avexのアート領域における新規事業として2020年にスタートした「MEET YOUR ART」プロジェクト。YouTubeのアート専門番組を皮切りに、ECサイトやギャラリースペースの運営、フェスティバルの開催など複合的な展開を見せている。
天王洲のウォーターフロント一帯で開催された今年の『MEET YOUR ART FESTIVAL』(以下:MYAF)も大規模だった。テーマに「NEW ERA」を掲げ、新世代のアーティストやキュレーター、またアジアの新しい文化的なムーブメントにフォーカス。エキシビションやフェアはもちろん、ライブパフォーマンス、マーケット、フード、トークセッションといった多角的なコンテンツが盛りだくさんの祭典となっていた。
そこで今回は、MEET YOUR ARTプロジェクト主催の加藤信介、番組MCを務める俳優・ダンサーの森山未來、初期からエキシビションを担当してきたキュレーターの山峰潤也による鼎談を実施。『MYAF2024』を軸として、最先端のアートシーンの動向分析から芸術の本質的な価値をめぐる議論まで、それぞれの視点から縦横に語り合ってもらった。
アーティストをエンパワーして現代アートの裾野を広げるメディア
―MEET YOUR ARTプロジェクトを立ち上げたきっかけをあらためて教えてください。
加藤信介(以下、加藤):avexは音楽の会社だと思われがちですが、根源的には「人の才能を最大化する」をずっと続けてきた企業なので、関わる対象は音楽に限りません。とはいえ音楽を軸に事業展開していると、アート業界においてアーティストやクリエイターと呼ばれる方々は、自身の活動を広く伝えたりマネタイズしたりする機会がミュージシャンに比べて限定的だと感じていました。
もちろんアーティストは高いレベルのコンテンツや技術、才能を持っている。にもかかわらず、その人の価値がちゃんと世の中に伝わっていないのは、シンプルにもったいない。そこで音楽領域で培った僕らのノウハウや強みを活かし、美術領域の才能をエンパワーできればと考えたんです。
―まだ世に知られていないアーティストの価値を広く届けたい、と。
加藤:アーティストの主体的な制作や活動は尊重しつつ、それを広く伝える部分はもっと整備できるのではないかと考えていました。また既存のアートコレクターだけではなく、きっかけさえあればアートに興味を持つような潜在的な層を発掘したかった。そんなユーザーとマーケットの開拓もできるかもしれないと思って最初に立ち上げたのが、YouTubeの現代アート専門番組『MEET YOUR ART』です。
コロナ禍の最中、プロジェクトで最初に立ち上げられたYouTubeチャンネル「MEET YOUR ART」。MCを森山未來が務め、アートに関するさまざまなコンテンツを発信している。
―「アートと出会う」というコピーの通り、新進アーティストの作品やパーソナリティの紹介に加え、専門家をゲストに招いて現代アートの知識や文脈をわかりやすく伝える、貴重な動画メディアになっていますよね。特に番組MCである森山未來さんの存在感が印象的です。
加藤:チャンネルを立ち上げるときに誰とご一緒できたらいいんだろうと考え、真っ先に思い浮かんだのが森山さんでした。
大前提として、僕らはアート業界にディスラプター(破壊的なイノベーター)としてではなく、その価値をより広げるようなプレイヤーとして参入しました。そのため、いまチェックすべきアーティストやトピックについてはきちんと扱うんだけれども、そのメディア自体があまりにニッチだと意味がありません。ただ、単純にキャッチーにしたいわけでもない。しっかりと内容を持ったアートコンテンツであると同時に、ちゃんと業界外に届けることができるメディアとしてのバランスを意識したとき、マスに訴求力があってアーティストと共通言語で会話もできる森山さんに声をかけたんです。
森山未來(以下、森山):最初は僕も「avexがアート事業?」と多少面食らいましたよ(笑)。でも、現代アートに特化していろんな角度からアーティストを紹介していくというコンセプトを聞いて、僕にとっても出会いや学びの場になるだろうなと思いMCを引き受けました。実際に企画がスタートして4年経ちますが、いまも刺激をもらい続けています。
「現代アートはいまの時代の美しさや醜さ、疑問にアプローチしている」
―森山さんご自身も俳優やダンサーとして一流の表現者ですが、そもそも現代アートに対してどんな印象を持っていたのでしょう?
