ジャネール・モネイはいま、何を歌っているのか。フジロックでの来日迫る

かつては「アンドロイドにしか恋をしない」と公言。最新作では自身のセクシャリティをよりオープンに

ソーシャルメディアが発達し、現代においては、これまでにないほど個人の声を挙げやすく、そして届けやすい環境が整っている。しかしながら、広く意見が届く分、自分の思想、もしくは自分が下した決断を声高に語ることに対してますます臆病になっている人も少なくないのではないか。少なくとも私はそうだ。自分の意見を強く主張する、ということは翻って、それに対するしっかりとした根拠や信念が存在せねばならない。自分に内在する意見に耳を傾けられなくなったとき、私は強烈な個性や信念を放つ女性アーティストたちの言葉に耳を傾けることが多い。ビヨンセやラプソディ、そしてもちろん、ジャネール・モネイも私が心の拠り所にしているアーティストの一人である。

ジャネール・モネイは7月24日にZepp DiverCity Tokyo、7月26日に『FUJI ROCK FESTIVAL』で初来日公演を行なう

昨年、ジャネールが三枚目となるオリジナルアルバム『Dirty Computer』を発表した際、ひときわ話題になったトピックがあった。それは、ジャネールが「パンセクシュアルである」と発言したことだ。「全性愛」とも訳されるパンセクシュアルとは、相手の性自認に捉われず、すべてのセクシュアリティが恋愛の対象になることと定義されている一方で、パンセクシュアリティに関して明確な定義はまだない、と言われることもある。パンセクシュアルとは、これまでに同性愛者であると同時にバイセクシュアルでもあったジャネールがたどり着いた、一つの答えでもある(ジャネールは『Rolling Stone』誌のカバーストーリーで、それまで自分はバイセクシャルだと思っていたが、「パンセクシュアリティについて知った時、『これも自分だ』と思った」と発言している)。

もともと、デビュー当時より「私はアンドロイドにしか恋をしない」と公表してきたジャネール。過去2作のアルバムは空想のSF世界を舞台にした内容で、「アンドロイドにしか~」という彼女の発言は、少しエキセントリックな彼女のアーティスト性をより具体化するに十分な内容でもあった。しかし、アンドロイドのSF世界からより生身のジャネールの姿に迫った『Dirty Computer』では、自身のセクシュアリティに関してよりつまびらかにしている。

ジャネール・モネイ

「プッシー・パワー」を体現する“PYNK”、『ブラック・ミラー』を彷彿させる“Make Me Feel”

アルバムに収録されている“PYNK”では女性同士の団結(プッシー・パワー!)やフェミニティ、そして女性が女性を愛することを歌い、“Don't Judge Me”では<let the rumors be true(噂を真実に変える)>と歌って、かねてから彼女がバイセクシュアルなのではないかという世間の噂を真っ向から肯定する姿勢を見せた。

また、女優としても活躍するジャネールはMVの中でもとびきり雄弁で、女性器を模したようなパンツが話題になった“PYNK”のほか、“Make Me Feel”ではNetflixのドラマシリーズ『ブラック・ミラー』内のエピソード「サン・ジュニペロ」の世界観を彷彿とさせるような、ジェンダーを超えて惹かれ合う人々を鮮やかに描いてみせた。

“PYNK”MV。女性器を模したようなパンツが話題に。楽曲にはGrimesをフィーチャーした

“Make Me Feel”MV。ジャネールが男性とテッサ・トンプソン演じる女性の間を行き来し、最終的に3人で踊るというストーリー

アメリカ社会における女性や同性愛者、黒人への連帯。「あなた一人で戦わないで」

『Dirty Computer』でジャネールが歌っているのは、自らのセクシュアリティだけではない。アルバムの最後を締めくくる“Americans”では<don't fight your war alone(あなた一人で戦わないで)>と呼びかけ、曲中には女性を苦しませている雇用・賃金格差や同性愛者に対する不遇、アメリカの黒人男性を取り巻く不適切な収監問題や警察による暴力などを訴えたDr.ショーン・マクミラン牧師の説教を引用している。

アルバム表題曲の“Dirty Computer”では<I'm not that special, I'm broke inside / Crashing slowly, the bugs are in me(私は特別じゃないの、中身は壊れてる。ゆっくりとクラッシュしていく、自分の中にバグが発生してる)>と歌っているが、「自分の中のバグ」とは、ひとつの規範に当てはまらない自身のセクシュアリティだと捉えることもできる一方、誰もが抱えているコンプレックスや欠点とも受け取ることができる。周りが当てはめる枠組みやルールに窮屈さを感じているのはもちろん、ジャネールだけではないはずだ。彼女の言葉や歌声からは、そうした窮屈さから飛び出す勇気を感じられ、それはそのまま聴く者に自信や自尊心を与えることにつながる。

2018年4月に発表されたジャネール・モネイの3rdアルバム『Dirty Computer』

リゾとの対談で語られた若者へのメッセージ。「自分以外の誰かによるプレッシャーに負けないで」

今年の4月、クィアコミュニティに向けたウェブマガジン「them』上では、リゾ(彼女もまた、ジェンダーフリーな思想のもとに活躍する女性アーティストだ)が聞き手を務めたジャネール・モネイのインタビューが公開された。そのインタビューでは、「アメリカにおいては、若くてクィアで黒人であるというだけで、自分が誤解され、憎まれる可能性がある。でも、それはあなたが祝福され、愛される可能性があるということ。こうして自分の意見を大っぴらにして生きていると、たくさんの危険に見舞われてしまう」と明言し、これまでに変化してきた自身の性的流動性(sexual fluidity=自分のセクシュアリティが流動的に変化すること)に関して「旅路(journey)のようだった」と例え、自身の性自認、もしくはそれについてカミングアウトするべきか悩む若者たちに向けては「自分以外の誰かによるプレッシャーに負けないで。自分にレッテルを貼らない、ということはとても強いパワーを内包している。人々に理解されないかも、という恐怖に惑わされないで」と呼びかけている。

今年、『Dirty Computer』が最優秀アルバム賞にノミネートされた『グラミー賞』の授賞式で、ジャネールはプリンス顔負けのファンクネスを振りまきながら“Make Me Feel”をパフォームした。アリアナ・グランデやチャーリーXCXといったポップアイコンたちがこぞってツイッターでも絶賛し、会場の前列にいたレディ・ガガはジャネールのステージに合わせてノリノリで踊っているところを動画に撮られていたほどだ。

『グラミー賞』での“Make Me Feel”のパフォーマンス

セクシャリティや肉体的な性別を問わぬ、すべての女性にとってのアイコン、ジャネール・モネイ。どこまでも強く、自由な彼女は美しいタキシードを纏って今日も世界中のステージに立っている。今日も世界のどこかでまた一人、彼女の姿から勇気をもらっているに違いない。



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