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「一緒にバンドをやらない?」
作曲家志望の学生が、ハーバード大学で知り合った映画監督志望の学生に声をかける。答えは「イエス」。バンドメイトになった2人は、ルームメイトにもなった。やがて、コンビを組んで映画を作りはじめる――数々の映画を世に送り出した2人の名前は、『セッション』『ラ・ラ・ランド』『ファースト・マン』などを手掛けた作曲家のジャスティン・ハーウィッツと、映画監督のデイミアン・チャゼルだ。
「21歳までにオスカー(アカデミー賞)を獲ろう」と、大きな夢を語り合っていたという2人。狂気的ともいえる音楽表現への執着を描いた映画『セッション』は、公開から10年以上がたったいまでも熱狂的な人気を誇っている。アカデミー賞を含む各地の映画賞、映画祭で多くの賞に輝いた名作のデジタルリマスター版が、4月4日から全国公開される。
3月上旬、『ラ・ラ・ランド シネマ・コンサート2025』のために来日したハーウィッツに行ったインタビューからは、『セッション』の登場人物や物語とも通じる、ストイックさが垣間見えた。
今回はその語りから、ハーウィッツとチャゼルの、まるで映画のような物語を辿っていく。これからの新作映画のことも、少しだけ教えてくれた。
あらすじ:名門音楽大学に入学したニーマン(マイルズ・テラー)はフレッチャー(J・K・シモンズ)のバンドにスカウトされる。ここで成功すれば偉大な音楽家になるという野心は叶ったも同然。だが、待ち受けていたのは、天才を生み出すことに取りつかれたフレッチャーの常人には理解できない「完璧」を求める狂気のレッスンだった……。
序曲:若き日の夢
「19歳のころ、デイミアンとはいずれつくりたい映画の話をよくしていました。『21歳までにオスカー(アカデミー賞)を獲ろう』と。思ったより時間がかかりましたね(笑)」
ジャスティン・ハーウィッツは、そう語る。『ラ・ラ・ランド』で受賞した当時の年齢は32歳、相棒の映画監督デイミアン・チャゼルとの出会いは大学時代だった。入学したばかりのハーウィッツが、自ら結成したバンドのメンバーを探していたときのことだったという。

ジャスティン・ハーウィッツ
ハーバード大学で音楽を学び、デイミアン・チャゼル監督のミュージカル映画『Guy and Madeline on a Park Bench』(2009年)の歌と音楽を作曲した。その後も、チャゼル監督の『セッション』(2014年)をはじめ、アカデミー賞作曲賞と歌曲賞、ゴールデン・グローブ賞音楽賞を受賞した『ラ・ラ・ランド』(2016年)、ゴールデン・グローブ賞音楽賞を受賞した『ファースト・マン』(2018年)、アカデミー賞作曲賞にノミネートされ、ゴールデン・グローブ賞音楽賞を受賞した『バビロン』(2022年)の音楽も手掛ける。
「いろんな人に『腕のいいミュージシャンを知らない?』と尋ねていたら、デイミアンという上手いドラマーがいると聞かされたんです。高校時代、ジャズ・ドラマーとしていろんな大会で優勝したヤツだと」
2人の出世作は、『ラ・ラ・ランド』に先がけて製作された『セッション』(2014年)。名門音大生でジャズドラムを学ぶニーマンが、鬼教師フレッチャーによる狂気のレッスンに身を投じ、肉体と精神の極限に挑む姿を激しい演出で描いた衝撃作だ。ハーウィッツは同作を「デイミアンの自伝的作品」と呼ぶ――。

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「一緒にバンドをやらない?」相棒、デイミアン・チャゼルとの出会い
1985年、ジャスティン・ハーウィッツは、元バレエダンサーで看護師の母と、作家の父のもとに生まれた。ピアノを弾きはじめたのは6歳で、作曲に興味を持ったのは10歳のころ。両親がシンセサイザーを買ってくれたことがきっかけだった。
「90年代の中頃には、フロッピーディスクを使えばトラックを重ねて音楽をつくれるようになりました。それが楽しくて、ピアノを弾くよりも好きになったんです。18歳くらいまでピアノを続けましたが、大学では演奏よりも作曲を学ぶべきだと思いました」

作編曲を学ぶために進学したハーバード大学で、映画製作を専攻していたのがチャゼルだった。いきなり「一緒にバンドをやらない?」と誘ったところ、「いいよ」と即答されたという。
「ドラマーの候補がもう一人いたので、デイミアンにはオーディションに来てもらいました。明らかにデイミアンのほうがうまかったので、彼がドラマーになり、もう一人はボーカルに(笑)。5人組のバンドでしたが、デイミアンとは一番の親友になりましたね。2年生からはルームメイトになり、卒業までずっと一緒に生活したんです」
共通の話題は映画と音楽、そして映画音楽だった。「21歳までにオスカーを」と夢を語り合ったのはその当時のことで、「いつか大作映画も撮りたい」と語り合ったという。
運命を変えた『セッション』——初めてプロの世界で撮影した映画
監督、作曲家として初めてタッグを組んだのは、2009年の『Guy and Madeline on a Park Bench(原題)』。トランペット奏者の男と、人生の目標を求める女の恋愛を描いたモノクロのミュージカル映画で、『ラ・ラ・ランド』の原型とも言える作品だ。大学の仲間たちと作った学生映画で、映画製作のプロは誰も関わっていなかった。
「だから、プロと映画を作ったのは『セッション』が初めて。資金調達会社や音楽スタジオが関わり、プロデューサーや撮影監督がいて……経験のないことばかりで必死でしたが、とにかく混乱していましたね。ミキシングの最中、ありえないタイミングで発言して全員を困らせたことを覚えています。プロのやり方をまるでわかっていなかったんですよ」

