アーティストにとって「素材」とはどんな存在なのだろうか? 自身の内側にあるイメージ、創造性を「モノ」として具体化するうえで、それをかたちづくるものの質感が最重要事項の1つであることは想像に難くない。
タレント・俳優であり、「粘土」を使った造形作家としても活躍している片桐仁。彼の作品を一目見れば、素材へのこだわりが相当なものであることがうかがい知れる。そんな片桐が、本気で素材づくりに取り組む大手化学メーカーと出会ったらどんな化学反応が生まれるのだろうか?
本記事では、そんな邂逅が実現した。三井化学に所属する有志の研究者が集まり、素材の魅力を伝える活動を展開している「MOLp(モル)」、その活動10年目を記念して開催されるイベント『MOLpCafé』に先立って、片桐が展示作品を体験。「部署や年齢は関係なく、情熱を持つ社員たちが社会・ヒトと素材の新しい関係性について議論、試作、発表を通じたコミュニケーション活動」をするMOLpが生み出した素材やプロダクトたちは、片桐の創造性に響いたのか? 先行イベント体験の一部始終に密着し、それを経た気づきを訊いた。
粘土にこだわりつつ「いかに粘土に見せないか」。片桐仁の「ものづくり」と「素材」の関係
今回『MOLpCafé』を先行して体験するため、三井化学の研究開発拠点「VISION HUB™ SODEGAURA」を訪れた片桐仁は、25年ものあいだ立体作品をつくり続け、国内外で個展を開催してきた。10年にわたって活動を続けているMOLpと同じく、「続けてきた」人物だ。MOLpが今回発表する作品を見る前に、まずは造形作家・片桐仁のものづくりに対する姿勢や素材に対するこだわりを訊いた。
―片桐さんは、「何かに粘土を盛る」というスタイルでさまざまな立体作品をつくり続け、その数は約200点にものぼると聞きます。どのようなきっかけでこのような作品づくりを始めたのでしょうか?
片桐:立体作品をつくるようになったのは、大学3年生のころですね。もともと多摩美術大学の版画科に通っていて、基本的に平面作品ばっかりつくっていたんですけど、教員免許を取るために造形演習の授業を履修したときに、彫刻科の先生が立体作品をつくるための技法をいろいろと教えてくれたんです。それで、粘土で焼き物をつくったり、木を彫って彫刻をつくったり、型取りをして立体造形にしたりしてみたら、その作業がすごいうまくできたんですよ。自分でも「あれ、こっちだったの?」と思って。それがきっかけで、粘土、樹脂、パテといろいろなものを使って立体作品をつくるようになったんです。
片桐:もともとプラモデルも好きだったから、塗装にも熱が入るようになりましたね。そうして最初につくった「何かに粘土を盛る」作品が、日光江戸村で買った印籠のカバーで、『コノモン・ド・コローの柩』という作品でした。印籠の構造に合わせてパカっと開けると目が開くようなギミックで、みんなからは「必要性があるかわからないけど、いいね」って言ってもらって。自分でもそういう作品をつくることがすごく楽しかったし、何よりウケたんですよね。
片桐:そこから大学卒業後に芸人になって、雑誌で連載するとなったとき、相方から「立体つくったらいいんじゃないの」って言われて。そこから本格的に、ダジャレと身近なものかけ合わせた立体作品をつくるようになって、気づけば25年経っていました。
―今日もスマホケースの作品を携えていますね。
片桐:そうなんです。この『モiPhone』という作品は、モアイの目のところをパカっと開けるとレンズが現れるようになっています。かっこいいでしょ。しかも頭のほうを開くと爪楊枝が入れられるようにしていて、ちょっとこだわっているんです。裏側には超科学っぽさをイメージして文様っぽいものを入れちゃったりして。表面の石のようなテクスチャーも、粘土をいかに石っぽく見せるかにこだわってつくりました。
片桐:もう1つは『TENGoogle Pixel』という作品で、2ミリメートル四方のピクセルで天狗の顔をつくりました。これは頭の小さい帽子の裏面が開くんですけれど、「頭痛を治して神通力を」ということで頭痛薬入れにしています。これもまた粘土で地道に、10日くらいかけてつくりましたね。本当に大変でした。
―実物を見ると、モアイ像の石の質感も、ピクセルの硬そうな質感もリアルにつくられていますね。粘土でここまで見た目の質感を変えられるのかと驚きました……!
