駒澤大学と探す、「学び」のカタチ

人はなぜサウナを求める?『サ道』タナカカツキと駒澤大学教授が語る、サウナと生理心理学の関係

「ととのう」という言葉とともにブームが広がり、若者をはじめ多くの人が楽しむ文化として定着したサウナ。サウナ室から水風呂、外気浴を経た後に得られる多幸感や深いリラックス効果がその魅力だが、ととのった状態を科学的に解明する論文やエビデンスはあまり多くない。

『サ道』の作者であるタナカカツキ氏は、「本人が“ととのった”と感じても、それはその人の主観でしかない。もし、ととのいを科学的に解明して数値化できたら、もっと自分に合う入り方を探究できそうです」と語る。

その秘密を解き明かす鍵となりそうなのが、「生理心理学」。心電図や脳波などの生理計測を使い、心理状態によってどんな生理的な変化が起こるかを数値化する学問だ。

生涯にわたって「学び続けること」について探求する連載企画『駒澤大学と探す、「学び」のカタチ』。第3回ではタナカ氏と、生理心理学を研究する駒澤大学文学部心理学科の岩城達也教授に、サウナと心理学の関係性、さらには心理学を日常的に活用し、ウェルビーイングを向上させるアプローチなどを語り合う。

人はなぜジェットコースターに乗りたがる? 怖いと楽しいが同居する、人間の「混合感情」

―サウナと心理学の関係性について深掘りする前に、岩城先生のご専門である「生理心理学」について教えてください。

岩城:一般的には「心理学=カウンセリング」といったイメージがあるかもしれませんが、カウンセリングは臨床心理学の実践の一つであり、心理学にはほかにも「生理心理学」「認知心理学」「学習心理学」「社会心理学」など、さまざまな分野があります。

その中で生理心理学は、名前に「生理」が付く通り、「心を体の面から理解する」のが特徴です。具体的には脳波や心電図、筋電図、皮膚電気活動といった生理計測を使って、心理状態によってどんな生理的な変化が起こるかを数値化するというアプローチですね。

岩城:ちなみに、これから私が着手しようと考えているのは「安堵感」にまつわる研究です。たとえば、被験者に不快な音をしばらく聴いてもらい、その音が途切れたタイミングの脳波を計測します。音が聴こえなくなって安堵した瞬間に通常時とは違う脳の活動が起きていたとしたら、それを定量化することで「人が安心しているときの心理」を数値として評価できるようになるわけです。

―駒澤大学の岩城研究室では、そんな生理心理学の手法を用いた「混合感情」の研究を行なっているそうですが、この混合感情とはどのような感情なのでしょうか?

岩城:混合感情は喜怒哀楽よりも複雑な、複数の気持ちがミックスされた感情のことを指します。たとえば、誰かに「敵意」を抱いたとき、私たちは「怒り」という一つの感情に支配されているように思いがちです。しかし、実際には怒りだけでなく、「嫌悪」や「軽蔑」といった複数の感情が同時に生まれているケースがあるんです。ほかにも、ホラー映画を観たり、ジェットコースターに乗ったりするときには「怖い」と「楽しい」の相反する感情が入り混じっています。

タナカ:確かに、どうして人はわざわざ怖い思いをしてまでジェットコースターに乗りたがるのか。考えてみれば不思議ですけど、それも混合感情によって説明できるわけですね。

岩城:そうなんです。もう少し詳しく説明すると、たとえば動物園に行ったらトラやライオンを近くで観たいですよね。本来は恐怖の対象であるはずの猛獣に近づきたくなるのは、そこに「檻があって安全」という前提があるからです。

人はどんなに脅威を感じる存在であっても、同時に強い「関心」を抱きます。それでも普通は恐怖のほうが勝ちますが、安全が確保された状況下では関心が恐怖を上回るため、「近づく」という真逆のアプローチに至るわけです。

タナカ:なるほど、それは面白い。サウナに絡めると、わざわざ熱いサウナや冷たい水風呂に入るというのも、けっこう矛盾した行動ですよね。

タナカ:しかも、最近なんてサウナ室は「熱ければ熱いほど」、水風呂は「冷たければ冷たいほど」人気だったりします。普通は避けて通りたいはずの過酷な状況に、わざわざお金を払って飛び込んでいくというのもおかしな話ですが、これも混合感情が関係しているんでしょうか。

岩城:おっしゃる通り、熱い・冷たいといった辛い感情よりも「関心」が勝つのだと思います。加えて、サウナの場合は裸で過ごすという非日常感や、いわゆる「ととのう」状態への期待感など、ネガティブな感情を上回るポジティブな感情が多いのではないでしょうか。

タナカカツキの「サ道」は、生理心理学のアプローチに通じる

タナカ:ちなみに、岩城先生は普段サウナに入りますか?