森山:それほど詳しいわけではなかったんですが、自分なりにアートには強い関心がありました。もう10年以上前になりますが、一番大きかったのはキュレーターの長谷川祐子さんとの出会い。そこでまず現代アートの扉がぐわっと開きました。
またパフォーミングアーツでは、ダンサーだけではなく音、光、衣装、美術など、様々な要素が相まって一つの総合芸術を形作っています。その点で影響を受けたのが、アーティストの名和晃平さんです。
ベルギーのコレオグラファー(振付家)であるダミアン・ジャレの『VESSEL』(2016)というプロジェクトに参加したとき、セノグラフィー(舞台美術)が名和さんだったんですが、一貫して素材にフォーカスされていて。スカルプチャーと身体の交感というコンセプトの元に「スカルプチャーとしての身体」を求められる。ダンサー的には拷問です(笑)。
―名和さんにとって彫刻と身体は等価なんですね。
森山:僕の身体もセノグラフィーの一部という視点で扱われる。でもその透徹したイメージと、そこから生まれるエセテティクスに深く納得させられました。
そんな出会いもありながら、やっぱり僕が現代アートに惹かれるのは、僕らがいまの時代に対して感じる美しさや醜さ、あるいは疑問などに直接アプローチできる、独自の視点や強さを持っているからです。その意味で現代アートにはリスペクトと共感を抱いてきましたね。
次世代のキュレーターが新たなアートシーンを創出する「NEW ERA」
―アートフェスティバルの開催は3回目となりますが、今年の「NEW ERA」というテーマにはどういった意図が込められていたのでしょう?
加藤:フェスティバルに関しては、初年度3万人、去年4万人のお客さんが来てくださって、たくさんのアーティストにも参加していただけるようになりました。
僕らのフェスの型も出来はじめてきたし、そのうえで原点回帰じゃないですが、たくさんのお客さんにご来場いただくことや、会場やコンテンツが増えることはもちろん重要ではある一方で、やっぱり僕らのフェスティバルはこれからも新しい動きや新しい人たちをしっかりと紹介できる場でありたいな、と考えてテーマを決めたんです。
加藤:また重要だと思っているのは、アーティスト以外のプレイヤーの存在。僕らもはじめた当初はアーティストだけを意識していました。でもプロジェクトを進めていくなかで、すごく面白い事業者やキュレーター、ディレクターなどがたくさんいると気づきました。そういう人たち、特に未来の文化芸術を担う若い人たちと協業しながら一緒にフェスティバルをつくりあげることで、アートシーン全体を盛り上げたり、大きなうねりを起こしたりできるかもしれない。
それらを踏まえ、今回は山峰潤也さんにフェスティバルの中で開催されるエキシビションの監修を担ってもらいました。初回から本プロジェクトのエキシビションをキュレーターとして共創してきた山峰さんと今回も連携して、でも、今回は山峰さんが直接キュレーションするのではなく、NEW ERAを体現する座組の展覧会に落とし込んで行ったかたちです。
山峰潤也(以下、山峰):『MYAF』に初期から関わり、今回はエキシビション『SSS:Super Spectrum Specification』で3名のキュレーター(吉田山、呉宮百合香、堤拓也)を選出した立場からお話しさせてもらいます。
もともと僕は10年以上、ミュージアムで国際展に携わってきました。その期間は若手アーティストとの仕事よりも、日本の重要作家の個展や海外のアーティストと仕事が多かったです。ただ、今の時代にもっとコミットしようと思って、美術館を離れて六本木でANB Tokyo(※)を立ち上げたときに、自分の中でスイッチが切り変わったんです。しかもコロナ禍だったので、国際性が一気に絶たれていく時代を目の当たりにしました。
山峰:コロナ禍には人々の意識が家のなかへと向かい、多くの人がアートを買うようになって、新興のコレクターが増えてきた。前澤友作さんがバスキアを購入したことも大きかったですよね。にわかにアートという言葉が広がり、アートに関心を持つ他業界の方々が増えるなかで、内と外の境界に立つような仕事が見えてきました。アートという言葉についてバランスを取る、いわば矛と盾みたいな役割です。
※ANB Tokyo……2020年に東京・六本木にオープンしたアートコンプレックスビル。スタジオやギャラリー、ラウンジをフロアごとに展開し、2022年に活動を終了した。一般財団法人東京アートアクセラレーション(代表:香田哲朗)が運営。
―アートと世間の境界に立つガーディアンというか。
山峰:たとえば新興のマーケットが提示するアートのなかには、僕らのアート観では受け入れ難いものもあるわけです。発信力の大きい人たちの言う “アート”に触れるたび、業界の価値観が根底から崩れかねない危機感を抱いていました。だからANB Tokyoでは新しい資本層と向き合いながら、盾の役割として、アートの境界を守ることをかなり意識していましたね。
矛の部分は、彼らをはじめ世の中にアートの持つ多面的な力をより深く理解してもらえるよう伝えていくこと。『MYAF2022』でキュレーションを引き受けたのは、まさにこの2つの側面にアプローチできると考えたからです。
