『クレイジー・リッチ!』はアジア系の「静かな革命」。全米ヒットの背景は

『クレイジー・リッチ!』監督とキャスト。ロサンゼルスプレミア時の集合写真 ©2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

全米公開初週から3週連続1位の快進撃

この夏、ハリウッドを最も湧かせたのは、最も意外な映画だった。

キャストは全員アジア系。とりあえずミシェル・ヨーは『グリーン・デスティニー』の人として知っている観客もいるかもしれないが、アメリカ人の誰もが知る大スターは、ひとりも出ていない。そもそも、黒人やヒスパニックに比べても映画に出ることが少ないアジア系の人々の話というだけで、『クレイジー・リッチ!』は、ワーナー・ブラザースにとって大きな賭けだった。まったくの未知数である今作は、マイナーヒットすれば万々歳だろうと、多くの人は思っていたものである。

だが、8月の全米公開初週末、この映画は見事に1位を獲得。それどころか、その翌週も、興行成績がたった6%しか落ちず、またもや首位だったのだ。こんな少ない下げ幅でとどまったのは、近年のハリウッドで、誰も記憶にないこと。3週目も、前の週末に比べてわずか10%ダウンと、これまた驚くほどの根強い人気ぶりを見せ、首位をキープしている。

恋人役を演じるコンスタンス・ウーとヘンリー・ゴールディング、2人に立ちはだかる母親役のミシェル・ヨー ©2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

現在までの北米興収は1億5,000万ドル。同じくワーナー・ブラザースがこの夏配給した大作『MEG ザ・モンスター』の1億3,700万ドルより上だ。しかも、製作予算は『MEG ザ・モンスター』の4分の1の3,000万ドルである。

製作予算が抑えられたのは、アジア系の映画はヒットしても程度が知れていると見くびられていたからだ。やはりアジア系俳優がメインキャストを占めた2005年の『SAYURI』は、8,500万ドルの予算がかけられたが、こちらは原作が大ベストセラーで、当初はスピルバーグが監督する予定だったことで、特別視されていたという背景がある。だが、北米興収は5,700万ドルにとどまり、結果的に赤字となって、アジア系映画はやはりダメかということになってしまったのだった。

「アジア系映画はヒットしない」の先入観を覆した2つの要素

それから15年を経た今、『クレイジー・リッチ!』は、その思い込みが間違っていることを証明してみせた。その裏にあるのは、第一に、アメリカに住むアジア系の人たちの、静かながらもパワフルなサポート。次に、そこで勢いづいたものを広げていけるだけの共感性をもったストーリーの力だ。

アジア系以外のアメリカ人は見過ごしていたかもしれないが、今作には最初から広いファンベースが存在している。ケビン・クワンが原作小説『クレイジー・リッチ・アジアンズ』をアメリカで出版したのは、2013年のこと。シンガポールに生まれ、アメリカに移住したクワンならではのこの小説には、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどに分散するシンガポールやマレーシア、香港からの移民の実態が克明に描かれていて、アジア系の人たちの間で、たちまちマストの本となった。

これだけ膨大な数がいながら、メディアの世界で自分たちの存在はこれまで無視されてきたのだから、彼らが興奮するのも当然。また、彼らを身近に見てきたほかの人々にとっても、これは非常に興味深い本だった。実際、ロサンゼルス在住の筆者にも香港出身の金持ちの友人がいて、本を読んだ後、彼女につい「これ、あなたのことじゃない!」と言ってしまったものだ(彼女ももちろんこの本は読んでいて、「私はあそこまでの金持ちじゃないわよ」と言われた)。

煌びやかなセットや衣装も見どころの1つ ©2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

本は、このあとさらに2冊が出版され、三部作となっている。その間、映画化の話が持ち上がり、原作のファンは胸をときめかせた。白人たちがスルーしていたこの映画は、アジア系の人たちにとって、この夏一番楽しみだった作品なのである。その人たちが、映画の公開日に、こぞって映画館に押し寄せたのだ。

実際、Post Trak社の調査によると、公開初週末にこの映画を見た観客のうち、アジア系が占める割合は、なんと41%だった。アメリカ映画協会(MPAA)の調べでは、普通の映画でアジア系の観客が占める割合は平均6%程度なので、これがいかに彼らにとってのお祭り映画だったかがわかるだろう。

