福島県の沿岸北部に位置する南相馬市。その南部にある海と山に囲まれた自然豊かなまち小高区は、2011年の東日本大震災と原子力災害の影響により、居住人口が一度ゼロとなった。帰還困難区域を除くエリアで避難指示が解除されたのは、2016年のこと。次第にこれまで住んでいた人々が戻り、若い人や起業家の移住も増え、再生に向けて新たな賑わいを生み出している。
そんなチャレンジを続ける小高区の現在の姿や、そこに集う人々の暮らしと活動を発信する場が「おだかる」だ。
1月31日から3日間、東京・下北沢のBONUS TRACKで初のイベント『おだかる展 meets 写真家・石田真澄』が開催された。展示では、これまでのおだかるの取り組みを伝えるとともに、写真家の石田真澄さんによる「小高のかがやき」をとらえた写真、そして小高生まれの産品が展示され、新たな小高の姿を体現する内容となった。今回は、そんな『おだかる展 meets 写真家・石田真澄』の様子を、石田さんのインタビューを交えながらレポートしていく。
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移住定住プロモーション/おだかで、はじめる。おだかで、つながる。「おだかる」
東には太平洋の美しい景色、西には阿武隈高地の豊かな緑がある小高区。海洋性気候により、夏は海から吹くやませの風で涼しく、冬は降雪が少なく穏やかな気候に恵まれている。文化の面では、馬を追う神事「相馬野馬追(そうまのまおい)・野馬懸(のまかけ)」の開催地としても知られ、1000年以上の歴史を持つという。
小高区の居住人口は、東日本大震災と原子力災害発生以前は12800人程度だったが、かつての地元住人が徐々に戻るとともに新たに移住する人も増え、現在は3800人余りまで回復している。その魅力は、遊ぶ、働く、食べるがほどよく揃い、自分らしい暮らしを実現できるところにあるという。そして、小高というまちに惹かれ、働き、暮らす人びとのリアルな姿を多角的に発信していく移住定住プロモーションとして、2021年に『おだかる』が誕生した。
「おだかる」では「おだかで、はじめる。おだかで、つながる」を合言葉に、小高に住む人・もの・場所といった多角的なテーマで、ウェブサイトや動画共有サービス、SNSを活用しながら、これまでに約350ものコンテンツを発信してきた。いまでは企画・制作を担当する区役所の担当職員や現地のクリエイターのみならず、地域住民自らも加わるようになり、自分たちの活動やまちの魅力を紹介するための「誰もが使えるプラットフォーム」として機能しつつあるそうだ。イベント『おだかる展 meets 写真家・石田真澄』では、そのような「おだかる」のこれまでの取り組みがパネルで紹介された。
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展示空間の中心には、小高に暮らす人々が持つ価値観である「おだかるまいんど」が6つの言葉に落とし込まれ、その言葉の下には食品や地酒、工芸品など、小高を代表する物産を展示。小高で活動する人々のしなやかで自立したマインドが伝わってくる。
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小高工房の「小高一味」
それらを囲むように展示されているのが、東京を中心に活動する写真家の石田真澄さんの写真だ。石田さんが小高のまちに3日間滞在し撮影された写真は、現在の小高の日常にある魅力を爽やかに、どこかノスタルジックに映し出す。
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「人がいた形跡に惹かれ、シャッターを切っていった」写真家・石田真澄が捉える、小高のまち
今回の展示のために、昨年12月に石田さんは小高を訪れ、3日間かけて小高のまちを巡り撮影を進めていったという。滞在中は、32か所ほどの候補地の中から石田さんが興味を持った場所を中心に十数か所を選んで巡り、多角的なまちの表情を受け取っていった。実際に小高を訪れた時、どのようなまちの印象を受けたのだろうか。
石田:福島県自体はほとんど行ったことがなく、知っていることといえば南相馬市という地名くらいでした。実際に小高に到着し、最初に感じた印象は、歴史ある場所なのに目に留まる建物全てが新しいという、一種の違和感でした。それはもちろん、一度すべてがまっさらになり、復興の途中段階にある場所だからなのですが、初めて見る光景に驚いたのを覚えています。
それから3日間かけて色々な場所を巡り、撮影しながら、地域の人たちとじっくりコミュニケーションを取り、時にはお家にあがらせてもらうこともあった中で、小高には人が集まる場がしっかりあることに気づきました。
もともと住んでいた年配の方も移住した若い方も、お茶を飲んだり本を読んだりしながら、オープンにコミュニケーションをとり、横のつながりを紡いでいこうとしている。そういう点にモチベーションの高さを感じ、その時に関わった人たちのあいだにある関係性まで伝わったらいいなと思いながら撮影していました。
そのような石田さんと地域の人との交流の中で撮られた全14点の展示作品からは、人びとの営みを感じる風景やあたたかな光、澄んだ空気感が漂い、小高らしさが感じられる。石田さんは特に、小高で魚屋を営む谷地魚店の谷地さん、花き農家兼花屋として活動する、hinatabaの菊地さん一家との交流が印象的だったという。
石田:谷地さんのお家にお邪魔した時は、コタツのなかでお話を聞かせていただいたのですが、お茶や食べ物をどんどん出してくださって。おそらくご夫婦は60代から70代だと思うのですが、そういった昔ながらのやりとりが新しい建物の中で行われていることが新鮮で。不意に目に入った新聞入れの袋や買い物用かごから、ご夫婦のここでの生活が垣間見えるなと感じて、シャッターを切りました。
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石田:小高区に移住した菊地夫妻が営むhinatabaは、花屋だけでなく、花を栽培・販売する花き農家でもあり、そこで花が栽培されている畑を見させていただきました。
ビニールハウスのなかで栽培されていたのは、冬に旬を迎えるラナンキュラス。そのつぼみを、お二人のお子さんが小さな手で指差し、花に親しむ様子や家族3人のおだやかな雰囲気が、見ていて微笑ましくて。私も普段からお花を買うことが好きなのですが、生産の場までは見たことがなかったので、すごく新鮮で、楽しい撮影の時間でした。
