平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太よるグループ「Number_i」が、2024年を締めくくる紅白歌合戦に初出場し、デビュー作“GOAT”を披露する。
2024年元旦にラップナンバー“GOAT”を発表してから約1年、華々しい活躍を見せてきた。9月にはアルバム『No.Ⅰ』をリリース、初週40万枚超えで、2024年度で3番目に多い売上を叩き出すなど、さまざまな記録を達成する大ヒット。注目すべきは、その先鋭的な音楽が多くの人に届いているということだろう。
今回は、著書『現代メタルガイドブック』の監修・主筆を行った音楽ライターのs.h.i.が、“GOAT”をはじめ、『No.Ⅰ』の音楽性を紐解く。また、どうして世界に届いたのか、紅白において“GOAT”が披露されることの特異性について、紐解いてもらった。
“GOAT”が象徴するトリックスター的在り方。音楽的に攻めた楽曲が紅白に
2024年はNumber_iの年だった。それを象徴するのが“GOAT”だろう。この曲は『第75回NHK紅白歌合戦』の出場曲目でもあるのだが、『紅白』の長い歴史を見渡しても、音楽的にこれほど攻めた楽曲が選ばれたことは稀ではないか。
曲の長さは2分40秒ほどしかないのに、場面転換は頻繁で(ざっくり分けても5パートほどある)、ラップ主体のボーカルラインにはほとんどメロディがない。ダブステップ(※1)やヒップホップにロック的な歪みを加えて撹拌したようなサウンドには、いわゆるハイパーポップ(※2)のジャンル越境性や加速的な勢いを推し進めた感触もあり、そうした展開の激しさや奇妙さそのものが耳を捉えるフックになっている。
このようなやり方で突き抜けたかっこよさを示し、しかもヒット性のあるポップソングとして成り立たせてしまった例は、今までの日本にはほとんどなかったように思う。
※1 「2ステップ」に「ダブ」の要素を融合して生まれたジャンル。 「ダブ」とは、録音された素材に様々なエフェクトや加工を施して新しい作品を生み出すリミックス手法。
※2 既存の概念を破壊する自由な楽曲構成に加えて、過剰にエフェクトをかけたトラックやボーカルが特徴的な楽曲を総称するもの。
とはいえ、こうした音楽スタイル自体は、J-POPの周辺領域でも以前から取り組まれてきたものだった。例えば、ももいろクローバーZやBiS、でんぱ組inc.、ゆるめるモ!、BABYMETALといった(2010年代以降の意味での)楽曲派アイドルは、メタルやハードコアパンク、クラウトロックやノイズまで網羅する音楽性と曲展開の多彩さで各方面に衝撃を与え、ミュージシャンや音楽ファンの意識を変えてきた。
これは2010年代K-POPにおけるマキシマリズムに先行するものだったし、100 gecsのようなハイパーポップや、YOASOBIの“アイドル”をはじめとする近年の「Gacha Pop」に繋がる部分も多い。Number_iの音楽もこうした流れに連なるものなのだが、それにしても“GOAT”のコアさは群を抜いている。前掲のアイドルポップやGacha Popが印象的なメロディで複数ジャンルを結びつける傾向にあるのに対し、“GOAT”にはメロディ面での耳触りのよさはほとんどなく、ビートやサウンドの刺激が前面に出ているのだ。
これはいままでの日本でヒットするタイプの音楽ではなかったのだが、“GOAT”は今年の1月1日にデジタルリリースされてから3日間で1000万回再生を突破。これは、日本の男性アーティストのデビューシングルとしては最速記録だ。YouTubeにおける1月3日のMVデイリーランキングでは世界1位を獲得し、現時点では1億回以上再生されている。
こんなことが可能になったのは、メンバーがこれまで培ってきたスキルや巨大なファンダムに、先鋭的な音楽性が呼び起こした多方面からの注目や評価が加わったからだろう。かくのごとく“GOAT”という楽曲は、Number_iというグループのトリックスター的な在り方をとてもよく表している。
世界に届けるための戦略。『コーチェラ・フェスティバル』出演は「アジア代表」の側面も
“GOAT”の発表後もNumber_iの音楽性は広がり続け、アルバム『No.Ⅰ』では曲ごとにジャンルを変える混沌とした豊かさを呈しているのだが(※)、それらの音楽性はいずれも時代の流れに即したものだった。
※『No.Ⅰ』の収録曲やアルバム全体の構成についてはこちらのコラムで詳説した。Number_i『No.Ⅰ』は特別な作品だ――平野紫耀・神宮寺勇太・岸優太が独自の道を追求した1stアルバムを徹底考察(和田信一郎(s.h.i.)、Mikiki、2024年10月4日公開)