山峰:アートすらコモディティ化していく作用にさらされるなかで、僕が大事だと思うのはアートのコアの部分が立ち現れること。それは作品の持つ根源的なエネルギーだったり、社会に対する怒り、新たな表現を生み出す実験精神、あるいは未知へと向かうアーティストの魂だったりします。アートという文言を掲げて参入してくる人たちに、そんなメッセージを届ける決意をしました。
ちなみにキュレーションという仕事に関して、未來くんの話を引き継ぐと、もともと僕は学生時代にパフォーミングアーツをやっていて。
―それは知りませんでした。
山峰:そのとき話題になっていたのは、演出家と演者の間の非対称的な関係性です。大抵の演出家や振付家は、役者やダンサーを一つの世界観に押し込めてしまいます。でも、ピナ・バウシュの演出は違いました。彼女は一人ひとりのダンサーと対話を重ね、当て書きみたいにコレオグラフィーをつくっていくわけです。
僕のキュレーションは、そんなピナの演出法に影響を受けています。キュレーターが書いた物語を演じるのではなく、アーティストたちそれぞれの人生がレゾナンス(共振、共鳴)しながらナラティブが生まれるような展覧会が理想です。
このプロジェクトにおいて、まず『MYAF2022』では、準備期間も少なく、経験豊富な方々から訝しがられるような状況で始まった僕の賭けでした。そんな中、アーティストの毛利悠子さんが背中を押すように最初に参加表明してくれたことが大きく、恵比寿ガーデンプレイスのホールで作品同士が呼応し合うようなエキシビションを作ることができました。天王洲に移った『MYAF2023』にはパフォーマンスという軸を追加して、展覧会場を未來くんが走り抜けていくような状況を設計しています。
そして今回の『MYAF2024』では、3人の若手を選出してキュレーションを一任しました。パフォーミングアーツを専門とする呉宮百合香さん、アジアの作家とのネットワークを持つ堤拓也さん、日本のオルタナティブな領域を持ち込める吉田山さん。
彼ら新世代のキュレーターを揃えたことで多様性も出たし、アートにおける新しい表現を探る試みにもなったと思います。まさに「NEW ERA」です。
現代アートの「型を破る力」こそが、これからの時代を切り開く
―『MYAF2024』も見どころがたくさんありました。エキシビション、フェア、ライブ、トーク、それにマーケットやフードもある。しかも西麻布に構えるWALL _alternativeでは、関連企画「FAYM2024」も開催していましたよね。そのなかでも、これから特に伸ばしていきたい分野はあったりするんでしょうか?
加藤:MEET YOUR ARTって「アートのどの役割をやりたいの?」とよく聞かれるんですが、いい意味で既存の役割に当てはめたり一つに限定せずに色々やっていきたいんです。今のアート領域でダイナミックに価値貢献したり影響力を持って事業推進していくためには複合的なプロジェクトであるべきだと思いますし、複合的なプロジェクトとして進めていくことで繋がりが生まれてそれぞれのピースが5にも10にもなると信じていますから。
いずれにしても今後はさらにアート面の強度を上げながら、入口の敷居を下げていく。事業をスケールさせていくなかで、このバランスをより的確に持続させていくことが目標ですね。
―森山さんは番組に4年間出演されて、アートワールドのたくさんのプレイヤーと対話を重ねてきたと思いますが、現代アートのどんなところに興味を惹かれますか?
森山:先日聞いたところ、4年間で100人ほどにインタビューしているみたいです(笑)。すごい数ですよね。
僕がアーティストの方の話を聞いていて思うのは、「作為と無作為」のバランスに関してです。作為から離れるための表現方法を求めているアーティストが多いんだと気づきました。
それは僕も同じです。たとえば僕は近年、舞踏にフォーカスしています。抽象的な言葉を身体に取り込み拮抗させることで、そこに舞踏が立ち上がってくる。
―そこに作為を超えた無作為が出てくるわけですね。
森山:今はそう考えています。また、コンポジションなども重要です。そこにいる人やオブジェクトの配置によって、自然と自分の場所を移動させることがありますよね。それも動かされる身体と言える。
ただ一方で、身体を司る最終的なジャッジを下しているのは自分でしかない部分もある。作為と無作為、主体と客体。そんなことを考えながら、アーティストの方の話を聞いています。
―2023年にNHKで放送された、森山さん出演の映画『シン・仮面ライダー』のドキュメンタリーを思い出しました。あれも無作為の身体を引き出そうとする庵野秀明監督と、それでも自分たちで決断しながら演技を続けなければならない役者陣との葛藤に満ちてましたよね。
森山:あはは、あの現場はたしかにそうでしたね(笑)。
あとコロナ以降に自分のなかで起きたのは、ローカルに対する意識の変化かな。制限された環境のもとで何をやれば面白いのか、以前とは別の選択肢が生まれた気がするんです。ここ数年はいろんな地域の芸術祭に関わらせてもらいながら、地域での出会いであったり、それこそMEET YOUR ARTでのアーティストさんとの対話などから、さまざまなフィードバックをもらっているとつねづね実感しています。
―先ほど境界に立つという話もありましたが、新たなマーケットやムーブメントにコミットしてきた山峰さんの考える、これからのアートシーンに対する展望は何かありますか?
