ヘアサロンという場の可能性を信じる。代々木上原「OFF!CE」はカルチャーを発信し、人と人をつなぐ

多くの人が定期的に足を向ける場所、ヘアサロン(美容院)。行きつけがある場合、例えば数か月に1度、美容師とたわいのない会話をする時間が必ずある。それはそこに通うほかのお客さんも同じことで、なるほど、街の情報の集積地になりうる場所だ。

東京・代々木上原の「OFF!CE(オフィス)」は、規定の枠を超えて挑戦を続けるヘアサロンだ。例えば、街の「インフォメーションセンター」を自負し、隅々まで巡ってZINEをつくったり、ユースカルチャーの発展を願って、地元の若い世代と50代以上の架け橋になろうと企んだり。オーナーの青山翔史さんは、ヘアサロンの可能性を拡張しようと奮闘する。

さらに青山さんは、ヘアサロンや美容業界だけではなく、お客さんとの関わりを通して、マイノリティーへの差別をはじめ、街や地域、そして都市のあり方にまで目を向ける。それはなぜなのだろう? 「OFF!CE」の挑戦を紐解きながら、ヘアサロンのかたちを考える。

移り変わりの早い業界で、「OLD&NEW」の精神を受け継いで

代々木上原駅から徒歩約2分。ヘアサロン「OFF!CE」の扉を開くと、シルバーの無機質な枠組みに緑とアート作品が溢れている店内に迎えられる。原宿のヘアサロンで長年、店長として働いてきた青山さんの審美眼によって選ばれたプロダクトや作品が並び、ヘアサロンでありながらも、カフェやギャラリーのような雰囲気も感じる。そこに並べられているものは、「流行りのもの」ばかりではなく、アンティークファニチャーや江戸切子といった伝統工芸品も織り交ぜられている。

「OFF!CE」は、長年にわたって街から愛されてきたというアンティークショップ「SIEBEN(ジーベン)」と同じ場所にある。

「OLD&NEW」を掲げる「SIEBEN」の店舗には、欧州ヴィンテージ家具や照明など、国内外の暮らしにまつわるストーリー溢れる品々が並び、時と文化と人が交流する空間をつくり上げていた。そんな「SIEBEN」は惜しくも2024年6月に実店舗を閉店——しかし、「SIEBEN」の意思を引き継ぐかのごとく、同じビルの3階に、新たな街のハブを目指すヘアサロン「OFF!CE」がオープンしたのだった。

「OFF!CE」は、この「OLD&NEW」という言葉を大切に引き継いでいるのだという。その背景のひとつには、「OFF!CE」が長く続き、いずれは「OLD」になりたい、という思いがあると、青山さん。

「僕らの業界って新陳代謝が早いんですよね。ファッション業界の隣にいるものですから、どうしてもトレンドというものとうまく付き合わなくてはいけない。それ故に、消費が激しいし、早いんです。新しいものがすぐに廃れて、また次の新しいものが出てくる。この業界は『NEW&NEW』。そのなかで長く残っていくのは難しいことですけど、うまくOLDになっていきたいと願っています」

青山さんの話す「OLD」は「古さ」ではなく、「長く残ってきたもの」という意味合いが込められている。そんな「OLD」に青山さんはリスペクトを感じているという。

「いまも新しくいろんなものをつくっているビッグメゾンブランド(※)にも歴史がありますよね。長く残ってきたという付加価値があるし、そこにもっと尊敬があったほうがいいと思っているんです。残ることって、新しくつくることよりも難しいのではないでしょうか」

そう語る青山さんの思いを体現しているのが、サロン内でのみ読めるオリジナルZINE『OFF!CE MAGAZINE』だ。

※メゾン(maison)はフランス語で、家、住宅という意味。会社、店という意味もあり、ファッション業界では主に、ブランド、メーカー、会社を指す。ビッグメゾンとは、ビッグブランド意味になり、明確な定義はないものの、一般的にシャネルやエルメス、ルイヴィトン、クリスチャン・ディオールなどのハイブランドが該当する。

街の隅々まで足を運んで記録したZINE——「インフォメーションセンター」としての役割

現在、Volume.4まで到達した『OFF!CE MAGAZINE』では、「OFF!CE」に訪れたお客さんとの会話で知り得た近隣のあらゆるスポットを、青山さん独自の視点で紹介。掲載スポットには、青山さん自ら足を運び、魅力を体感することを心掛けるという編集者顔負けの行動力もうかがえる。紙面には話題のスポットだけでなく、街で長く愛されている老舗の紹介も多く、ここでも「OLD&NEW」が体現されている。

当初は、代々木上原の外から来る人たちに向けて、街の魅力を知ってもらおうと始めた『OFF!CE MAGAZINE』。そこには青山さんの「それぞれのお店がその街についてお客さんに対して説明する必要がある」という思いがあった。

「僕はこれまで原宿と表参道という街で働いていたので、渋谷近辺の都市開発をずっと見てきたんです。建物の変化とともに、街そのものも転換と循環を繰り返しています。一方で、新しくオープンした商業ビルには、どこも同じお店が入っていたりします。例えば、どのビルにも同じコーヒーショップがあって、それが全国のどこにでもあるお店だったりする。