『クレイジー・リッチ!』予告編

アジア系の人々による静かな革命

ほかのマイノリティーの有名人に協力してもらうソーシャルメディア戦略も、功を奏している。たとえば、今作を監督するジョン・M・チュウは、次回作にミュージカル原作の映画『In the Heights』が決まっていることから、リン=マニュエル・ミランダ(ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』で作曲・作詞・主演)は、「『クレイジー・リッチ!』を見に行こう」と、自分のファンに呼びかけ、チュウを応援した。

ミランダのリーチ力が絶大なのは、言うまでもない。言ってみれば、これは、密かな運動であり、静かな革命だったのだ。「#OscarsSoWhite」(『アカデミー賞』に非白人のノミネーションが少ないことを訴えるハッシュタグ。「白すぎるオスカー」の意)を受けて黒人たちが不満の声を上げたのとは実に対照的で、いかにもお行儀のいいアジア人らしいが、ちゃんと目的は達成されたのである。

リン=マニュヌエル・ミランダのTwitterより

ヒットを後押ししたのは、ハリウッドが甘く見た「王道のラブストーリー」

しかし、それだけでは1週間で終わってしまう。北米だけで1億5,000万ドルを売り上げたというのは、今年だけで見てもスピルバーグの『レディ・プレイヤー1』やドウェイン・ジョンソンの『スカイスクレイパー』『ランペイジ 巨獣大乱闘』よりも上で、アジア系の人々だけで成し遂げられることではない。

次のステップに進めたのは、先に述べたように、共感できるストーリーの力である。舞台はシンガポール、出てくるのはアジア系と、ビジュアル的には白人や黒人にとっては遠い世界だが、ここで語られるのは、母親が息子の恋人に対し、「あんたみたいな女はうちの子にふさわしくない」と言う話。だが、その息子はとても良い人で、恋人のことを本当に愛していて、観ている人は、「わかる、わかる!頑張って!」と応援してしまう。さらに、普通の女性が大金持ちの王子様に見初められるシンデレラ物語でもある。ヒットしていると聞いて見に行った非アジア系の観客にとっては、なんとなく懐かしく、楽しい気持ちになれたのだ。

見くびりの要素は、ここにもあった。こういった、わかりやすい、王道のラブストーリーというのは、今、ハリウッドのメジャースタジオが、最も作らなくなっている映画なのである。全世界で10億ドル単位を稼ぐには、スーパーヒーローものや、たとえばディズニーのアニメの実写化のように、誰もがすでに知っている有名な元ネタをもつものでなければならないと信じるスタジオは、そういった大作か、あるいは思いきり低予算のホラーなどに絞るようになり、中間に当たる人間ドラマや恋愛映画を敬遠するようになったのだ。そこを拾っているのがテレビやストリーミングで、だからテレビは今、そういった映画を得意とする監督や脚本家を引きつけて、クオリティーを高めているのである。

『クレイジー・リッチ!』本編映像

今作も、実は、Netflixが強い興味を示していた。彼らはワーナー・ブラザースよりもっと予算を出してあげるとオファーをしたそうだが、製作者たちは劇場公開を望み、その申し出を蹴っている。それは賢かった。視聴者の数を公表しないNetflixで作っていたら、たとえ本当はヒットしていても、社会現象にはならなかったはずだからである。そう考えると、この静かな革命を始めたのは、作り手だったと言えるだろう。

この大ヒットは、作り手から末端にいたるまで、アジア系の人々が協力したことから成し遂げられた。その影響を、この1本だけにとどめてはいけない。流れは、すでに作られた。これからは、この流れをますます大きくしていくよう、みんなで働きかけ続けなければいけないのである。

ジョン・M・チュウ監督とコンスタンス・ウー、ヘンリー・ゴールディング ©2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT
作品情報
『クレイジー・リッチ!』

2018年9月28日(金)から新宿ピカデリーほかで公開
監督:ジョン・M・チュウ
原作:ケビン・クワン『クレイジー・リッチ・アジアンズ』(竹書房)
出演:
コンスタンス・ウー
ヘンリー・ゴールディング
ミシェル・ヨー
Awkwafina
ソノヤ・ミズノ
ほか
上映時間:121分
配給:ワーナー・ブラザース映画



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