『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』はなぜ伝説となり、商業化したか。著者・小原晩に訊く

仕事をサボり、都心のビルとビルの隙間に挟まって、ファミマの唐揚げ弁当を食べる――。私家版ながら、インパクト抜群のタイトルと表題作、共感を呼ぶ文体で話題となり、累計1万部を突破したエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』。2024年、多くの人の注目を集める本作が、実業之日本社から商業出版された。私家版の23篇に、新たな17篇のエッセイが加わりさらにパワーアップした。

作者は、小原晩。私家版での販売時は執筆から発送まで、そのすべてを自分でやっていたというから驚きだ。ヘアサロンに勤務し、ビルの隙間でファミマの唐揚げ弁当を食べていた小原が、気鋭の作家となるまでに歩んできた道のこと。そしてこれからのこと。小原本人に聞いてみた。

「もう私だけのものじゃない」。『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』は如何にして伝説になり、商業化にいたったか

─2022年の私家版刊行からずっと話題書であり続けた『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が、ついに商業出版されましたね。おめでとうございます!

小原:ありがとうございます! 私家版をつくったばかりのころは、こんなに読んでもらえるとは思っていませんでした。

─20刷越え、1万部以上も売れるなんて、なかなか想像できないですよね。商業版の帯にも「伝説的ヒット」と書かれていますが、出版不況のなかで私家版の本がここまで広まるのはまさに伝説です。独立系の書店を中心に広まっていった印象ですが、刊行時はどうやって販路を確保したのですか?

小原:自分でいろいろな本屋さんに行って、「この本屋さんに置いてもらいたい」と思うところに連絡していました。直接本屋の店主さんを目の前にして、「この本を売ってください」と言うことはなかったですが、メールで連絡するだけでもだいぶ緊張しましたよ。

ー私家版の人気が確立しているなか、どんな経緯で商業出版に至ったのでしょうか?

小原:じつは、最初に『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が出た2022年のうちには商業出版することが決まっていました。ただ、とくにタイミングを決めていなかったんです。

そんななか、2024年の4月ごろにダウ90000の蓮見翔さんが、YouTube番組「佐久間宣行のNOBROCK TV」で私の話をしてくださって。そのときに累計発行部数が7000部くらいから一気に1万部を超えて、当時はすべての作業を自分でやっていたので、とんでもない発送作業量になっちゃったんです。

小原:執筆の時間も取れなくなってしまって、これはもう自分の手元に置いておくのは無理かもしれないと思い始めました。「ちょっと急ぎ目でつくりたいのですが……」と編集さんに相談して、このタイミングで商業出版することになりました。

ーご自身のInstagramでは、商業化にあたって「自分の手を離れるさびしさとうれしさ両方あります」とも書かれていましたね。

小原:『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』をきっかけに、いろいろな人に声をかけてもらえるようになったり、仕事をいただけるようになったりしました。自分にたくさんの経験をさせてくれた本なんです。

だから、自分だけのものではなくなることへの寂しさはありますね。でも、同時に、出版社さんに入ってもらうことで、もっと手に取りやすい場所に置かれることへの嬉しさもあります。

時間を置いたから書けること。商業版で追加された新たな魅力

─商業版では、新たに17篇のエッセイを追加されていますね。その意図や経緯を教えていただけますか?

小原:もともと、1篇1篇が短かったり、収録作も多くはなかったので、判型がコンパクトな私家版だから成り立つ程度のページ数しかなくて……。商業版で発売するために、ページ数を増やさなければならなかったんです。担当編集者さんと「少なくとも倍は増やしてください」「それは無理です」とやり取りをしつつ、最終的に17篇の追加に落ち着きました。

小原:むずかしさはありましたが、結果的にすでに私家版を読んだことのある人でも、楽しんでもらえる内容になったのではないかと思います。

─書き下ろしで新たに入れるエピソードはどのように決めましたか?

小原:新たに書いたものは、私家版をつくっていた当時も書こうとはしてみたものの、上手く書けなかったものが多いです。大事にしたこととしては、すでにある『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』のトーンを崩さないというか、ある一定の明るさを保ちながら書きたいと思っていました。

─私家版当時は上手く書けなかったことというと、例えばどんなことですか?

小原:「銀座、ふたりきり」とかは当時、上手く書けなくて、今回追加しました。このエッセイが入っている「若者」という章では美容室を転々としていたときの話を書いているんですけど、私家版当時はどうやって美容室を辞めたかまでは書いていなくて。時間を置いて、どういう流れで辞めたかについて冷静に書けるようになったのかなあ。

あとは、恋愛の話も足しました。「タコとうんめい」っていう作品です。当時はどう書いていいかわからなかったけれど、いまは書けるようになって。なんで書けるようになったのかと言われるとはっきりはわからないんですけど。

「そのエッセイが求めている完成形がある」。小原の執筆作法と又吉直樹の影響

─エッセイでは、つい最近のこと以外にも数年前、あるいはもっと前の思い出を書かれることもあると思います。エピソードはどこかにストックされているのですか?