そうなると、その街たらしめるものがどんどん消えていってしまう。でも、ここ代々木上原には個性あるお店がまだまだたくさんある。さらに渋谷や新宿という都心からすぐのアクセスにありながら、広大な緑が広がる代々木公園もある。そういう場所を残し続けなくてはいけないと思っているんです。残っていくことで、きっと、僕らが『SIEBEN』さんをリスペクトしていたように、次の『種』になるような人たちへ勇気を与えると思っています」

また、その当初の目的に加え、想像していなかった効果も。

「付近に住んでいる人たちがマガジンをとても喜んでくれていて。私自身も勝手に、地元の人はすでに街を知っていると思っていたんですが、意外と深く知っている人って少ないんですよね。いまでは『街の情報を見にきた』と言ってくれる方がいるくらい。『インフォメーションセンター』としての役割が生まれました」

実際に、生まれ育った場所や暮らしている場所だからこそ当たり前の景色となり、あらためて調べることは少ないように思う。だが、テレビ番組や商業雑誌などで地域が紹介されるとうれしかったり、誇りに思ったりするように、ほかの誰かの視点から見る街には、近すぎると気付けない魅力があるのだろう。

「他業界にいるから伝えられる」アーティストとのコラボレーションに込める思い

「OFF!CE」ではZINEだけでなく、ステッカーやワイングラス、アクセサリーなどのオリジナルグッズ、待ち時間に楽しむことができるドリンクやスイーツなどのカフェメニューのプロデュースまでしている。

青山さんだけでなくスタッフも関わり、それぞれが関心のあるデザインやプロダクトの企画に参加。美容師としてお客さんが求めるヘアスタイルを提案することはもちろんだが、美容師はもっと活躍できるという青山さんの「確信」によって、スタッフも自由に挑戦できる機会が生まれている。

「美容業界では長らく、賃金の低さを含めた労働環境の悪さが課題視されてきました。この業界がより高い水準に上がっていくためにも、改善していく必要があると考えています。同時に、この業界にいる一人ひとりに、美容師以外の才能や魅力が必ずあると思っていて、それを活かせる場所があれば、みんなもっと豊かになれるはず。培った知識は必ず、本業の美容師としても活かせると思っています」

また『OFF!CE』では、お客さんとして訪れる若手クリエイターや、そのつながりで出会ったアーティストたちとのコラボレーショングッズも展開している。

青山さんが働くへアサロンに10年通うグラフィックアーティストのNEOは、「OFF!CE」とのコラボレーションステッカーを制作。「ここは来るたびにワクワクを感じられる、刺激チャージスポット」と話すNEOは、青山さんの「カウンセリング時にお客さんから見せられるAI生成画像やアニメキャラクターのヘアスタイルなどの、実際の人間の髪型ではないヘアスタイルも肯定」する姿勢を具現化したという。浮世絵の代表作とも言える「見返り美人図」の構図をもとに、ヘアスタイルは現代的という非現実的な描写が、AI生成画像のような違和感を生み出している。

さらに、「OFF!CE」のお客さんからの紹介で出会ったタトゥーアーティスト、YABESIAN(ヤベージャン)とのコラボレーションでは、バケットハットをデザインした。「ヘアサロンという場所でありながら遊び心にあふれ、僕の大切にしている『つねに自由でオープンマインドである』という考えとも共鳴しました」と話すYABESIANは、店内にあふれる植物からインスピレーションを得て、繊細な線画を用い、幾何学的ながら自然の生命力を感じられるデザインを制作した。

こうしてほかの業界で活動するアーティストやクリエイターとコラボレーションする理由として、青山さんは「他業界にいるからこそ、伝えられることがあるから」と強調する。

「YABESIANくんに関して言うと、彼はとても仕事ができるし、コミュニケーションも丁寧でハキハキしています。だけど、タトゥーというだけで、まだまだ偏見の眼差しを向けられることも多いんです。例えば、彼はいまのスタジオを借りるまでは、入居を断られてきたそうです。タトゥーを入れていない僕が、『タトゥーが入っているからといって、みんながチャラチャラしてるわけではない』と伝えていくことで、そうした偏見を少しずつなくしていけるんじゃないかと思っています。

それに、『OFF!CE』にはタトゥーが入っている方もたくさん来てくれています。タトゥーが入っているというだけで、言葉にはしないものの、社会や周囲に対して少し遠慮しているような人もいて。せっかくデザインして入れたんだから、もっと胸を張ってほしいじゃないですか。だから、タトゥーアーティストとコラボすることで、偏見を持っている人たちに対しても『うちはウェルカムです』と伝えられるんじゃないかという思いもあって、コラボをお願いしました」

