年130本超のドラマを観る明日菜子に聞く、ドラマと人間関係。「人は行きつけのバーにたどりつけない」

現実の社会が変化するのと同じように、ドラマのなかで描かれる人間関係も、時代を追うごとに変化している。

CINRAのPodcast番組『聞くCINRA』では、国内ドラマを中心に年間130本超を鑑賞するドラマウォッチャーの明日菜子さんをゲストに迎え、「ドラマで描かれる人間関係」をテーマにトーク。

ブログ「あすなこ白書」のほか、文春オンラインなどさまざまなメディアでドラマレビューを執筆するなど、活躍の幅を広げる明日菜子さんに、ジェンダーやセクシュアリティ、属性、人間関係について、いまのドラマがどう描いているのか、今年1月期の作品を中心に話を聞いた。

当たり前の価値観を正月から覆そうとした『スロウトレイン』

─年初にTBS系で放送された『スロウトレイン』(脚本:野木亜紀子、演出:土井裕泰)は子ども、ジェンダー、国籍などさまざまな関係性を描いた作品だと思います。あすなこ白書の記事「生産性のない私の物語『スロウトレイン』」も印象的でした。

明日菜子:『スロウトレイン』は毎年恒例の新春ホームドラマ枠で放送された作品で、独身の葉子(松たか子)、同性の恋人がいる潮(松坂桃李)、韓国人の彼氏と韓国に移住しようと考えている都子(多部未華子)という姉弟を描いたホームドラマです。

見始めたときは漠然と「新しいことをやってるんだな」と思っていたのですが、最後に葉子が「私は子どもを残しません」とはっきりと明言するんですね。そのときに「これってもしかして、日本の出生率みたいなものに寄与しない人たちのドラマなんじゃないか?」と、この作品の輪郭みたいなものが見えてきた気がしました。

ブログタイトルの「生産性のない私の物語」は言葉としては強いと思ったのですが、私も当事者になるかもしれない1人として、葉子の一言でグッとピントがあったのであえてつけました。

─葉子がマッチングアプリで出会った男性(宇野祥平)に「あなた孤独じゃないんですよ。だから簡単に言えるんです、一人でも生きていけるって」と言われ、寂しさについて考え始めるシーンが印象的でした。

明日菜子:宇野祥平さんが私の思ってることを代弁してくれたと感じました。葉子みたいなキャラクターって、いまのドラマに結構いるんですよね。おひとりさまを楽しく描くみたいな感じで。そういう女性の生き方ってかっこいいんですが、むしろ私個人は1人じゃ生きていけないと感じているタイプで。そういう人はドラマになりにくいので、宇野さん演じる男性の存在に「私がここにいる」と思えました。

─「1人だっていい」と肯定してくれる作品はもちろん必要ですが、誰かと生きていきたい人の居場所になる作品も大切ですよね。

明日菜子:ブログ記事の反響をかなりいただいたのですが、子どもがいない既婚女性から「正月の帰省の映像には当たり前に子供がいて、ふとニュースで見てると少し肩身が狭く感じるときもある」という感想をいただきました。

独身の私はいつもの光景としか感じていませんでしたが、見る人によって感じ方が違っていて。『スロウトレイン』は当たり前にある価値観をお正月から覆そうとしてたんだと思いました。

通常ドラマで放送しても反響はあったと思いますが、最も家族でテレビを見る機会かもしれないお正月に放送したからこその良さを感じましたね。

「人はなかなか行きつけのバーにたどりつけない」サードプレイスをあえてつくるという新しさ

─1月期のドラマで良い人間関係を描いていると感じた作品や、良かった作品はありますか?

明日菜子:最初に思い浮かんだのは、香取慎吾さん主演の『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ系。脚本:政池洋佑、蛭田直美、おかざきさとこ、大石哲也、演出:及川拓郎、村上牧人、谷村政樹)です。

香取慎吾さん演じる一平は元テレビマンで、いまは政治家を志望していて、次の選挙に向けた好感度アップとコネクションづくりのために、自分の妹家族と一緒に同棲するというホームドラマになってるんですが、自分の妹が亡くなっているのが大きなポイントです。

つまり、義理の弟である正助(志尊淳)と一緒に住んでいるということになるのですが、正助には2人子供がいて、上の子は正助とは血がつながってない、前の夫の子供なんですよ。もうよくわかんない相関図になってて。

男性だけの家庭というのも重要ポイントですが、そのハブになる妹さんがいないのがすごい大きいなと思って。女性がいなくて、潤滑油になる人もいない状態で、お互いに悩みながらもストレートに言葉をぶつけ合って、でこぼこだけど家族像をつくっていく。