岩城:じつは、あまり入らないんです。ただ、タナカ先生の『サ道』を読んで、サウナ後の「ととのう」という状態がどんなものなのか、すごく興味が湧きました。職業柄、「気持ちが変化する状態」というものに強い関心があって、以前はみずから催眠術にかかってみたり、「暗闇かつ無音の部屋」で3日間過ごす実験に参加してみたこともあります。ちなみに、タナカ先生は初めてサウナに入ったときから、ととのう状態になったんですか?

タナカ:サウナ自体は子どもの頃から興味本位でたまに入っていましたが、いわゆる温冷交代浴(※サウナ室で体を温めたあとに、水風呂でクールダウンする流れを繰り返すこと)は、水風呂が苦手でちゃんとやったことがありませんでした。

タナカ:あるとき、サウナに入ったあとの火照りをどうにかしたくて、足だけを水風呂につけていたんです。すると徐々に熱が引いて寒くなってきて、またサウナ室に入る。それを繰り返していたら徐々に気持ちよくなり、気持ちも穏やかになってくると同時に、頭の中にアイデアがどんどん浮かんできた。もう、止まらないくらいにあふれてきて。

最初は、サウナに入る前に食べたシチューのスパイスの効果なのかと思ったんですが、シチューを食べずに温冷交代浴をやったときにも同じ状態になって、「これ、サウナには何かあるな」と。そこから、サウナについて調べたり、いろんなサウナ施設でいろんな入り方を試したりと、自分の体を使った検証を始めました。

岩城:それが、タナカ先生の「サ道」のはじまりだったんですね。いろんな入り方を試して検証するうちに、最も心地良くととのうための最適解みたいなものも分かってきましたか?

タナカ:そうですね。サウナ室の一番熱い上の段で限界まで我慢した場合、下段の高温になりすぎない場所で長く入った場合、あるいは胃の中に何か入った状態のとき、1日の中のどのタイミングで入るかによって違いはあるかなど、その都度、細かくメモをとりながら何年も検証していたら、何となく自分にとっての正解が分かるようになりました。

最初は一人でそんなことをやっていましたが、2012年頃からSNSが普及して、どうやらいろんな人が同じような実験をしていることが分かって。その人たちとつながり、意見を交換するようになりました。ととのったときの共通点を探したり、どのサウナ施設の何が良かったのかをディスカッションしたり。サ道の世界がさらに広がっていきましたね。

岩城:タナカ先生のやっていらっしゃることは、心理学研究の世界に通じるものがあると思います。特に、サウナに入るタイミングを変えてみたり、自分の体のコンディションごとに「ととのい」の状態を検証していくやり方は、私が研究している「生理心理学」の検証のアプローチそのものだなと感じました。

タナカ:サウナと心理学、ちゃんとつながりましたね(笑)。ただ、岩城先生の研究との大きな違いは、それをきちんと「数値化」できていないことなんです。検証しているといっても、結局は自分たちの感覚でしかない。実際のところ、サウナ室、水風呂、外気浴という一連の工程のなかで、頭の中でどういうことが起きているかというのは、すごく興味がありますね。

結局、サウナで「ととのう」とは、どういう状態なのか?

―たしかに、タナカさんが自身の体を使って探究してきたことを、生理心理学で数値化して解明できたら面白いですね。サウナが心身に与える影響を裏付ける、貴重なデータが取れそうです。

タナカ:そうなんですよね。実際、サウナって入る前と後では気持ちがまるで変わるので、それをしっかり数値化してみたい。(サウナの本場である)フィンランドではわりと研究されているみたいですが、日本人とフィンランド人とではものの感じ方も違うでしょうからね。

岩城:私も少し調べてみたのですが、タナカさんがおっしゃるようにサウナを科学的に解明する論文やエビデンスは、あまり多くはないようです。ただ、ひとつ興味深い論文があって、被験者がサウナと水風呂を体験したときの心拍数や心電図を計測し、サウナ温冷交代浴における自律神経活動への影響を分析しているんです。