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ところで本来、ハーウィッツとチャゼルが最初に準備していたのは『セッション』ではなかった。大学を卒業してロサンゼルスに引っ越した2人は、業界の脚本家として働きながら、大学時代から構想を温めていた『ラ・ラ・ランド』の脚本と音楽を準備していたのだ。
「『ラ・ラ・ランド』の開発は『セッション』の数年前から始まっていました。しかし、出資が集まらなくて企画が頓挫したんです。かわりに『セッション』を撮ろうとしましたが、そちらも出資者が見つからなかった。そこで18分の短編版をつくることになり、それがサンダンス映画祭で評価してもらえたおかげで長編映画を撮ることができたんです」
『セッション』に使用されている“Caravan”や“Whiplash”は、チャゼルが高校時代にドラマーとして演奏した名曲。当初の脚本には、かつてチャゼル自身が取り組んだ楽曲がたくさん登場していたという。ところが予算の都合で既存曲を数曲しか使えないことが判明し、ハーウィッツがオリジナル楽曲をつくることになった。
「撮影の前からスタジオにこもってレコーディングをしました。ドラムのソロやパフォーマンスは、デイミアンやドラマーとの実験を重ねたんです。デイミアンはドラマーなので、自分が求めるものが明確にあった。僕自身がビッグバンドの編曲を担当した曲でいえば、 “Overture”はバディ・リッチ(※)の影響を受けています。60~70年代風にしようとか、そんなことをつねに考えていました」
意外にもハーウィッツはジャズを学んだことはないが、本人いわく「音楽理論を学び、音楽の文法を理解していれば、ポルカやロックンロール、どんな曲でも書ける」。その一方、「ジャズは仕事のなかで学んできたように思う」とも語った。『ファースト・マン』(2018年)を除く4本の映画で、チャゼルはハーウィッツにジャズの作編曲を要求したからだ。
※アメリカの伝説的なジャズ・ドラマー、バンドリーダー(1917年〜1987年)。
作曲への向き合い方——ひたすら試して掴むメロディ
かくして完成した長編映画版『セッション』は、『サンダンス映画祭』での初上映から高い評価を受け、『アカデミー賞』を含む各地の映画賞、映画祭で多くの賞に輝いた。そして突如、数年前には誰も興味を示さなかった『ラ・ラ・ランド』に注目が集まったのである。
「『ラ・ラ・ランド』は、自分のやりたい芸術を誰にもやらせてもらえないアーティストの物語。僕自身の苦しみや葛藤は、どの作品よりも『ラ・ラ・ランド』に表れていると思います。あの映画には美しさもあるけれど、痛みと悲しみがある。自分たちの映画に何度もノーを突きつけられたことを音楽で表現したとすれば、きっとあの作品でしょうね」

作曲で最も大切なことは、「自分だけのテーマを見つけること」だとハーウィッツは言う。ただしそれは、抽象的なテーマではなく具体的なメロディのことだ。
「メロディを見つけるのが何より難しいんです。『セッション』ではフレッチャーのメロディ(“Fletcher's Song In Club”)、『ラ・ラ・ランド』では“Mia & Sebastian’s Theme”や“City of Stars”。ピアノの前に座り、いつひらめくかわからないメロディを求めてひたすらアイデアを試し続けます。数週間、長ければ数か月……。そしてあるとき、どんなアイデアよりも優れたメロディを思いつく。それをデイミアンに送ると、彼も『これだ』と言ってくれるんです」
作曲に取り組んでいるとき、脳内ではいったい何が起きているのか。もちろん、ハーウィッツは「言葉では説明できません」と言う。ただし、彼が手がかりとしているヒントはある。映画の脚本と、執筆者であるチャゼル本人とのやり取りだ。
「最も大切なのは、音楽から何を感じたいかをデイミアンと話すことです。『ラ・ラ・ランド』で“Mia & Sebastian’s Theme”に取り組んでいたとき、彼は『憧れ』という言葉を使った。『ファースト・マン』のテーマでは『喪失』や『宇宙的な悲しみ』と言いました。デイミアンの言葉からインスピレーションを受けることは多いです」
チャゼルと出会ってから20年以上の月日が流れた。同じバンドのメンバーだった2人は、映画監督と作曲家になり、アカデミー賞の授賞式に揃って立ち、今では周囲にたくさんの人々がいる。しかし、『ラ・ラ・ランド』のあとに手がけた『ファースト・マン』と『バビロン』(2022年)は必ずしも自分たちが望んだ通りの結果にならなかった。
それほどいろんな出来事があると、2人の関係も変化してきたのではないか――。思い切って尋ねてみると、ハーウィッツは「ノー」と即答した。「19歳のころとまったく変わらない」と。
「映画の規模が大きくなり、関わる人が増えると、スタジオの注文や(ハリウッドの)複雑な政治に対処しなければならない局面もあります。しかし、それがデイミアンとの関係に影響することはありません。むしろ、『この問題をどうしよう?』と話し合う機会が増えるだけです」