2020年代に入ってから世界的に流行してきたY2K(※1)リバイバルはポピュラー音楽でも重要なテーマになっていて、ヒップホップとロックの交差領域であるミクスチャーロック(※2)でも、インディポップやR&B、クラブミュージックにおいても、90年代後半から2000年頃の作品やその空気感が参照されている。これは『No.Ⅰ』収録曲の大部分についても言えることで、“GOAT”や“Numbers”といった特殊な展開をする曲も、パーツ単位では上記のようなトレンドを目ざとく意識している。
※1 Y2Kは「Year2000」の短縮形で、読みは「ワイ・ツー・ケー」。 Y2KのKはkmやkgなどに使われる1,000を表す単位の接頭語で、つまり西暦2000年のこと。ファッションや音楽で当時の様式を取り込むこと。
※2 英語圏ではニューメタルまたはラップメタルというのが一般的。
12月22日に放映されたNHKスペシャル『熱狂は世界を駆ける〜J-POP新時代〜』では、そうした空気感やメンバーの姿勢が、直接的にではないもののはっきりしたかたちで示されていた。同番組は、Creepy Nuts、Number_i、新しい学校のリーダーズの3グループの海外活動についての密着取材で、その終盤では、88risingのショーン・ミヤシロがインターネット経由で新しい学校のリーダーズを発見し、自身がアメリカで主催する音楽フェスティバル『Head In The Clouds Festival』に2021年に招聘、世界的ブレイクに導く様子が描かれた。
88risingはアジアのカルチャーシーンを世界に発信するために設立された音楽レーベル〜メディアプラットフォームで、2022年には『コーチェラ・フェスティバル』のメインステージにプログラム「Head In The Clouds Forever」として登場。中国のジャクソン・ワン、韓国のCL & 2NE1といったスターたちとともに、日本からは宇多田ヒカルが出演し大好評を得た。そして、2024年には「88rising Futures」として再びコーチェラに登場し、日本からは、新しい学校のリーダーズ、Awich、Number_i、YOASOBIが出演した。
つまり、Number_iのコーチェラ出演にはこうしたアジア代表としての側面がある。NHKスペシャルでは、「ここ数年はアフリカやラテンアメリカ、アジアからのアーティストも増え、よりグローバルになっています。今後も規模は拡大し大きな影響力を持ち続けるでしょう」というマイク・ヴァン(米ビルボードCEO)のコメントも紹介されている。
ここ数年のポピュラー音楽領域では、ロザリアやNewJeansなど、英語圏の外からもスターや重要な作品が輩出され続けていて、その勢いが集客と批評の両面から求められるようになっている。コーチェラへの88rising参加はこのような流れを象徴するもので、Number_iがそこに乗ることができたのも、活動初期から世界を意識した作品づくりを続けてきたことが大きいのだろう。
そして、世界に届けるにあたっての戦略としては、最新の音楽を知り、それらと張り合えるくらい先鋭的な取り組みをしていくことが重要だ。変則的だと見なされがちなNumber_iの音楽性は、以上のような観点からすれば、むしろ正統派な部分も多いのだ。
「自分たちの好きな音楽を」メンバー間の共通認識がアルバムに統一感をもたらす
同番組で放映されたインタビューからは、こうした音楽性に取り組む各人の姿勢がにじみ出ていた。平野紫耀の、「守りに入ったことをやっても……もっと振り切りたいなというのもあったので」「ざっくりはしているんですけど、より多くの人に届けたいということですね。年齢層も性別も国も問わず、より多くの人に一度聴いてもらいたいという目標なのかな」というコメント。
また、岸優太の、「泥臭くといいますか、いろいろなことに挑戦していいんじゃないかなっていう。今回も、もちろん大歓声をいただくのが目的で行っているわけじゃなくて、僕たちを知ってくれる第一歩としてこうやって行っているので」というコメント。
そして、神宮寺勇太の、「自分たちが発信したい音楽を発信して、それをよく思っていない人たちがいたとしても、好きになってきたみたいなふうに思ってもらえたら一番うれしいです。とにかく自分たちの好きな音楽を出していきたい」というコメント。
言い回しはそれぞれ異なるが、挑戦しつつ届けたいという意志は共通している。『No.Ⅰ』収録曲の音楽性がバラバラなのに、アルバム全体としては不思議な統一感があるのは(※)、メンバー間のこうした息の合い方によるところも大きいのではないだろうか。
ちなみに、同番組のバックステージ・シーンでは、神宮寺勇太がナイン・インチ・ネイルズ『The Downward Spiral』(1994年に発表されたインダストリアルメタルの名盤)柄のTシャツを着用している様子が映されていた。これはNumber_iの“INZM”(特にHyper Band ver.)にそのままつながる要素で、メンバー自身が好きだからこそこのような音楽性に取り組んでいることがよく伝わってくる。こうやって趣味と実益を兼ねているようなところも、Number_iの音楽の強さやリアルさ(ヒップホップ的な文脈では特に重視される要素)の源になっているのではないかと思う。