片桐:粘土としての素材の特徴は活かしつつ、「いかに粘土っぽく見せないか」ということにはこだわっていますね。『モiPhone』は「重そう」といわれるようにつくっているし、『TENGoogle Pixel』は「3Dプリンターでつくったんですか?」といわれるかなと思いながらつくりましたから。
手を使って、「素材」を「形」にしていく。片桐が語るものづくりの面白さとは?
―立体物をつくるにもいろいろな素材があると思いますが、なぜ粘土を主素材に選んだのですか?
片桐:やっぱり、扱いやすいんですよね。一口に粘土といっても、じつはいろいろな種類があって。立体作品をつくるときは型を取るためにオーブンの低温でも焼ける粘土を使いますし、子ども向けにワークショップをやるときは「ハーティクレイ」という柔らかくて軽いカラー粘土を使います。陶芸作品をつくるときの粘土だって、陶器と磁器で使う粘土が変わりますしね。
片桐:世の中にはさまざまな粘土があって、その多くに樹脂が使われているけれど、用途によって使われる樹脂の種類も変わるし、硬さや質感、使い方も変わるじゃないですか。そういう樹脂の面白さっていうのも、いろいろな粘土を触っていると感じますね。理想としては、もっと扱いやすくした「自分のための粘土」がつくれたら最高だなと思っています。
―片桐さんはどんなタイプの粘土が好きですか?
片桐:弾力がないタイプの粘土ですね。ぐっと押したら形がきれいに残るところが好きなんです。縄文土器も同じですよ。縄を転がすと縄の凸凹が反転して出てきて、ただの跡なのに想像していたのと違う模様が出てくるから「どうなってるの?」ってなる。実際に5千年前の縄文人は、土器に縄を転がしたときに意図した模様が出るように、縄の編み方を変えて探究していたらしいんですよ。粘土にはそういう時を超えてプリミティブな興味を引き出すところに魅力があると思います。
―手を使って直接的に形をつくれるという点も、プリミティブなものづくりの仕方ですよね。
片桐:絵を描く場合って、ペンや紙を使うから複雑な動作になるし、脳が邪魔してしまって見たものを見たままに描けないことが多いんです。だから「うまく描けない」ってなった人は、大人になってから一切描かなくなるんですよね。
でも粘土ってもっと敷居が低いというか。おじさんになってから陶芸を始める人だっているじゃないですか。それって、手を使って形を整えられるから、頭に思い描いたものに近いものがつくれるという背景にあると思うんです。実際に、子どもと孫を連れてワークショップに来てくれたおじいさんが、「俺はやらない」と言いながら気づいたら夢中になって粘土を触っていたことがあって。
要するにどろんこ遊びと一緒なんです。指のあいだから出てくる感触も含めて、なんともいえない気持ちよさとか、遊びたくなる楽しさがあるんですよね。
―作家活動を25年間続けていて、ものづくりの姿勢に変化はありましたか?
片桐:僕はフィギュアも好きなので、いままでは「金属っぽく見せよう」「古びた感じを出そう」って塗装で質感を出すことにこだわっていたんです。けれど最近は「素材そのものが面白いのがアートじゃないか?」と思ようになっていて。
僕自身のいまの作品はホビーとアートのあいだにいるという感じなのでまだ答えは出ていませんけど、アートの場合はどういう素材や道具でつくったかを重視する傾向があると思うんですよね。どういう意図でどういう素材を使っているのか、そこにストーリーがあるとグッと作品の魅力が高まるというか、ありがたみが増すんだなと思って。最近はそういうものづくりの仕方にも興味を持つようになりましたね。
―これまでつくってみて、面白かった作品や気に入っている作品は何ですか?
片桐:2021年に個展を開催したときにつくった『公園魔』という作品です。「タコ公園の滑り台の地獄版」をイメージして、ハーティクレイを千個くらい使って制作しました。これは自分の子どもやスタッフさんたちと一緒につくった5メートルぐらいの大きな作品なんですが、みんな僕の指示なんか平気で無視してつくっちゃうんですよね(笑)。「ここはオレンジにして」って言っているのに、全然違う色の粘土を使っていたりして。
片桐:でも遠くから見ると意外といいんですよ。閻魔なので全体的に赤っぽければ、ぐちゃぐちゃに色が混ざったマーブル色でもいいんだなって。粘土をビーッと指で引き伸ばして、絵の具みたいに色をつけることだってできる。それから、ぎゅっと粘土を押してできた手の形も面白かったりして。もともと楽しいコミュニケーションが生まれるような作品づくりを心がけてきたけれど、机の上で1人でつくっているとどんどん視野が狭くなってしまいがちで。みんなでつくることで、偶然性から生まれる表現がたくさんあって、そこにものすごい発見がありましたね。
お祭りのように楽しめる『MOLpCafé2024』展示作品を先行体験。気になる作品は?