その論文によると、サウナ室の高温から水風呂の低温になった瞬間、人の体は「防衛」のために交感神経系の活動が活発になると。ただ、人間の体は恒常性といって、つねに安定した状態を保とうとする仕組みがあるため、今度は副交感神経系が頑張って交感神経活動を抑制しようとする。こうした自律神経活動の変化が、いわゆる「ととのう」といった、サウナ後の強いリラックス感をもたらしているのではないかということでした。

―まさに、生理心理学的なアプローチですね。

岩城:すごいチャレンジだなと思いましたね。正直、サウナ室での実験って、かなりハードルが高いはずなんですよ。そもそも計測機器は発汗がNGで、汗の塩分によって正確なデータを取ることが難しくなるんです。

タナカ:それに、全裸で頭に電極をつけた姿っていうのも、かなり異様ですしね。僕だったらサイバーすぎる自分の状態に笑いが止まらなくなって、まともな結果が出ない気がする。

岩城:それでもチャレンジしてみようと思えるくらい、その論文に携わった研究者の方たちは「ととのう」という状態に関心があったのだと思います。それと似た話で、私が学生の頃に読んだ論文に「お坊さんの瞑想」にまつわる研究がありました。

実際にお坊さんの頭に電極をつけて、瞑想時の脳波を徹底的に調べていたんです。結果としてはあまり劇的な変化は見られなかったようですが、観察できる脳波変化のわりに、心理状態の変化の自覚は大きく、心理的な体験と生理変化のギャップが分かり、とても面白いなと感じた記憶があります。そうやって興味のあるテーマを自分で選び、そのときの心の状態にアプローチできるのも、生理心理学の魅力といえるかもしれません。

心理学を学び実践することは、心の健康にもつながる

―お二人のお話を伺っていると、生理心理学は私たちの日常とも関わりの深い学問だと感じます。サウナもそうですし、ほかにも生活のいろんな局面で、そのときどきの心と体の状態を分析したり考察したりすると、自分が健康でいるためのヒントも得られそうです。

岩城:本当にその通りで、心理学は日常生活のすべてに関係してきます。そういう意味では人生の役に立つ学問と言えるかもしれませんし、タナカ先生はまさに実践を通してそれを体現していらっしゃいますよね。実際にご自身の体でサウナが心身に与える効果をひたすら検証・評価し、その結果を踏まえてより素晴らしい体験につなげている。まさに研究者の在り方そのものだと思います。

タナカ先生のように、ある種の心理学を取り入れることによって人生の満足度を高めようとするアプローチや考え方は、とても大事だと思います。たとえば、人間関係や親子関係に悩んだときも、一歩ひいた視点で自分の心を観察してみる。ネガティブな感情が無くなるまで、自分の行動や接し方を変えては心の検証と評価を繰り返していくことで、状況を変えられる可能性だってあるはずです。

私たちはそのときどきの気持ちに囚われてしまい、どうしてその感情に至ったかの検証をおろそかにしてしまいがちです。心理学を学び、実践することには、自分のストレスと正しく向き合い、心の健康を保つことにもつながるのではないでしょうか。

タナカ:たしかに、いま自分の心はどんな状態にあるのか。それを観察する方法やテクニックを知っているだけでも、だいぶ違いますよね。そういう意味では、これからの世の中では特に、先生のされているような研究がもっともっと必要になってくるんじゃないかと思います。

タナカ:ちなみに、現在のサウナの盛り上がりは「第三次」のブームと言われています。過去2回のブームとの違いは、疲れた心を浄化したり、頭をリセットしたりする目的でサウナに通う人が非常に多いこと。あるいは、常にスマホを眺めて情報のなかにどっぷり浸かっている状態から、わずかな時間でも逃れたいという人が多い。「ととのう」という言葉がこれだけ浸透したのも、そのことを表していますよね。

とはいえ、いまの僕らはそれをすべて「勘」でやっているわけで。「こういう入り方をしたら、ととのった」とかっていうのも、すべては勘でしかない。この先、生理心理学がより発展し、さまざまな生理的な変化から「心の状態」を計れるようになって、それをウェアラブルなデバイスによって数値化できたら、自分は何をすると心地よくいられるかがハッキリしますよね。勘ではなく科学的な根拠に基づいて自分の心と体のバランスをとれるようになる。そういう意味では、とんでもなくポテンシャルのある学問だと思います。

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