傑作をつくれば、音楽は僕という人間より長生きしてくれる
ハリウッドの映画音楽家として、ハーウィッツは異例のキャリアを有する。タッグを組んだ監督はチャゼルのみで、映画以外の仕事はほとんどしていないのだ。2025年2月にはグッチのファッションショーのために音楽を書き下ろし、指揮を務めたが、これはハーウィッツにとって初めての挑戦だった。
「ここ数年、僕自身はオープンな気持ちだと話してきました。デイミアン以外との映画の仕事も、適切なプロジェクトがあり、適切な監督がいれば当然興味はあります。これまでやりたいと思える作品がなかったから、別の監督と仕事をしたことはないけれど」
数年に1本のペースで映画音楽を作るという仕事のしかたを、プレッシャーや負担に感じることはないのか。再び、ハーウィッツは「ノー」と即答した。
「僕の戦略は『量より質』。最大のモチベーションは、永遠に残り続ける象徴的な作品をつくることです。たしかに、年に5本の映画を作曲すれば5本ぶんの給料をもらえます。しかし『ラ・ラ・ランド』を1本つくれたら、それは世界中どこでも知られる作品になり、音楽は僕という人間より長生きしてくれる。ビジネス的にも良い戦略だと思います」

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だからこそ、ハーウィッツは映画音楽をつくることを「投資」だと言う。最高の作品を完成させるため、数年間にわたって自分の持てる時間とエネルギー、情熱をすべて捧げるのだと。
数年前、ハーウィッツに契約を申し出たエージェントが「君の戦略は間違っている」と口にしたことがあった。一人の監督のため、作曲に数年間を費やすのではなく、「ホームランを打てないとしても打席に立つべきだ」と。その後、両者の契約が結ばれることはなかった。
「僕は最高の作品をつくることにしか興味がありません。どんなアーティストであれ毎回成功することはありえませんが、それでも最高のもの、象徴的な作品をつねに目指したい。自分が誇りに思えないものをたくさんつくるより、そういう生き方をしたいんです。僕が知るかぎり、デイミアンも同じ考えですよ」
終曲:これからの夢
2025年3月上旬、チャゼルが新作映画を準備していることが北米メディアで報じられた。バイクスタントマン、イーベル・クニーベルの伝記映画で、レオナルド・ディカプリオやエイドリアン・ブロディが出演交渉に入っているという。すでにハーウィッツもチャゼルの新作に参加しているというが、次回作が報道どおりの企画かはわからない。

「(新作の)脚本を読みました。実は、デイミアンは脚本を2本書いているんですよ。僕は両方を読みましたが、彼はどちらを先に作るかを検討しているところ。今年撮れるのは1本だけなので——きっと、今年の後半には何らかの作品を撮影すると思います」
今年40歳になったばかりのハーウィッツ。チャゼルとの2本目の新作映画が完成するころには、きっと40代の前半が終わろうとしているはずだ。最後に、ハーウィッツが40代で成し遂げたいこと、現在の夢を聞いた。
「もっと素晴らしいもの、象徴的なものをつくりたいですね。『セッション』と『ラ・ラ・ランド』は文化的な意義のある作品になりました。世界を飛び回り、日本に来てもみんなが映画を知ってくれているわけだから。僕が情熱を燃やすのは、こんなふうに人々とつながれる、文化的な意義のある作品をつくること。この世界中、多くの人々にとって意味のある仕事ができたことを本当にうれしく思っているんです」
- 作品情報
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『セッション デジタルリマスター』
2025年4月4日(金)より4K & Dolby Atmos上映で全国公開
監督・脚本:デイミアン・チャゼル
音楽:ジャスティン・ハーウィッツ
出演:マイルズ・テラー
J・K・シモンズ
撮影:シャロン・メール
編集:トム・クロス
録音:クレイグ・マン、ベン・ウィルキンス、トーマス・クルーレイ
配給:ギャガ
- プロフィール
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- ジャスティン・ハーウィッツ
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ハーバード大学で音楽を学び、デイミアン・チャゼル監督のミュージカル映画『Guy and Madeline on a Park Bench』(2009年)の歌と音楽を作曲した。その後も、チャゼル監督の『セッション』(2014年)をはじめ、アカデミー賞作曲賞と歌曲賞、ゴールデン・グローブ賞音楽賞を受賞した『ラ・ラ・ランド』(2016年)、ゴールデン・グローブ賞音楽賞を受賞した『ファースト・マン』(2018年)、アカデミー賞作曲賞にノミネートされ、ゴールデン・グローブ賞音楽賞を受賞した『バビロン』(2022年)の音楽も手掛ける。
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