続いて、片桐は「MOLpCafé」の展示作品の体験へ。三井化学グループのクリエイティブパートナー・田子學が案内役を務めた。
田子曰く、10年目を記念する『MOLpCafé2024』のキーワードは「祭り」。素材を通じてみんなで集まり、楽しみ、元気を与えられることとはなにか? そんな問いからMOLpが本質的なつながりを見出したのが、日本の祭りだったのだ。イベントテーマは「祭り」と「マテリアル(素材)」をかけ合わせた造語「MATSURIAL/まつりある」となった。
片桐がまず目を留めたのは、篝火のような形のオブジェ。『CAGALIVI』という作品で、『SHIRANUI®︎』というメガネレンズにも使われている太陽の光を受けて色づく素材を使用。フォトクロミック技術により、紫外線の下では透明な部分が赤く幽玄に染まる。日本の伝統的木工技術である組子の手法で、釘、ネジや接着剤を使わずにプラスチックと木材という異素材同士を合わせている。
片桐:構造もすごいけれど、メガネレンズに使われている素材って、こんなにきれいに重合できるものなんですね! 僕も普段から樹脂を扱っているので、ものすごい技術だということが伝わってきます。
続いては、三井化学が高いシェアを誇る、スマホのレンズなどに使われる樹脂でつくった『TAMANE』という作品。歪みにくく透明度が高い素材である反面、樹脂らしくない、キンキンとした金属やガラスのような高い音が鳴るのだという。そんな「素材の音」を騒音ではなく価値としてとらえ、音響技術と3D造形技術の融合で狙った音色が造形できるほか、ひとつとして同じ表情がない1点ものに仕上がっている。
片桐:そもそも樹脂というか、プラスチックからこんなガラスみたいな透きとおった音がするとは、誰も思わないですよね。見た目もクリアできれいだし、なにより風鈴にならなかった端材のランダムな形も愛おしいですね。
「わあ、きれいな色!」と片桐の感嘆の声があがったのは『TAMADUSA』という、メッセージカードやしおりに光が当たるとグラデーション状に色がつく作品。まるで水彩絵の具で色をつけたような、繊細で柔らかい色味が特徴だ。
片桐:光に当たるときれいに色づくし、ひとつとして同じものはないというところが、気持ちを伝えたいときのプレゼントにぴったりですよね。
少しずつ色の違うペレットが並ぶ『AroMATERIUM』は、食品業界とコラボした作品。お菓子や飲料などの製造過程で出る未利用資源を活用し、ペレットにしたもの。原料である「その資源」の香りがストレートに現れるそのペレットは、未知数の可能性を秘めている。
片桐:とくにお菓子の未利用資源を使ったペレットは、合成香料とは違うリアルな香りがして、むしろ食べられないのが不思議なくらいおいしそう!
続いては、通常では硬いポリプロピレンの触感を一工程で柔らかな触感に仕立てる新技術を用いた『THE ZEN™️』のコーナーへ。椅子などの家具の製造過程で排出されることが多い木粉や、大量生産・大量消費が課題である廃棄衣類を混ぜることで、ヴィンテージ品のような絶妙な質感が出るという代物だ。
片桐:すごい! こういう使い込んだような味わいのある、一点ものの色味がプラスチックの成形でも出せるなんて驚きですよ。こういう質感になるように塗装すると考えると、結構な手間がかかるものなんです。それを一発でつくれるなんて。すごく需要がありそうです。
最後の作品は、黒々と重厚感のある『MAGUMA GETTER』。年間100万トン近い火山灰が噴出・堆積している鹿児島県桜島。そんな桜島の未利用資源である火山灰を資源として有効活用してつくられたのが、この作品だ。火山灰により黒く鈍い色味になっており、3Dプリンターでつくられているにもかかわらず、駒下駄、お椀は陶器や鋳物のような質感となっている。
成形後に磨き上げることで、火山灰に含まれるシリカやアルミナが表に出る。それにより、普通のプラスチックにはない、天然物に近いようなセミマットな質感となるのだ。
片桐:これはそそられますね。お椀は本当に3Dプリンターでつくったように見えないし、駒下駄のずっしり重い感じもなかなか。目で見て想像する質感や重さと、触ってみて感じるイメージにギャップがある作品が多くて驚きの連続でした!