※12月2日にサプライズリリースされた『No.Ⅰ』のデラックス版では、冒頭に新曲“HIRAKEGOMA”が追加収録されているのだが、この曲はNumber_iのコアな要素とポップな要素のすべてを網羅する構成になっていて、それがアルバムの優れたイントロダクションとしても機能している。これが1曲目に入ることでアルバム全体の完成度が数段増しているので、オリジナル版に慣れた方もぜひデラックス版を聴いてみることをお勧めする。
Number_iは「アーティスト」か「アイドル」か
こうした音楽性や活動形態について、メンバーが在籍していたKing & PrinceとNumber_iを比べて「アイドルからアーティストになったのか」とか、「Number_iはアイドルとアーティストのどちらなのか」というような反応もあって、ファンの間でも意見が分かれているようにみえる。それに関しては、「Number_iはアイドルとアーティストのどちらでもあり、どちらでもあるからこそ到達できる領域を切り拓いている」とみるのがしっくりくる。
そもそも、アイドルとアーティストを分ける必要があるのか? という問題もある。両者は作品のクオリティ云々ではなく、活動形態やステージングといった見せ方、プレゼンテーションの在り方の違いでしかない。だから、冒頭で述べた楽曲派アイドルのように音楽的に優れているものも多数あるし(実際、各ジャンルの音楽マニアを惹き込んだからこそ大きな潮流を生み出せた側面もあった)、アーティストやバンドがアイドル的な支持を得ている場合も少なくない(好きな対象がアーティスト枠なために、アイドル的にのめり込んでいることを自覚していない……というタイプのファン層も多い)。
また、自分で作詞作曲するのがアーティストだ、そうでないのはアーティストではないという考え方も根強いが、ジャスティン・ティンバーレイク(NSYNC)やハリー・スタイルズ(One Direction)、G-DRAGON(BIG BANG)やRM(BTS)など、アイドルとして活動するうちに制作にも積極参加するようになり、アーティストとしての評価を確立していく人も近年は目立って増えてきた。こうなると、アイドルとアーティストという括りの境目は曖昧になってくる。Number_iはそうした流れに連なるグループでもあるのだろう。
このような、アイドル的な立ち位置からアーティスト的な活動を増やしていったタイプの人に共通する特徴として、コアな表現をより広い層に届けることができるというものがある。
例えば堂本剛は、Kinki Kidsとしてアイドル活動を続けつつ、.ENDRECHERI.名義で世界屈指のファンクバンドを運営し、ジョージ・クリントンとの共演からP-FUNKの一員に迎え入れられてもいる。アイドル活動で培った圧倒的な華はアーティストとしての表現力を倍加しているし、ライブの最後で毎回20分超のジャムセッションを行う(事前取り決めなし、ファンクのグルーヴを保ちながら全メンバーがソロをとる)活動は、ファンの音楽リテラシーを高めるエデュテイメントとしても優れている。
そうした在り方について音楽プロデューサーSWING-Oが述べた以下の発言は、堂本に限らず多くのアイドル&アーティストに当てはまるものだろう。
「ヒップホップであれなんであれ、どのシーンの人たちでも結局ヒット曲を作らなきゃいけないっていう時に、どうしてもJ-POP的な要素を求められてしまうじゃないですか。どんなにコアなものを持っていても、マスに吸収されそうになっていく図式って、どんなジャンルでもあると思うんだけど。最初からマスなところにいる人、タレントとしての存在感がうまく作り上げられた人は、あとはどこへ行っても、むしろ行くところがコアであればあるほどよかったりする。(中略)やっぱりアイドルというかポップスターこそ、コアを求めてるんだなって思うんですよ」
Number_iの活動は、このような在り方をそのまま体現するものだ。“GOAT”のような楽曲を『紅白歌合戦』に出せることも、『No.Ⅰ』のような特異な構造のアルバムを大ヒット(※)させてしまうことも。そして、そこに先述したY2Kリバイバルとの対峙を絡めて考えるなら、世界的には飽和し落ち着き気味になってきた感もあるそうした潮流を、それがまだ広まりきっていない日本で個性的なかたちで紹介することにより、これまでの流れを引き継ぎつつ新たな流れを作り出す可能性も生まれる。
『No.Ⅰ』収録曲のうち「J」的なポップスの文脈に連なるもの(“Blow Your Cover”や、各人のソロ曲である“Bye 24/7”透明になりたい”Recipe”など)も、日本からしか生まれないかたちでの優れたY2Kリバイバルとみなせる。このように、世界的トレンドの紹介または発展役としての存在感を示すことができるのは、Number_iがアイドル性とアーティスト性の両方を備えているからだろう。こうしたトリックスター性、コアなことをマスに届ける存在感は、2024年を通して高まり続けてきたように思う。そして、その一つの到達点となるのが紅白での“GOAT”披露なのだ。
