『第75回NHK紅白歌合戦』に初出場するヒップホップユニット、Creepy Nuts。2024年1月にリリースした“Bling-Bang-Bang-Born”は国内外で大ヒット、アニメのオープニングテーマにもなったこの楽曲はキャラクターが踊る「#BBBBダンス」とともにブームを巻き起こした。
いまや子どもから大人まで大衆に支持されるようになったCreepy Nuts。ヒップホップユニットとしての彼らは一体どんな存在なのか? 何を成し遂げたのだろう? 音楽ライターの柴那典が、そのヒットの背景と、大舞台に上がるまでの二人の軌跡を紐解く。
ランキング総なめ、2024年を代表するヒット曲となった“Bling-Bang-Bang-Born”
Creepy Nutsが『第75回NHK紅白歌合戦』に初登場を果たす。
もちろん披露する曲は“Bling-Bang-Bang-Born”だ。ストリーミング配信の総再生回数は7億超、Billboard JAPANの年間総合ソングチャートなど各種ランキングを総なめにした、名実ともに2024年を代表するヒット曲である。
“Bling-Bang-Bang-Born”は海外でも大きな反響を集めている。テレビアニメ『マッシュル-MASHLE- 神覚者候補選抜試験編』のオープニングテーマとして書き下ろされたこの曲。アニメのオープニングでキャラクターが踊る「#BBBBダンス」がTikTokやYouTubeショートなどでダンスチャレンジのブームを巻き起こし、それがきっかけとなって国内外に楽曲が広まった。
しかも、リリース時点でのチャートアクションを見ると、アメリカなど海外でのバイラルヒット(※)が先にあり、その後に日本でチャートを上昇したことが示されている。日本で先行してヒットしていた楽曲が海外にも波及していくという、これまでの世界的ヒットの流れとは逆の流れだ。「Billboard Global 200」では週間最高8位を記録。先日NHKにて放送された番組『NHK スペシャル「熱狂は世界を駆ける~J-POP 新時代~」では、この曲がウクライナで真っ先に広まったということが明かされていた。ウクライナでは軍の兵士が踊る動画もバイラルヒットしたという。
※従来のヒットとは違い、SNSでの「いいね」や「シェア」、動画やサブスクの再生回数といった、デジタル上での“バズ”を数値化したヒットのこと。
2人にとっても「紅白」は夢物語のひとつ。掲げた未来像の実現
Creepy Nutsにとっても「紅白」の舞台は待ち望んでいたものだったはずだ。“土産話”にはこんなリリックがある。
<なぁ、相方 じゃこの先は?
ホールにアリーナ またデカい山
ガキ使にピザ? カウントダウンに紅白
まぁ今年も年末空けとくわ…>
2021年9月リリースのアルバム『case』のラストに収録されたこの曲は、「音楽で食えるようになるとは夢にも思っていなかった」という結成当初から時を経て、武道館やフェスの大舞台に立ち、憧れの人との共演も果たすなど数々の成功を手にした当時までの彼らの足跡を綴ったナンバーだ。ただ、その時点でも、「紅白」は夢物語のひとつだった。けれど、そこで歌われていた予言は、いま、それを上回るスケールで形になりつつある。すでに彼らはアリーナでのワンマンライブも成功させ、2025年2月には初の東京ドーム公演も開催予定だ。
こうして彼らが手にした成果に感慨深いものを感じている人も多いのではないだろうか。
考えてみれば、Creepy Nutsは最初からヒットチャートを駆け上がること、J-POPのメインストリームのど真ん中でスターとなることを未来像に持ったユニットだった。
インディーズ時代の2017年にリリースした“助演男優賞”のミュージックビデオには、「売れる」ことを目指したレコード会社のマーケティング戦略に翻弄される彼らの姿がコミカルに描かれる。そのMVの時点で「踊ってみた」動画が現象を巻き起こすという、いまの「#BBBBダンス」につながる描写があるのも示唆的だ。
R-指定は自らのルーツとして、11歳の時に SOUL'd OUTに出会ったことがヒップホップに傾倒するきっかけになったと語っている。“土産話”のリリックにもある通り、二人を結びつけた憧れの対象はRHYMESTERだ。アンダーグラウンドなラッパーたちが頭角を現していた00年代のヒップホップシーンの潮流の中で、J-POPのオーバーグラウンドなフィールドで活躍したり、ロックフェスに出演したり、ラジオで番組を持ったりと多方面な活動を見せていたグループに憧れを抱いたことが彼らの根っこにある。
「売れること」と「消費されること」のあいだでもがく
Creepy Nutsは「人気者」への道を歩み続けてきたユニットだ。でもその道のりはまっすぐなものではなかった。R-指定とDJ松永は「売れること」と「消費されること」のあいだでもがき続けてきた2人でもある。
二人のスキルは申し分ない。というか飛び抜けている。DJ松永は『DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIP FINALS 2019』のバトル部門で優勝したターンテーブリスト。そして R-指定は、2012年から2014年にかけて『ULTIMATE MC BATTLE』(UMB)グランドチャンピオンシップ3連覇を果たしたラッパーだ。2015年にスタートした『フリースタイルダンジョン』は一世を風靡し、そこでもR-指定は初代モンスター、二代目ラスボスとして2010年代のMCバトルブームを牽引した。
それでも2017年のミニアルバム『助演男優賞』に収録された“未来予想図”にはこんなリリックがある。
<ダンジョンが終わり 世間の熱は下がり
冷やかし半分だった客足は遠ざかり
担がれた神輿 道端に置き去り>
<したり顔のヘイター皆 水を得た魚
真っ先に槍玉あげられんの俺かな?