小原:『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を書くまでは、とくに何かを書こうと思って生きてきたわけではないので、特別メモとかがあるわけではないです。

どちらかというと、音楽を聞いたり、散歩したりしているときに、「あ、この道はあの人と通ったな」とか「このつけ麺屋でお腹いっぱいになりすぎて、テスト中にお腹を壊したな」「あの人ファミレスでスクランブルエッグを醤油で食べてたな」とか、そういうのを思い出します。

─記録していなくても、臨場感を持って文章化できるのがすごいと感じます。その要因は何だと思いますか?

小原:「記憶力がいいんですね」って言ってもらうことがあるんですけど、そうでもないんですよね。最近、友達に「あのときディズニー行ったじゃん」と言われて、私はまったく覚えてなかったんです。「それ私じゃないよ」なんて言ってたのにディズニーで一緒に撮った写真が出てきたのは怖かったです。

たぶん、覚えていることと覚えてないことが結構分かれているんでしょうね。こころが揺れた瞬間に関してはよく覚えているようで、それも、あのとき、相手のかけていた眼鏡の端っこに朝日が反射して光ったな、とかそういう細部を中心に覚えていることが多いです。

─そうやって思い出されたエピソードは、どのように編集しているのでしょうか?

小原:ただそのまま書くのではなく、そのエッセイにとって必要な言葉かどうかを見定めながら調整しています。その出来事が起こったときの気持ちをあらためて思い出すというよりは、作品として面白いかどうかを重要視しています。なんとなく、そのエッセイが求めているかたちがあるような気がするんです。

小原:あと、私が作家になったきっかけの一冊に又吉直樹さんの『東京百景』(角川文庫)というエッセイ集があるのですが、本当にいろいろなかたちで文章を書かれているんですよね。小説のようなものもあればコント脚本のようなものまで。だから、エッセイはこんなふうにいろいろな輪郭を許してくれるものだという感覚があるのかもしれないです。

その時々にどう感じて、どう書くか。エッセイでも小説でも変わらない、小原の創作姿勢とは

─この2年で、自分発信の創作だけでなく、お仕事の依頼を受けることも増えているかと思います。制作において何か変わったことはありますか?

小原:まだ書籍は2冊目ですが、チームでつくることの難しさはずっと感じています。単純にコミュニケーションの量も増えますし、大人同士の会話でよくある「行間を読む」が苦手で。私が行間を読もうとすると何も喋れなくなって空白だけがそこに生まれてしまうんです……。

─エッセイ以外にも小説など別の表現にも挑戦されてきたと思うのですが、書くことが浮かばないとかスランプになることはありませんか?

小原:画家のデイヴィッド・ホックニーの展示を見に行ったときに、同じモチーフを何度も描いているのを見たんですよね。描かれた時期によって画材が変わっていて、違う作品として成立していて、「そうだよな」と感じたんです。

同じ話でも、エッセイで書くのと小説で書くのは全然違う。いま書くのと10年後に振り返って書くのでも全然違う。だから、1回書いたことはもう書いちゃいけないなんてないと思いました。そういう意味では、書くことが枯渇することはないだろうなと思います。

それに、人間、時が経っても人生におけるモチーフみたいなものってそんなに変わらないんじゃないかとも思うんです。私はたぶん、これからも歩くことが好きだしお湯に浸かることが好き。きっと何回もそういうことを書くと思う。大事なのは、その時々にどう感じて、どう書くかなのかなと思います。

ー商業版になったことによって、『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』はこれまで以上に広い人に届いていくと思います。こんな感想がほしい、こんなふうに読み解いてほしい、といった想いはありますか?

小原:好きなように読んでほしいと思います。読者が私の作品を読んで感じたことがすべてだと思うので。

ー代表作とも言える『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が巣立っていって、小原さんご自身はつぎの目標を考えていらっしゃるのかなと思います。今後についてのビジョンを教えてもらえますか?

小原 :いまは小説と詩に目が向いています。エッセイを書くことに関してもですが、まだいろいろなことが始まったばかりなので、こつこつと積み重ねていけたらいいなと思っています。

書籍情報
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』

2024年11月14日発売
著者:小原晩
価格:1,760円
発行:実業之日本社
プロフィール
小原晩 (おばら ばん)

1996年東京生まれ。2022年、自費出版(私家版)エッセイ『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行し、書店の店頭を起点とした口コミやSNSで話題に。2023年、大和書房よりエッセイ『これが生活なのかしらん』を刊行。北欧、暮らしの道具店「お星さんがたべたい」、小説丸「はだかのせなかにほっぺたつけて」など多数連載中。



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