他人として暮らしたほうが気楽なのでは? みたいなことをわざわざやってるのが、すごく新しいと思いましたね。

明日菜子:NHKの夜ドラの『バニラな毎日』(脚本:倉光泰子、演出:一木正恵、安達もじり、押田友太、影浦安希子)も良かったですね。小説が原作で「たった1人のために開かれているお菓子教室」をテーマにしている作品です。

永作博美さん演じる佐渡谷真奈美と蓮佛美沙子さん演じる白井葵と、もう1人ゲストが毎週来て、お菓子作りをする話なんですが、なぜ生徒がたった一人なのかというと、、そこがカウンセリング患者のためのサードプレイスだからなんです。

サードプレイスは家庭でも職場でも学校でもない第3の場所を持つことによって、人生が幸福になるという考え方です。サードプレイスの概念自体は昔からドラマでも出てきますよね。主人公に行きつけのバーがあって、よく話せるマスターがいてみたいな。

でも現実には、人はなかなか行きつけのバーにたどり着けないと思うんですよ。なのに、ドラマでは主人公に備わってる“装備”として描かれることが多い気がするんです。

この作品の良さは、お菓子教室が意図してつくられているサードプレイスであることだと思っていて、「サードプレイスって自分でもつくれるんだ!」と思わせてくれる。もちろん、お菓子教室に厨房を貸してくれるような洋菓子店には、なかなか巡り合えないと思うんですが、サードプレイスをつくろうと思えば自分たちでもできることを提案しているのが新しいと思いました。

─永作さんの関西弁がすごく良かったです。

明日菜子:わかります。最高。永作さんのお芝居は本当に心を打つというか。いろんな作品で「女性がなりたいと思う大人」を演じてることが多くて、すごくいいなと思いますね。

今回は「おばちゃん」みたいなキャラで、ズケズケ介入したり、ときには一歩引いて優しい言葉をかけたり、なかなかできることじゃないなっていう役をいつも演じられている印象ですね。

『ホットスポット』に感じた引っかかりと、時代の変化

─バカリズムさん脚本の『ホットスポット』(日本テレビ系、演出:水野格、山田信義、松田健斗)も話題になりましたが、明日菜子さんはどんなふうにご覧になりましたか?

明日菜子:女性3人のなかに男性が入ってくる物語は新しくて基本的には楽しく見ているんですが、高橋さん(角田晃広)の素性を周りの人がつい言って広がってしまう部分はちょっと気になりました。

また、⽊南晴夏さん演じる岡田綾乃が途中から登場して、なんか高橋さんが宇宙人だと言わないと、話がつじつまが合わないというシーンで「多様性を受け入れるとはこういうことなんだと思った」というモノローグがあったんですよ。

それを聞いた時に、やっぱり高橋さんの宇宙人という存在はこの世に生きているマイノリティのメタファーなんだと感じて。それを思うと、高橋さんが素性を隠して1人で生きてきたのに、いまは居場所があって、職場の人とも打ち解けてみたいな物語は良いけれど、アウティングがあったからこそ関係性が築けたみたいに思えちゃって、そこだけ、ちょっとうーんと。逆にそのセリフがなかったらファンタジーとして、ちょっと気になりつつも見れたと思うんですが、あの一言は少し引っかかりました。

明日菜子:ただ、『ブラッシュアップライフ』の次の作品としてはほんとによくできていると思うし、『架空OL日記』のときは擬態して男性が女性に混じっていたけれど、『ホットスポット』では、仲間に入れてもらっている感じはあれど、高橋さんが宇宙人のまま輪に入れていて、時代が進んだなと感じました。

─今期に限らず、人間関係の描き方で明日菜子さんが注目されている作品はありますか?

明日菜子:過去作品だと、昨年NHKで放送された『VRおじさんの初恋』(脚本:森野マッシュ、演出:吉田照幸、桑野智宏、石川慎一郎、中村俊介)ですね。中年おじさんの邂逅みたいなものを描いた作品で、野間口徹さん演じる独身男性の直樹が主人公で、趣味がバーチャルゲームなんです。直樹はVRのなかでかわいい美少女のアバターを使っているんですが、そこでかわいいアバターに出会い、ちょっと恋をしかける。そしたらアバターの人は坂東彌十郎演じるおじいさんだったっていう。

中年男性というか、おじさんとおじいさんの出会いみたいなものを描いていて、恋愛なの? 連帯なの? という曖昧なグラデーションが面白いと思いました。

直樹が無気力に生きているなかで美少女に出会って湧き上がった衝動は、確かに初恋に似ているんですよね。まさに、ちょっと形容しがたい関係性を突き詰めていて面白いと思いました。



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