよ」

堂本剛演じる沢田は、力なく語りかける。10月18日から全国公開される映画『まる』は、美大卒でありながらアートで生計を立てられておらず、うだつのあがらない毎日を過ごす沢田が主人公だ。

本作のメガホンをとった荻上直子監督によると、沢田は「堂本さんに沢田という主人公をアテ書き」して生まれたそうだ。堂本は初めて脚本を読んだ際「いままでで一番難しい役になる」と感じたというが、沢田と堂本は「自分がわからなくなってしまった」という部分が共通している。堂本自身、若い頃は「自分の心の声を聞く時間なんて与えられず、周りの期待に応えるために、必死に過ごして苦しんでいた」日々を送っていたからだ。

『まる』が、静かな不条理劇の中であぶり出す「自分がわからなくなってしまう生き方」とは――。

「イタいよな、俺らの年でまだ夢追いかけてるとしたら」

堂本は沢田に対して当初「受動的で掴みどころがない」と感じていた。それでも、なんとか彼を理解しようと努めた。

人気現代美術家のアシスタントとしてなんとか食いつなぐ沢田は、雇用主が自身の作品に込めた想いを語る背後で、淡々と手を動かす。自分のアイデアが、いつのまにか雇用主のものになっていることにはもう慣れた。

「沢田は、自分が求めているものが本当はわかっているのだけど、それを実現できない環境ができてしまっている人。何のために働いているのか考えられなくて、食生活も悪い。怠けているわけではないものの、ダラダラとした毎日を送っているのかなと思います。役づくりでは、顔の筋肉を動かさないようにしたり、身体をボテッとさせて近づけていきました」

バイト先のコンビニに元同級生が訪れ「イタいよな。俺らの年でまだ夢追いかけてるとしたら」と失笑されるシーンがある。沢田は眉を少し動かす程度で何も言い返さない。

「自分を誰かと比べ、審査し、点数のようなものを付けては、他人の人生に口を出す世の中がありますよね。無意識のうちに優劣をつけて。......沢田はまわりから無責任にいろいろ言われて、うんざりしている部分もあるように感じます」

「求められること」に応えた先にあるものは、何?

そんな沢田は、家で1匹の蟻を見つける。歩く蟻の周りに油絵の具で「まる」を描いて囲ってみようとするも、蟻はその枠を何度も出てはまっすぐ進んでいく。

何度枠に囲まれても歩みを止めずに進む蟻は、沢田の「なりたい姿」に見えたのかもしれない。

蟻に導かれるままに描いた「まる」の絵が破格の値段で落札され、沢田は時の人となる。意図せず手に入れた名声で沢田はますます翻弄されるが、最終的にある決断をする。

堂本が「脚本を読んで、いろいろ考えてしまった」シーンでは、こんな台詞が沢田に投げかけられる。

「求められていることに応えるのもアーティストとしての義務なのよ」

堂本自身の過去にも重なる部分があった。かつては明るく振る舞うことを求められ、心を病んだ。初めて作詞作曲した『街』は、傷みを綴った歌詞が評価される一方で、「本当にお前が書いているのか」と疑われ傷つく日々も経験した。

「そんなこと求めていない」「こうしたほうがいい」

これは堂本自身が何度も何度も浴びてきた言葉だ。一時は「こんな自分はいけないのだろうか」と、本音に蓋をして生きる意味を見失った過去もある。

「『こうしなさい』『こうした方がいい』と伝える人は、こちらの『こうしたい』を聞き入れてはくれない。そんな経験を幾度としてきましたね。期待に応えられるよう自分なりに頑張ってみたけれど、少しずつ心がすり減っていく。このシーンの脚本を読んだ時は複雑な気持ちになりました」

「沢田も『こうしなさい』に少し付き合ってしまった。言われた通りに描いた『まる』で、誰かを救うことができた。でも、自分で自分を救えなかった。求められることだけに応えることが得意な人は、そう生きれるだろうけど、沢田も僕の心もそうではなかった」

自分のことを「わかってもらう」必要はない

では、沢田のようにまわりの声に翻弄されてしまったとき、どのように「自分」を取り戻していけばいいのだろうか?