こうした青山さんの思いは、偏見を持っている人たちだけでなく、タトゥーが入っている当事者たちにとっても安心してヘアサロンで時間を過ごせる理由にもなる。今回は現状でタトゥーが持つイメージや偏見について話してくれたが、今後「OFF!CE」が外国人アーティスト(特にブラックコミュニティや、虐殺を受けている地域のルーツを持つ人)や、クィアアーティストなど、現状の社会でマイノリティとされる属性を持つ人たちとのコラボレーションをすることで、ヘアサロンを通して偏見や差別を解きほぐし、あらゆる人たちが共存する未来を提案していくことができるだろう。そんなヘアサロンになっていくことを期待したい。

若者と年配者をつなぎ、ユースカルチャーの土壌を耕したい

ZINEやユースクリエイターとのコラボレーションを通して、代々木上原という街を内外ともにつなぎ合わせてきた「OFF!CE」。そこには、代々木上原はユースカルチャーが発展しづらい土壌になっている、という危機感から動き出した面もあるという。

「この街に住んでいるのは地主の方が多いんです。そのおかげで『OFF!CE』はうまくいったと思うのですが、ユースカルチャーの循環という視点で見るとスローになってきている気がして。このエリアのお店のオーナーさんは、僕と同じように30歳以上の方ばかり。昔は20代前半で渋谷や原宿にお店を出すことも夢ではなかったけど、いまではかなり難しいと思う。だからこそ代々木上原は、自分より若い人たちがもっと気軽に入ってこられる街であってほしいなと思うんです」

ユースカルチャーの一例として、青山さんは「スケートボード」を例に挙げ、代々木公園の再整備とともにこの街からユースカルチャーを伸ばしていきたい、と話す。

「今夏を目指して、代々木公園でスケートボードをしているキッズたちのユニフォームを『OFF!CE』で開発しようと思っています。道交法違反の状態で走ってしまうと、住民から苦情が来たり、悪いイメージを持たれたりしてしまうので『うちのユニフォームを着ているんだから、危ないことはしないでね』とコミュニケーションをとることもできると考えて。ユース世代と、僕よりも上の世代をつなぐ潤滑剤のような立ち位置になりたいんです」

都立代々木公園の再整備の一環として、無料で誰もがスケートボードを楽しめる「アーバンスポーツパーク」が2025年2月にオープン。2021年にスケートボードがオリンピック種目となり、日本人が金メダルを獲得したことを皮切りに盛り上がりを見せている。そんななか、渋谷と原宿のあいだという、多くの人が行き交う代々木公園にスケートパークができたことで、今後一層スケートボードを含むユースカルチャーが成長していくだろう。

変化が起きるとき、必ず障壁となる存在や声も大きくなっていく。そのとき、そうした批判や異議を含むすべての声を聞き、対話を続け、新たなかたちを提案する存在が必要になる。青山さんはその役割を「美容室が担えるのではないか」と考える。

「美容室は、フリートークできる時間がとても多いことが特徴だと思うんです。サービスを提供してお会計するだけではない交流があるので、生きた情報を交換できます。人から直接聞いて得た情報って、SNSなどからの情報とは全然違いますよね。当事者から話を聞くからこそ、問題意識も強くなる。美容室ではそんなコミュニケーションができるし、向いていると感じています」

このように「OFF!CE」では、美容室をサロンの意味のひとつでもある「地域住民の交流活動の場」として開放し、あらゆるボーダーの線を引き直している。新たに引き直された線の内側には、多様な人たちが共存し、自由にワクワクを探求できる未来が広がっているのかもしれない。青山さんはこれからも「街のインフォメーションセンターとしてあり続けたい」、さらに「若者の『やりたい』を応援できるような場所にしていきたい」と話してくれた。

「ここは東京大学駒場キャンパス、そして青山学院大学青山キャンパスが近くにあるので、何かを始めたいという若者がかなり多いと感じます。かれらの『やりたい』を相談してもらえる場所にしていきたい。

そして、僕のような中年が、若者と60代くらいの先輩たちとのあいだを橋渡ししていく必要があると考えています。両者の話を聞かないと、絶対につながらない。そこをつなげるための架け橋になれるかが勝負だと感じています」

地方創生においても、30代、40代の人たちが、若者と年配者をつなぐキーパーソンとして重要視されることが多いが、それはここ、東京という大都市においても変わらないのかもしれない。

時代はスピードの調整がありながらも確実に変化し、そこにはその時代を生きる若者のエネルギーが大きく作用している。しかし、時代を生きるのは若者だけでなく、幅広い世代、アイデンティティ、バックグラウンドを持つ人たちがいるのも事実。誰もがその街に誇りを持つためには、そこで暮らす人々、営む人々、訪れる人々が排除ではなく、共存の選択を持った状態にこそ生まれるのかもしれない。そんな一端を「OFF!CE」が担っていくのだろう。

店舗情報
ヘアサロン「OFF!CE」

場所:東京都渋谷区元代々木町10-6 TYPE Sevenビル3F
代々木公園、代々木八幡、代々木上原駅から徒歩2分

instagram: shoji.aoyama
プロフィール
青山翔史 (あおやま しょうじ)

1986年生まれ。原宿のサロンで店長を5年ほど経験後、独立。



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