「お前のせいでシーンにガキが増えた」
「お前らが間違った広め方をしたせいだ」と>
2017年の時点で「ブームが終わり、テレビやメディアに見放された」未来像を自嘲的に歌っていたCreepy Nuts。だが、現実はそれとは真逆の方向に進んでいった。メディアは彼らを放っておかなかった。
成功と葛藤のはざまで。「テレビの人気者」を捨て勝ち取ったもの
2018年4月には『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0(ZERO)』 がスタート。2019年4月からはDJ松永がTBSラジオの新帯番組『ACTION』の水曜レギュラーに抜擢される。
テレビの出演回数も激増した。DJ松永が『有吉ゼミ』で潔癖キャラとして人気を博したり、激辛グルメにチャレンジしたり。R-指定が『人志松本のすべらない話』に出演したり。2020年頃からはバラエティ番組で活躍する2人を目にすることも増えていった。
2019年8月にリリースされた『よふかしのうた』は、そうしたラジオでの人気の高まりや芸能界での人脈の広がりを反映した作品と言っていいだろう。表題曲も『オードリーのオールナイトニッポン10周年全国ツアー』のテーマソングとして書き下ろした一曲である。
それだけに、同ミニアルバムに収録された“生業”もとても重要な一曲だ。トラップのビートに乗せてセルフボースティングのリリックを綴るこの曲。ヒップホップユニットとしての自分たちの信条を真っ向から歌っている。それは「未来予想図」のリリックにある「したり顔のヘイター」へのメッセージでもあるだろう。
露出はその後も増えていった。2021年にはDJ松永が東京オリンピックの閉会式にDJとして登場するという大きな出来事もあった。この頃、親交の深いオードリーの番組『あちこちオードリー』に出演した時にはテレビの人気者になったことへの戸惑いや葛藤なども包み隠さず語っていた。
そして2023年、Creepy Nutsは音楽活動に専念するためにバラエティー番組への出演を止め、レギュラーだった『Creepy Nutsのオールナイトニッポン』も終了させる。
つまり「テレビで人気者として持て囃される」状況を自ら捨てて、自らの「生業」で勝負しようと決意したことで生まれたのが“Bling-Bang-Bang-Born”のヒットだったわけである。「売れること」と「消費されること」の間で、成功と葛藤の両方を味わってきたのがCreepy Nutsのヒストリーだ。そうした足跡の末に、音楽のパワーで有無を言わせない成果を勝ち取った。そこに大きな意味があると思う。
「J-POPとしての日本語ラップ」の新たなフェーズをこじ開ける
いまのCreepy Nutsの勢いを示す曲が“Bling-Bang-Bang-Born”の一曲だけでないこともポイントだ。音楽的な「覚醒」を果たしたターニングポイントは2023年9月にリリースした“ビリケン”だろう。わかりやすいトピックとしてはジャージークラブのビートを取り入れたことが挙げられるが、それだけでなく、畳みかけるようなフレーズとR-指定の声の表現力はそれまでの楽曲とは明らかに違うモードを示している。
そして、彼らがインタビューなどでたびたび語っているように、“Bling-Bang-Bang-Born”はCreepy Nutsにとって決してヒットを確信してつくった曲ではなかった。ここまでの状況が生まれることは予想していなかったという。同時期にはドラマ『不適切にもほどがある!』の主題歌である“二度寝”もリリースしている。こちらも勝負曲だったはずだ。
さらに9月には TVアニメ『ダンダダン』のオープニングテーマ“オトノケ”をリリースした。ジャージークラブのビートだけでなく、「ダンダダン」の音韻にあわせて執拗に韻を踏んでいくリリック、キャッチーなサビのメロディと、完全にいまの「Creepy Nutsの黄金律」を確立したことを示すような一曲だ。