山峰:ハウスキュレーター(美術館所属の学芸員)だと展覧会はつくれるんですが、業界自体をどうするかというところに関わるのは難しかった。それからインディペンデントキュレーターとして活動してきたうえで、いまはアートワールドのサーキュレーション(循環)について再考する必要性を感じています。まさに未來くんが言っていたように、人と対話をしながら表現の本質に深く向き合えるような場なんて大事ですね。
そもそも世の中では、スタイルの確立されたものを踏襲するほうが、世の中での認知は早いわけです。情報を拡散したり資本を増やしたりするには、すでに知られているもののほうが都合がいい。ただ、現代アートの世界はその真逆。すでにある型をどう破るか、あるいはどう崩すかなので、その先に見たことのないものが出現するんですよ。しかし、型が身についていなければ、型を壊すことができない。それでは型なしなんです。そこが難しくて面白い。
いま世の中に必要なのは、これまで築かれてきた型をしっかり分析して崩していく。そして残すべきことと変えるべきことを見分けながら、新しい時代を切り開いていくことだと思います。その点に関して、現代アートは何らかの気づきを与えることができるはずです。僕としては『MYAF』も含めて、そんな現代アートの可能性を発信し続けていきたいですね。
- 「MEET YOUR ART」について
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「MEET YOUR ART」は、YouTubeのアート専門番組を中心に、スペースの企画・運営、EC、フェスティバルなどを複合的に展開するアートプロジェクト。「新たな手法で、多くの方へアートに触れるきっかけや、特に気鋭のアーティストを知る機会を創出すること」を目指している。
- プロフィール
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- 森山未來
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1984年、兵庫県生まれ。5歳から様々なジャンルのダンスを学び、15歳で本格的に舞台デビュー。2013年には文化庁文化交流使として、イスラエルに1年間滞在、Inbal Pinto&Avshalom Pollak Dance Companyを拠点にヨーロッパ諸国にて活動。「関係値から立ち上がる身体的表現」を求めて、領域横断的に国内外で活動を展開している。俳優として、これまでに日本の映画賞を多数受賞。ダンサーとして、第10回日本ダンスフォーラム賞受賞。監督作として、ショートフィルム「Delivery Health」「in-side-out」などを手がける。2021年3月11日には京都・清水寺でのパフォーマンス「Re:Incarnation」の総合演出を務め、東京2020オリンピック開会式では鎮魂の舞を踊った。2022年4月より神戸市にArtisti in Residence KOBE(AiRK)を設立し、運営に携わる。ポスト舞踏派。
- 加藤信介
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エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社 代表取締役社⻑、バーチャル・エイベックス株式会社 代表取締役社⻑、MEET YOUR ART 代表 / 2004年エイベックス株式会社⼊社。⼊社後は⾳楽事業に⻑く携わり、2016年に社⻑室へ異動。社⻑室部⻑として構造改⾰や新規プロジェクトに参画。2017年より執⾏役員として戦略⼈事・グループ広報・マーケティングアナリティクス・デジタルR&D を担当。2018年にCEO直轄本部にて新事業開発・戦略投資機能を立ち上げ、現在はエイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社とバーチャル・エイベックス株式会社を軸に、アート事業(MEET YOUR ART)・バーチャルクリエイティヴ事業などを推進。
- 山峰潤也
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キュレーター、株式会社NYAW代表取締役、東京藝術大学特任教授 / 東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターにて、キュレーターとして勤務したのち、ANB Tokyoの設立とディレクションを手掛ける。その後、文化/アート関連事業の企画やコンサルを行う株式会社NYAWを設立。主な展覧会に、「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」(水戸芸術館)や「The world began without the human race and it will end without it.」(国立台湾美術館)など。アートプロジェクトのプロデュース、雑誌やテレビなどのアート番組や特集の監修、執筆、講演、審査委員、国際機関による海外派遣など多数。その他、文化を含む社会共通資本に関わるインパクト評価の研究や地域の魅力を再発見していく旅を2024年より自主活動としてスタート。国立アートリサーチセンター外部アドバイザー、CIMAM(国際美術館会議)個人会員。
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