紅白「歌」合戦で“GOAT”は、新鮮で美味しい闇鍋のような存在感を示すだろう
本稿の冒頭では、“GOAT”について「こうした音楽スタイル自体は、J-POPの周辺領域でも以前から取り組まれてきたものだった」としつつ、「紅白の長い歴史を見渡しても、音楽的にこれほど攻めた楽曲が選ばれたことは稀ではないか」と述べた。この話についていくつかの補足をすることで本稿の結びとしたい。
「こうした音楽スタイル」の例として挙げた楽曲派アイドルポップスや、ある種のK-POP、ハイパーポップ、Gacha Popといった音楽スタイルは、いずれも印象的なメロディを軸に多彩な音楽要素を結びつける構造になっている。言い換えれば、どれだけ多彩なジャンルを横断してもそれらは添え物で、根本的には歌が主体の、伝統的なポップスの延長線上にあるものが大半なのだ。
それに対して、“GOAT”のような曲では、歌=ラップはメロディよりも多彩なビートに意識を向かわせる入り口になっている。特に“GOAT”の場合は、曲名を連呼する箇所がジャージークラブ(※)のビートになっているというように、歌もリズム構造の面でバックトラックと並ぶ、つまり対等な存在感を示している(これは、ヒップホップのビートオリエンテッドな側面を強調したようなものでもある)。
※NewJeans“Ditto”やCreepy Nuts“Bling-Bang-Bang-Born”では低音のキック≒バスドラムで刻まれている「5つ打ち」(16分音符で数えるなら4+4+3+3+2拍になっている)ビートのこと。2023年から2024年にかけて世界的に大流行した。
音楽における「歌」の立ち位置や機能を大胆に入れ替えてしまった、こういった曲が紅白「歌」合戦で披露され、初めて観る人々に大きなインパクトをもたらすのは、「歌」一般の在り方や受容のされ方という点においても、非常に意義深いことだと思われる。
また、初めて観るということに絡めて言うと、“GOAT”はいわゆるコミックソングとも異なり、一般的には文脈をほとんど共有されていない、そもそもどう反応するのが正解かさえ示されていないタイプの曲だ。
例えば、2016年の『第67回紅白歌合戦』でピコ太郎が披露した“ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)”は、歌とビートの関係性という点ではじつは“GOAT”にかなり近いのだが、コミックソング的な立ち位置の明示、笑ってもOKなものだという目配せがしっかりなされていたために、視聴者はあまり困惑せずに楽しむことができるようになっていた(※)。
※ピコ太郎が2024年11月10日に出演した日本テレビ系『笑点』では、会場に集まった高齢者の方々が“PPAP”のカウベルに合わせて裏打ちで手拍子を揃えていた。これは日本人のリズム教育における偉業と言っていいくらいの達成だろう。「マスに届ける」ことの意義はこういったところにもあるんだな、と実感させられたのだった。
一方、“GOAT”にはそういう目配せがなく、ジェットコースターに乗せられているような刺激を、自分が乗せられているのはジェットコースターなのかさえわからない状態で与えられるような音楽になっている。『紅白歌合戦』は一年間の流行が一堂に会する場で、日本で一番多くの文脈が交差する機会でもあるわけだが、そこに“GOAT”のような曲が投下され、文脈を共有せずに理屈抜きのインパクトで引き込む、新鮮で美味しい闇鍋のような存在感を示すことになる。
こんなことができるトリックスターは滅多にいないだろう。当日のパフォーマンスがどんなことになるか、そして続く2025年の活動はどんな広がりを見せるのか。目の当たりにするのが本当に楽しみだ。
- 作品情報
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Number_i
『No.Ⅰ (ナンバーワン)』通常盤(CD)
価格:3,300円(税込)
- プロフィール
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- Number_i (ナンバーアイ)
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2023年10月に結成された平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太からなるグループ。滝沢秀明が代表を務めるTOBEに所属する。2024年元日にデビュー作となるラップナンバー“GOAT”を配信し、3月にCDリリースした。
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