筆者は10月19日・20日にさいたまスーパーアリーナで開催された『Coke STUDIOライブ 2024』でCreepy Nutsのライブを観た。NewJeansなどジャンルを超えた国内外の人気アーティストが集ったイベントだ。そこで初披露されたのが“オトノケ”だった。“ビリケン”“二度寝”“Bling-Bang-Bang-Born”の流れに“オトノケ”が鉄板曲としてセットに加わったことで「J-POPとしての日本語ラップ」の新たなフェーズをこじ開けてる感じをまざまざと感じた。
物語の世界に寄り添う新しい回路。彼らが成し遂げた「偉業」
「J-POPとしての日本語ラップ」とはどういうことか。そこにはふたつのポイントがある。ひとつはここまで述べてきたように、Creepy NutsがJ-POPのど真ん中を歩んできたユニットであるということ。人気者としてメディアに重宝され、そのことの恩恵も葛藤も味わってきた二人ということだ。
そしてもうひとつは、J-POPの産業としての大きな特徴であるアニメやドラマ主題歌のタイアップという構造の中で、ひとつの鮮やかな答えを出しているということだろう。“オトノケ”はまず韻として『ダンダダン』を踏まえたものになっているだけでなく、オカルトやホラーを題材にしたアニメの世界観にのっとって、憑依するものとされるものの関係を音楽になぞらえるという、自分たちの曲としても説得力を持つメッセージ性を成立させている。
この曲はR-指定からアカペラで送られてきたラップをもとにDJ松永がトラックをつくるという制作方法をとったのだという。こうした作り方も楽曲の聴き心地のよさや展開のダイナミックさにつながっているはずだ。
ここ最近ではアニメのタイアップからヒット曲が生まれることが多くなっているが、そこで肝心となるのが作品の世界観とアーティストのクリエイティブが良質な化学反応を生んでいるということだ。たとえば『君の名は。』とRADWIMPS、『THE FIRST SLAM DUNK』と10-FEETはその好例だろう。
ただ、ロックバンドやシンガーソングライターに比べ、ヒップホップユニットがこうしたタイプの楽曲をヒットさせた例は少なかった。そもそもラップは自分自身のことを表現するアートフォームである。ヒップホップはストリートカルチャーに由来がある。他者の物語に寄り添うことは本来的には相性が悪い。ただ、 Creepy Nutsはたぐいまれなるスキルでその新しい「回路」を切り拓いたのだと思う。
Creepy Nutsの成功は、ひとつのマイルストーンになった。もちろん、セルアウトを良く思わないタイプのヒップホップヘッズはいまも昔もいるだろう。しかし、かつてのR-指定やDJ松永のように、いまの彼らに憧れる10代はそれ以上にたくさんいるはずだ。
そういう意味でも、彼らが成し遂げたことはとても大きな偉業だと思う。
- リリース情報
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Creepy Nuts 両A面シングル 『二度寝 / Bling-Bang-Bang-Born』 通常盤1,100円(税込)
- プロフィール
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- Creepy Nuts
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R-指定とDJ松永によるHIP HOPユニット。2017年Sony Musicよりメジャーデビュー。2020年にリリースされた『かつて天才だった俺たちへ』が話題に。2021年、アルバム『Case』をリリース。収録曲“のびしろ”のストリーミング再生数が自身初の累計1億回を突破した。2022年9月に最新アルバム『アンサンブル・プレイ』をリリース。2024年1月にリリースした“Bling-Bang-Bang-Born”がストリーミング累計再生数7億回を超え、国内外のチャートを席巻。日本のみならず海外フェスへの出演や、2025年2月には東京ドーム公演の開催が決定している。
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