「昔からアクリルの塊が好き」「3Dプリンターでつくった素材は……」片桐仁が感じた素材とMOLpの可能性
―展示を見て、率直にどう感じましたか?
片桐:これまで企業に卸すために素材づくりを続けてきた大企業が、一般の人が見ても面白いと思えるものづくりをして、素材の魅力を説明する。10年でここまでできるんだと素直に感動しましたね。大企業のなかで、業務ではなく、「部活動」のように高いモチベーションを持って活動し、作品をつくり続ける。そういう取り組みが10年続くって、すごいことですよ。
―今回見た作品のなかで、もっとも気になった作品は?
片桐:やっぱり『THE ZEN™️』は本当に凄い! 僕はエイジングさせるような塗装が大好きで、塗装するときはウォッシングで全体的にちょっと影をつけてから、先端部分にだけドライブラシでかすれたような塗装をするんです。そうすると立体感が出せるので、作品をつくるときは必ずそういう作業をするんですけど、『THE ZEN™️』はその絶妙な色味を、成形するときに一発で出せちゃうっていう。信じられないですよ。
片桐:ひと昔前までは、大量生産のためにきれいに均一につくることが求められていたと思うけれど、そうじゃなくて一点物のヴィンテージを味わうように、表情が一つひとつ変わったほうが面白いよねっていう発想。わかるなぁと思いました。
―作家視点で使ってみたいと思った素材はありましたか?
片桐:光に反応して色が変わるフォトクロミック技術の素材を使ったシリーズはいいなと思いました。昔からアクリルの塊が好きで、そういったものに無条件に惹かれるんですよ。篝火のように大きいものから、小さい護符、薄いしおりやメッセージカードまで、幅広く自由に提案をしていて、自分なりの使い方も想像しやすそうだなと。
それから鋳物にも興味があるので、桜島の火山灰を使った作品も面白かったですね。3Dプリンターで出力しているのに、ちょっと磨いたら鋳物っぽくなっていたじゃないですか。いままでは3Dプリンターって便利だけど、どうしても素材としての弱さがあるなと感じていたけれど、そういうこともないんだと驚かされました。こういう素材を使って、持つと本当にずっしり重い作品をつくってみたいなと思いましたね。
―今回MOLpの活動を知って、三井化学に対するイメージも変わったのではないかと思います。今後、MOLpにどんなことを期待したいですか?
片桐:いやー、こんなことをしている人たちがいるんだなって本当に驚きましたね。これからのMOLpの活動や作品をフォローしていきたいと素直に思いました。
今回の展示でも、お祭り感覚で楽しく遊べ、素材を知ることのできる作品がたくさんありましたけど、もっと小さい子どもや高齢者向けに素材の面白さを知れるようなワークショップをやってもいいかもしれないですよね。『AroMATERIUM』みたいに、色や香り、質感を楽しみながらつくれる素材を使ったら、五感を働かせるのにもいいし、面白い形がつくれそうですよね。
―最後に、今後の作家としての展望を教えてください。
片桐:今回の展示も祭りがテーマで縁起がよくていいなと思ったんですけど、そういうおめでたい物とか縁起がいいものが好きなのって、世界共通だなと思っていて。僕もいまは新作で、鶴や亀、アマビエ、白蛇がついた縁起もの盛りだくさんの招き猫をつくっています。今後もそういったおめでたい作品を世界に向けて発信していきたいですね!
- イベント情報
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『MOLpCafé2024』
・会期:2024年10月29日(火)〜11月3日(日)
・開場時間:10:00~18:00(最終入場17:30)
10/29(火)は13:00開場、11/2(土)は15:00閉場(最終14:30)
・会場:LIGHT BOX 青山
・入場:無料 自由見学(予約不要)
※「MOLpメンバー説明ツアー」は事前予約制
- プロフィール
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- 片桐仁 (かたぎり じん)
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1973年生まれ。埼玉県出身。多摩美術大学卒業。俳優、造形作家。現在、テレビ・舞台を中心にドラマ・ラジオ等で活躍中。1999年より俳優業の傍ら造形作家としても活動を開始。2015年にはイオンモール幕張新都心、2016年からは全国のイオンモールにて「片桐仁 不条理アート粘土作品展『ギリ展』」を開催。4年間で18都市を周り合計7万8千人を動員した。2019年は、初の海外個展『ギリ展台湾』を実施。2021年には、東京ドームシティーGallery AaMoで『粘土道20周年記念 片桐仁創作大百科展』を開催した。
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