「自分がわからなくなって、生きづらそうにしてる人……いっぱいいるようですからね」と、堂本が話す背景には、ラジオが大きいのだろう。堂本のもとに毎週届くメールはどれも痛切で、いまにも壊れそうな内容が多い。そのたびに堂本は「きみの存在は小さくなんてないからね」「大丈夫だから」と丁寧に言葉を紡いできた。

「ラジオには『自分の親を好きになれない』というような切実な相談も来ます。僕はね、いいと思うんです。血がつながっているからといって好きになれない人はいるし、その人にとってその想いへと辿り着いた理由があるのだから」

「人はそれぞれ違うのが当たり前。だからこそ自分を理解してもらうことは難しいこと。『わからないけど、わかろうと向き合う姿勢』は大切で、この姿勢を持たない人とは一緒にいることは難しい。自分の心がなくなってしまうから」

流行っているから、みんながこう言うから、年齢的に厳しいから……そんな誰かの声に耳なんて傾けなくていいから、自分の心の声を聞く。堂本が長いあいだ、歌に込め、電波に乗せ、そして沢田を演じながら考えてきたことだ。

「誰もが人生はいちどきりです。流行とか年齢とか世の中の価値観などを抜きに、自分が『いま生きている』と思える時間を大切にしていたいです」

堂本自身、音楽に没頭することで自分を取り戻した。番組の収録で覚えたギターにのめり込み、誰にも言えなかった気持ちを歌にのせた。突発性難聴を患い、歌う勇気が持てなくなった時期もあった。それでもまわりに助けられながら、ヘッドフォンをつけステージに立ち続けている。どんなことがあっても音楽は手放さないと自分の心に誓っているからだ。

堂本が、作品のなかで特に気に入っているセリフは「絵を描きたいっていう気持ちは、だれにも止められない」だという。イタいと笑われても、誰かに邪魔をされても、翻弄されても、絵を愛し描くことを続ける。そうすることで沢田の心は沢田でいられる。

『まる』では、堂本は主演だけではなく映画音楽を制作している。監督からオファーが来た際「この作品には音楽はいらないと思っていた」という。それでも「やります」と答えた。

「音楽が入ると監督や俳優のみなさんがつくってらっしゃる“間”を乱してしまう気がしたので、この作品に限っては、音楽はいらないと思いました。監督からは、一部のシーンだけは音楽が絶対に欲しいとのことだったので……最小限つくって、少しずつ終盤に向けてつながるようなかたちにしました」

ウッドベースを使ってほしいと当初オーダーされたが、チェロやコントラバスもいいのではないか等々、作家として提案した末に完成へとこぎつけた。主旋律は、沢田が特技とする「口笛」がベースにある。悲しくも朗らかにも聞こえるメロディーを見つけるのには苦心したが、沢田を演じたからこそ組み立てられる音楽があった。

映画のラストには、主題歌の『街』が物語の句点(まる)を打つように流れる。初めて作詞作曲したこの楽曲を「45歳のいまの自分声で新録したい」と自ら打診し、マイクをとった。自分を見失い、もがき苦しんだ日々には想像ができなかったことだろう。痛みを忘れず音楽を愛し歌い続け、少しずつ進んだすえにここまでたどりついた。

「どんな物事でも一回自分のせいにしてみる。修正できるところを探してみる。それでもだめだったら......その場合は人に動いてもらうとか、環境から離れたり、何かを終わらせてもいいと思うんですよね。自分の心は自分のものであるべきだと思うから」

「いまの自分を変えたいと思えば、きっと踏み出せますよ。踏み出す歩幅は1ミリぐらいでもいい。自分が納得するまで何度でも変えていけばいい。気がついたら2キロくらい進んでいるかもしれないから」

堂本は『まる』を通して「自分の姿勢は間違ってないのかもしれないと、背中を押してもらった気持ちにもなった」とはにかむ。「沢田を見て、自分も生きたいように進みたいと少しでも思える人がいたら嬉しいです」。

堂本剛も「自分の心を生きていく」ために、一歩を踏み出している。



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