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石田さんの作品は、光のかがやきをとらえているものが多い。実際に撮影に訪れた時、小高では冷たい北風が吹きながらも、冬らしい澄んだ空気の中広い空から降り注ぐ光が一層魅力的に感じられたという。
石田:やっぱり光がある場所が好きで、自然と目を向けてしまうんですよね。特に好きだったのが、焚き火をしていた場所で見た光です。煙と光が相まって、すごくきれいでしたね。
さらにまちを散策していると、若者たちの姿もよく見かけたそうで、その行動から垣間見える文化的な側面にも興味を持ったそうだ。
石田:夕方、学校帰りの生徒たちが帰路につくため小高駅を利用するのですが、待合室があるのに、電車が来るまでの数十分間を、みんな外のホームで座って喋りながら待っているんです。多分それは、小高の高校に通う生徒たちにとって「こっちの方がイケてる」という感覚があるからだと思うんですよね。そういう生徒たちのあいだで流行っている文化というか、中高生にしかないような感覚を感じ取れたのもよかったです。
最終日に訪れた村上海岸で見た光景も印象的でした。海の周りは全部きれいに整備されていて、地方特有の寂れた感じも一切ない。そこで起きたことの大きさを改めて実感しました。そして海岸を歩いていると、どこかから楽器を練習する音が聴こえてきて、寒い中トランペットを練習している男の子を見つけました。海に向かってトランペットを吹いている、その佇まいがすごく良かったことを覚えています。
今回の展示では、このように意図的に特定の人物は見せず、人がいたであろうことがわかるような写真や風景がセレクトされている。一方で、「相馬野馬追」で有名な小高では、馬も象徴的な存在だ。作品には馬のモチーフや馬そのものも映され、観る者の目を引いた。
石田:メインビジュアルにもなっている馬の写真は、乗馬体験を提供しているHorse Valueさんの厩舎で撮影しました。ここにいる馬たちは引退した競走馬なのだそうですが、私が行った時には、ずっと馬小屋から顔を出しているきれいな馬がいて。人懐っこい子でした。
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これらの一つひとつの写真の背景にあるストーリーは、展示されている作品のキャプションからも読み取ることができた。最後に、石田さんが今回の展示で感じた手応えについて話を伺った。
石田:私は、人がいたであろう場所を撮影することがすごく好きで。今回もそういった形跡を見つけながら、ぬくもりを感じられる写真を撮ることができたと思います。また、今回の展示全体を見ても、小高区の取り組みを情報として紹介するのではなく、その土地の人々のマインドやまちが持つ空気感を作品としてしっかりと伝えられる展示となったのが、すごくよかったなと思っています。小高のまちを身近に感じ、興味を持ってくれたら嬉しいですね。
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小高の写真を入り口に、物産や移住にも注目。「おだかる展」を観た感想は?
「おだかる」初の試みとして、小高のまちを飛び出して東京の下北沢で開催された『おだかる展 meets 写真家・石田真澄』。
「小高には、自分たちのことを自分らしく表現している人たちが特に多いと感じています。下北沢のBONUS TRACKは、そんな小高の人びとと親和性がある場所だと思ったんです」と語るのは、この展示を企画した南相馬市・小高区地域振興課の森和紀さん。
実際に会期中は、アンテナの高さや視野を広く持つ人、石田さんの作品のファンが訪れ、同時に展示されていた物産品にも興味を持ち、小高のことをより深く知ろうとする姿に手応えを感じたという。
展示に訪れた人からは「思わず、どこで買えるのか、どういうところがつくっているのか調べてしまうほど、特産品がすてきだなと思いました」との声が。
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来場者の方が思わず調べたというiriser - イリゼ -の「ていてつ ネックレス」と「おだかうめ ネックレス」
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また、東北出身で南相馬市の復興の姿に興味を持ち訪れたという人もいた。
「もともと石田さんの写真にも興味があったのですが、震災の時の被害が大きかった南相馬市の展示が東京で行われるということで、なかなかない機会だと思って観にきました。小高のことは今回の展示で初めて知ったのですが、展示を通して被害の大きさを改めて知ると同時に、写真や特産品からは復興の営みが伝わってきました。機会があればぜひ行ってみたいです」
一方で、移住というテーマに惹かれたという人も。
「展示されている写真や言葉を通して、都会とは違う、ゆったりとした時間の流れがあるなと感じました。こういう自分らしい暮らし方もありだなと感じましたし、小高という魅力ある場所を知ることができたのもよかったです」
福島県南相馬市にある小高区の人々と、東京で暮らす人々の感性が重なり合った今回。石田さんの写真の感性と響きあい、特産品にも興味を持ったことで、小高や移住に関するパンフレットを持ち帰る人も多かったようだ。おだかるの取り組みはこれからも続いていく。その再生の姿を追う人は、今後も増えていくだろう。
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- おだかる
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福島県南相馬市小高区の移住定住プロジェクト。チャレンジを続ける小高の現在の姿や、そこに集う人々の暮らしと活動を発信している。
- プロフィール
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- 石田真澄 (いしだ ますみ)
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写真家。1998年⽣まれ。大学在学中の2018年に初作品集『light years -光年-』を刊⾏。2019年に2冊⽬の作品集『everything will flow』を刊⾏したほか、雑誌や広告などで活動を行っている。
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